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2015年8月29日 (土)

ハルツ狭軌鉄道 I-山麓の町ヴェルニゲローデへ

列車は、山の裾野に広がる麦畑の中をすべるように走っている。時は8月、渋い黄金色に染まって刈入れを待つ区画があるかと思えば、すでにさっぱりと刈取りを済ませた場所もある。ドイツ北中部、ハルツ山地 Harz の北斜面。私は今、フランクフルト Frankfurt am Main から列車を何度も乗り継いで、今晩宿を取るヴェルニゲローデ Wernigerode へ向かっている。

ハルツ山地には、21世紀の今なお、蒸気機関車が運行の重要な部分を担う狭軌鉄道が存在する。その活躍ぶりを自分の目で確かめたくて、はるばるここまでやってきた。これから4回に分けて、愛すべき蒸機の聖地とその周辺をレポートしたい。

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麦畑の中で旧東西国境を越える

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ヴェルニゲローデは、ハルツ観光の玄関口で知られた町だ。しかし、幹線筋からはずれているため、フランクフルトから直行列車はない。最もわかりやすい行き方は、ベルリン行きのICEで途中のヒルデスハイム Hildesheim か、ハンブルク行きICEでハノーファー Hannover まで乗り、ハレ Halle 行きREに乗継ぐルートだろう。乗換え1回で、所要4時間半というところだ。

しかし、私はカッセル Kassel からフルダ川 Fulda 沿いの旧線に乗ってみたかったので、ドイツ連邦鉄道DBが提供する列車検索サイトの手を借りて、別案を練った。カッセルでICEを降り、そこから(ヴィルヘルムスヘーエ Wilhelmshöhe →中央駅 Hbf と移動したうえで)、REとRBでゲッティンゲン Göttingen →クライエンゼン Kreiensen →ゴスラー Goslar →ヴェルニゲローデ Wernigerode と進む。マイナーな地名(駅名)ばかりなので、DBの路線図を掲げておこう(下注)。

*注 ICE(イーツェーエー)は主に高速新線を経由する特急列車、RE(レギオナルエクスプレス、地域急行の意)は日本の快速に相当する。RB(レギオナル)は各駅停車。掲載した路線図については、本ブログ「ドイツの鉄道地図 I-DB公式地図」の項目も参照。

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緑:今回通ったカッセルからヴェルニゲローデへのルート
赤の二重線:ハルツ狭軌鉄道の全路線
"Übersichtskarte für den Personenverkehr", DB Vertrieb, 12/2013 に加筆

ご覧のとおり、ヒルデスハイム経由より距離は短いものの、乗換えは5回に及ぶ。発着時刻の比較的正確なドイツでこそ実行可能な計画と笑われそうだが、急ぐ旅でもない。ダイヤが乱れた時は、その場でプランを見直せばいい。

ドイツの鉄道車両は新旧交代が進んでいる。ローカル線といえども、スマートな連接式気動車が投入されていることが多く、乗り心地はすこぶる良好だ。それに、経由するゲッティンゲンは大学町、ゴスラーは世界遺産都市なので、駅での待ち時間を利用してちょっとした街歩きも楽しめる。

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カッセル中央駅
(左)モニュメントのある駅舎正面 (右)閑散としたホームとゲッティンゲン行き普通列車
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ゴスラー駅 (左)駅舎とバスターミナル (右)プラットホーム
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世界遺産ゴスラー旧市街 (左)ローゼントーア通り (右)マルクト

麦畑の車窓で何気なく眺めていたら、手前の山並みの奥に、ひときわ高い山を見つけた。送信塔があるから、ハルツ山地の最高峰、標高1141mのブロッケン山 Brocken に違いない。蒸気機関車があの山頂まで上っているのだ。よくもあのような高所へ線路を敷こうと考えたものだと、登山鉄道に出会うたびに、人間の飽くなき執念に感じ入ってしまう。

ブロッケン山はまた、ブロッケン現象や魔女伝説でも知られている。ご承知のようにブロッケン現象は、背後から差し込む日光で、霧に映る登山者の影の周りに虹のような光の輪が生じる自然現象のことだ。条件が揃えば別にブロッケンでなくても発生しうるのだが、名義を貸すほどここは霧の名所で、実際、山上が霧に覆われた日数が1958年には年間330日にも達したそうだ。しかし、麓で数日観察していると、朝は雲をまとっているが、陽が高くなると晴れてくるとか、逆に朝は好天でも、午後は雲の中というように、一日のうちに天気がよく変わる。霧の日数といっても、決して朝から晩まで五里霧中というわけではないらしい。

