« 2015年2月 | トップページ | 2015年4月 »

2015年3月31日 (火)

アイルランドの旅行地図

アイルランド陸地測量部 Ordnance Survey Ireland (OSI) が刊行する一般向けの地図は、多かれ少なかれ旅行者志向で編集されているのだが、このジャンルに特化すれば、民間の地図会社も負けてはいない。今回はOSI官製図と民間図の特色を比較してみよう。

Blog_ireland_450k
OSI刊行 アイルランド旅行地図
(左)初版 2000年 (右)第5版 2012年

アイルランド島は東西300km、南北400kmほどの広がりをもつ。全島を大判用紙1面に収めた旅行地図としては、OSIがその名も「アイルランド旅行地図 Ireland Touring Map」(右写真)を刊行している。表紙つきの折図と別綴じの地名索引から成り、地図の縮尺は1:450,000だ。

タイトルでは旅行と銘打っているのだが、実態は、若干の観光情報を追加した道路地図というほうが正確だ(下注)。道路網は道路区分で色分けされ、道路番号はもとより区間距離も付されている。さらにシーニックルート(景勝区間)はミシュラン張りに緑の傍線が引かれ、ビューポイント(展望台)の記号も見られる。一方、旅行情報のほうは限定的で、観光案内所、キャラバンサイト、宿泊施設、ゴルフコース程度しかない。それより惜しいのは、標高点こそ随所に打たれているものの、地勢表現が一切ないことだ。せめて陰影(ぼかし)をつけて、どのあたりが山がちなのかわかるようにすれば、より旅行地図らしさが出てくるのだが。

*注 OSIのカタログによれば、同じ体裁で「アイルランド道路地図 Ireland Driving Map」も刊行されている。サンプル図を見る限り、こちらは旅行情報が省かれているようだ。

Blog_ireland_touringmap1

1枚ものの旅行地図であれば、民間ブランドのコリンズ Collins(下注)のほうがお勧めだ。コリンズの「アイルランド旅行地図 Touring Map Ireland」(右写真)は、縮尺が8マイル1インチ(図上1インチで実長8マイルを表す、分数表示では1:511,000)。道路網については、道路区分による色分けや道路番号の表示がなされているが、区間距離の記載は国道 National Road に限られ、この点ではOSIのほうが親切だ。

*注 刊行元は、ハーパーコリンズ社HarperCollins。

しかし、旅行情報はユースホステル、史跡、庭園、ゴルフコース、ビーチ、馬場、テーマパークなどと幅広く、また記号を赤丸で強調しているのも識別しやすい。さらにOSIにはないぼかし(陰影)が施されて、およその地勢が把握できる。国立公園には緑のアミがかけられ、公園名の注記も目立つフォントが使われている。情報量が多いにもかかわらず、個別の情報を認識しやすいようによく考えられたデザインといえるだろう。加えて、添付の索引には、地名リストのほか、見どころをテーマ別にまとめたリストがあり、名称をもとにして図上位置を確かめることも容易だ。

Blog_ireland_touringmap1_sample
裏表紙の一部を拡大

このような1:500,000程度の広域を見渡せる地図は旅行計画の概要を作るときにいい。しかし、実際に山野を歩くときに携行するとなると話は別で、もっと大きな縮尺、最低でも1:50,000、できれば1:25,000くらいが必要になる。

Blog_ireland_25k2

OSIは昨年、新たな旅行地図シリーズの刊行を発表した。人気の高い旅行スポットに特化する縮尺1:25,000の「アドヴェンチャーシリーズ Adventure Series」(右写真)だ。アイルランドで全国をカバーしている官製地形図の最大縮尺は1:50,000なので、これは特別図の扱いになる。もっとも、以前からこうした観光地を対象にした1:25,000は存在していた。下の写真のキラーニー国立公園やアラン諸島の図葉がそうだ(下注)。今回の企画はこれを発展させたもので、OSIの告知によれば、完成すると全13面の本格的なシリーズになるという。

*注 そのほか、マクギリーカディー山脈 Macgillycuddys Reeks、ブランドン山 Brandon Mountainがあった。2015年3月現在、一部はまだ販売されている。

Blog_ireland_25k1
OSI 旧1:25,000
(左)キラーニー国立公園 1997年 (右)アラン諸島 第2版 2002年
Blog_ireland_25k2_index
アドヴェンチャーシリーズ索引図(OSI公式サイトより取得)

その第1弾(先行版)として2014年に刊行されたのが「マクギリーカディー山脈およびキラーニー国立公園 Macgillycuddy Reeks & Killarney National Park」だ。標題の地域は島の南西部にある。マクギリーカディー山脈は島で一番の高峰群(といっても900~1000m台)が並び立つトレッキングの適地として、また、キラーニー国立公園は3つ連なる湖や古城のある景勝地として知られる。両地域は隣接しているが東西に広いため、2面に分割し、大判用紙に両面印刷されている。それでも従来別々の図葉だったものが、1つにまとめられたのだからお買い得だ。

