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2015年9月19日 (土)

ハルツ狭軌鉄道 IV-ゼルケタール線

ハルツ山地を東西に走るHSBゼルケタール線 Selketalbahn を支線も含めて完乗し、ついでに世界遺産都市クヴェードリンブルク Quedlinburg を見てこようというのが、この日の欲張りな計画だ。そのために宿の朝食はきっぱり諦め、ヴェルニゲローデ Wernigerode 7時25分発の始発列車に間に合うように駅へやってきた。昨夜はけっこう長く雨が降っていたのだが、その分今朝は快晴で、残んの月が空にまだかかっている。

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(左)朝7時過ぎのヴェルニゲローデ駅 (右)187形気動車で行く

列車はアイスフェルダー・タールミューレ Eisfelder Talmühle 行き187形気動車、乗客は私を入れてわずか5人だった。すがすがしい朝のドライ・アンネン・ホーネ Drei Annen Hohne に人影はなく、エーレント Elend でリュックを背負った若者が1人、ベンネッケンシュタイン Benneckenstein で中年男性が1人乗ったきり。終点ドイツの備後落合に降り立ったのは合せて7人で、これが需要の現実だ。ノルトハウゼン Nordhausen 始発でゼルケタール線へ進む同じ187形が、隣のホームで待っている。乗り換えたのは私を含めて2人だけだった。

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(左)ドライ・アンネン・ホーネ駅もまだ8時
(右)昼間の喧噪が嘘のように静まっていた
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(左)アイスフェルダー・タールミューレ駅に到着
(右)ゼルケタール線の列車が右側に到着

ゼルケタール線は、クヴェードリンブルク~ハッセルフェルデ Hasselfelde が本線格で、それに2本の支線、すなわちアレクシスバート Alexisbad ~ハルツゲローデ Harzgerode、およびシュティーゲ Stiege ~アイスフェルダー・タールミューレ Eisfelder Talmühle が付属している(下の路線図参照)。しかし成立過程はこの順序ではない。

最初に開通したのは、ゲルンローデ Gernrode から丘の町ハルツゲローデまでの区間で、1887~88年のことだ。ゲルンローデでは標準軌線と接続していた。次にハルツゲローデの手前のアレクシスバート Alexisbad からゼルケ川の谷(ゼルケタール Selketal)を遡ってハッセルフェルデまでが1888~92年に開通したが、その後はしばらく進展がなかった。当時ゼルケタール線とハルツ横断線は別会社の路線だったので、接続は後回しにされたのだ。シュティーゲ~アイスフェルダー・タールミューレ間が開通したのは、13年後の1905年のことだ。なお、根元のクヴェードリンブルク~ゲルンローデ間は、2006年に標準軌を転換した新線で、これについては後述する。

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路線図
官製1:200,000 CC4726 Goslar (2010年版)に加筆
(c) Bundesamt für Kartographie und Geodäsie.

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乗客は、撮影者を除いてこれで全員

9時32分発車。列車はさっき下ってきたのと同じような谷を、最急1:27(37‰)で上り詰めていき、峠を越えてハッセル川 Hassel の流域に出る。森が拓かれ、遠くまで牧草地や耕地が広がる丘陵地だ。列車はシュティーゲ Stiege を経て、行止りのハッセルフェルデまで行く。最後の1駅間は波打つ麦畑の中を走るのだが、右へ左へとカーブが連続して煩わしいくらいだ(下の地形図参照)。要するに等高線にできるだけ沿うことで土工量を減らしているのだが、速度が上がらないこと甚だしい。地方道が接近してきて、車がすいすい追い抜いていく。確かに車を使う人には、こんな辛気臭い(ドイツ語でなんというか知らないが)乗物は風景の一部としか映らないだろう。

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シュティーゲ~ハッセルフェルデ間
(左)カーブだらけの線路 (右)耕地が遠くまで広がる

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シュティーゲ~ハッセルフェルデ
旧東独官製1:50,000 M-32-10-D Wernigerode S 1988年版、M-32-22-B Nordhausen 1988年版に加筆

4.7kmに13分かけて(表定22km/h)、ハッセルフェルデに10時07分着。木立に囲まれた田舎町の終着駅だ。町中を少しでも散歩したいところだが、この列車は5分後に折返しなので、そうもいかない。駅の周りの写真だけ撮って、そそくさと列車に乗込んだ(下注)。

