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2015年7月27日 (月)

黒部ルート見学会 I-黒部ダム~インクライン

「アルペンルートで黒部ダムへ行き、その後トロッコ電車に乗って宇奈月温泉に泊ろうと思うのですが」。Q&Aサイトにはときどきこれに類した質問が上がる。いずれも人気のある観光地で、同じ黒部峡谷にあるのだから、数時間あれば周遊できると思われていても不思議ではない。しかし実際、黒部ダムからトロッコ、すなわち黒部峡谷鉄道の終点欅平の間に通じているのは、峡谷の絶壁をたどる心細い山道と、関西電力(関電)が維持する作業用設備だけだ。一般観光客は、富山平野か長野県側を迂回するほかに道がない。

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黒部ダム展望台からのパノラマ

関電の設備は「黒部ルート」と呼ばれ、峡谷にダムや発電所を建設するのに先立ち、建設現場に資材や作業員を輸送する目的で造られた。今も、これらの発電施設の点検・保守に使用されている。しかし、一般人は立入りが許されておらず、同社が水力発電事業への理解を促すために実施している公募見学会に参加することがほぼ唯一の体験方法だ。

2015年の場合、「黒部ルート見学会」は6月中旬から11月上旬の平日に、計34日間実施されている。欅平駅に集合し、谷を遡って黒部ダムで解散するコース(欅平出発コース)と、その逆順(黒部ダム出発コース)の2コースがあり、定員は各30名、申込者多数の場合は抽選となる。

行程のほとんどがトンネルで、峡谷美を拝める時間はごくわずかであるにもかかわらず、申込者は常に定員を上回る。前年(2014年)の平均応募倍率は、欅平発が4.2倍、黒部ダム発が3.2倍だった。前者のほうが人気が高いのは、黒部ダム到着後、午後の時間をアルペンルートの観光に使えるからだろう。

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(左)平成27年度黒部ルート見学会パンフレット (右)同 見学のしおり

ルートは複数の輸送手段により構成されている。欅平側から行くと、

下部軌道 0.5km、所要3分
 (見学会では「工事用トロッコ電車」と案内される。黒部峡谷鉄道からレールが接続)
竪坑エレベーター 0.2km(垂直距離)、2分
上部軌道 6.5km、32分
 (見学会では「上部専用鉄道」、蓄電池式機関車がトロッコ客車を牽引)
黒部川第四発電所見学
 欅平出発コース43分、黒部ダム出発コース70分
インクライン 815m(斜辺距離)、20分
黒部トンネル 10.3km、40分
 (専用バスで走行)

の順になる。参考までに「見学のしおり」に従って、各地点の通過時刻も書いておこう。

欅平出発コース(所要時間3時間30分)の場合、
9:20 欅平駅集合、工事用トロッコ電車、竪坑エレベーター
10:25 上部専用鉄道
10:57 黒部川第四発電所
11:40 インクライン
12:10 黒部トンネル内専用バス
12:50 黒部ダム到着

黒部ダム出発コース(所要時間3時間40分)の場合、
10:30 関電トロリーバス黒部ダム駅集合
10:55 黒部トンネル内専用バス
11:40 インクライン
12:00 黒部川第四発電所
13:10 上部専用鉄道
13:42 竪坑エレベーター、工事用トロッコ電車
14:10 欅平駅到着

もとより黒四発電所をはじめとする発電施設の紹介に力点が置かれた企画だが、鉄道ファンにとっては、一般旅客を扱わない秘境の小軌道に体験乗車できるまたとない機会でもある。また、定員制のハードルがある点で、立山連峰の反対側を走る立山砂防軌道と並ぶ、希少感に満ちたイベントであることも言を俟たない。

*注 立山砂防軌道については、本ブログ「立山砂防軌道を行く」に記述している。

■参考サイト
関西電力-黒部ルート見学会のご案内
http://www.kepco.co.jp/corporate/info/community/hokuriku/koubo/
富山県-黒部ルート見学会
http://www.pref.toyama.jp/cms_sec/1400/kj00000094.html

黒部ダム付近の1:25,000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/36.566400/137.662200

新幹線開通で今、北陸に関心が向いている。この機会に黒部ルートを見てみようと思い立ち、申込みのはがきを書いた。その時点で直近だった6月24日の黒部ダム発を希望したところ、梅雨時で応募者が少なかったか、運よく当選の通知が来た。

参加前日に、新幹線と特急「しなの」を乗継いで松本に宿泊し、翌朝早く、信濃大町から扇沢を経て、関電トンネルを走るトロリーバスで黒部ダムまでやってきた。前夜は木曽路で「しなの」に運転抑止がかかるほどの大雨に見舞われ、前途が危ぶまれたのだが、この一日はなんとか天気が持ちそうだ。

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関電トンネルトロリーバス (左)対向シーン (右)黒部ダム駅に到着

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黒部ルート 黒部トンネル区間の1:50,000地形図
注意:使用した地形図は1978年の修正図であり、登山道等の情報は現在と異なる。

黒部ダム

余裕を見て出てきたので、集合時刻まで1時間以上ある。地中にあるトロリーバスの黒部ダム駅から、まずは220段の階段を上って、展望台に出た。期待にたがわず、立山連峰の視界は良好だった。2008年に来たときは晩秋で、山腹を埋めたみごとな紅葉を記憶しているが、今日の立山は装いも一転、瑞々しい緑のスカートに雪渓のジャケットを羽織っている。この取合せもまた新鮮だ。左のほうに目を移すと、凪いだ湖面を遊覧船がつうっと横切っていく。その背後に赤牛岳もくっきりと姿を見せている。黒部ダムと言えば豪快な放水で知られるが、これは明後日からで、残念ながら一足早かった。

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黒部ダム展望台から立山を仰ぐ
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(左)南望、黒部湖遊覧船と赤牛岳 (右)北望、鹿島槍ヶ岳