どうしてブロッケンに霧が出やすいのか。その理由はこうだ。ブロッケンを擁するハルツ山地は、まとまった山地としてはドイツで最も北に位置している。周囲に遮るものがないため、大西洋から吹いてくる西風は初めてこの山にぶつかる。上昇気流が生じて、冷やされた水蒸気が霧や雲となる。それに応じて降水量も、風上に相当する西側斜面では年間1600mmに上る。他方、風下(東)にあるヴェルニゲローデでは年平均わずか500mmしか降らないというから、極端な差がある。

進行方向右側に狭軌の線路が並行するようになれば、まもなく目的地ヴェルニゲローデだ。魔女伝説のことは後で記すとして、降りる支度をしなければいけない。

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ヴェルニゲローデ駅から見るブロッケン山

ヴェルニゲローデには結局4泊したので、列車旅のかたわら、旧市街を見る時間も十分とることができた(下注)。私の町巡りはたいてい、市街図の入手から始まる。駅のキオスクでも市販図が置いてあるが、公式地図を求めて、市庁舎の隣にある観光局まで行った。有料だが詳しいよ、と薦められ、掌サイズに折り畳まれた市街図を入手した。街路名や主要建物が明快なフォントで漏れなく記され、バスの停留所(Halt の頭文字 H のマーク)とルート、公衆トイレ、駐車場、ガソリンスタンド、一方通行、歩行者専用ゾーンなど必要な情報が網羅されている。明るめの色の選択にもセンスが匂う。

*注 町は宿泊税大人1泊2.5ユーロを徴収しており、それを財源に「ヴェルニゲローデ・チケット Wernigerode Ticket」という制度を導入している。宿の宿泊者名簿が2枚複写になっていて、複写(2枚目)を宿が保管し、自筆(1枚目)はそのままチケットになる。これを所持すれば、宿泊期間中、市内および地域バス路線網HATIXが無料で乗れ、観光施設、店舗、レストランなどで割引が受けられる。

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ヴェルニゲローデ旧市街 (左)ブライテ通りの賑わい (右)観光案内所玄関

さっそく地図を片手に、旧市街をさまよった。市街地の軸を成すのは、ブライテ通り Breite Straße だ。文字どおり他より広めの街路で、東の端から約700m、中心のマルクト Markt(市場の意)まで通じる。通りは木組みの建物が並ぶ一大商店街になっているのだが、意外に土産物屋は目立たず、アパレル関係の店が多い。その中にハルツ狭軌鉄道のグッズショップがあるのを目ざとく見つけた。鉄道雑誌、ピンバッジその他お土産をさっそく購入した。

マルクト広場の正面には、市庁舎 Rathausがある。スリムな尖塔を両脇に従え、焦茶の木骨とオレンジの色壁の対比も美しく、役所というより、童話の登場人物が住むお屋敷のようだ。細部の装飾も味わい深くて、しばらく見惚れた。

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ヴェルニゲローデ市庁舎
(左)マルクトに建つ市庁舎と慈善の泉 (右)正面の凝った装飾
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ブライテ通りの優雅な建物
(左)飾り立てたカフェ・ウィーン (右)軒先に知性の象徴フクロウがいる書店
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ハルツ狭軌鉄道グッズショップ
(左)信号機が目印 (右)店内の鉄道模型、シールケ駅がモデル

市街地の背後にある小山には、ヴェルニゲローデ城がそびえている。古城の展示につきものの武具や天蓋つきベッドには興味が湧かないが、高い場所に上りたい私には行く価値がある。小山といっても比高100mくらいだろうか。宿で聞いたら、もちろん歩いて上れるけれど、トレインもあると言う話だった。トレインといっても実態は、列車に似せた遊覧バスだ(下注)。ぐいぐいと坂道を上って、城門の手前まで連れて行ってくれた。

*注 城に上る列車風のバスは2社あって、車体が黄色のビンメルバーン Bimmelbahn と、オレンジのシュロスバーン Schloßbahn。停留所も違う。運賃はどちらも片道3ユーロ、往復5ユーロ。私が乗ったのは後者。

テラスに出ると、そこは想像していた通りの眺めが得られる展望台だった。赤屋根の群れが肩を寄せる旧市街、その背後を固める濃緑のハルツ山地、かなたにブロッケン山の送信塔もはっきり見える。テラスでしばらく涼んで、結局有料の城内には入らずじまい。帰りは自分の足で森の中の小道を降りていった。

