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2015年10月26日 (月)

フランスの鉄道地図 VI-シュヴェーアス+ヴァル社

2015年7月に、ドイツの出版社シュヴェーアス・ウント・ヴァル社 Schweers+Wall (S+W) から待望の「フランス鉄道地図帳第1巻北部編 Atlas ferroviaire de la France Tome I NORD / Eisenbahnatlas Frankreich Band I NORD」が刊行された。ようやく…というのが正直な感想だ。というのも、この出版物については何年も前から、刊行予告が打たれては延期の案内が届くという状況が繰り返されてきたからだ。

S+W社は、1994年のドイツ鉄道地図帳を皮切りに、詳細な路線情報を盛り込んだ労作をスイス編(2004年)、オーストリア編(2005年)、イタリア・スロベニア編(2010年)と、次々に発表してきた。しかし2013年の最新刊は、特定の国ではなくEU全体の路線網を扱うものだったので、シリーズもこれで打ち止めになるのかと疑った。それだけに、懸案(?)のフランス編刊行が無事実現したのは喜ばしい。

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フランス鉄道地図帳 第1巻北部編 (左)表紙 (右)裏表紙

第1巻北部編は、およそ六角形をしているフランスの国土を南北に分割した、その北半分を対象にしている。首都パリ Paris から周辺へ放射状に広がる路線網を包含するとともに、ロワール川 Loire の谷筋、ブルゴーニュ、ジュラ山地までの範囲を収める。比較的穏やかな地勢の地域といっていい。変化に富んだフランスアルプスや中央高地、ピレネー、地中海岸については、第2巻南部編(未刊)に譲ることになる。

地図帳の構成は、最初にフランス鉄道網の発達史と電化史を紹介するテキスト、そして序文と続く。次がメインの鉄道地図で計80ページ、最後に駅名索引が来る。鉄道地図の縮尺は1:300,000で、ドイツ編と同じだ。主要都市については拡大図が用意されているが、数は少なく、リール Lille、ルーアン Rouen、ブレスト Brest、パリ Paris、ストラスブール  Strasbourg の5都市に限られる。情報は2015年4月現在とされている。

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パリ拡大図 (裏表紙の一部を拡大)

地図記号などの仕様はシリーズで共通化されているので、既刊の読者には親しみやすい。また、シリーズの特色である、現役の営業線だけでなく休止・廃止線も記載するという方針はここでも堅持されている。現役線の情報だけでよければ、フランスでもすでに類書がある(本ブログ「フランスの鉄道地図 V-テリトワール社新刊」参照)が、過去に運行されていた路線まで調べ上げたものはこれを措いて他にはないだろう。

フランスは19世紀中盤、不安定な政情が災いして、イギリスやドイツに比べて鉄道の発達が遅れたのだが、政府の積極的な関与によって、第一次世界大戦の頃には路線延長が約6万kmに達した。標準軌の幹線はもとより、夥しい数の支線や軽便線がネットワークを補完しながら、地方の町や村に届いていたのだ。その多くはすでに過去帳入りしてしまったが、本書には線名、ルート、駅名、その位置、軌間までしっかり記録されている。知られざる小路線の痕跡を紙上で追うことができるのは、大いなる楽しみだ。

もちろん現役の営業線も見逃すわけにはいかない。注目は電化方式だ。日本がそうであるようにフランスでも、幹線の電化に直流(1,500V)と交流(25kV 50Hz)の2方式が併存しているのだ。

前者は1920年代から使われ始め、国有化以前の鉄道会社のうち、電化に積極的だった南部鉄道 Midi やパリ・リヨン・地中海鉄道 PLM が採用した。他方、後者の商用周波数による交流電化は、第二次大戦中にドイツがシュヴァルツヴァルト Schwarzwald のヘレンタール線 Höllentalbahn で開発を進めていたものを、当地に進駐したフランスの技術者たちが持ち帰り、実用化した。この経緯のために、中・南部の路線は主に直流、戦後に電化が進んだ北部や西部(およびLGV)は交流という相違が生じている。