擁壁を伝う鉄製階段を、堰堤へと降りる。早起きしたせいで、おなかがすいてきた。ダムに面したレストハウスでは、名物のカレーが提供されている。本命は黒部ダムカレーなのだが、これは辛口だというので、中辛のダムサイトカレーにした。ダムに見立てた型押しのライスに湖面のカレー、ポテトサラダは放水で、キャベツは水しぶきだそうだ。こんな時間に食事をする人はほとんどいないので、ダムを眺めながらゆっくり賞味できる。

■参考サイト
黒部ダム http://www.kurobe-dam.com/

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(左)黒部湖レストハウス (右)ダムサイトカレー

そうこうしているうちに、集合時刻が近づいてきた。指定されたトロリーバスの駅長室前(=改札口横)へ急ぐと、すでに多くの人が集まっている。事前に郵送された参加者章を首から下げて、順に点呼を受ける。参加者はちょうど30名で、キャンセルは出なかったようだ。案内人の方から、ひととおり注意事項を聞いた。危険物の持込み禁止、写真撮影は可だが、動画は歩きながら撮っていて怪我をした人がいたため不可、等々。

防寒のためにジャケットを着込み、関電のマーク入りのヘルメットを装着したあと、通用口から入場した。まず免許証などの身分証明書による本人確認、そしてボディーチェックと手荷物チェックを受ける。なかなか厳重だ。車内が狭いので、手荷物はひざ上で抱えられるリュックサック1個程度に制限されている。

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(左)見学会の集合場所
(右)トロリーバス運行の合間を縫って専用バスの待機所へ移動

黒部トンネル内専用バス

トロリーバスや工事車両が通る合間を縫って、トンネルの中を専用バスが待つ場所まで徒歩移動した。バスは33人乗り日野メルファ。大町~扇沢間の路線バスと同じ北アルプス交通所属の貸切バスだった。

黒部トンネルは、大町から関電トンネル経由で発電所の建設資材を運ぶ目的で、1959(昭和34)年に開通した。長さが10.3kmもある、知られざる長大トンネルだ。最急勾配が1/10(10%)と聞いたが、これは出発して間もないルート赤沢横坑に至る区間だろう。断面が高さ4.5m、幅4.4mの一車線幅しかないため、1km間隔で道幅を広げた退避所が設けられている。白色灯が点るトンネル内だが、識別のために待避所の区域だけはオレンジ色だ。

全区間にわたってきちんと運行ダイヤが組まれていて、終点駅で見かけたダイヤグラムによれば、関係者用の定期バスはこの間を20分で走行している。見学会で利用するのは社客バス(下注)で、黒部ダム発10時55分、途中見学時間15分をはさみ、作廊(さくろう=インクライン上部)着11時30分となっている。

*注 社客は関電が招待する社外の関係者のこと。ダイヤグラムは、後述するインクラインの項の写真を参照。

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タル沢横坑 (左)待避所はオレンジ灯で識別 (右)全員いったん下車

バスは延々と走った後、タル沢横坑待避所と書かれた地点で停車した。横坑というのは、本トンネルを建設する際に使用された作業用の水平坑道だ。路面に降り立つと、湿り気を帯びた冷気がまとわりついてくる。分岐点から150mほど歩いて、坑口へ。そこは十字峡に注ぐ支流、棒小屋沢の谷の斜面で、標高1,400m。足もとにほとばしる沢(おそらくタル沢)には、まだ雪渓が残っている。

わざわざ寄り道したのは、ここからとっておきの眺望が得られるからだ。深い谷と前山を隔てて、高峰の連なりが参加者の視線を集める。枝分かれした鋭いピークを天に向けているのが、剱岳の東尾根に当たる八ツ峰、右の雪に覆われた鞍部は三ノ窓だ。八ツ峰の左奥には、剱岳本体(標高2,999m)も顔を覗かせている。富山平野から見るのとは反対側の「裏剱(うらつるぎ)」で、ふつうは険しい登山道をたどる人しか目にすることができない。黒部ルートならではの眺めです、と案内人氏が誇らしげに言う。上昇気流により雲がかかりやすく、毎回案内していてもくっきり見えることは少ないのだそうだ。

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タル沢横坑 (左)坑口へ歩く (右)峡谷に面した坑口
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(左)タル沢横坑口からの眺め、右の谷は十字峡
(右)雪のある鞍部は三ノ窓、中央に八ツ峰、左奥が剱岳

インクライン

再びバスに乗込めば、5分も経たぬうちに黒部トンネルの北端にある作廊に到着する。地下インクラインの乗場はすぐそばにあった。

冷たく湿ったコンクリートの地下空間に、銀色に光る大型の搬器が待っている。観光地で見かける階段状のケーブルカーとは異なり、客室部が水平に置かれている。そもそも鉄道事業法や軌道法の基準を満たすものではなく、法規的には、労働安全衛生法で規定される軌道装置なのだそうだ。発電機や変圧器、鉄管といった重量物も運搬するため、搬器は25トンの重量に耐えるよう設計されている。大型機材を積むために、客室部は取り外すことができる。さらに、レールのような建築限界に支障する長尺ものの場合は、下部の台枠も取り外して、斜めの荷台に固定すると聞いた。

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インクライン上部駅
銀色に光る搬器客室部、天井には機材移送用のクレーン

鉄道ではないとはいえ、「インクライン上部 Incline Jobu Station」と書かれた駅名標があり、時刻表も掲示されている。ツアーが使うのは、第6便の11時40分発だ。バスで来た全員が乗り込むと多少窮屈だが、手荷物は外の荷台に置かせてもらえる。発車のブザーが鳴り、搬器は急傾斜の四角い筒の中をそろそろと降り始めた。

インクラインの長さ(斜長)は815m、斜度34度(67.5%)の勾配がついているので、斜めに走るというより沈んでいく感じだ。上部駅の標高は1,325m、下部駅は869mで、この高度差456mに20分かけている。単線のため、中間地点(中交換箇所)で2台の搬器が行き違う。上っていく隣の搬器を見上げると、床下の構造体が露わになり、規模の大きさがよくわかる。

