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2015年8月29日 (土)

ハルツ狭軌鉄道 I-山麓の町ヴェルニゲローデへ

列車は、山の裾野に広がる麦畑の中をすべるように走っている。時は8月、渋い黄金色に染まって刈入れを待つ区画があるかと思えば、すでにさっぱりと刈取りを済ませた場所もある。ドイツ北中部、ハルツ山地 Harz の北斜面。私は今、フランクフルト Frankfurt am Main から列車を何度も乗り継いで、今晩宿を取るヴェルニゲローデ Wernigerode へ向かっている。

ハルツ山地には、21世紀の今なお、蒸気機関車が運行の重要な部分を担う狭軌鉄道が存在する。その活躍ぶりを自分の目で確かめたくて、はるばるここまでやってきた。これから4回に分けて、愛すべき蒸機の聖地とその周辺をレポートしたい。

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麦畑の中で旧東西国境を越える

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ヴェルニゲローデは、ハルツ観光の玄関口で知られた町だ。しかし、幹線筋からはずれているため、フランクフルトから直行列車はない。最もわかりやすい行き方は、ベルリン行きのICEで途中のヒルデスハイム Hildesheim か、ハンブルク行きICEでハノーファー Hannover まで乗り、ハレ Halle 行きREに乗継ぐルートだろう。乗換え1回で、所要4時間半というところだ。

しかし、私はカッセル Kassel からフルダ川 Fulda 沿いの旧線に乗ってみたかったので、ドイツ連邦鉄道DBが提供する列車検索サイトの手を借りて、別案を練った。カッセルでICEを降り、そこから(ヴィルヘルムスヘーエ Wilhelmshöhe →中央駅 Hbf と移動したうえで)、REとRBでゲッティンゲン Göttingen →クライエンゼン Kreiensen →ゴスラー Goslar →ヴェルニゲローデ Wernigerode と進む。マイナーな地名(駅名)ばかりなので、DBの路線図を掲げておこう(下注)。

*注 ICE(イーツェーエー)は主に高速新線を経由する特急列車、RE(レギオナルエクスプレス、地域急行の意)は日本の快速に相当する。RB(レギオナル)は各駅停車。掲載した路線図については、本ブログ「ドイツの鉄道地図 I-DB公式地図」の項目も参照。

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緑:今回通ったカッセルからヴェルニゲローデへのルート
赤の二重線:ハルツ狭軌鉄道の全路線
"Übersichtskarte für den Personenverkehr", DB Vertrieb, 12/2013 に加筆

ご覧のとおり、ヒルデスハイム経由より距離は短いものの、乗換えは5回に及ぶ。発着時刻の比較的正確なドイツでこそ実行可能な計画と笑われそうだが、急ぐ旅でもない。ダイヤが乱れた時は、その場でプランを見直せばいい。

ドイツの鉄道車両は新旧交代が進んでいる。ローカル線といえども、スマートな連接式気動車が投入されていることが多く、乗り心地はすこぶる良好だ。それに、経由するゲッティンゲンは大学町、ゴスラーは世界遺産都市なので、駅での待ち時間を利用してちょっとした街歩きも楽しめる。

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カッセル中央駅
(左)モニュメントのある駅舎正面 (右)閑散としたホームとゲッティンゲン行き普通列車
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ゴスラー駅 (左)駅舎とバスターミナル (右)プラットホーム
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世界遺産ゴスラー旧市街 (左)ローゼントーア通り (右)マルクト

麦畑の車窓で何気なく眺めていたら、手前の山並みの奥に、ひときわ高い山を見つけた。送信塔があるから、ハルツ山地の最高峰、標高1141mのブロッケン山 Brocken に違いない。蒸気機関車があの山頂まで上っているのだ。よくもあのような高所へ線路を敷こうと考えたものだと、登山鉄道に出会うたびに、人間の飽くなき執念に感じ入ってしまう。

ブロッケン山はまた、ブロッケン現象や魔女伝説でも知られている。ご承知のようにブロッケン現象は、背後から差し込む日光で、霧に映る登山者の影の周りに虹のような光の輪が生じる自然現象のことだ。条件が揃えば別にブロッケンでなくても発生しうるのだが、名義を貸すほどここは霧の名所で、実際、山上が霧に覆われた日数が1958年には年間330日にも達したそうだ。しかし、麓で数日観察していると、朝は雲をまとっているが、陽が高くなると晴れてくるとか、逆に朝は好天でも、午後は雲の中というように、一日のうちに天気がよく変わる。霧の日数といっても、決して朝から晩まで五里霧中というわけではないらしい。