*注 LGV(Ligne à grande vitesse)はTGVが走る高速専用線。

この鉄道地図では、電化方式を線の色で区分する。直流600~1,500Vには紫色、交流25kV 50Hzには緑色が使われる。第1巻は北部編なので、支配色は明らかに緑だ。ただし、パリには南部へつながる路線も来ていて、ターミナルで言えば東 Est、北 Nord、サン・ラザール Saint-Lazare の各駅は交流、リヨン Lyon、オステルリッツ Austerlitz、モンパルナス Montparnasse は直流だ。そのため、パリの図(上図参照)では、緑の陣地と紫の陣地が対峙しているように見える。ちなみにドイツ、スイス、オーストリアの地図帳では交流15kV 16.7Hzを表す赤が支配的なので、フランスのそれとは見た目がかなり違うのもおもしろい。

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凡例の一部

フランス編では、新たな地図記号をいくつか導入したそうだ。既刊と比べてみると、線路の区分が詳しくなっている。3線・4線軌条を表す記号はこれまでなかった。ただし適用例はわずかで、ソム湾観光鉄道 Chemin de fer Touristique de la Baie de Somme の一部区間(p.5)と、ナント Nantes のロワール川を渡る鉄橋(p.58、ただし狭軌は廃線)のみ。

また、狭軌線が、メーターゲージ ligne à voie métrique(=1000mm)と狭軌 ligne à voie étroite(<1000mm)に区分されている。従来、狭軌線は軌間に関わらず同一記号で、その代わり、図枠外の説明文に正確な軌間が記されていた。メーターゲージが大勢を占めるので、それ以外の特殊軌間を際立たせようと考えたのだろう。

先述したように、この地図帳は2015年の現況を示すのが主目的だが、その中で明日の鉄道網の姿を垣間見ることもできる。フランスの誇る高速線LGVの延伸ルートがそうだ。この巻では、2016年開通予定の東ヨーロッパ線 Est Européenne、メス Metz ~ストラスブール間(pp.37-38)、2017年予定の南ヨーロッパ大西洋線SEA、ル・マン Le Mans ~レンヌ Renne間(pp.44-46)およびトゥール Tours ~ボルドー Bordeaux 間(pp.60,72)が予定線で表されている。

*注 南ヨーロッパ大西洋線のポワティエ Poitiers 以南は、第2巻に収載。

在来線もある。2016~20年予定のシャルトル Chartres ~オルレアン Orléans 間(p.48)や2017年予定のベルフォール Belfort ~スイス国境のデル Delle 間(p.68)だ。前者は新たな観光ルートとしての期待がかかり、後者はTGVとの連絡機能を担うようだ。こうした各地の動きを概観できるのも地図帳ならではの醍醐味だろう。

S+W地図帳のフランス進出を心から祝うなかで、一つ惜しいと思うのは、使用言語がドイツ語とフランス語の2か国語しかないことだ。ドイツの出版物で、描写対象がフランスなら当然とはいえ、これまで凡例(記号一覧)だけは英語を含めた4か国語で表記されていた。なぜ本書で英語が外されたのかは知らないが、将来、改訂版を出すときにはぜひ考慮してもらいたいものだ。

この地図帳は、アマゾン、紀伊國屋といった日本のオンライン書店でも取り扱っている。

■参考サイト
シュヴェーアス・ウント・ヴァル社 http://www.schweers-wall.de/

★本ブログ内の関連記事
 フランスの鉄道地図 I-IGN刊行図
 フランスの鉄道地図 II-テリトワール社
 フランスの鉄道地図 III-ウェブ版
 フランスの鉄道地図 IV-ウェブ版
 フランスの鉄道地図 V-テリトワール社新刊

シュヴェーアス・ウント・ヴァル社の鉄道地図帳については、以下も参照。
 ヨーロッパの鉄道地図 VI-シュヴェーアス+ヴァル社
 ドイツの鉄道地図 III-シュヴェーアス+ヴァル社
 スイスの鉄道地図 III-シュヴェーアス+ヴァル社
 オーストリアの鉄道地図 I
 イタリアの鉄道地図 II-シュヴェーアス+ヴァル社

2015年10月 8日 (木)