20分は結構長いので、線路に興味がない人に対しても、案内人氏は出し物を用意していた。車内のモニターに、2002年暮れの紅白歌合戦で中島みゆきが「地上の星」を歌う様子が映し出される。舞台になった場所はこの後通るのだが、2番の歌詞を間違えて、生中継であることが証明されただの、本番後、寒さと疲れのため宿舎まで戻れず、発電所内の会議室で仮眠をとっただの、初めは黒部ダムで歌う企画だったが、真冬のダムサイトで肩を出した衣装はありえないだの、おもしろいエピソードは尽きることがない。すっかりくつろいでいる間に、下部駅に到着した。

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(左)黒部トンネルバス運行ダイヤ (右)インクライン時刻表
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(左)地下インクラインの通路 (右)中交換箇所で行き違い

続きは次回に。

掲載の地図は、国土地理院発行の5万分の1地形図立山(昭和53年修正)を使用したものである。

★本ブログ内の関連記事
 黒部ルート見学会 II-黒四発電所~欅平

 立山黒部アルペンルートを行く I
 立山黒部アルペンルートを行く II
 立山黒部アルペンルートを行く III
 立山砂防軌道を行く

2015年7月19日 (日)

新線試乗記-上野東京ライン

北陸新幹線の開業に沸いた2015年3月14日、首都圏のいくつかの駅で、それとは別の記念式典が催されていた。「上野東京ライン」の出発を祝う催しだ。開業式ではなく出発式とされたのは、完成したのが厳密に言うと新線ではなく、既存区間の線増だからだろうが、通勤・通学客にとっては、たまに乗る新幹線よりこちらのほうがはるかに重要だったに違いない。

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秋葉原駅付近の上野東京ライン(右の高架線路)

上野東京ラインは、上野駅と東京駅の間に中距離電車線を新設し、従来上野が終点だった宇都宮・高崎線、常磐線と、東京が終点だった東海道線の列車を相互に乗入れさせるというものだ(下注)。もともとこの間は線路がつながっていて、回送列車や一部の優等列車の運行に使われていたのだが、東北新幹線の東京延伸に際して、用地捻出のために分断された経緯がある。

*注 車両運用の都合上、常磐線電車の乗入れは品川まで。また、東海道線電車は常磐線には入らない。

撤去されずに残っていた部分はともかく、新幹線に場所を譲った神田駅周辺では、もはや2線分の新たな土地を確保することは不可能に近い。そこで、上野東京ラインの線路は、新幹線が走る高架の上空にもう1層高架を立てて、その上に敷設されることになった。夜間、列車が通らない時間帯に、架線が張られた新幹線の線路を足場にして橋脚を組立てるという、極めて難度の高い工事が続けられた。

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(左)上野東京ライン開業を知らせるパンフレット
(右)開業後の路線図(紫が上野東京ライン)

列車の往来が復活した距離はわずか3.6kmだが、それが及ぼす効果は計り知れない。まず、中距離電車の利用者にとっては、この区間で山手・京浜東北線への乗換が不要になった。乗換客が減れば朝夕の乗換駅の混雑が緩和されるので、当該駅の利用者にとってもこれは朗報だ。車内が最も混む区間として名を馳せていた上野~御徒町間も、実際目に見えてすいたらしい。

それとともに、上野~東京間はノンストップで走るため、時刻表によれば5分で着く。片や山手線は途中3駅に停車して8分かかっているので、先述の乗換時間を加味すれば、トータルでかなりの時間短縮(下注)になった。山手線の西半分における埼京線や湘南新宿ラインの機能が、東側でもようやく実現したことになる。

*注 JR東日本のプレスリリースでは、上野~品川間で約11分の短縮としている。

直通するのは料金不要の列車だけではない。常磐線の特急も、日中を中心に上野から足を延ばして、品川に発着するよう改められた(下注)。東海道新幹線からの乗継ぎが便利になり、常磐方面が近くなったと感じる。また、都心の高架線路を見慣れないE657系が通過するという広告効果も侮れないだろう。

*注 2015年3月ダイヤでは、下り38本中22本が品川始発になった。

車両運用も、東海道線と宇都宮・高崎線で共通化された。その副次効果として、品川駅北側の車両基地の縮小が可能になるようだ。今後、この付近の山手・京浜東北線は海側に移設され、余剰となった土地に、新駅開設を伴う大規模な再開発が進められる。JRとしても、上野東京ラインの莫大な建設資金のいくばくかをここで回収しようと目論んでいるに違いない。

■参考サイト
上野駅付近の1:25 000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/35.713500/139.776300
品川駅付近の1:25 000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/35.628500/139.738800

5月に東京へ行った折、上野東京ラインに初乗りしたので、その様子を少し書いておこう。

品川駅で新幹線を降りた。せっかくの試乗なので、東海道線では珍しい交直両用車に始発から乗ってみようと思ったのだ。東京方がやたらと広いこのホームは、今回常磐線の専用に充てられた。10番線に青帯を巻いたE531系、隣の9番線にはE657系特急「ときわ」が停まっている。上野駅が南に引っ越してきたような妙な感覚だ。

*注 「ときわ」の名はまだ耳慣れないが、「フレッシュひたち」(停車駅の多い常磐線特急)を、上野東京ライン開業に合わせて改称したもの。

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品川駅 (左)9、10番線は常磐線専用に (右)駅名標の表示も新橋方面のみ

特急の出発を見送ってE531系の車内に入ると、「この列車は上野東京ライン、常磐線直通、勝田行きです。」とアナウンスが流れていた。昼間の当駅始発なので、十分すいている。走り始めて2か月、すでに日常の存在になっているはずだが、まだ、運転室の後ろ、いわゆるかぶりつきに陣取る数人の中年男性のグループがある。

品川駅を出発すると、すっかり新しくなった車両基地を右に見ながらゆっくりと進んだ。本線に合流してもその調子で走り、加速を始めたのは田町を過ぎてからだった。途中、新幹線N700系に抜かれながら新橋に停車し、東京駅では左側の7番線に入った。