*注 ゼルケタール線の本線というべきハッセルフェルデ~クヴェードリンブルク間だが、直通列車は1日1本(かつ片道)のみ、所要120分。ハッセルフェルデの公共交通は実質的にハルツ交通事業 Harzer Verkehrsbetriebe, HVB の路線バスが担っており、ヴェルニゲローデへ平日1時間毎(所要50分)、ブランケンブルク Blankenburg へも1日数本の設定がある。

列車はいわゆるワンマンカーだが、運転士は運転に専念し、基本的に乗降客の切符を見ることはない。切符を持たずに乗った客は、車内備え付けの券売機で自主的に購入する。もちろん無札が発覚すると多額の追徴金が課せられるという前提があるのだが、ふだんは実に大らかだ。ところが、折返し便に乗ろうとしたら、運転士に「切符は?」と聞かれた。すぐに3日券を見せたものの、さすがに終点で降りない客は怪しいと思われたようだ。

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(左)終点ハッセルフェルデ駅 (右)列車は折返しハルツゲローデ行きに

ハッセルフェルデ10時12分発の行先は、ハルツゲローデ。ひげ線発、ひげ線着というおもしろい経路を行く。さらに興味深いのは、分岐駅シュティーゲでの動きだ。この列車は、2番線で客を降ろすとホームの先まで行って、1番線に戻ってきた。一方、これと交換するクヴェードリンブルク発アイスフェルダー・タールミューレ行きは、1番線で客を降ろすとハッセルフェルデ方へ出発し、ループ線を回って2番線に入ってきた。つまり両者が番線を入れ替えたわけだ(右下図参照)。蒸機列車がこのループ線で方向転換するのは本で読んだことがあるが、気動車も同じことをしていたとは驚いた。

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シュティーゲ駅の線路配置図

実は、私が乗った列車は6分停車する(と時刻表で読めた)ので、ホームに降りて、のんびり駅舎の写真などを撮っていたのだが、予告もなく列車が動き出して、大いに慌てた。ホームを外れてもまだ走っていくので、一時はてっきり置いていかれたと思い込んだ。なにしろ、1日4~5本しか列車がないから、乗り遅れると予定が大幅に狂う。

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(左)分岐駅シュティーゲ
(右)方向転換用ループの分岐。右へ行く線路は森の後ろを回って左に出てくる
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シュティーゲでの転線風景

シュティーゲからまた分水界を越えて、今度はゼルケ川の谷に下りていく。しばらく谷の中をたどっていくが、駅名を追うほどに眠気を誘う行路だ。この区間は戦後40年近くも不通になっていて、復活したのはそれほど古い話ではない。第二次大戦後、ゼルケタール線の施設の多くは、この地域を占領したソ連軍によって、戦争賠償の一部として持ち去られた(下注)。このうちゲルンローデからシュトラースベルク Straßberg までは、産業路線とみなされて1949年に再建されたが、分水界を越えてシュティーゲまでの13.9kmは草に覆われたままで、再建のうえ定期運行が始まったのはようやく1984年のことだ。

*注 その中で、アイスフェルダー・タールミューレ~シュティーゲ~ハッセルフェルデ間は木材輸送のために、シュトラースベルク付近の一部区間は採掘したフローライト(蛍石)輸送のために、施設の撤去を免れた。

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(左)ゼルケ川の貯水池(ミュール池 Mühl-Teich)
(右)途中駅シュトラースベルク
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ハルツゲローデ支線が接近

銀の精錬所跡が残るジルバーヒュッテ Silberhütte の次が、分岐駅アレクシスバートだ。また進行方向が変わるので、シュティーゲの例を思い出して興味津々だったが、案の定、列車はホームに停まらず、構内の末端近くまで「過走」した。運転士が線路に降りて、転轍機を操作する。列車は後退しながら転線し、ようやく所定のホームに停車した。

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アレクシスバート駅
(左)駅舎の意匠はどれも個性的 (右)蒸機列車と連絡

14分間の停車中に、クヴェードリンブルクからの蒸機列車が入ってくる。これとの接続をとって、気動車はもと来た方向に発車した。すぐ本線から左に分かれ、小さな谷に沿って道路と一緒に高原へ這い上っていく。もちろん勾配(最急1:30=33.3‰)とカーブの連続だ。しかし距離はわずか2.9km、ノンストップで10分走って、あっけなく終点ハルツゲローデに到着した。