テューリンガーヴァルト鉄道 II-森のトラムに乗る

森のトラムの停留所は、周りを高い木立に覆われ、その名にふさわしいたたずまいを見せている。もともと現DB支線との乗換用に設けられたものなので、停留所名はずばり「ラインハルツブルン駅 Reinhardsbrunn Bahnhof」だ。日本でなら、さしずめラインハルツブルン駅前、というところだろう。

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森に囲まれたラインハルツブルン駅停留所

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トラムの車内

テューリンガーヴァルト鉄道 Thüringerwaldbahn は、軌間1000mm、600V直流電化の郊外トラムだ。地元では、略してヴァルトバーン Waldbahn(森の鉄道の意)と呼ばれる。運営しているのは、テューリンガーヴァルト鉄道・ゴータ路面軌道会社 Thüringerwaldbahn und Straßenbahn Gotha GmbH (TWSB) で、ゴータの市内電車と名実ともに一体的に扱われている。

郊外路線は2本あり、本線格がゴータ中央駅~タバルツ間22.7km、支線がヴァルタースハウゼン・グライスドライエック Waltershausen Gleisdreieck ~ヴァルタースハウゼン駅 Waltershausen Bahnhof 間2.4kmだ。市内線の1~3系統に対して、それぞれ4系統、6系統を名乗る。

本線4系統は、全線の所要時間が51~58分。運行間隔は平日午前中60分、午後は30分となる。土日・休日は日中30分毎に走っている。一方、支線6系統は、所要時間わずか7分のミニ路線だ。4系統とは後述するヴァルタースハウゼン・グライスドライエックで連絡する。

テューリンガーヴァルト鉄道は先のDB線より50年以上も遅れて、1929年に開通した。公国政府はすでに1897年から建設の準備を進めており、これを含めて9本のルートを計画したものの、どれも実現には至らなかった。ようやく1914年に着工に漕ぎつけたが、第一次大戦とそれに続くインフレにより中断を余儀なくされたために、完成まで長い時間を費やした。

しかし開通すると、近郊からゴータ市内への通勤通学客だけでなく、市内からテューリンゲン森 Thüringerwald へ向かうレジャー客にも大いに利用された。特に1930年代に需要が高まったが、第二次大戦が勃発するとたちまち下火となり、1945年2月の空襲で被害を蒙って運行休止となった。戦後は、部分運行を経て、1947年に全線の運行が再開され、現在に至っている。

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テューリンガーヴァルト鉄道周辺図

鳥のさえずりを聞きながら待つうちに、赤と白に塗り分けたトラムがやってきた。まずは終点タバルツ Tabarz まで乗車する。このあたりは、テューリンゲン森の山麓を縫うアップダウンの多いルートだ。次の停留所はフリードリヒローダ Friedrichroda だが、地図で明らかなようにDB駅とは全く別の場所で、西の町はずれに位置する。続くマリエングラースヘーレ Marienglashöhle(聖母の水晶窟の意)も人家のない山の中だが、観光名所になっている水晶窟の最寄り駅だ。

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(左)森の中を行く (右)サミット近くの跨線橋

急坂を上りきり、並木道に沿ってほぼ直線で下っていくと、ようやく景色が開けてタバルツ Tabarz に到着する。ここも鉱泉の湧く保養地で、テューリンゲン森へのハイキング基地でもあるのだが、駅はご多分に漏れず町の周縁部で、あまりひとけがない。トラムは転回ループを一周してから、ホームに停止した。

同じトラムで帰るつもりだが、発車は13時57分で、まだ20分ほど時間がある。そのうち、黒づくめのトラムが坂を下りてきて、ループ線を回った。車体にパーティーバーン Party Bahn とあるから、宴会用の貸切電車だ。わが赤白トラムの横に仲良く並んで止まった。

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終点タバルツ (左)発車を待つタトラカー (右)パーティーバーンがやってきた

現在、この鉄道とゴータ市内線では、タトラカーが運行の主力を担っている。いうまでもなくタトラカーは、チェコのタトラ社 ČKD Tatra が製造した旧 共産圏の標準形トラムで、ゴータにはKT4D形と呼ばれる4軸ボギー車が19両在籍する。うち6両は1981~82年製のオリジナル車、13両は1990年製でエアフルト Erfurt からの移籍車だ。パーティーバーンもタトラカーだが、調理設備やトイレを装備した特別仕様になっている。これとは別に2011年、マンハイム Mannheim からデュヴァーク社 Duewag の旧型改良車4両が移籍してきた。帰りの街角で見かけたので、タトラカーに混じって運用に供されているようだ。