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東京駅 (左)駅名標に上野の文字が! (右)常磐線特急E657系が出ていく

ここからは未知の区間になるので、先客の傍らで前方を注視する。少し前までは、終点東京だったはずなのに、もうそんな感覚はどこにも残っていない。あっさりと「勝田行き、ドアが閉まります」の告知があり、電車は動き出した。左の大外を走る中央線の線路が降りてきて、いっとき10本の線路がほぼ水平位置に並ぶが、首都高の高架をくぐるや否や、今度はこちらが35‰の急勾配にかかる。新幹線の上に重なる区間、「神田坂」の始まりだ。

がっしりとした4本のレールが空へ上っていく。真新しいまくらぎや防音壁、鈍く光るステンレスの架線柱の列も、新線らしい雰囲気を漂わせている。サミット区間は、神田駅のホームの膨らみをなぞるため、緩くくねっていた。周りを高いビルに囲まれているせいか、高さの感覚はあまりない。

天空の走りは長く続かなかった。秋葉原に向けてまた35‰で急降下していき、直交する総武線ホームの下すれすれをくぐる。隣の緩行線と同じ高さに戻ると、右側には新幹線に代って、上野駅から引き込まれてくる電留線が現れた。御徒町を前に見る頃、早や減速が始まる。この付近は、上野東京ラインの複線と電留線に通じる単線の計3本が仲良く並んでいるが、電車はポイントを渡って中央の線路へ移り、そのまま上野駅6番線へ滑り込んだ。

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(左)東京方から「神田坂」を望む (右)秋葉原で総武線の下をくぐる
(いずれも南行列車の最後尾から撮影)
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秋葉原駅
(左)上野東京ラインの列車が坂を上って新幹線の上へ
(右)新幹線は上野東京ラインの下へ

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上野駅の駅名標にも
東京の文字が加わった

興味深げに前面を眺めていた中年グループは、「もう着いたよ!」と軽い感嘆の言葉を残して降りていく。乗ってしまえば確かにあっけない。東京~上野間ってこんなに近かったのかと率直に思う。しかし、それと同時に、「神田坂」のうねる急勾配は、どこかの山越えを彷彿とさせた。南北ルートの再構築という画期的な大事業にとって、文字どおりあれが最大の山場だったのだと実感させるものがあった。

常磐線の電車は上野駅を出た後、宇都宮・高崎線の上り線を平面横断して、本来の常磐線線路に入っていく。ダイヤ編成上はここが難所だ。上野で降りてしまうのはもったいない。もう一駅、日暮里まで前面車窓の続きを楽しむことにしよう。

■参考サイト
JR東日本-上野東京ライン
http://www.jreast.co.jp/hitachi_tokiwa/uenotokyoline/

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 2015年開通の新線
 新線試乗記-北陸新幹線、金沢延伸 I
 新線試乗記-北陸新幹線、金沢延伸 II
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 新線試乗記-仙台地下鉄東西線
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2015年7月12日 (日)

新線試乗記-北陸新幹線、金沢延伸 II

長野から先、下り列車では左側に勇壮な山のパノラマが広がり、旅する人を魅了し続ける。そのため、つい右の車窓への注意は疎かになりがちだ。しかし、糸魚川駅付近は右手に日本海が眺められる貴重な数分間なので、見逃さないようにしたい。なにぶん昼間は空と海の境目がはっきりしないが、駅を過ぎてまもなく渡る姫川では、白濁した水流が青い海と混じり合うのを見届けることができるだろう。

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糸魚川駅西方を行くE7/W7系、背後は青海黒姫山
(2015年5月撮影、以下5月)
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日本海に注ぐ姫川(5月)

在来線のえち鉄を海側に見送ると、再びトンネル区間に入る。海岸線は、言わずと知れた親不知子不知の難所だが、新幹線はその山側を直線的に抜けていく。トンネルは数本に分かれているものの、青海、歌、新親不知の3本はシェルターでつながっているため、次の明かり区間は境川の谷までない。谷は名前のとおり越後と越中の境で、今も新潟・富山の県境を成している。

とはいえ、もう富山か、と思う時間も無いに等しい。またすぐに、今回の開通区間で2番目に長い朝日トンネル(7,570m)に突入するからだ。闇を抜ければ今度こそ山地が後ろに下がって、黒部川が造った広い扇状地の上に出る。春は一面に水を張った田んぼに、点在する屋敷森とその背後の雪山が柔らかく映り込んでいる。きらきらと光を返す黒部川を開通区間最長の橋梁(759m)で渡りきると、黒部宇奈月温泉(くろべうなづきおんせん)駅だ。

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(左)黒部川扇状地の田園風景(5月) (右)黒部川を渡る(5月)

駅は黒部(三日市)市街の東の、富山地方鉄道(地鉄)本線と直交する地点に設けられた。長い駅名は、黒部峡谷や宇奈月温泉への玄関口を意味している。その方面への足となる地鉄にも新駅が設置されたが、さすがに同じ駅名では自社の既存駅と混同されるので、新幹線駅の仮称だった新黒部が採用されている。

駅前広場はひっそりしていた。傍らで黒部の名水がオブジェからほとばしっていたので、一口すくって飲む。地鉄側では、オレンジ色に塗られたトロッコ列車の静態展示が目を引いている。凸形電気機関車と二軸客車のペアで、説明板によれば、前者は1934年製、後者は1926年製、どちらも1994年ごろまで現役だったそうだ。なんだか峡谷へ行きたくなってきた。

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黒部宇奈月温泉駅
(左)トロッコ車両(凸形電気機関車と2軸客車)の展示 (右)黒部の名水、飲用可

地鉄の駅は道路を隔てて新幹線駅と対面していて、乗継ぎはスムーズだ。小さいながら案内所を兼ねた待合室があり、アテンダントも詰めている。従来JRから地鉄へ乗換える駅は富山か魚津だったと思うが、新幹線の開通でその機能はここへ移ったようだ。その証拠に、がらすきの状態でやってきた9時台の宇奈月温泉行きに、ここで15人ぐらい乗り込んだ。宇奈月からの到着便(10時台の上り列車)は25人も下車して、狭いホームがいっとき人で溢れた。今のところ、ここと宇奈月を結ぶ路線バスはないようなので、新幹線で着いた観光客は地鉄かタクシーを使う以外に方法がないのだ。