どうしてブロッケンに霧が出やすいのか。その理由はこうだ。ブロッケンを擁するハルツ山地は、まとまった山地としてはドイツで最も北に位置している。周囲に遮るものがないため、大西洋から吹いてくる西風は初めてこの山にぶつかる。上昇気流が生じて、冷やされた水蒸気が霧や雲となる。それに応じて降水量も、風上に相当する西側斜面では年間1600mmに上る。他方、風下(東)にあるヴェルニゲローデでは年平均わずか500mmしか降らないというから、極端な差がある。

進行方向右側に狭軌の線路が並行するようになれば、まもなく目的地ヴェルニゲローデだ。魔女伝説のことは後で記すとして、降りる支度をしなければいけない。

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ヴェルニゲローデ駅から見るブロッケン山

ヴェルニゲローデには結局4泊したので、列車旅のかたわら、旧市街を見る時間も十分とることができた(下注)。私の町巡りはたいてい、市街図の入手から始まる。駅のキオスクでも市販図が置いてあるが、公式地図を求めて、市庁舎の隣にある観光局まで行った。有料だが詳しいよ、と薦められ、掌サイズに折り畳まれた市街図を入手した。街路名や主要建物が明快なフォントで漏れなく記され、バスの停留所(Halt の頭文字 H のマーク)とルート、公衆トイレ、駐車場、ガソリンスタンド、一方通行、歩行者専用ゾーンなど必要な情報が網羅されている。明るめの色の選択にもセンスが匂う。

*注 町は宿泊税大人1泊2.5ユーロを徴収しており、それを財源に「ヴェルニゲローデ・チケット Wernigerode Ticket」という制度を導入している。宿の宿泊者名簿が2枚複写になっていて、複写(2枚目)を宿が保管し、自筆(1枚目)はそのままチケットになる。これを所持すれば、宿泊期間中、市内および地域バス路線網HATIXが無料で乗れ、観光施設、店舗、レストランなどで割引が受けられる。

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ヴェルニゲローデ旧市街 (左)ブライテ通りの賑わい (右)観光案内所玄関

さっそく地図を片手に、旧市街をさまよった。市街地の軸を成すのは、ブライテ通り Breite Straße だ。文字どおり他より広めの街路で、東の端から約700m、中心のマルクト Markt(市場の意)まで通じる。通りは木組みの建物が並ぶ一大商店街になっているのだが、意外に土産物屋は目立たず、アパレル関係の店が多い。その中にハルツ狭軌鉄道のグッズショップがあるのを目ざとく見つけた。鉄道雑誌、ピンバッジその他お土産をさっそく購入した。

マルクト広場の正面には、市庁舎 Rathausがある。スリムな尖塔を両脇に従え、焦茶の木骨とオレンジの色壁の対比も美しく、役所というより、童話の登場人物が住むお屋敷のようだ。細部の装飾も味わい深くて、しばらく見惚れた。

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ヴェルニゲローデ市庁舎
(左)マルクトに建つ市庁舎と慈善の泉 (右)正面の凝った装飾
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ブライテ通りの優雅な建物
(左)飾り立てたカフェ・ウィーン (右)軒先に知性の象徴フクロウがいる書店
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ハルツ狭軌鉄道グッズショップ
(左)信号機が目印 (右)店内の鉄道模型、シールケ駅がモデル

市街地の背後にある小山には、ヴェルニゲローデ城がそびえている。古城の展示につきものの武具や天蓋つきベッドには興味が湧かないが、高い場所に上りたい私には行く価値がある。小山といっても比高100mくらいだろうか。宿で聞いたら、もちろん歩いて上れるけれど、トレインもあると言う話だった。トレインといっても実態は、列車に似せた遊覧バスだ(下注)。ぐいぐいと坂道を上って、城門の手前まで連れて行ってくれた。

*注 城に上る列車風のバスは2社あって、車体が黄色のビンメルバーン Bimmelbahn と、オレンジのシュロスバーン Schloßbahn。停留所も違う。運賃はどちらも片道3ユーロ、往復5ユーロ。私が乗ったのは後者。