等高線は、日本の同縮尺図と同じ10m間隔で描かれる。さらにOSIの他の縮尺図と同様、100mごとの段彩が施されて、読図を助けてくれる。山頂を示す標高点には、標高別に3段階の色が置かれるのが珍しい。また、アイルランド最高峰のキャラントゥール山 Carrauntoohil 周辺については、2倍拡大図(1:12,500)が挿入され、山麓からの登山ルートが詳細に示されている。

*注 キャラントゥール山の標高は、OSI公式サイトによれば1038mだが、この図では1040m と記載されている(OSIの他の縮尺図では1039m)。

トレッキングや自然観察に役立つ情報として、地表面については、針葉林、自然林、混合林、湿地という従来の区分のほかに、泥炭地、同 採掘跡、モレーン(氷堆石)、がれ場の記号が加えられた。ただ、記号の網目が粗かったり、パターンが大きいなどのために、等高線が読取りにくくなってしまったのが惜しい。

旅行情報では、他の縮尺図でも使われる地図記号のほかに、遊覧馬車(ルート)、乗馬観光、バードウォッチング、遊覧船乗場、岸釣り、船釣りなど新たな項目が入り、写実的なデザインの記号が与えられている。もとよりハイキングルートやサイクリングルートは、ルートに太い破線を添えてあるので見落としようがない。

Blog_ireland_25k2_legend
アドヴェンチャーシリーズ 凡例の一部

Blog_ireland_touringmap2

これに対する民間図はどうだろうか。イギリスのハーヴィー社 Harvey が刊行するハイキング地図シリーズ「スーパーウォーカー Superwalker」に、アイルランド編が4点含まれている。その中に、先述のOSI図と図郭が重なる「マクギリーカディー山脈およびキラーニー国立公園 Macgillycuddy's Reeks & Killarney National Park」(右写真)がある。

縮尺は1:30,000で、15m≒50フィート間隔の等高線が引かれている。別稿(下注)で紹介したような、計曲線を太めにし、岩場の等高線を青灰色に変えるといったハーヴィーの特徴的な等高線描法はここでも健在だ。植生の色の使い方や記号の大きさを含め、野外での読図のしやすさがとりわけ重視されている。

*注 ハーヴィー社の旅行地図については、本ブログ「イギリスの旅行地図-ハーヴィー社」参照。

旅行情報では、OSIとのポリシーの違いが表れている。ハーヴィー図はシリーズ名のとおり、歩く人のための地図だ。それでトイレ、救護施設、休憩できるパブやカフェなど、歩きに際して参考になるデータは充実しているが、ハイキング以外のアウトドアスポーツに関しては、記号も注記も用意されていない。OSIかハーヴィーかの選択を迫られたときは、ここに注意する必要があるだろう。

とはいえ、OSIが新シリーズの製作に当たり、ハーヴィーをライバルとして意識したことは、キャラントゥール山について同じような2倍拡大の挿図(ハーヴィーの場合は1:15,000)を加えたことでも推測できる。今後、予定通りアドヴェンチャーシリーズの刊行点数が増えていけば、アイルランドをじっくり旅したいと考える人にとって、1:50,000を補完する頼もしい相棒になるだろう。

OSIの地図は、すべてOSI直営のオンラインショップで容易に購入できる。また、コリンズ、ハーヴィーなど民間図は、ロンドンのスタンフォーズ Stanfords など地図専門店のサイトで扱っている。また、日本のアマゾンで買えるものもある。

■参考サイト
アイルランド陸地測量部 http://www.osi.ie/
同 オンラインショップ http://shop.osi.ie/
同 アドヴェンチャーシリーズの告知
http://www.osi.ie/Products/Adventure-Map-Series.aspx

★本ブログ内の関連記事
 アイルランドの地形図-概要
 アイルランドの1:50,000と1:250,000地形図
 北アイルランドの地形図・旅行地図
 アイルランドの道路地図帳
 スコットランドの名物地図
 イギリスの旅行地図-ハーヴィー社

2015年3月21日 (土)

アイルランドの1:50,000と1:250,000地形図

イギリスやフランスなどの後を追うように、アイルランドの官製地形図もまた、汎用図から旅やレジャーに役立つ仕様へと軸足を移してきた。地形図が備えるべき等高線や標高点、経緯度やUTMグリッド、交通網や集落や植生、大小の地名といったオーソドックスなデータに加えて、余暇を楽しむときに有益な情報が、視覚に訴える地図記号で描き込まれているのだ。