残念なことに、案内所は駅の機能を託されていない。アテンダントさんに切符の買い方を尋ねたら、申し訳なさそうに、ここは無人駅なので、乗車の際、整理券を取って、着駅で精算してくださいと返された。ICカードもSUICA、ICOCAのような全国相互利用カードは使えない。これだけ利用者があるのなら、切符の手売りはともかく、自動券売機ぐらい置いてもいいように思うが。

■参考サイト
黒部宇奈月温泉駅付近の1:25 000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/36.873800/137.480900

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地鉄新黒部駅
(左)奥にあるのは案内所
(右)新幹線からの乗継ぎ客が待つホームに宇奈月温泉行きが入線

新幹線に戻ろう。黒部宇奈月温泉駅を出ると、左車窓には厳しい冬の装いのままに横たわる立山連峰が眺められる。東から張出してくる隆起扇状地をいくつかの短いトンネルでかわしていくので、そのたびに絶景が遮られるのが少し残念だ。しかし、明かりと闇の交錯も、北陸自動車道と早月川との二重交差を越えたところで終わる。ここからはまさに富山平野で、早月川の扇状地を滑らかに下っていき、地鉄本線と再び交差するあたりでほぼ水平勾配になる。

常願寺川(じょうがんじがわ)を渡る頃には、列車の速度も落ちて、車内に富山停車を告げるアナウンスが流れてくる。富山は在来線の駅に併設されているが、そのために、東側で在来線を真似るようなクランク状のルートをとる必要があった。まず左に大きくカーブを切って、あいの風とやま鉄道に転換した在来線(旧 北陸本線)に寄り添い、次に右に曲がりながら、ようやく駅に接近していく。

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2015年の富山駅周辺図

富山駅は目下、工事中だ。もちろん新幹線の駅施設はきれいに完成しているが、隣ではまだ在来線を高架に上げる作業が終わっていない。上り線は、4月再訪時に高架に切替えられていた(4月20日供用開始)が、下り線の完成にはあと3年ほどかかるという。地上階を南北に貫通する予定の自由通路もまだ南半分しかできておらず、北側は在来線の改札で塞がれている。ライトレールが待つ北口へ抜けるには、東側にある従来の地下道に回る必要がある。

未完成の駅とはいえ、注目すべきは、新幹線改札を出て正面に見える地鉄市内電車のホームだ。これまで「富山駅前」電停は、駅正面の桜橋通り上にあったのだが、新幹線開通と時を同じくして(2015年3月14日)、駅舎内に線路が引き込まれ、新たに「富山駅」電停として開業した。

新電停はスマートなデザインで、近年導入が進むセントラムやサントラムといった新型車両によく似合う。それだけではない。乗車と降車のホームが分離された3面2線の構造で、動線がスムーズになった。通勤・通学客で乗車口に長い列ができる朝の時間帯には、効果を発揮している。とやま鉄道線などからの乗換えに要する時間もずいぶん短縮されたし、上屋がない旧電停に対してこちらは駅舎の中で、雨や雪の日に傘をさす必要がなくなった。

現在、すべての電車が、桜橋通りまたはすずかけ通りの路面からいったんここへ立ち寄る。車内のアナウンスも「次の富山駅で進行方向が変わります」と告げる。旧電停は市内線の途中駅という印象だったが、新電停を観察していると、もはやターミナルの雰囲気さえ窺えた。3年後(2018年度)に北口のライトレールともつながれば、中心的な位置づけがさらに強まるだろう。

*注 旧「富山駅前」電停は「電鉄富山駅・エスタ前」と改称された。南富山方面から来た場合、地鉄電車や地下道へは今でも時間的に有利だ。

■参考サイト
富山駅付近の1:25 000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/36.701400/137.213200

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新幹線富山駅
(左)ホームで列車を見送る(3月)
(右)新幹線改札前の自由通路。チューリップフェアをアピール中(5月)
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新しい「富山駅」電停
(左)1番線は南富山行き、3番線は大学前行きと環状線の乗り場(3月)
(右)乗り場から新幹線改札が見通せる(5月)

富山駅を出た新幹線列車は、神通川を渡り、JR高山線を左に見送ると、ごく短い新呉羽山(しんくれはやま)トンネルを抜ける。富山から西では、心なしか防音壁が高い個所が多い気がする。もとより沿線は平野部で、集落の間を突っ切っていくのでやむを得ないのだが、車窓の楽しみは半減してしまう。新高岡までの前半は在来線の北側を走り、途中で南側に移るのも、地図を見ていなければ気づくことはないだろう。川幅の広い庄川を渡ると、すぐに新高岡だ。

新高岡駅は、在来線の高岡駅から南に1.5kmほど離れた位置に造られた。イオンモールをはじめ、郊外商業施設が立ち並ぶエリアで、幹線道路にも近く、クルマでのアクセスは便利そうだ。しかし、鉄道の利用者は既存の高岡駅でもう一度乗換える必要がある。公共交通体系としては機能的とはいいがたい。高岡駅の北口に発着している万葉線の延伸構想もあると聞くが、交流電化の線路(現 あいの風とやま鉄道)を横断するという難題が控えておえり、容易には実現しないだろう。

今さら言っても仕方ないのだが、本当に在来線の駅に併設できなかったのだろうか。地形図を見ると、高岡駅の富山方は、在来線がおおむね直線的に伸びているし、金沢方も街道筋さえ抜ければ、すぐ小矢部(おやべ)川の田園地帯に出る。郊外に比べて用地買収費がかさむのは当然だが、腹付けも全く不可能ではなさそうだ。呉西の中心都市として求心力を高めるつもりなら、極の二分化はなんとしても回避すべきだったと思うのだが。