黒装束の同僚車に見送られて定刻に発車、もと来た道を快調に下っていく。さっき乗り換えたラインハルツブルン駅を過ぎると、例の並走区間にさしかかった。電化狭軌と非電化標準軌の線路が、森の中で2km半の間、並んで敷かれている隠れた撮影名所だ。最後尾の席から見ていたが、トラムの整備された線路に対して、DBのほうは伸びた草がレールをほとんど覆い隠す勢いで、緑化軌道どころの話ではない。うまい具合に、隣を走っている赤いクジラ(下注)に追いついた、と思う間もなく、いとも簡単に抜き去ってしまった。DBの列車が時速40kmでとろとろ走るのに対し、トラムのほうは65kmまで出すので、端から勝負にならないのだ。

*注 前回紹介したとおり、アルストーム社のコラディアCoradiaを使ったDB 641形。その形状から、ヴァールフィッシュ Walfisch(クジラの意)のあだ名がある。

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DB支線との並走 (左)線路状態の落差に唖然 (右)赤いクジラを難なく追い抜く

ヴァルタースハウゼン・グライスドライエック Waltershausen Gleisdreieck で下車する。6系統ヴァルタースハウゼン駅方面の支線がここで分岐している。グライスドライエックは三角線という意味で、どの方向にも進め、かつ列車交換ができるという贅沢な設計の停留所だ。しかし今は、宝の持ち腐れになっている。2007年8月の合理化で、支線が折返し運転に改められたからだ。

かつては本線のトラムが、三角線を経由して支線に直通していた。終点がループになっているので(下注)、本線と共通の片扉・片運転台の車両が使用できたのだが、折返し化にあたり、両運転台車に置換えられた。それ以来、入庫する最終便を除いて、この1両が2.4kmの短区間を往復する毎日だ。ただし、乗換えの不便さを補うべく、接続はいたって良好で、本線の上下便がここで交換し、同時に支線とも連絡するように、ダイヤが組まれている。

*注 転回ループは1964~66年に全線の主要個所に設置され、片扉・片運転台車両の運行が始まった。

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グライスドライエック停留所
(左)奥のトラムがヴァスタースハウゼン駅行き (右)両運転台改造車で運行

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ヴァルタースハウゼン付近の1:25,000地形図
旧東独官製1:25,000 M-32-46-A-c Waltershausen 1986年版に加筆

■参考サイト
三角線付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&ll=50.8898,10.5778&z=19

ヴァルタースハウゼン支線も往復してみた。本線が野と森のトラムなら、支線は田舎町を行くトラムだ。最初は道端の専用線を進んでいくが、すぐに併用軌道になる。一方通行の狭い街路では、道路にはみ出したテラス式の停留所が設けられている。このオーアドルーファー・シュトラーセ(オーアドルーフ通り)Ohrdrufer Straße を含め、中間の停留所は3か所ある。見通しの悪い街角の鉤型カーブを通過した後、再び短い専用線になり(下注)、まもなく終点ヴァルタースハウゼン駅 Waltershausen Bahnhof だった。いうまでもなくここはDB駅のすぐ前で、用済みになってしまった転回ループが残されている。

*注 開通時はヴァルタースハウゼンの中心部を経由していたが、1971年11月に短絡する現行ルートに改められた。

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ヴァルタースハウゼン支線
(左)専用軌道から併用軌道への移行地点 (右)テラス型停留所
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ヴァルタースハウゼン駅に到着
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使われなくなった終点の転回ループ

折返しの便でグライスドライエックに戻った。ここまで何度か列車を乗継いできたが、さすがドイツというべきか、ほぼ定刻の運行で、予定どおりゴータ中央駅へ戻る最終コースを残すのみになっている。本線のトラムはDB線を乗り越えた後、収穫間近な麦畑の中の直線路をけっこうな速度で疾駆する。ヴァールヴィンケル Wahlwinkel、ライナ Leinaと小さな村をたどり、鞍部を越えるボックスベルク Boxberg の停留所では、下りのトラムと交換した。