気動車のエンジン音が停まると、木立が風にそよぐ音が聞こえてきた。折返しの発車まで20数分ある。駅前食堂など期待するほうがおかしいが、ここで昼食を確保しないと食いはぐれてしまう。そう思って西側の踏切に立って見回すと、すぐ近くに郊外スーパーのレーヴェ Rewe があるではないか! まるで胸のうちを読んだかのような出現のしかただ。店内のレジでは大量に買い物をした人が前に並んでいた。列車に遅れそうでやきもきしたが、ここでもタイミングよく隣のレジが開いた。

ところで、ヴェルニゲローデやハルツゲローデなど、ハルツ山地にはローデ Rode のつく地名が多い。ドイツ語の動詞ローデン roden は根を掘り返す、開墾することを意味し、たとえば開墾地はローデラント Rodeland という。山地への入植が始まったのはおよそ1000年前で、ローデは入植地を拡張するために森を切り拓いた場所であることを今に伝えている。

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支線の終点ハルツゲローデ駅

列車はもと来た道を戻り、往路と同様、ホームを通過してから転線して12時19分、アレクシスバートに着いた。これで朝9時半からずっと私を運んでくれた気動車ともお別れだ。乗り継ぐクヴェードリンブルク行きが隣のホームに停まっている。また気動車(車番187 015)だが、窓が大きく、塗装も明るい色で、新しい形式に見える。見かけはそうだが、実は187形の量産に先立って造られたプロトタイプだ。起動時の轟音はまったく同じだった。

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アレクシスバートに戻ってきた
(左)3番線を過走してから2番線に入る (右)187形のプロトタイプに乗換え

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ゼルケタール川沿いの区間、
図中右下の市街がハルツゲローデ
旧東独官製1:50,000 M-32-23-A Harzgerode 1988年版、M-32-11-C Quedlinburg 1988年版に加筆

アレクシスバートを12時24分に発車した。ノルトハウゼンから長距離を走ってきた列車で、空気を運んでいた朝の状況とは異なり、20人くらい乗っている。今風のメイクをした少女も混じっていて、町へ向かう気分になってきた。列車はゼルケタール線の最難所にさしかかる(右図参照)。このあたりでゼルケ川は、極端に蛇行しながら比高約100mの峡谷を刻んでいる。線路はその底をトンネル無しで忠実になぞっていくので、きつい反向曲線の連続だ。事実、ドラートツーク Drahtzug ~メクデシュプルング Mägdesprung 間では、岩の切通しを半径60mの線内最急カーブで抜けている(下注)。ふと大井川鉄道井川線を思い出した。

*注 この急曲線は道路の間際にあり、切通しから顔を出す蒸機を捕えることができるため、撮影名所の一つになっている。

メクデシュプルングで東流するゼルケ川本流と別れた後はひと山越えるのだが、この上り坂には、1:25(40‰)という最急勾配が介在する。ブロッケン山でも最急33‰なので、短距離とはいえ機関車にとってはつらい坂道だろう。およそ半時間で最後の山越えを終えると、まもなくゲルンローデだ。ゼルケタール線は長い間ここが起点だった。構内配線といい、ホームの脇にある煉瓦造りの機関庫といい、拠点駅の雰囲気がよく残っている(下の配線図参照)。反対側は、風格のある旧DB駅舎だが、すでに駅の機能は有していない。

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平地に降りるとゲルンローデ

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ゲルンローデ駅の線路配置図

かつて接続していたのは、フローゼ Frose とクヴェードリンブルクを結ぶ標準軌線(下注)だった。バルカン Balkan と通称され、再統一後もDBが引継いで運行していた。ところが2003年、沿線のバレンシュテット・オスト駅 Ballenstedt Ost で信号所が放火により焼損し、使用不能となる。応急的に一部区間でバスが代行したものの、DBはもう不採算のローカル線を復旧する意思を持っていなかった。段階的にバスへの転換が進められ、2004年1月末をもってバルカン全線で列車の運行が終了した。

*注 フローゼ=クヴェードリンブルク線 Bahnstrecke Frose–Quedlinburg は1885年全通、2004年7月31日正式廃止。時刻表番号332で、廃止前は、旅客列車がクヴェードリンブルク~フローゼ(ここで進行方向が変わる)~アッシャースレーベン Aschersleben 間で運行されていた。