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新幹線新高岡駅 (左)南口 (右)ブロンズ製の高岡大兜

ともあれ現実問題として、両駅間を結ぶ公共輸送は、10分間隔で運行するシャトルバスと、昔ながらのJR城端(じょうはな)線に任されている。北陸本線は並行在来線として第三セクターに転換されたが、支線はJRの経営下に残され、連絡のための新駅が新幹線駅の金沢方に設けられた。

城端線の列車は1時間に1本程度、しかも轟音と鈍足で評判の芳しくないキハ40系がいまだに使われている。これでは到底シャトルバスにかなうまい、と思ったが、案に相違して新高岡では下り列車から30人以上が降りた。上り列車はそれ以上で、高校生も多数下車したから、新幹線への乗継ぎだけではなさそうだ。この賑わいにもかかわらず、新高岡は地鉄の新黒部と同じく無人駅で、通常、「後ろのドアは開きません」と告げられる。降車完了までに時間がかかることは言うまでもない(下注)。現状維持がせいぜいのJRより地元密着の三セクに転換した方が、よほどサービスが向上するのではないだろうか。

*注 筆者が目撃した限り、混雑する下校時間の列車はさすがに全部のドアから降車させ、運転士がホームで切符をチェックしていた。

■参考サイト
新高岡駅付近の1:25 000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/36.727000/137.011700

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城端線新高岡駅
(左)入口 (右)チューリップフェアの客を含め、予想外の降車客があった(5月)

新幹線の旅もあと1区間を残すのみだ。石動(いするぎ)付近までは散村で知られる砺波平野を滑るように走っていくが、相変わらず高い防音壁がしばしば視界をさえぎる。鉄道ファンとしての注目は、長さ6978mの新倶利伽羅(しんくりから)トンネルに入る直前、右手に在来線が接近してくるところだ。この線路配置には訳がある。北陸新幹線では、建設費を抑えるため、狭軌列車が新幹線規格の新線に乗り入れる「スーパー特急」方式が想定された時期があった。ここは、富山方から在来線を走ってきた列車が高速新線に移る西石動信号場になるはずだったのだ。

さらに話を遡れば、高岡~金沢間のルートは当初の構想から大幅に見直されている。もとは高岡の西方で在来線から分岐し、北側の山間部を直線的に貫いていく予定だった(下図参照)。その一部となる加越トンネル(6130m)が、先行して1989年に着工されていた。だがこの頃すでにJRは、新線を引受ける条件として並行在来線の経営分離を求めていたため、それに従うと高岡以西はJR線でなくなってしまう。

方針に反対する地元の声の高まりを受けて、富山県は、新線を石動以西とするよう国に要望した。そうすれば、分離される区間が駅のない県境付近だけで済むからだ。先述の西石動信号場はこのとき登場したものだ。県の案が承認されたことで、掘削中だった加越トンネルは一転、無用の長物となった。中止までにかかった工事費は、県の負担とされた。地図を見ると、新倶利伽羅トンネルは在来線の北側へ迂回するような形になっているが、当初の構想に接合させるためのルート設定であることは間違いない。

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高岡~金沢間旧ルート(推定)

石川県に入ってからもトンネルが断続する。ようやく明かり区間が続くようになると、在来線が右側に寄り添ってくる。やがて左の車窓前方に、ビル群の合い間を通して金沢城のこんもりとした森と背後の山並みが現れる。「まもなく金沢です。お忘れ物のないようお支度ください」。終点に近づいていく時間はいつも慌しい。古都の散策を楽しみに遠方からやってきた人、東京出張を終えて地元に帰ってきた人、あるいは在来線特急に乗り継いで旅を続ける人、誰もがくつろいだ気分を切り替えて、そそくさと降りる準備にとりかかる。

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(左)小矢部川と砺波平野(3月) (右)ビルの向こうに金沢城の森が見える(5月)
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金沢駅 (左)東京からの列車が到着 (右)駅のシンボル鼓門(つづみもん)(5月)

■参考サイト
金沢駅付近の1:25 000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/36.578400/136.647900

眺め-北陸新幹線-(前面車窓) http://www.jreast.co.jp/nagame/
JR東日本-meets新幹線 http://www.jreast-shinkansen.com/
JR西日本-北陸新幹線 http://hokuriku-w7.com/
Wikipedia - 加越トンネル https://ja.wikipedia.org/wiki/加越トンネル

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最後に、これから北陸新幹線の旅を目論んでいる方へ。「北陸新幹線鳥瞰絵巻」(信濃毎日新聞社 2015年3月刊、右写真)という、興味深い刊行物がある。鳥瞰図絵師として数々の優れた作品を発表してこられた村松 昭氏による長尺の絵図で、起点の高崎から終点金沢まで沿線の見どころが、野鳥や獣や魚類の生き生きとした姿とともに丹念に描かれている。旅への期待が高まること請け合いだ。さらに付録として、今尾恵介氏の手描きによる線路縦断面図ほか、鉄道ファンも納得の資料集がついている。筆者も本稿を書く際、大いに参考にさせていただいた。改めてお礼を申し上げたい。

掲載の地図は、地理院地図(2015年7月12日現在)を使用したものである。

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2015年7月 7日 (火)

新線試乗記-北陸新幹線、金沢延伸 I

2015年3月14日は、JR東日本とJR西日本が新幹線で直接手をつないだ日になった。この日、北陸新幹線が長野から金沢まで延伸開業し、両社は同じ形式の車両(E7系とW7系)を使って首都圏と北陸を結ぶ高速列車の運行を開始したのだ。いつもJR東海の新幹線を利用している者にとっては、ありえないことが実現したような新鮮な感覚だ。

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金沢駅のE7/W7系揃い踏み

PRの仕方も両社の個性がにじみ出る。JR東日本は、E7系を可愛いキャラクターに仕立てたアニメでほのぼの感を強調し、遠隔地の印象があった北陸に親しみ易さをアピールする作戦のようだ。一方のJR西日本はその北陸で、速く快適に首都圏まで直行できるようになったことを正攻法で訴えている。

