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2015年12月 5日 (土)

コンターサークル地図の旅-中山道醒井宿

コンターサークルSによる2015年秋「地図の旅」も3日目になる。9月22日は滋賀県に転じて、旧中山道の番場(ばんば)宿~醒井(さめがい)宿の間を歩く。醒井は昔訪れたことがあって、清らかな小川が街道に寄り添うように流れていたのを覚えている。あの潤いと落ち着きのある風情は今も残っているだろうか。歩きのゴールで待ち受けている光景を楽しみに、集合場所の米原駅までやってきた。

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醒井宿を貫いて流れる地蔵川

参加者は、堀さん、相澤さん、外山さん、私、それに飛び入り参加した相澤さんの友人Mさん。旧道を歩いている途中で木下さん親子も合流したので、最終的に大6小1、計7名のにぎやかな旅になった。番場までタクシーで行き、そこから醒井へ歩いていく予定だったが、堀さんは昨日もかなり歩いてお疲れのご様子。「醒井で町歩きしながら、みなさんの到着を待つことにします」とおっしゃるので、それならと、私たちはタクシーに頼らず、全行程を歩き通すことにした。

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(左)米原駅に到着 (右)堀さんとはいっときの別れ

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米原~醒井間の1:25,000地形図に、歩いたルートを加筆

整備されたばかりの駅東口を出て、国道8号線を横断すると、そこは米原(まいはら)の旧市街だ。北国街道筋だった古い町並みのなかに、地蔵を祀る立派な祠が目につく。米原が栄え始めたのは、入江内湖から大葭(おおよし)堀を開削して、1603(慶長8)年に湊が開かれてからだそうだ。美濃や尾張から来た物資はここで船に積み込まれ、琵琶湖経由で大津方面へ運ばれるようになった。1611(慶長16)年には、町の北口に深坂越えの新道(深坂道)が開通し、中山道番場宿からのルートが確立した。

*注 米原の集落名は「まいはら」で、旧町名も「まいはら」だったが、市制にあたって駅名と同じ「まいばら」の読みに変更された。

下に掲げた2万分の1地形図は1893(明治26)年測図で、鉄道が舟運に取って代わろうとする時代を描いた貴重な図だ。鉄道の開業は1889年、測図のわずか4年前に登場したばかりだから、米原停車場の周りに集落は張り付いていない。鉄道の西側に広がる湖面は、琵琶湖本体から砂州で隔てられた内湖で、か細い水路が鉄道の下をくぐって町のほうへ延びている。これが開削された大葭堀だ。櫛形の荷揚げ場をもつ米原湊には、船と煙を象った汽舩渡の記号が見つかるから、船便もまだ盛んに利用されていたのだろう。

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鉄道開通間もない頃の米原周辺
(1:20,000地形図「彦根」「醒井村」図幅、いずれも1893(明治26)年測図)
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上図の米原集落を拡大、青の円内に「汽舩渡」の記号がある

私たちは米原の町を北に進む。まもなく、右中山道、左北陸道と豪快な字で刻まれた、石の道標が待ち構える三叉路にさしかかった。江戸末期の建立という道標の後ろには、弁柄格子の窓が残る旅館「かめや」が建ち、向いの軒先には昔懐かしい丸形ポストもある。「なかなか役者の揃った一角ですね」と、一同感心しながらひとしきり眺める。米原駅から歩き出したのは正解だった。

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(左)米原三叉路、旧 北陸道を望む (右)同 深坂道を望む
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三叉路に立つ分岐点道標

道標の指し示しているとおり、右手は番場宿に通じる深坂道で、急な坂道が切通しになり続いている。上りきると二車線道路(県道240号樋口岩脇線)に突き当たり、左に米原高校の校舎を見ながら、今度は谷を下っていく。残念ながら趣があったのは、深坂の上までだった。後は、この単調なクルマ道の端っこを、残暑の強い陽射しを浴びながら延々と歩かなければならなかったからだ。

ようやく番場の家並みが近づいてきた。四つ角にまた石の道標がある。指差しの絵の下に「米原 汽車汽船 道」と読めるから、先述の地形図の頃に造られたものだろう。その向いにも中山道番場宿と彫られた、おにぎり形の石碑が置かれているが、これはいかにも近年の作らしい。信号のある四つ角の右が宿場の中心になるのだが、その散策は明日のお楽しみとして(下注)、私たちはここで左に折れた。

*注 番場宿以南の歩き旅については、「コンターサークル地図の旅-中山道摺針峠」参照

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(左)深坂道の切通し (右)番場四つ角の道標「米原 汽車汽船 道」