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(左)グライスドライエック北側でDB支線を乗越す
(右)ヴァールヴィンケルへの直線区間

ズントハウゼン Sundhausen で線路は、郡立病院前 Kreiskrankenhaus から来た市内線1系統と共用になる。道端軌道よろしく道路脇を走り、車両基地のあるヴァーゲンハレ Wagenhalle(車庫の意)で複線になって街路の中央に踊り出た。

ズットナー広場 Suttner-Platz(下注)は、さっき初乗りしたときに、鉄道開通85周年のラッピングを施した車両を見かけた場所だ。ボディーに、旧型車の現役時代をとらえたモノクロ写真と、「85年、そして日ごと緑の中を」というメッセージが添えられていた。その倍近い歴史を持つヘビーレールもざらに存在するとはいえ、なんとか命をつないできた郊外路面軌道としては、十分祝う価値のある年数だ。

*注 停留所名ベルタ・フォン・ズットナープラッツ Bertha-von-Suttner-Platz。旧市街の中心ハウプト・マルクト(中央市場) Haupt Markt の最寄りとなる。

市街地と郊外を結ぶといっても、この鉄道には、昨今流行のスマートな低床車はいないし、終点に瀟洒なニュータウンが広がるわけでもない。昔から市民の足を黙々と担ってきた堅実で地味な印象の路線だ。市内はともかく、長い郊外区間には運行経費に見合うほどの利用があるようには思えないが、それでも、ここでは鉄道が見放されていない。見てきたとおり、必要な部分に手を入れながら、利用価値のある公共交通として立派に使いこなされていた。

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(左)ヴァルトバーン85周年のラッピング車 (右)4系統、1929年以来の伝統
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ラッピングに配された写真 (左)市内線 (右)貨車を連れたタバルツ行き

はるばるテューリンゲン森の麓から走り続けてきたトラムにも、ゴールが近づいてきたようだ。旧市街の北のへりをかすめ、針路を南に変えたところで、東駅 Ostbahnhof から来る2・3系統と合流する。後は、DB駅前のターミナルに向かって長い直線区間を残すのみだ。

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(左)2系統の分岐点フッテンシュトラーセ Huttenstraße (右)ゴータ駅前の直線路

本稿は、Peter Kalbe, Hans Wiegard, "Nahverkehr in Gotha - Die Geschichte der Gothaer Straßenbahn, der Thüringerwaldbahn und der Industriebahn Gotha" Verlag Dirk Endisch, 2009を参照して記述した。

■参考サイト
TWSB(テューリンガーヴァルト鉄道・ゴータ路面軌道会社)
http://www.waldbahn-gotha.de/
テューリンゲン中部運輸連合 Verkehrsverbund Mittelthüringen (VMT)
http://www.vmt-thueringen.de/

★本ブログ内の関連記事
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2015年10月 1日 (木)

テューリンガーヴァルト鉄道 I-DB線からのアプローチ

ハルツ狭軌鉄道を乗り尽くした翌日、前から気になっていたライトレールに乗りに出かけた。名称はテューリンガーヴァルト鉄道 Thüringerwaldbahn、地元では略してヴァルトバーン Waldbahn(「森の鉄道」の意)と呼んでいる。

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終点タバルツで出発待ちするトラム

テューリンガーヴァルト(テューリンゲン森)Thüringerwald というのは、ドイツ中部テューリンゲン州に横たわる山地で、ハルツ山地の120~150km南に位置する。鉄道は、ゴータ Gotha 市内を出てそのテューリンゲン森の麓にある保養地の町へと向かう。名前のとおり、深い森とそれに続く野を駆け抜ける24.1km(市電との共用区間および支線を含む)のトラムだ。

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市内トラムが郊外の町や村まで足を延ばすこうした鉄道は、郊外路面軌道 Überlandstraßenbahn に分類されている。第一次世界大戦までは、馬車に代わる輸送手段としてドイツのみならずヨーロッパ各地で見られた形態だ。しかし、自動車交通の普及が進むなか、旧 西ドイツでは1950~60年代までにバスに転換されるなどして、ほぼ例外なく廃止されてしまった。幸いというべきか、東ドイツだったこの地方では温存され、今も市民や旅行者の足となっているのだ。