テラスに出ると、そこは想像していた通りの眺めが得られる展望台だった。赤屋根の群れが肩を寄せる旧市街、その背後を固める濃緑のハルツ山地、かなたにブロッケン山の送信塔もはっきり見える。テラスでしばらく涼んで、結局有料の城内には入らずじまい。帰りは自分の足で森の中の小道を降りていった。

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(左)山上のヴェルニゲローデ城 (右)シュロスバーンで城山へ
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ヴェルニゲローデ城のテラスからのパノラマ
右の尖塔の周辺が旧市街、左奥にブロッケン山が見える

町の玄関ヴェルニゲローデ駅は、DB線だけ見ればどこにでもある中間駅の一つかもしれない。だが、隣接するメーターゲージ(1000mm軌間)蒸気鉄道の出発駅と車両基地が、それを特別な存在にしている。ブロッケン山に上る路線が有名なため、世間ではブロッケン鉄道あるいはブロッケン線 Brockenbahn のほうが通りがいいらしいが、運営しているのはハルツ狭軌鉄道 Harzer Schmalspurbahnen、略称HSBという、沿線自治体等が出資する民間会社だ。

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ヴェルニゲローデDB駅舎
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ヴェルニゲローデHSB駅舎

駅前の公園から見ると、中央をDB駅舎が占め、左がHSB駅舎、右が市内・近郊線のバスターミナルという配置になっている。ハルツ地方のさまざまな場所へ列車やバスが出ている地域交通の要衝だ。HSBも広い路線網を維持していて、公式サイトによれば次の3線区に大別される。

1.ハルツ横断線 Harzquerbahn
 ハルツ山地を南北に縦貫する路線で、南部ではトラムが乗り入れる。
 ノルトハウゼン北駅 Nordhausen Nord ~ヴェルニゲローデ60.5km(下注)

2.ゼルケタール線 Selketalbahn
 ハルツ山地をおよそ東西に走る路線で、2本の支線が含まれる。
 クヴェードリンブルク Quedlinburg ~ハッセルフェルデ Hasselfelde 49.3km、
 アレクシスバート Alexisbad ~ハルツゲローデ Harzgerode 2.9km、
 シュティーゲ Stiege ~アイスフェルダー・タールミューレ Eisfelder Talmühle 8.6km

3.ブロッケン線 Brockenbahn
 ハルツ横断線から分岐し、ブロッケン山に上るHSBの看板路線。ヴェルニゲローデからの直通列車も多い。
 ドライ・アンネン・ホーネ Drei Annen Hohne ~ブロッケン Brocken 19.0km

*注 延長キロは、http://www.selketalbahn.de/ > Strecke > Daten Selketalbahn, Daten Harzquer- u. Brockenbahnによる。

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ハルツ狭軌鉄道路線図
官製1:200,000 CC4726 Goslar (2010年版)に加筆
(c) Bundesamt für Kartographie und Geodäsie.

私は計140kmの路線網を3日かけて乗り尽くすつもりだ。切符は、窓口で3日券 3 Tages-Karte を買った。70ユーロ(1ユーロ140円として9800円)もするが、ブロッケンとの往復だけでも35ユーロ(同4900円)だから、相場の範囲だろう。ただ残念なことに、渡されたのは車補(車内補充券)のような端末印字のペラ券。有効期限も記載されていて、使う前に署名するように言われた。これに対して、普通乗車券は裏面に蒸機のイラストが入った硬券だ。出札窓口では専用の機械にセットし、区間や日付を印字して発売している。他人が買うのを見ていたら、二重を承知で買わずにいられなかった。

次回はいよいよブロッケン線に乗る。

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ハルツ狭軌鉄道の乗車券 (左)ペラペラの3日券 (右)片道券の表裏

本稿は、コンターサークルs『等高線s』No.11(2014年)に掲載した記事「ドイツ・ハルツ山地-地図と鉄道の旅」に加筆し、写真と地図を追加したものである。

■参考サイト
HSB  http://www.hsb-wr.de/
ゼルケタール線友の会 Freundeskreis Selketalbahn e. V. http://www.selketalbahn.de/
ハルツ観光連盟 Harzer Tourismusverband e.V. http://www.harzinfo.de/
ヴェルニゲローデ市観光局 http://www.wernigerode-tourismus.de/

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コメント

ハルツ鉄道、とても楽しみです。昨年夏のご旅行記ですね。

催太鼓様
いつもご覧くださりありがとうございます。
2014年8月に旅した時の記録ですので、現在は多少様子が変わっているかもしれませんが、ご容赦ください。

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