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(左)JR東日本の「ウフフ!北陸新幹線」ポスター(東京駅にて)
(右)JR西日本の正攻法パンフレット

同じJR西日本の管内とはいえ、なにぶんここ関西では、全国放送で流される金沢のにわか景気を他人事のように眺めるか、これまで乗り換えなしに行けた富山が遠くなったなあ、と感想を漏らすのが一般の反応だが、鉄道ファンにとっては、名古屋市地下鉄桜通線延伸以来4年ぶりの新線開通だ。黙って見過ごすわけにはいかない。開通直後に春休みの旅行を兼ねて、家族で東京から北陸へ周遊したあと、再度現地を訪ねて在来線との接続状況を観察した。今回はそのうち長野~糸魚川間をレポートする。

ここ数日、春本番を思わせるぽかぽか陽気が続いている。3月22日、東京駅で10時32分発、北陸新幹線かがやき509号の客となった。「かがやき」は、終点金沢までに上野、大宮、長野、富山にしか停車しない最速達列車だ。この他、高崎以西が各駅停車の「はくたか」(一部の駅は通過も)、従来ある長野止まりの「あさま」、それに富山~金沢間のシャトル便「つるぎ」が設定されている。東京駅に発着する新幹線列車の名称だけでも十数種類になり、もはや覚えきれなくなってきた。

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座席前のポケットにJR2社の広報誌が仲良く並ぶ

きょうは3連休の2日目、開業からまだ1週間ほどだが、普通車指定席の1号車は、3列席側がおおかた空いている。上野や大宮で団体さんが乗り込んでくるのかと想像したが、それもなかった。初日は指定券が早々と売り切れて盛り上がりを見せつけた新線フィーバーも、少し落ち着いてきたようだ。

荒川を渡り、秩父の山並みを眺め、高崎の市街地ごしに浅間山を遠望したあとは、断続するトンネル区間に入る。1号車は電動機を持たない制御車(Tc)だからか、軽井沢前後の連続急勾配も気づかないまま通過してしまった。既開通区間では最長の五里ヶ峯トンネル(15,175m)を抜けると、早や空の広い善光寺平(長野盆地)だ。

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長野駅新幹線ホーム

1997年以来18年間、新幹線の終点だった長野も、今や途中駅になった。半ば定着していた「長野新幹線」の名ももう見かけない。富山までこの列車に乗り続けるので、ホームの様子を車窓から見送っただけだが、後日(大型連休中の4月30日)改めて下車すると、ちょうど善光寺御開帳の時期で、コンコースや正面玄関の軒先にはそれを知らせる大きな幕が下がっていた。駅前に出ると、黄色に赤絣のチューリップが特設の木枠に盛られて春風に揺れていたが、あれは富山と新幹線でつながった縁を表していたのだろうか。

■参考サイト
長野駅付近の1:25 000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/36.643000/138.188700

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長野駅
(左)コンコースに御開帳の垂れ幕(2015年4月撮影、以下4月)
(右)善光寺口を(富山の?)チューリップが彩る(4月)

いよいよ今回の開通区間に足を踏み入れる。長野の市街地ではもとの信越本線(現 しなの鉄道北しなの線)と並行するが、すぐに離れて、まだ冬枯れの果樹園や雪の飯綱山を眺めながら速度を上げていった。左側を新幹線の車両基地がかすめる。千曲川を渡ればすぐ高丘トンネル(6,944m)で、これと次の高社山トンネル(4,278m)の間に開ける夜間瀬川の谷では、信州らしいのどかな山里の風景が垣間見えた。

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(左)車窓から雪の飯綱山を望む(2015年3月撮影)
(右)JR飯山線立ヶ花駅から新幹線第4千曲川橋梁、愛称「アップル大橋」が見える(4月)
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(左)心和む夜間瀬川沿いの山里風景(4月)
(右)千曲川を見るのもこれが最後、第5千曲川橋梁(菜の花大橋)(4月)

雪原の間をゆったりと流れ下る千曲川を再度越えると、飯山(いいやま)だ。いうまでもなくJR飯山線との連絡駅だが、もとの飯山駅はここから北へ300mの位置にあった。新幹線の上りホームの窓から旧駅跡が望めるが、乗降ホームも駅舎も撤去されて、すっかり更地と化している。線路と立体交差する都市計画道路の用地になってしまうらしい。旧駅舎は、お寺を模した玄関が特徴で、ホームには鐘楼を据える凝りようだったが、新幹線の駅はどれも巨大で機能本位で、風情や情趣などとはほとんど無縁だ。

再訪時はここで飯山線のキハ110系気動車に乗換えて、豊野経由で信越国境を越えた。千曲川に寄り添って走るこのローカル線の車窓は、昔乗ったときの記憶と変わらない。瑞々しい新緑の河岸を縫いながら、小さな無人駅にも丁寧に停まっていく。軽便鉄道を思わせるような急曲線が続くため、速度はしばしば40km/hに落ちてしまう。長野まで50分前後かかるこの在来線に対して、「はくたか」の所要時間はわずか12分だ。劇的な時間短縮効果によって、雪深い飯山の町はこれからどのように変化していくのだろうか。

■参考サイト
飯山駅付近の1:25 000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/36.845300/138.358800

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飯山駅 (左)正面 (右)ガラス面に街が映る
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在来線飯山駅 (左)旧駅舎は撤去済(4月) (右)キハ110系気動車が入線(4月)

新幹線はここから、五里ヶ峯を抜いて線内最長となった飯山トンネル(22,251m)に入り、一気に新潟県へ抜ける。列車は何事もなかったように闇の中を飛ばしていくが、トンネルは複雑な地質構造を通過していて、建設工事は非常に難度の高いものだったという。ルートが直線ではなく、西にたわんでいるのもそれと何か関係があるのだろう。飯山駅の標高は330m、トンネルの出口では約60mにまで下がる。軽井沢へ上る長い急坂は話題になったが、このトンネルでも同じ30‰の連続勾配が使われている。

