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2015年7月27日 (月)

黒部ルート見学会 I-黒部ダム~インクライン

「アルペンルートで黒部ダムへ行き、その後トロッコ電車に乗って宇奈月温泉に泊ろうと思うのですが」。Q&Aサイトにはときどきこれに類した質問が上がる。いずれも人気のある観光地で、同じ黒部峡谷にあるのだから、数時間あれば周遊できると思われていても不思議ではない。しかし実際、黒部ダムからトロッコ、すなわち黒部峡谷鉄道の終点欅平の間に通じているのは、峡谷の絶壁をたどる心細い山道と、関西電力(関電)が維持する作業用設備だけだ。一般観光客は、富山平野か長野県側を迂回するほかに道がない。

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黒部ダム展望台からのパノラマ

関電の設備は「黒部ルート」と呼ばれ、峡谷にダムや発電所を建設するのに先立ち、建設現場に資材や作業員を輸送する目的で造られた。今も、これらの発電施設の点検・保守に使用されている。しかし、一般人は立入りが許されておらず、同社が水力発電事業への理解を促すために実施している公募見学会に参加することがほぼ唯一の体験方法だ。

2015年の場合、「黒部ルート見学会」は6月中旬から11月上旬の平日に、計34日間実施されている。欅平駅に集合し、谷を遡って黒部ダムで解散するコース(欅平出発コース)と、その逆順(黒部ダム出発コース)の2コースがあり、定員は各30名、申込者多数の場合は抽選となる。

行程のほとんどがトンネルで、峡谷美を拝める時間はごくわずかであるにもかかわらず、申込者は常に定員を上回る。前年(2014年)の平均応募倍率は、欅平発が4.2倍、黒部ダム発が3.2倍だった。前者のほうが人気が高いのは、黒部ダム到着後、午後の時間をアルペンルートの観光に使えるからだろう。

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(左)平成27年度黒部ルート見学会パンフレット (右)同 見学のしおり

ルートは複数の輸送手段により構成されている。欅平側から行くと、

下部軌道 0.5km、所要3分
 (見学会では「工事用トロッコ電車」と案内される。黒部峡谷鉄道からレールが接続)
竪坑エレベーター 0.2km(垂直距離)、2分
上部軌道 6.5km、32分
 (見学会では「上部専用鉄道」、蓄電池式機関車がトロッコ客車を牽引)
黒部川第四発電所見学
 欅平出発コース43分、黒部ダム出発コース70分
インクライン 815m(斜辺距離)、20分
黒部トンネル 10.3km、40分
 (専用バスで走行)

の順になる。参考までに「見学のしおり」に従って、各地点の通過時刻も書いておこう。

欅平出発コース(所要時間3時間30分)の場合、
9:20 欅平駅集合、工事用トロッコ電車、竪坑エレベーター
10:25 上部専用鉄道
10:57 黒部川第四発電所
11:40 インクライン
12:10 黒部トンネル内専用バス
12:50 黒部ダム到着

黒部ダム出発コース(所要時間3時間40分)の場合、
10:30 関電トロリーバス黒部ダム駅集合
10:55 黒部トンネル内専用バス
11:40 インクライン
12:00 黒部川第四発電所
13:10 上部専用鉄道
13:42 竪坑エレベーター、工事用トロッコ電車
14:10 欅平駅到着

もとより黒四発電所をはじめとする発電施設の紹介に力点が置かれた企画だが、鉄道ファンにとっては、一般旅客を扱わない秘境の小軌道に体験乗車できるまたとない機会でもある。また、定員制のハードルがある点で、立山連峰の反対側を走る立山砂防軌道と並ぶ、希少感に満ちたイベントであることも言を俟たない。

*注 立山砂防軌道については、本ブログ「立山砂防軌道を行く」に記述している。

■参考サイト
関西電力-黒部ルート見学会のご案内
http://www.kepco.co.jp/corporate/info/community/hokuriku/koubo/
富山県-黒部ルート見学会
http://www.pref.toyama.jp/cms_sec/1400/kj00000094.html

黒部ダム付近の1:25,000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/36.566400/137.662200

新幹線開通で今、北陸に関心が向いている。この機会に黒部ルートを見てみようと思い立ち、申込みのはがきを書いた。その時点で直近だった6月24日の黒部ダム発を希望したところ、梅雨時で応募者が少なかったか、運よく当選の通知が来た。