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(左)山上のヴェルニゲローデ城 (右)シュロスバーンで城山へ
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ヴェルニゲローデ城のテラスからのパノラマ
右の尖塔の周辺が旧市街、左奥にブロッケン山が見える

町の玄関ヴェルニゲローデ駅は、DB線だけ見ればどこにでもある中間駅の一つかもしれない。だが、隣接するメーターゲージ(1000mm軌間)蒸気鉄道の出発駅と車両基地が、それを特別な存在にしている。ブロッケン山に上る路線が有名なため、世間ではブロッケン鉄道あるいはブロッケン線 Brockenbahn のほうが通りがいいらしいが、運営しているのはハルツ狭軌鉄道 Harzer Schmalspurbahnen、略称HSBという、沿線自治体等が出資する民間会社だ。

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ヴェルニゲローデDB駅舎
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ヴェルニゲローデHSB駅舎

駅前の公園から見ると、中央をDB駅舎が占め、左がHSB駅舎、右が市内・近郊線のバスターミナルという配置になっている。ハルツ地方のさまざまな場所へ列車やバスが出ている地域交通の要衝だ。HSBも広い路線網を維持していて、公式サイトによれば次の3線区に大別される。

1.ハルツ横断線 Harzquerbahn
 ハルツ山地を南北に縦貫する路線で、南部ではトラムが乗り入れる。
 ノルトハウゼン北駅 Nordhausen Nord ~ヴェルニゲローデ60.5km(下注)

2.ゼルケタール線 Selketalbahn
 ハルツ山地をおよそ東西に走る路線で、2本の支線が含まれる。
 クヴェードリンブルク Quedlinburg ~ハッセルフェルデ Hasselfelde 49.3km、
 アレクシスバート Alexisbad ~ハルツゲローデ Harzgerode 2.9km、
 シュティーゲ Stiege ~アイスフェルダー・タールミューレ Eisfelder Talmühle 8.6km

3.ブロッケン線 Brockenbahn
 ハルツ横断線から分岐し、ブロッケン山に上るHSBの看板路線。ヴェルニゲローデからの直通列車も多い。
 ドライ・アンネン・ホーネ Drei Annen Hohne ~ブロッケン Brocken 19.0km

*注 延長キロは、http://www.selketalbahn.de/ > Strecke > Daten Selketalbahn, Daten Harzquer- u. Brockenbahnによる。

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ハルツ狭軌鉄道路線図
官製1:200,000 CC4726 Goslar (2010年版)に加筆
(c) Bundesamt für Kartographie und Geodäsie.

私は計140kmの路線網を3日かけて乗り尽くすつもりだ。切符は、窓口で3日券 3 Tages-Karte を買った。70ユーロ(1ユーロ140円として9800円)もするが、ブロッケンとの往復だけでも35ユーロ(同4900円)だから、相場の範囲だろう。ただ残念なことに、渡されたのは車補(車内補充券)のような端末印字のペラ券。有効期限も記載されていて、使う前に署名するように言われた。これに対して、普通乗車券は裏面に蒸機のイラストが入った硬券だ。出札窓口では専用の機械にセットし、区間や日付を印字して発売している。他人が買うのを見ていたら、二重を承知で買わずにいられなかった。

次回はいよいよブロッケン線に乗る。

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ハルツ狭軌鉄道の乗車券 (左)ペラペラの3日券 (右)片道券の表裏

本稿は、コンターサークルs『等高線s』No.11(2014年)に掲載した記事「ドイツ・ハルツ山地-地図と鉄道の旅」に加筆し、写真と地図を追加したものである。

■参考サイト
HSB  http://www.hsb-wr.de/
ゼルケタール線友の会 Freundeskreis Selketalbahn e. V. http://www.selketalbahn.de/
ハルツ観光連盟 Harzer Tourismusverband e.V. http://www.harzinfo.de/
ヴェルニゲローデ市観光局 http://www.wernigerode-tourismus.de/

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2015年8月22日 (土)

新線試乗記-仙石東北ライン

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仙石東北ライン路線図

朝8時台、仙台駅2番線に青、ピンク、緑という不思議なカラーコーディネートの列車が4両で入ってきた。仙石東北(せんせきとうほく)ラインを走るハイブリッド型気動車HB-E210系だ。

既存の線路で構成した新しい列車走行ルートのことを、JR東日本では、「~ライン」と呼んでいるようだ。仙石東北ラインは、仙石線と東北本線を経由して、県第二の都市石巻を県都仙台に直結する新ルートになる。震災後、一部区間がバス代行のままだった仙石線が全通再開するのに合わせて、今年(2015年)5月30日、運行を開始した。