集落の出口で個人宅の庭先に、「大切にしましょう水準点」と標識が立っている。地形図で115.5mの数値が記されている水準点だが、測量士と日本列島を描いた特製マンホールでしっかり蓋されていた。開けて標石を確かめたいところだが、外山さんが言うには「ねじで止まっているから、無理ですね」。大切にしたいのはわかるが、管理がちと厳重すぎはしないか。

家並みが途切れた後、山際に沿う道にモミジの古木が並び、いっとき旧街道の風情が辺りに漂う。しかし、すぐに北陸自動車道の高架が現れて、のどかな旅景色を遮った。高架をくぐっていく手前に、一里塚の跡を示すモニュメントがあった。薄れかかった銘板によれば、久禮(くれ)の一里塚、江戸へ約百十七里、京三条へ約十九里。ただし、塚そのものは西100mの集会所付近にあったらしい。「距離を示すものを好きに動かしちゃだめでしょう」と私。

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(左)番場東口の水準点 (右)モミジの古木の並木道を行く
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(左)久礼一里塚碑 (右)旧街道には立派な構えの家も散見

三吉、樋口、河南(かわなみ)と地名は移るが、家並みはほぼ切れ目なく続いている。道幅は広めで、立派な構えの家も散見され、天下の大道だった昔をしのばせる。国道21号線の北側に出ると、家並みに開いた隙間から列車が走り去るのが見えた。米原以東の東海道線はJR東海のエリアなので、行き交う車両はみなオレンジの帯を巻いている。

畦道を鮮やかに彩る彼岸花を愛で、道路脇を静かに流れる用水路を追ううちに、青空に「恋はみずいろ」のミュージックチャイムが響き渡った。正午を知らせる合図のようだ。そろそろお昼にしましょうとは言うものの、街道筋では腰を下ろす場所もない。地形図を見ていた誰かが、「先の路地を右に入ったところに、お寺があるようです」。

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畦道を彩る彼岸花の群落

百寶山徳法寺と名乗るその寺は、予想に反して境内が狭かったが、本堂への上がり口をいっとき借用して、昼食を広げた。そこへ、クルマを近所に停めてきたという、木下さん親子も登場。元気なお母さんはもとより、息子のキリ君とも5月に伊豆長岡の歩き旅で会っている。彼は今、迷路にはまっているそうで、お絵かき帳に書いた自作の迷路で、私たちに果敢に挑戦してきた。

110.8mの水準点がこの附近にあるはずだと皆で探すと、何のことはない境内の片隅に、例の標識が立っている。番場東口と同じマンホール仕様で、やはり標石を拝むことはできない。ともあれ、ブロック塀に囲われて外の道からは見えないから、巡り会えたのは仏様のお導きかも。そう思い地形図を見ると確かに、水準点の記号はしばしば寺や神社のそばにある。理由は知らないが、おもしろい発見だった。

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(左)百寶山徳法寺 (右)境内の片隅にある水準点

おなかの虫をなだめたところで、再び中山道を歩き出す。やがて丹生川を渡る橋に出た。白い小石で埋め尽くされた河原に、透き通った水が流れている。丹生川の源流域は、霊仙山(りょうぜんざん)をはじめとする石灰岩の山々だ。濁りは石灰とともに沈殿して、上澄みがこうして流れ出るのだろう。

ただ、橋の前後の約400mは旧道を国道に整備した区間で、橋上を除いて歩道も脇道もない。通行量が多いうえ、信号が近くにないのかクルマの流れがなかなか途切れない。単に車道を横断するだけで、思いのほか時間がかかってしまった。キリ君は途中でつまずいて手を傷めたらしく、もう歩けないとぐずり始めた。やむをえずお母さんは、彼をクルマに乗せて、醒ヶ井駅へ直行することに。

*注 地名は醒井だが、JRの駅は「醒ヶ井」と表記する。

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(左)丹生川橋 (右)透き通った水の流れる河原

まもなく、左に分かれる旧道が現れた。養鱒場へ通じる県道(17号多賀醒井線)との交差点に、中山道醒井宿と書かれた碑が立っていた。ここからいよいよ中山道61番目の宿場町だ。まず右手に西行水という名の湧水があった。西行法師の伝説を秘めた冷たい清水が、岩の割れ目からこんこんと湧き出ている。水の中へ入らないでください、との立札を横目に、魚捕り網片手に子どもたちが走り回っていた。

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西行水 (左)岩の隙間から湧き出る (右)子どもたちは水遊びに夢中