ゼルケタール線が起点での鉄道接続を失ったため、利用者はバスへの乗継ぎを強いられることになった。だが、バルカンの退場は、他方でゼルケタール線の列車をクヴェードリンブルクに直通させるという課題に解決の道筋をつけた。実は、直通計画は、クヴェードリンブルク旧市街が世界遺産に登録された1994年からすでに存在していた。最初は、狭軌列車も通れるように3線軌条化する案が検討されたのだが、この場合、既存のPCまくらぎを全面的に交換しなければならず、費用面から議論は前に進まなかった。しかし、バルカン廃止となれば、その跡を狭軌線に完全転換することが可能になる。費用についても、他路線の廃止に伴い、州の助成金の余剰分を振り向ける目途が立った。

2005年4月、標準軌を狭軌に変更するという珍しい改修工事の起工式が挙行され、2006年6月からゼルケタール線の定期列車は、DBのクヴェードリンブルク駅に発着するようになった(下注)。

*注 転換のあらましについては、本ブログ「ハルツ狭軌鉄道のクヴェードリンブルク延伸」参照。

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ゼルケタール線の車両基地なので構内は広い
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ゲルンローデの機関庫にはさっき出会った機関車がいた

ゲルンローデのホームを離れると、線路は大きくカーブして旧バルカンの位置につく。その後は、羊腸の道だったのが嘘のような緩いカーブと直線で、一面の麦畑の上を進んでいく。乗客の顔ぶれは山中と全く変わらないが、車窓に広がる景色は実に開放的だ。ターレThaleから来る標準軌線としばらく並走した後、列車は13時25分、クヴェードリンブルク駅の3番線に滑り込んだ。隣に待っているのは、HEX(下注)と称する青と白のスマートな新型気動車で、州都マクデブルク Magdeburg まで快速運行している。

*注 HEXは、国際交通企業ヴェオリア Veolia による「ハルツ・エルベ急行 HarzElbe-Express」の略称。ハルツフォアラント Harzvorland(ハルツ前縁地)一帯のDB線で運行されている。

直通化によってここまで乗換えが不要になり、鉄道の利便性は一気に高まった。といっても、転換区間の列車はいまだ、わずか6往復に過ぎない。ゲルンローデからクヴェードリンブルクへはHVBが運行するバスが数系統あるので、列車利用は山地の住民か観光客に限られると聞いた。600万ユーロを費やした転換事業だったが、横断線ノルトハウゼン口のような目覚ましい変化には、結びついていないのが現状のようだ。

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(左)終点クヴェードリンブルクに到着 (右)1番線にはHEXの連接式気動車
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クヴェードリンブルク駅舎
(左)宗教建築風のファサード (右)内部も修道院を思わせる
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世界遺産都市クヴェードリンブルクの中心、マルクト Markt
正面右の建物が市庁舎
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クヴェードリンブルク
(左)マルクト、上の写真の反対側 (右)城山に建つ聖セルヴァティウス教会

ともかくこれで、ハルツ狭軌鉄道の探訪は完了だ。まだ13時台なので、蒸機列車の出発を見届けようと、折り返しの気動車でゲルンローデに戻った。隣のホームで発車を待っていたのは、ここが拠点の99 7232機を先頭に、無蓋車、荷物車、古典客車3両の計6両。デッキにも客車の窓にもけっこうな人の姿がある。土地の観光資源として、やはり蒸機列車は欠かせない。

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再びゲルンローデ駅へ
(左)蒸機列車がスタンバイ (右)発車を見送る(ビデオからのキャプチャー)

力強いドラフト音とともに列車が山の方へ去ってしまうと、田舎の駅は静けさに包まれた。構内の片隅に小さな鉄道博物館があるが、きょうは開いていない。日陰のベンチに腰を下ろして、ハルツから来る乾いた風に吹かれていると、早朝から列車に乗り続けてきたせいか、見上げる空がやけに広い気がした。

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静かな午後のゲルンローデ駅

本稿は、「ドイツ・ハルツ山地-地図と鉄道の旅」『等高線s』No.11、コンターサークルs、2014に加筆し、写真、地図を追加したものである。

★本ブログ内の関連記事
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