具体的なルートはこうだ。仙石線と東北本線は、松島を望む一部の区間で並走している(下記参考サイト参照)。そこで、松島駅/高城町(たかぎまち)駅の西方で両者が接近する地点に、接続用の線路300mを新設して、列車の相互乗入れを可能にした。ここを境に列車は、石巻方では仙石線、仙台方は東北本線を走る。

東北本線は、戦中(1944年)に完成した新線区間、いわゆる海線を含んでおり、線形が比較的よく、スピードアップが期待できる。震災前にも仙石線を通しで走る快速列車があったのだが、線内に十分な追抜き設備がないため、先行する各停より先着できなかった。これに対して、仙石東北ラインは事実上、別線を建設したのと同じ意味を持つ。そのメリットを最大限生かすために、全便が一部の駅を通過する快速の扱いになっている。

■参考サイト
仙石・東北接続線付近の最新1:25,000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/38.376300/141.060700

しかし、問題は両線の電化方式が異なることだ。仙石線は、私鉄の宮城電気鉄道を戦時中(1944年)に国有化した路線で、直流1500Vを使用する。一方の東北本線は、戦後の電化になるため、交流20000V 50Hzだ。従来運用されている電車では両線をまたいで走行することはできない。といって、交直流電車は価格が高く、デッドセクション(無電区間)も必要になるだろう。最終的に導入されたのは、小海線その他で実績を積んでいるハイブリッド型の気動車(下注)だった。架線集電の必要がないので、接続線には架線が張られていない。

*注 ハイブリッド型は蓄電池を備えた電気式気動車。エンジンで発電機を回し、蓄電池に蓄える。その電力で車軸を駆動させるだけでなく、回生ブレーキから得られる電力も蓄電し再利用することで、省エネ化を図っている。

8月に仙石東北ラインを試乗した。仙台駅で石巻行きの電車といえば、ふつう地下にある仙石線ホームから出るものだ。しかし、新ルートは地上の東北本線ホームに発着する。両ホームの間はかなりの距離があるので、事情を知らないと乗継ぎに冷や汗をかくことになるだろう。平日の朝、郊外へ出ていく便だが、発車までにボックス席に2~3人は座った。まずまずの利用者数だ。

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仙台駅2番線に石巻行きが到着

停車中、電力は蓄電池から供給されているのでエンジンのアイドリングがなく、静かさは電車と変わらない。乗客は気動車に乗っていることを全く意識することがないだろう。走り出して暫くすると、エンジンのうなりが聞こえてきた。発進時も蓄電池からの電力を使用し、時速15kmに達するとエンジンが起動するのだそうだ。

仙台~石巻間が最速52分と宣伝されているが、それは上下各1本しかない特別快速の所要時間だ。それ以外は、朝夕走る仙台~塩釜間ノンストップの赤い快速が59分前後、日中の緑の快速は東北本線内の各駅に停まり、さらに3~4分余計にかかる。といっても、高城町までに中間駅は5つしかないから、私鉄並みの駅間距離の仙石線に比べれば、快速の名を汚すほどではない。

塩釜から先は山が海に迫り、長短のトンネルが連続する。10本目を抜けたところで、例の接続線との分岐点にさしかかった。かぶりつきで見ていると、今走ってきた東北下り線からいったん上り線に合流し、再び右手へ出ていく形になっている。ポイントはすでに分岐側に開いているが、その直前で一旦停止した。それから徐行で接続線に入る。すぐに仙石線への合流点が見えてくるが、手前の「第一場内」と書かれた信号が赤のため、再停止。青に変わるのを待って、おもむろに合流した。

帰り(上り列車)も同じ手順を踏んだので、上下ともここで2分程度のロスが生じている形だ。列車運行管理システムが両線で統合されておらず、手動で切替えを行う必要があるからだと聞いた。改良されるのは2~3年後になるそうだ。

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接続線分岐点 (左)東北下り線から右へ分岐 (右)接続線に入る
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(左)接続線から仙石線への合流点で信号待ち
(右)高城町駅の行先表示に「塩釜」が加わった

高城町から先、陸前小野までは今回再開した区間になる。陸前富山から陸前大塚の間では、海岸すれすれの場所を走り、出来立ての真っ白な護岸が目を引く。高さがさほどでないのは、湾口に連なる松島が防波堤となって津波の勢いが減衰するからだという。線路は、架線柱が新調され、一部でロングレールも敷かれているが、線路の位置はほぼもとのままだ。