参加前日に、新幹線と特急「しなの」を乗継いで松本に宿泊し、翌朝早く、信濃大町から扇沢を経て、関電トンネルを走るトロリーバスで黒部ダムまでやってきた。前夜は木曽路で「しなの」に運転抑止がかかるほどの大雨に見舞われ、前途が危ぶまれたのだが、この一日はなんとか天気が持ちそうだ。

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関電トンネルトロリーバス (左)対向シーン (右)黒部ダム駅に到着

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黒部ルート 黒部トンネル区間の1:50,000地形図
注意:使用した地形図は1978年の修正図であり、登山道等の情報は現在と異なる。

黒部ダム

余裕を見て出てきたので、集合時刻まで1時間以上ある。地中にあるトロリーバスの黒部ダム駅から、まずは220段の階段を上って、展望台に出た。期待にたがわず、立山連峰の視界は良好だった。2008年に来たときは晩秋で、山腹を埋めたみごとな紅葉を記憶しているが、今日の立山は装いも一転、瑞々しい緑のスカートに雪渓のジャケットを羽織っている。この取合せもまた新鮮だ。左のほうに目を移すと、凪いだ湖面を遊覧船がつうっと横切っていく。その背後に赤牛岳もくっきりと姿を見せている。黒部ダムと言えば豪快な放水で知られるが、これは明後日からで、残念ながら一足早かった。

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黒部ダム展望台から立山を仰ぐ
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(左)南望、黒部湖遊覧船と赤牛岳 (右)北望、鹿島槍ヶ岳

擁壁を伝う鉄製階段を、堰堤へと降りる。早起きしたせいで、おなかがすいてきた。ダムに面したレストハウスでは、名物のカレーが提供されている。本命は黒部ダムカレーなのだが、これは辛口だというので、中辛のダムサイトカレーにした。ダムに見立てた型押しのライスに湖面のカレー、ポテトサラダは放水で、キャベツは水しぶきだそうだ。こんな時間に食事をする人はほとんどいないので、ダムを眺めながらゆっくり賞味できる。

■参考サイト
黒部ダム http://www.kurobe-dam.com/

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(左)黒部湖レストハウス (右)ダムサイトカレー

そうこうしているうちに、集合時刻が近づいてきた。指定されたトロリーバスの駅長室前(=改札口横)へ急ぐと、すでに多くの人が集まっている。事前に郵送された参加者章を首から下げて、順に点呼を受ける。参加者はちょうど30名で、キャンセルは出なかったようだ。案内人の方から、ひととおり注意事項を聞いた。危険物の持込み禁止、写真撮影は可だが、動画は歩きながら撮っていて怪我をした人がいたため不可、等々。

防寒のためにジャケットを着込み、関電のマーク入りのヘルメットを装着したあと、通用口から入場した。まず免許証などの身分証明書による本人確認、そしてボディーチェックと手荷物チェックを受ける。なかなか厳重だ。車内が狭いので、手荷物はひざ上で抱えられるリュックサック1個程度に制限されている。

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(左)見学会の集合場所
(右)トロリーバス運行の合間を縫って専用バスの待機所へ移動

黒部トンネル内専用バス

トロリーバスや工事車両が通る合間を縫って、トンネルの中を専用バスが待つ場所まで徒歩移動した。バスは33人乗り日野メルファ。大町~扇沢間の路線バスと同じ北アルプス交通所属の貸切バスだった。

黒部トンネルは、大町から関電トンネル経由で発電所の建設資材を運ぶ目的で、1959(昭和34)年に開通した。長さが10.3kmもある、知られざる長大トンネルだ。最急勾配が1/10(10%)と聞いたが、これは出発して間もないルート赤沢横坑に至る区間だろう。断面が高さ4.5m、幅4.4mの一車線幅しかないため、1km間隔で道幅を広げた退避所が設けられている。白色灯が点るトンネル内だが、識別のために待避所の区域だけはオレンジ色だ。

全区間にわたってきちんと運行ダイヤが組まれていて、終点駅で見かけたダイヤグラムによれば、関係者用の定期バスはこの間を20分で走行している。見学会で利用するのは社客バス(下注)で、黒部ダム発10時55分、途中見学時間15分をはさみ、作廊(さくろう=インクライン上部)着11時30分となっている。