今回の訪問の主目的は、珍しくなったこの郊外路面軌道を取材することだが、もう一つ注目したのは、この鉄道に絡むように延びているドイツ鉄道DBのローカル支線だ。さほど需要がありそうもない田舎町に、鉄道が2本も通じている。その理由を探るために、往路はDBの列車を使い、行った先でトラムに乗換えて戻ってくる、という少々慌しい半日行程を編んだ。見たままの状況を2回に分けて紹介したい。

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テューリンガーヴァルト鉄道周辺図

ヴェルニゲローデを朝7時台に出ても、ゴータ中央駅に着くのは11時半になる。長旅を終えて駅前に出ると、DB駅舎のみすぼらしさに引き換え、駅前広場のトラム・バスターミナルは明るくスタイリッシュな装いで、その格差に愕然とした。DBの旅行センターでさえ、自社駅の中ではなくトラムターミナルの横にこぎれいなオフィスを構えているではないか。

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ゴータ中央駅前
(左)DB駅舎 (右)整備された駅前のトラム・バスターミナル

時間に余裕があったのでトラムの初乗りを試みたが、そのことは後で触れるとして、DB支線探訪のほうに話を進めよう。ゴータから西行きの普通列車で一駅目のフレットシュテット Fröttstädt が、支線の分岐駅だ。南側の扇形に開いたホームに、1両きりの真っ赤な気動車が停車している。アルストーム社のコラディア Coradia を使った641形、閑散線用の両運転台車だ。その形状からドイツでは、クジラを意味するヴァールフィッシュ Walfisch とあだ名される。2001~02年の製造だが、見かけは十分新しい。

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フレットシュテット駅
(左)本線ホーム (右)本線側から支線の気動車が見える

このDB支線は現行の時刻表で、終点の駅名そのままフリードリヒローダ線 Friedrichrodaer Bahn と案内されている。延長9.9km、今は行止りの盲腸線だが、かつては先にあるゲオルゲンタール Georgenthal まで延び、別の路線に接続していた(下注)。テューリンゲン森と平原の境を走るので、ヴァルトザウム鉄道(森の縁鉄道)Waldsaumbahn の別名もあった。

*注 最盛時はフレットシュテット=ゲオルゲンタール線 Bahnstrecke Fröttstädt–Georgenthal と呼ばれ、全長18.9kmの路線だった。

路線の歴史は古く、1848年にヴァルタースハウゼン Waltershausen まで馬車鉄道として開通したのが始まりだ。1876年にフリードリヒローダ Friedrichroda へ延長されるとともに、蒸機運転に転換され、1896年にはゲオルゲンタールまで全通した。しかし、ドイツが第二次世界大戦に敗れると、ソ連が要求した戦争賠償に充てるために、東半分のフリードリヒローダ~ゲオルゲンタール間が廃止となり、設備はすべて撤去されてしまった。辛うじてフリードリヒローダまでが残された理由は、ここが多数の別荘や保養所、療養所が立地する山麓の保養地だったからだ。

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ヴァルタースハウゼン駅で半分降りた

12時37分に発車した赤いクジラの乗客は十数人、しかし、ヴァルタースハウゼンで半分以上が降りた。この町へはトラムも来ているのだが、街中を通ってくるため、ゴータ中央駅から乗換時間込みで48分かかる。一方、DB線の列車なら同じ1回乗換で18分と、圧倒的に速い。エアフルト Erfurt やアイゼナハ Eisenach といったDB幹線沿いの都市だとなおさら有利で、そうした需要があるのが廃止宣告を免れてきた理由なのだろう(下注)。

*注 ウィキペディア ドイツ語版「フレットシュテット=ゲオルゲンタール線」http://de.wikipedia.org/wiki/Bahnstrecke_Fröttstädt–Georgenthal によれば、当路線のDBレギオとの運行契約は2016年末で終了するが、2017年からテューリンゲン地方交通事業会社 Nahverkehrsservicegesellschaft Thüringen が運行を引き継ぐとしている。

