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2015年4月20日 (月)

アイルランドの鉄道地図 II-今昔地図帳

Blog_ireland_railatlas2

100年近い時を隔てて、アイルランド島の鉄道路線網がどのように変化したのかを比較するというのが、この地図帳のコンセプトだ。路線図の対比とともに、当時の姿を知るための沿革やさまざまな保存資料が提示されており、ページを繰るにつれて、鉄道が物流の動脈として社会の発展を支えていた時代が少しずつ明らかになっていく。

2014年にイアン・アラン出版社 Ian Allan Publishing から刊行されたこの「今昔アイルランド鉄道地図帳 Railway Atlas of Ireland Then & Now」(ポール・スミス Paul Smith 氏とキース・ターナー Keith Turner 氏の共著)は、アイルランド島をテーマにした愛好家待望の鉄道地図帳だ。これまでイギリスとアイルランドを同時に扱う地図帳はあっても、同島に限定したものは、筆者の知る限り、前回言及したジョンソンの地図帳以降なかったからだ。

序文は次のように述べている。「この地図帳は、1巻で1920年初日の広範な鉄道網-荒れ狂う変化の連続がそれを永遠に改造してしまう以前-と今日の骨格だけになったそれとの直接比較を提示するだけでなく、廃止路線や閉鎖駅の現在の利用状況をも記録する。

『昔 Then』の図は、レールウェー・クリアリングハウス Railway Clearing House による1920年のアイルランド図の関連個所の忠実な複製であり、『今 Now』の図は、現在の島全体の鉄道網に属するすべての営業路線と駅を表示(1マイルを超える長さをもつその他の公共鉄道も併載)するとともに、すべての休廃止路線と駅、とりわけ現在異なる装い -鉄道、軌道、道路、自転車道、店舗、美術館などさまざま- で一般大衆に開かれているものの記録を提示する。」

レールウェー・クリアリングハウスというのは1842年にロンドンで設立された組織で、乱立する鉄道会社の間に入って運賃収入の調整や実際の精算(クリアリング)を行っていた。そのための基礎資料として用意されたのが、線路の接続点、貨客を扱う施設などを正確に描いた配線図(接続駅配線図 Junctions Diagram)や、各社の路線網を記載した小縮尺の鉄道路線図だ。

本書は、1920年1月1日現在の状況を示したクリアリングハウスのアイルランド全図(縮尺7.5マイル1インチ、分数表示で1:472,500)を、21面に分割したうえで使用している。各見開きの左ページにその図を置き、右ページにはそれに2014年1月1日の状態を加筆した図を並べる。

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表紙の一部を拡大 (左)1920年図 (右)2014年図

1920年のオリジナル図では、路線が会社別に色分けされて、各社の勢力範囲が一目瞭然になる。ロンドンと同じように、ダブリンから郊外へ各社が放射状に路線を延ばしていた様子も読み取れる。それとともに地図ファンとして注目すべきは、丹念に書き込まれた行政界、集落、河川、地勢(ケバによる)などの地図表現だ。現代図と対照するときに、鉄道のあった位置を特定する作業がこれでずいぶんと楽になるだろう。

一方、2014年の図に目を移すと、こちらも1920年図をベースにしながら、路線と駅、駅名のみを置き換える形で製作されている。もちろん路線の色分けは会社別ではなく、性格の違いを表している。まず、軌間が標準軌(アイリッシュ・ゲージ1600mm)かそれとも狭軌か。そして、今も使用中の路線なのか、廃止線 closed や休止線 mothballed(=列車の運行はないが施設が残存する路線)なのか。他にも、保存鉄道化、トラム線としての復活、自転車/遊歩道や自動車道への転用などの区別がある。

地図に書ききれないデータは、図郭外の説明 Legend 欄にまとめられている。旧駅の跡がバス車庫やマーケットになったとか、廃線跡のサイクリングロードはどのウェブサイトに記載がある、といった現地情報が取得できる。

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凡例

この2種の図を対比すると、たとえば、今や広大な鉄道空白地域になっている北西部のドネゴール州 Donegal にも、かつては3フィートの狭軌鉄道網が張り巡らされていたことがわかる。1920年と言えば、自動車の普及が進む一方で、鉄道にもまだ地域交通のかなりの部分を依存していた時代だ。

ご多分に漏れず1950~60年代になると、アイルランドでも多数のローカル線が合理化の名のもとに廃止の宣告を受けた。全土に広がっていた路線網はそれを境に瘠せ細って、ほぼ骨格のみの姿に変わってしまった。地図で見る限り、こうして生じた廃線跡を別の形で活用している例も意外に少ないようだ。かつての路盤や石積みの橋梁は、ほとんどが痕跡と化して、牧草地や原野の中で静かに眠っているのだろう。

本書に先立つ刊行物として、2012年に同じ著者、同じ出版社で、グレートブリテン島の鉄道網を描いた「今昔鉄道地図帳 Railway Atlas Then & Now」が出ていた。アイルランド版の体裁もこれに準じているが、それだけではボリュームが不足するということか、路線図比較の余白に、各鉄道の沿革を記したコラムや当時の鉄道写真、接続駅配線図、さらには絵葉書やチラシ、切符のコレクションと、参考資料がふんだんに盛り込まれている。グレートブリテン島版にはない特典だ。

過去との比較で1920年という年が選ばれたのには、大いに理由があると思う。一つはこの年、アイルランド統治法が成立したことで、アイルランドがイギリスから自治を獲得していく重要な転換期に当たること。もう一つは、イギリス本土で1921年の鉄道法により中小の鉄道が4大会社に合併集約されたように、アイルランド島でもまもなくグレート・サザン鉄道 Great Southern Railways への統合(1925年)が実行されて、鉄道地図が一変することだ。

その意味でこの地図帳は、21世紀の鉄道交通の現状を記録するだけでなく、19世紀から引き継がれた旧体制最後の日々を顧みる貴重な機会を提供してくれるだろう。

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