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高田平野と矢代山地、手前は関川(3月)

かくして舞台は、山国から日本海に面した高田平野へ移る。周囲の田んぼは地肌が現れてきたが、左手に連なる矢代山地はまだみごとに雪化粧している。この地域の新たな玄関口となった上越妙高(じょうえつみょうこう)駅が近づいてくるころだ。

新幹線駅は、旧信越本線 脇野田駅の西120mの場所に計画された。これまでの例に倣えば、両駅の間に連絡通路を造ることになる。しかし、それで済まない問題が指摘されていた。信越線と新幹線は駅の南側で斜めに交差しているため、このままでは新幹線駅の東口で開発可能な土地がV字状の狭小なものにとどまってしまう。さらに、北方の高田市街と新幹線駅を結ぶ動線は、信越線を横断しなければならない。

この課題の解決策として採用されたのが、信越線の線路と駅をともに新幹線の西側に移設するという大がかりな案だった。そのためのルート変更は、延長1.7kmに及んだ。地図の上では、元来直線だった線路が、新幹線駅に沿って寄り道したような格好になっている。脇野田駅は先行して2014年10月19日に新しい場所に移り、その後、新幹線開業と同時に、第三セクターのえちごトキめき鉄道(えち鉄)上越妙高駅に名を改めた。

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上越妙高までJR東日本の管内

ここも再訪時に下車してみた。正面となる東口には杉材で編んだ巨大なドームが据えられ、新幹線改札や橋上の自由通路の天井には木製ルーバー、えち鉄の改札柵も昔の駅を思わせるがっしりした木組みと、木のぬくもりを意識したデザインが印象的だ。東口の片隅に、何の説明もなく丸型ポストが置かれている。聞くと、旧脇野田駅前にあったものだそうだ。その旧駅跡は目下造成工事中で、直江津方はまだ線路がもとのままに残っていた。

えち鉄の新駅は、地平の島式ホーム1面2線というシンプルなものだ。直江津行きの普通列車を待っていたら、隣の2番線にE653系を使った新潟発の特急「しらゆき」が入線して、客を降ろした。ここが終点だが、引上げ線はないので、普通列車が到着しても停車し続けている。時刻表を見ると折返し営業運転ではなさそうだし、まずは車内整理のためにどこかへ回送されるのだろう。新たな乗継ぎルート開拓の舞台裏では、さまざまなやりくりがあるようだ。

■参考サイト
上越妙高駅付近の1:25 000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/37.081700/138.248200

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上越妙高駅 (左)西口の展望デッキ (右)東口の杉材を編んだドーム
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えち鉄上越妙高駅 (左)木材を多用した改札口 (右)特急しらゆきが到着
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在来線のルート変更
(左)新井方から見た切替え地点。旧線は直進していた(4月)
(右)新幹線東口の旧線跡は造成中。新井方を望む(4月)

在来線の直江津~糸魚川間は、頸城トンネル(11,353m)を筆頭に長大トンネルが連続する。これは1960年代に、日本海縦貫線の輸送力増強とともに、多発していた地滑り災害を回避する目的で実施された路線改良の結果だ。一方の新幹線は、より内陸部を通過している。トンネルは8本を数えるが、山間の明かり区間はシェルターですっぽり覆われているため、視覚的には、長大トンネル2本(高田+松ノ木+桑取+峰山および新木浦+高峰+中浜)の後に、短いトンネルが1本(梶屋敷駅の裏山を抜ける金山トンネル)来る。防音壁が高くてわかりにくいのだが、最後のトンネルを出ると、家並みの向こうに日本海が300m以内まで近づいている。まもなく糸魚川(いといがわ)だ。

再訪時はここで日が傾いてきたので、一夜の宿を取った。駅併設の施設はなかなか充実している。正面玄関の北口(日本海口)には、以前から特産の翡翠製品を展示販売するヒスイ王国館がある。新設の南口(アルプス口)では、鉄道ファンには楽しいジオパルという展示施設が造られた。実はその開館時間に間に合わせようと、早めに乗継ぎの旅を切り上げたのだった。

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糸魚川駅
(左)アルプス口とレンガ車庫のファサード。シャッターの奥にキハ52が
(右)ホームに金沢行きが入線

地質関連の展示もあるにはあるが、メインは鉄道ものだ。大糸線で走行していた気動車キハ52が、懐かしい朱色とクリーム色に復元塗装され、休憩室代わりに置かれている。キハが載るレールは建物の外まで延長されて、かつて駅構内にあり、ここへ移設保存されたレンガ車庫のファサードをくぐる。

隣の部屋は、立派なレイアウトコーナーで、Nゲージ、HOゲージ、それにプラレールも揃っている。Nゲージは7m×6mの広さで10線、糸魚川の市街地を正面に置き、右が親不知、左が頸城トンネル、中央を占めるアルプスの背後は東京という設定だ。HOゲージのほうは、10m×2mの縦長サイズで4線。テーマは姫川を遡る大糸線で、模型のキハ52が走行音つきで走る。人物や景観など細部の造り込みも丁寧で、たいへん見ごたえがあった。

ところが残念なことに、この気合いの入れように応じる肝心の観客がいない。筆者が滞在中に入ってきたのは、地元の母子連れとおぼしき1組のみ。実は駅のコンコースからしてひっそりしているので、人が流れてこないのも当然なのだ。開業1か月の大型連休でこれだと、ふだんはより厳しい状況と想像する。せっかく手間をかけたレイアウトが、宝の持ち腐れになってしまわないようにと願うばかりだ。

次回は、糸魚川から終点金沢へ向かう。

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(左)えち鉄糸魚川駅遠望 (右)駅近くにC12が静態展示されていた
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ジオパル内部 (左)国鉄色のキハ52 (右)Nゲージの糸魚川市街

■参考サイト
糸魚川駅付近の1:25 000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/37.043300/137.861300

眺め-北陸新幹線-(前面車窓) http://www.jreast.co.jp/nagame/
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