*注 社客は関電が招待する社外の関係者のこと。ダイヤグラムは、後述するインクラインの項の写真を参照。

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タル沢横坑 (左)待避所はオレンジ灯で識別 (右)全員いったん下車

バスは延々と走った後、タル沢横坑待避所と書かれた地点で停車した。横坑というのは、本トンネルを建設する際に使用された作業用の水平坑道だ。路面に降り立つと、湿り気を帯びた冷気がまとわりついてくる。分岐点から150mほど歩いて、坑口へ。そこは十字峡に注ぐ支流、棒小屋沢の谷の斜面で、標高1,400m。足もとにほとばしる沢(おそらくタル沢)には、まだ雪渓が残っている。

わざわざ寄り道したのは、ここからとっておきの眺望が得られるからだ。深い谷と前山を隔てて、高峰の連なりが参加者の視線を集める。枝分かれした鋭いピークを天に向けているのが、剱岳の東尾根に当たる八ツ峰、右の雪に覆われた鞍部は三ノ窓だ。八ツ峰の左奥には、剱岳本体(標高2,999m)も顔を覗かせている。富山平野から見るのとは反対側の「裏剱(うらつるぎ)」で、ふつうは険しい登山道をたどる人しか目にすることができない。黒部ルートならではの眺めです、と案内人氏が誇らしげに言う。上昇気流により雲がかかりやすく、毎回案内していてもくっきり見えることは少ないのだそうだ。

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タル沢横坑 (左)坑口へ歩く (右)峡谷に面した坑口
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(左)タル沢横坑口からの眺め、右の谷は十字峡
(右)雪のある鞍部は三ノ窓、中央に八ツ峰、左奥が剱岳

インクライン

再びバスに乗込めば、5分も経たぬうちに黒部トンネルの北端にある作廊に到着する。地下インクラインの乗場はすぐそばにあった。

冷たく湿ったコンクリートの地下空間に、銀色に光る大型の搬器が待っている。観光地で見かける階段状のケーブルカーとは異なり、客室部が水平に置かれている。そもそも鉄道事業法や軌道法の基準を満たすものではなく、法規的には、労働安全衛生法で規定される軌道装置なのだそうだ。発電機や変圧器、鉄管といった重量物も運搬するため、搬器は25トンの重量に耐えるよう設計されている。大型機材を積むために、客室部は取り外すことができる。さらに、レールのような建築限界に支障する長尺ものの場合は、下部の台枠も取り外して、斜めの荷台に固定すると聞いた。

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インクライン上部駅
銀色に光る搬器客室部、天井には機材移送用のクレーン

鉄道ではないとはいえ、「インクライン上部 Incline Jobu Station」と書かれた駅名標があり、時刻表も掲示されている。ツアーが使うのは、第6便の11時40分発だ。バスで来た全員が乗り込むと多少窮屈だが、手荷物は外の荷台に置かせてもらえる。発車のブザーが鳴り、搬器は急傾斜の四角い筒の中をそろそろと降り始めた。

インクラインの長さ(斜長)は815m、斜度34度(67.5%)の勾配がついているので、斜めに走るというより沈んでいく感じだ。上部駅の標高は1,325m、下部駅は869mで、この高度差456mに20分かけている。単線のため、中間地点(中交換箇所)で2台の搬器が行き違う。上っていく隣の搬器を見上げると、床下の構造体が露わになり、規模の大きさがよくわかる。

20分は結構長いので、線路に興味がない人に対しても、案内人氏は出し物を用意していた。車内のモニターに、2002年暮れの紅白歌合戦で中島みゆきが「地上の星」を歌う様子が映し出される。舞台になった場所はこの後通るのだが、2番の歌詞を間違えて、生中継であることが証明されただの、本番後、寒さと疲れのため宿舎まで戻れず、発電所内の会議室で仮眠をとっただの、初めは黒部ダムで歌う企画だったが、真冬のダムサイトで肩を出した衣装はありえないだの、おもしろいエピソードは尽きることがない。すっかりくつろいでいる間に、下部駅に到着した。

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(左)黒部トンネルバス運行ダイヤ (右)インクライン時刻表
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(左)地下インクラインの通路 (右)中交換箇所で行き違い

続きは次回に。

掲載の地図は、国土地理院発行の5万分の1地形図立山(昭和53年修正)を使用したものである。

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