ところが、陸前大塚から先、陸前小野までの間は大きく様変わりした。集落の高台移転計画に伴い、海沿いの平地を迂回していた線路を500mほど北へ移設するという大規模なルート変更が実行されたからだ。これによって、両駅間は4.7kmから3.5kmに短縮され、東名(とうな)、野蒜(のびる)の2駅が移設の対象となった(下の地形図参照)。

高架の新線がまっすぐ東の山手に上っていく。山上ではURによる宅地造成が進行中で、各所で重機が唸りを上げている。帰りに野蒜駅で下車してみた。駅は無人ながら、空調の効いた待合室とトイレが備わっている。しかし駅前広場の周りは全面、工事現場の仮囲いに覆われていて、視界が効かない。もとの集落に通じる道路は大回りしているので、炎天下では降りる気にもなれず、完成予想図の説明板を見るほかにできることがなかった。

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野蒜駅
(左)駅舎と仮囲いに覆われた駅前広場 (右)駅舎2階から造成現場を望む
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(左)交通路の位置関係を示す案内板
(右)鳴瀬川橋梁から野蒜方へ続く高架橋を望む

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陸前大塚~陸前小野駅の旧版1:25,000地形図(1978年改測)に新線の位置を加筆

■参考サイト
野蒜駅付近の最新1:25,000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/38.379000/141.156900

野蒜を出た新線は、再び高架になって山を下り、そのまま頑丈そうな鳴瀬川のPC橋を渡っていく。この橋梁は今回の新設ではなく、2000年に架け替えられたもので、津波にもよく耐えた。陸前小野では山が遠のき、平野の中を直線で進んでいく。この周辺も一部ロングレールになって、一時ジョイント音が消えた。矢本からは家並みが連なり、車内の客も駅ごとに増えていく。石巻線が左隣に寄り添うようになれば、終点は近い。到着した石巻駅のホームには、まだ「仙石東北ライン開業2015.5.30」の垂れ幕が下がり、夏の風になびいていた。

同ルートには今回、上下各14本の列車が設定された。およそ1時間毎で、震災前の仙石線快速とほぼ同数だ。しかし、時刻表を見ると、下りは仙台発11時台、上りは折返しとなる石巻発12時台がぽっかり空いている。また、上りの通勤通学時間帯、仙台に8時台に到着する列車も設定がない。東北本線の線路容量その他の事情があるのだとは思うが、毎日の利用者にとっては増便を検討してほしいところだろう。

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石巻駅
(左)開業記念の垂れ幕が下がるホーム (右)石ノ森章太郎のキャラクターが飾られる駅舎

石巻まで来た足で、石巻線に乗換えて、女川(おながわ)を往復した。こちらも震災で大きな被害を受け、最後の区間である浦宿(うらしゅく)~女川間は今年3月21日に再開されたばかりだ。旧北上川の鉄橋を徐行で渡り、山を貫いて渡波(わたのは)へ南下する。次いで万石浦(まんごくうら)の岸辺をくねくねとたどり、浦宿からトンネルを抜けると、女川だ。

新たに造成された土地に、1面2線のホームとコミュニティ施設を併設した真新しい駅舎ができていた。旧駅より200m山手で、標高も5m嵩上げされているという。野蒜と同様、駅の周辺では造成工事が真っ最中だ。待合室にある「私たちは海と生きる」と書かれたポスターが胸を打つ。

駅前広場に出てみた。まっすぐ延びるプロムナードに若木が2列に植えられ、港の方へ続いている。これが大きく育ち、樹陰ができる頃には、町にもとの賑やかさが戻るように、と祈らずにはいられなかった。

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女川駅 (左)新しいホームの周辺はまだ造成中 (右)駅舎正面
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女川駅前からプロムナードが港のほうへ延びる

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女川周辺の旧版1:25,000地形図(1974年修正測量)に、新駅の位置を加筆

■参考サイト
女川駅付近の最新1:25,000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/38.446700/141.443900

掲載の地図は、国土地理院発行の2万5千分の1地形図小野(昭和53年改測)、女川(昭和49年修正測量)を使用したものである。

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2015年8月 2日 (日)

黒部ルート見学会 II-黒四発電所~欅平

「黒部ルート見学会」の後半、黒部川第四発電所から欅平までの道中をレポートする。

黒部川第四発電所

インクライン下部駅に隣接して、黒部川第四発電所(黒四(くろよん)発電所、あるいは黒四P/S)の施設がある。自然環境の保護と雪害回避のために、黒部川右岸の岩盤を刳り抜いて造られた高さ33m、幅22m、長さ117mの巨大な地下空間だ。見学会ではここで70分滞在することになっている(下注)。