ここから谷に分け入っていく。森の中に2km半続く、トラムとの並走区間の始まりだ。シュネプフェンタール Schnepfenthal で、向かいの停留所にトラムがほぼ同時に停まったのが見えたのだが、あちらは意外に出足が速い。並走するどころか、すぐに姿が見えなくなってしまった(下注)。

*注 後でタバルツからトラムで戻る時に併走を捉えることができた。詳細は次回。

次の停車は、ラインハルツブルン=フリードリヒローダ Reinhardsbrunn-Friedrichroda(下注)。ここでもトラムと乗換えができる。駅舎は、英国のカントリースタイルとテュービンゲンのハーフティンバー様式を融合させた建物で、州の文化財指定を受けている。ドイツ統一以前、この地を治めていたザクセン=コーブルク=ゴータ公国のアルフレート公爵 Herzog Alfred は、英国ヴィクトリア女王の次男だった。それが縁で、近くに建てられた貴賓館の玄関口となるこの駅にも、祖国の建築様式が取り入れられたのだ。

*注 ラインハルツブルンはラインハルトの泉の意。中世、この谷間には同名の修道院が存在し、その跡に公爵の狩猟邸として貴賓館が建てられた。

しかし、華やかな過去も邯鄲の夢のごとし。後でこの駅に降り立ったが、無人となって久しい駅舎は朽ちるがままにされ、壁は心ない落書きで覆われていた。幽霊屋敷さながらの荒れようで、日が暮れたら到底近づきたくない雰囲気だ。ウェブサイトを見ると、駅舎は長らくDBの所有だったが、2015年6月に市が取得して活用方法を検討しているらしい。少しでも人が寄りつくような施設になるといいが。

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(左)荒れ果てたラインハルツブルン=フリードリヒローダ停留所
(右)フリードリヒローダトンネルを抜ける

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フリードリヒローダ付近の1:25,000地形図
旧東独官製1:25,000 M-32-46-A-c Waltershausen 1986年版に加筆

気動車は長さ279mのトンネル(下注)をそろりと抜けて、12時56分、終点フリードリヒローダに到着した。ここも無人だが、リゾート地の玄関口として造られた歴史から、ホームはたっぷり余裕があり、屋根もかかっている。貨物側線も残されているらしいが、ほとんど雑草に埋もれて見えない。旅の出立ちの人が数人降りたあとは、昼下りのがらんとした空間に気動車のエンジン音だけがこだました。

*注 名称はフリードリヒローダトンネル Friedrichrodaer Tunnel。越える山の名をとって、ラインハルツベルクトンネル Reinhardsberg-Tunnel ともいう。

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終点フリードリヒローダ駅の赤いクジラ

列車は7分で折返す。周辺の写真を撮っていると、運転士氏が近づいてきて、「また乗るのか」と聞く。次の駅までと答えたら、「ふつうは停まらないので、降りる合図ができないから運転室へ来い」とのこと。そこで初めて、さっきの駅がリクエストストップ(乗降客があるときのみ停車)であることに気づいた(下注)。声を掛けてもらえなかったら、下車しそびれるところだった。

*注 DB公式時刻表にはその旨の注記がある。筆者が確認を怠っていただけだ。

思いがけず運転室に添乗する機会を得、ワイドな前面車窓をひととき愉しんだ。トンネルを抜け、幽霊駅舎の前で降ろしてもらう。親切な運転士氏に礼を言って、草ぼうぼうの線路に消えていく赤いクジラを見送った。地図に従い小道を少し下りると、そこだけ森がぽっかり空いていて、目指すトラムの線路と乗場が見つかった。

トラムの乗車記は次回に。

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ラインハルツブルン=フリードリヒローダ
(左)気動車が草むらの線路を遠ざかる (右)これでも駅舎は文化財!
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森の中のトラム停留所

本稿は、Peter Kalbe, Hans Wiegard, "Nahverkehr in Gotha - Die Geschichte der Gothaer Straßenbahn, der Thüringerwaldbahn und der Industriebahn Gotha" Verlag Dirk Endisch, 2009、参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。

■参考サイト
TWSB(テューリンガーヴァルト鉄道・ゴータ路面軌道会社)
http://www.waldbahn-gotha.de/
テューリンゲン中部運輸連合 Verkehrsverbund Mittelthüringen (VMT)
http://www.vmt-thueringen.de/

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