駅前から来た道と合流するところで、小さな川を石橋で渡る。私の記憶に残っていた地蔵川だ。醒井宿が他の宿場町と違うのは、街道と地蔵川が並走し、その両側に家並みが連なっていることだ。石垣を組んだ川べりに並木代わりの古木が育ち、道の上に柔らかな木陰をつくっている。川の水源は裏山からの湧水で、丹生川に劣らず透明度が高い。涼やかに流れる水面には、白梅に似た小さな花をつけたバイカモ(梅花藻)がそよぐ。それをねぐらに、清流を好むハリヨという小魚が生息していると聞いた。

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中山道が地蔵川を渡る
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澄んだ水にバイカモそよぐ地蔵川
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(左)バイカモの花 (右)小魚はいるがハリヨではなさそう

了徳寺の御葉附銀杏(おはつきいちょう)は、街道筋からもひときわ目立つ大木なので、寄り道した。高さ12m、樹齢150年、扇の葉面に実が生る珍種だそうで、天然記念物に指定されている。道の右手、地蔵川の小橋を渡ったところには、旧 問屋場を復元した醒井宿資料館がある。案内板の説明によると問屋場とは、「宿場を通行する大名や役人に、人足・馬を提供する事務を行っていたところ」。醒井には全部で7~10軒あったそうだ。さっきから探していたハリヨを、とうとう見つけた。小魚は、資料館の小さな水槽の中で泳いでいた。

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(左)了徳寺、左奥に御葉附銀杏の木が見える (右)銀杏の樹陰で
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(左)問屋場を復元した資料館 (右)内部

最後の見どころは居醒(いさめ)の清水、地蔵川が生まれる場所だ。樹陰に覆われた小暗い池に石橋が渡してあって、その奥、下草が覆う石と石の間から、水がむくむく湧き出しているのがわかる。「これだけで水路が常時いっぱいになるというのは驚きですね」。なにしろ1日の湧水量は1万5千トンに上る。手を入れると思った通りの冷たさ。水温は年間を通じて12~15度だそうだ。居醒の謂れは、日本武尊(やまとたけるのみこと)が伊吹山の荒ぶる神の毒気にあたったとき、この水で高熱を癒したという故事から来ている。街道を歩き疲れて宿場に入った旅人たちも、清水でどんなにか癒されたことだろう。

とても趣のある場所というのに、あろうことか頭上に名神高速の無粋な擁壁が見える。高速道路は宿場町のすぐ裏手をかすめていて、かつて山の中腹にあった隣の加茂神社も、工事に支障するため、現在地に移転させられたのだそうだ。走行音はそれほど気にならなかったが、現代の感覚ではどう見ても無謀なルート設定だ。名神が建設された1960年代は開発事業優先で、こうした小さな自然にはあまり注意が払われなかったのだろう。大切な湧水が涸れなくてよかった。

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居醒の清水 (左)湧きだす現場 (右)水源の静かな池
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宿場の東端にある加茂神社

宿場の東端まで来たので、そろそろ駅へ引き返そうと思う。駅前へ通じる道筋には、ヴォーリズ建築の旧醒井郵便局が残され、観光案内所として活用されていた。開設は1915(大正4)年。列柱が支えるギリシャ神殿をモチーフにした外観で、宿場町の建物にしてはかなり大胆だ。玄関前には重要な小道具となる赤い丸形ポストも置かれているが、こちらは現役ではないらしい。

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(左)旧醒井郵便局 (右)丸形ポストがよく似合う

醒ヶ井駅の待合室で堀さん、木下さん親子と再び合流した。「だいぶお待たせしましたか」と聞くと、にこりとした堀さん。時間を気にしないまま歩いていたが、米原で別れてからもう3時間半が経過している。歩いた距離も約9kmまで延びた。

駅舎の隣で、醒井水の宿駅という地域振興施設が開いている。中の喫茶店の小さなテーブルに、本日の参加者全員が初めて揃った。居醒の清水を使って入れたというコーヒーで一息つく。堀さんからは「長い距離が歩けなくなってきたので」と、今回限りで歩き旅から引退する旨の宣言があり、これまで長い間旅を共にしてきたメンバーから、感謝と労いの言葉が発せられた。

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(左)JR醒ヶ井駅 (右)本日のメンバーが再び勢揃い

掲載の地図は、国土地理院発行の2万5千分の1地形図彦根東部(平成23年更新)及び2万分の1地形図彦根、醒井村(いずれも明治26年測図)を使用したものである。

■参考サイト
滋賀県公式サイト-近江歴史探訪マップ
http://www.pref.shiga.lg.jp/edu/katei/bunkazai/ohmirekishitanboumap/tanboumap4/
環境省-平成の名水百選
https://www2.env.go.jp/water-pub/mizu-site/newmeisui/

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