*注 黒部ダム出発コースは70分だが、欅平出発コースは昼食時間がないため、43分の滞在。

まず、テーブルの間に峡谷の大きな地形模型が置かれた会議室に通された。ここで食事タイムとなる。売店などないことは事前に知らされているので、各自用意してきた弁当や軽食を広げた。隣の部屋は、例の中島みゆきが仮眠をとった会議室だ。サイン入り色紙など当時の思い出資料が展示されていて、自由見学が許される。案内人氏が、このソファーでお休みになりましたと教えてくれるが、誰も遠慮して腰を下ろさない。

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黒四発電所内部
(左)発電機が設置された巨大な地下空間 (右)ペルトン水車の大きさがわかる

その後、会議室では、前方スクリーンに黒部川電源開発の資料映像が映し出された。一同、熱心に見入る。

黒部川の豊富な水資源に着目した電源開発は、すでに大正期から手掛けられている。難工事を極めた高熱隧道の貫通により工事ルートが確保され、1940(昭和15)年には仙人谷ダムと第三発電所が完成、稼働を開始した。しかし戦後、経済復興が本格化すると、全国で深刻な電力不足が生じるようになる。停電が頻発し、産業界への影響はもとより、「電気をよこせ」と叫ぶ民衆の街頭デモまで起きるありさまだった。

1950年代後半になると大型火力発電所の建設が本格化するが、需要の急変動に対応するために、出力の制御が容易な水力発電の増強も必要とされた。関電が、水利権をもつ峡谷の奥地に、日本最大級の貯水ダム(黒部ダム)と地下発電所(黒四発電所)を建設しようとしたのは、そのためだ。

ダム予定地に通じる工事用道路として、長野県側から北アルプスを貫いてトンネル(大町トンネル、後に関電トンネル)が掘削された。途中、未知の破砕帯に遭遇し、突破のために工事史上まれに見る苦闘を重ねた経緯は、「黒部の太陽」の小説や映画に描かれて、よく知られている。同時に、ダムの下流9km(直線距離)に位置する地下発電所施設へ向けて、資材運搬路が造られた。これがさきほど通った黒部トンネルとインクラインになる(本ブログ「黒部ルート見学会 I」で詳述)。

予備知識を仕入れた後、発電所の内部を案内してもらった。建屋の巨大な空間は、見る者の距離感覚を狂わせる。床下にある発電機を天井クレーンで吊り上げるにはこのクリアランスが必要なのだが、2階テラスから見下ろすと、手前に置かれた直径3.3mもある大型のペルトン水車ですらコンパクトに思えるほどだ。人が近づいて初めて、真の大きさに気づく。

それから順に、床下にある制御室、発電機室へと案内された。後者では、金属の太いシャフトが実際に高速回転していて、耳を覆いたくなるような轟音が響いている。関電の営業エリアに住んでいる者としては、人もほとんど通わないような奥山の施設が日々のくらしの一端を支えていることに、一種の感慨を抱かざるを得ない。

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(左)4号水車が扉の中に (右)轟音を立てて高速回転するシャフト

■参考サイト
黒四発電所付近の最新1:25,000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/36.644900/137.689500

上部専用鉄道(上部軌道)

発電所の見学を終えたあとは、トロッコ列車に乗ってさらに下流へと向かう。列車が走る線路はいわゆる上部軌道で、軌間762mm、欅平上部~黒部川第四発電所前間6.5kmをつないでいる。旧 日本電力が、仙人谷ダム建設のために1939(昭和14)年に仙人谷まで開通させたものだ。その後、黒部川第四発電所の建設に伴って、1963(昭和38)年に現在の終点まで延長された。仙人谷の鉄橋区間を除いて、全線がトンネル内にある。

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黒部ルート 上部軌道北半区間の1:25,000地形図
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黒部ルート 上部軌道南半区間の1:25,000地形図
注意:使用した地形図は1976~77年の修正測量図であり、登山道等の情報は現在と異なる。

元来この軌道は、後述する竪坑エレベーターを介して、宇奈月温泉~欅平間の下部軌道と一体的に構成されていた。下部軌道は、1953(昭和28)年から地方鉄道法に基づく一般旅客輸送を開始し、1971(昭和46)年には分社化されて、黒部峡谷鉄道(黒鉄)となった。一方の上部軌道も、地元では観光鉄道化が切望されているものの、基準に適合させるための改修に莫大な費用がかかるため、関電の作業用設備として維持されるにとどまっている。

軌道の乗場は、インクライン下部駅と隣り合せだ。蒲鉾形の空間に2線が収容され、片側には低いホームも設けられている。掲示されていた時刻表によれば、1日6往復で、黒四発電所前の発時刻は8:10、9:30、11:20(不定期)、13:10、14:45、16:55(不定期)となっていた。見学会が利用するのは、13時10分発の第8列車だ(下注)。

*注 列車番号は、欅平発が奇数、黒四発電所前発は偶数が付与されている。

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上部軌道黒部第四発電所駅
(左)左の係員氏の右奥にインクラインがある (右)地下駅とホーム

客車は黒鉄より一回り小さい10人乗りで、バッテリー機関車と貨車(?)に続いて5両連結されていた。会議室でもらった色別シールで指定の車両に分乗する。入口は茶室のにじり口かと思うほど低く、乗る時にたいてい頭をぶつける。入口では慎重にクリアできた人も、車内に入ると気が緩んで、天井でゴツンとやる。このためのヘルメットだったのか!と参加者同士で笑いあった。

車内はロングシートがレール方向に並ぶ。高熱区間を通るため、車両は耐熱仕様になっており、窓は密閉され、手動のワイパーが取り付けられている。発電所からは保安を兼ねて案内人の人数も増え、各車両に1人ずつ配置された。

警笛を合図に、定刻発車。のっそりと動き出す。ゴロゴロと大きな走行音を立てるので、すぐ近くにいる案内人さんの声でさえ聞き取りにくい。駅空間から狭いトンネルに出たあたりが「地上の星」が歌われた舞台で、冬季に車両等を使って到達できる最遠地点だそうだ。暖かいお茶の間で見ていても全く実感が湧かなかったが、現場に来てみると、よくもこのような奥地から生中継をしたものだと思う。

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上部軌道黒部第四発電所駅
(左)見学会が乗り込む列車 (右)紅白「地上の星」の舞台
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上部軌道(上部専用鉄道)の説明板

間もなくトンネルを抜けて、鉄橋の上で停車した。駅名標には仙人谷、標高859mとある。黒部ルートで唯一の明かり区間で、これまで右岸(東側)にあったルートがここで黒部川を渡って左岸(西側)に移る。鉄橋は上路式のプラットトラスで、上部に鉄道、下部に水路管を通している。上路には全面切妻屋根が掛けられているが、側方はオープンになっている。

全員いったん客車から降りて、線路上に出た。左手正面が、峡谷を塞いで造られた高さ43.5mの重厚な仙人谷ダムだ。奥の谷壁には雪渓も望める。鉄橋の南詰めにポイントがあって、ダムのほうへ資材輸送用の引込線が延びているようだ。ダムの建設当時はここに基地があったのだろう。谷底を覗くと遥か下方を、澄んだ水が、白い岩肌に蒼い淵を作りながら流れ落ちていく。

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仙人谷駅 (左)橋梁上が乗降場所 (右)駅名標と発車時刻表
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仙人谷駅 (左)橋の上から仙人谷ダムを望む (右)足もとの谷を見下ろす

トロッコの旅が再開した。これから徐行で入っていくトンネルが高熱隧道と呼ばれる区間で、阿曽原(あぞはら)谷まで約1km続く。掘削中、地熱が上昇し続け、摂氏166度にも達した。そのため岩盤から吹出した熱水で火傷を負う作業員が続出したり、ダイナマイトの自然発火で多数の犠牲者を出すなど、困難極まる工事を経て、ようやく貫通したトンネルだ。

乗っている客車の窓がじわじわと白く曇ってくる。案内人氏が車両のドアを開けると、硫化水素の匂いのする生暖かい空気が車内に入ってきた。岩盤の温度は、水路管の埋設による冷却効果などで往時より下がっているが、それでも40度ぐらいはあるそうだ。トンネルの壁面には、ぼこぼこと黄味を帯びた硫黄華がこびりついている。下部軌道のように電化されていないのも、窓のワイパーが手動なのも、硫黄分のために金属がすぐ腐食してしまうからだ。通信ケーブルも空気に触れないよう、水に漬けてあるという。

高熱区間を通過した後は、列車の速度が上がったような気がする。主な谷の横断個所には、作業員の乗降場所があるようだが(下注)、ノンストップの車内では全く気付かないまま、終点欅平上部駅に到着した。

*注 起終点を除く駅は欅平側から、蜆谷、志合谷、折尾谷、阿曽原、仙人谷、東谷。地図上に注記した。

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欅平上部駅 (左)来た方向を振り返る (右)素掘りにモルタル吹付けの部分も
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欅平上部駅のルート案内図と発車時刻表
欅平出発コースは第5便を利用

軌道のレールは竪坑エレベーターにつながっているが、車両航送のようなシーンがいつも見られるわけではない。見学会の一行は全員降車し、狭い通路を経て、欅平竪坑展望台に案内された。ここは後立山連峰の白馬鑓ヶ岳や天狗ノ頭が望める場所だが、梅雨時は天候が不安定だ。午後は雲が降りてきて、山頂を覆い隠してしまった。右に目を向けると、釣鐘を伏せた姿の奥鐘山が深い谷からそそり立っている。残念ながら工事中で柵の間際まで近寄れないため、なんとなく消化不良の状態で引返した。

ちなみに、今年(2015年)から「黒部峡谷パノラマ展望ツアー」という有料行事が開始されている。欅平から竪坑エレベーターで昇り、この展望台を経て、パノラマ展望台と名づけられた水平歩道の起点まで歩くというものだ。上部軌道については、トンネル内をごく一部歩くにとどまり、列車には乗れない。

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欅平竪坑展望台の案内板、晴れていればこのように見えるはずだが…

竪坑エレベーター

上部軌道終点の標高800mに対し、欅平は599mだ。50階建てビルに相当するという200mの標高差は、この竪坑エレベーターで解消している。案内板には次のように書かれていた。「この附近の河川勾配は24分の1という急流で、これ以上欅平から河川沿いに鉄道を延ばすことができなかったため、山の中腹に垂直に貫く「竪坑」とさらに「トンネル」を開削し、鉄道を敷設して、「仙人谷ダム」地点へ従業員の上下山と工事用資材の輸送に使用しております。」

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竪坑エレベーター(人荷用)
人専用は左奥に隠れている

勾配1/24は千分率の41.7‰に相当し、確かに重量物を運ぶ貨物鉄道には不向きだ。ループやスイッチバックで緩和しようにも、険しい峡谷に線路を引き回す土地などあるはずもない。輸送効率が落ちるのは覚悟のうえで、中間にエレベーターを介して一気に高度を稼ぐしか選択肢がなかったのだろう。人荷用エレベーターは、籠の中までレールが敷かれ、車両1両を載せられるようになっている。今から70年以上も前(1939年)に設置されたにもかかわらず、最近まで日本最大の巻上げ能力を有していたそうだ。

隣に人専用の小型エレベーターもあるようだが、定員6名のため、見学会では人荷用の方を利用した。案内人氏によると、竪坑には避難階がなく、万一、籠が途中で停止した場合は、内壁のはしごを使って避難しなければならない。それも観光用に開放できない理由の一つだという。とはいえ、下までわずか2分なので、覚悟を固める暇もなかった。

工事用トロッコ電車(下部軌道)

下部駅では、窓付き、1列1-2人掛けの、峡谷鉄道と同じ列車が待っていた。それもそのはず、この線路はそのまま黒鉄の駅までつながっている。後方へ動き出した後、スイッチバックしてトンネルを抜け、すぐに停車。そこはもう黒鉄欅平駅ホームの上流側だった。いうまでもなく、ここは旅行者がふつうに訪れることができる最奥の駅になる。

しかし、それに数段勝る秘境ルートを延々とたどってきた参加者の心の中は、ようやく人里へ戻ってきたという安堵感と、お楽しみに幕が引かれる名残惜しさとが入り混じっている。ここまで案内人を務めてくださった方から、「お疲れ様でした。今後とも関西電力をよろしくお願いします」と締めくくりがあり、一同拍手で見学会は解散となった(下注)。

*注 ちなみに、見学会の参加手続きの中には、黒鉄の欅平~宇奈月温泉間の列車予約も含まれている。出発前に所定額を振込んでおき、その払込証を欅平駅の出札で見せて乗車券を受取る方式だ。指定された車両は、窓付きの特別車両だった。

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エレベーターを降りて、下部軌道の列車に乗り込む
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欅平駅到着
(左)トンネルを出たところが欅平駅
(右)黒鉄欅平駅ホームは長い。改札はカーブの先に

■参考サイト
欅平駅付近の1:25,000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/36.695700/137.658400

掲載の地図は、国土地理院発行の2万5千分の1地形図欅平(昭和52年修正測量)、十字峡(昭和51年修正測量)を使用したものである。

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