アイルランド陸地測量部 Ordnance Survey Ireland (OSI) が刊行する地形図のうち、区分図として全土をカバーしている縮尺1:250,000と1:50,000を中心に、その傾向を見ていこう。

Blog_ireland_250k
1:250,000地形図表紙
(左)北部 2002年版 (右)南部 2011年版

1:250,000は全島を4面でカバーする。そのうち、北部編Northは北アイルランド国土・資産局(旧OSNI)が製作・刊行しており、OSIは残り西部 West、東部 East、南部編 Southの3面の担当だ。横11.7×縦27cmの表紙つき折図で、1面で150km×220kmの広域を描ききる。

現行版には見当たらないが、以前の表紙には「ホリデーマップ Holiady Map」のロゴがあり、週末旅行のガイドマップであることがアピールされていた(下注)。その特色は今も受け継がれている。凡例に観光情報 Tourist Information というくくりがあって、さまざまな記号が設定されているのだ。

*注 OSI公式ショッピングサイトでは、今もホリデーシリーズ Holiday Seriesと案内されている。

例えば、キャラバンサイト(ハウストレーラー用のキャンプ場)、キャンプサイト、ピクニックサイト、ユースホステル、駐車場、飛行場、教会、古戦場、展望台、ボート乗場、水浴場、ゴルフコース、旅行案内所、自然保護区、アン・タシュカ An Taisce(アイルランドのナショナルトラスト)等々。また、史跡の名称にはブラックレター(古書体)が使われて、雰囲気を醸し出している。

1:250,000(図上1cmで実長2.5kmを表す)という縮尺なので、これだけで実際の場所を特定するのは難しいかもしれない。しかし、広域を見渡しながら行きたい場所の目星をつけるのには十分だし、地図には道路網もしっかり描かれているので、ドライブ旅行のプランニングにも役立つはずだ。

Blog_ireland_250k_legend
1:250,000地形図 旅行情報の凡例

一方、地勢表現は段彩つきの等高線に拠る。以前の版では120m~150m(400~500フィート)ごとに引かれていたのだが、現行版は150m、250m、550mという大雑把な区切りに変更されてしまった。旅行地図なら、ざっくり山地のありかがわかればいい、という趣意だろうか。

そのほか、10km単位のグリッドが掛けられ、主な地名は英語とアイルランド語が併記されている。凡例についてはアイルランド語、英語のほか、仏語、独語の4か国語対応だ。この方針は多くのOSI製地図にも踏襲されている。

Blog_ireland_250k_sample
表紙の一部を拡大

Blog_ireland_126k
1:126,720地形図表紙
図番15 1976年版

1:250,000より大縮尺の地形図として、かつては1:126,720図があった。縮尺の端数は、図上1/2インチで実長1マイルを表す、いわゆるハーフインチ図 Half-inch map だからだ。1918年までに全島25面が揃って以降、1:50,000新シリーズの刊行が始まるまで、長らく代表的な中縮尺図として親しまれた(下注)。この縮尺はイギリスでは早々に姿を消したが、アイルランド島では1990年代後半の地図体系見直しまでカタログに残っていた。

*注 北アイルランドでは、同じ縮尺で独自シリーズ全4面が刊行され、こちらが更新の対象になっていた。本ブログ「北アイルランドの地形図・旅行地図」参照。

Blog_ireland_126k_sample
1:126,720地形図の一部

Blog_ireland_50k2
OSI 1:50,000地形図表紙
(左)図番45 ゴールウェー 2002年版
(右)図番87 コーク 2012年版

OSIの1:50,000は、「ディスカヴァリーシリーズ Discovery Series」という総称を持っている。地図を携えると、新しい何かを「発見」できる。イギリスの縮尺別地形図に冠されているランドレンジャー Landranger やエクスプローラー Explorer などのシリーズ名と同じような含意だ。

1:50,000の図郭は、92面で北アイルランドを含めた全島をカバーする。本来89面で足りるのだが、OSIが北アイルランドとの国境付近で、自国領がきれいに収まる重複図郭(27A、28A、28B)を独自に設定しているため、その分、面数が増える。それぞれが担当する図葉数は、OSIが75面、北アイルランドが17面だ。

*注 かつて93面だったが、北アイルランドの図番36aが廃止されたため、現在は92面。

Blog_ireland_50k_index
1:50 000索引図 緑がOSI、ベージュがOSNIの担当図郭
(OSIカタログ 2000年版より)

OSIと旧OSNIによる1:50,000の共同刊行は、1978年に締結された協定によって動き出した。高度や距離にメートル法を導入し、図郭も全面的に見直して、従来の1マイル1インチ図(図上1インチで実長1マイルを表す。縮尺1:63,360)をすべて置換えるのが目標だった。当時、OSIの1インチ図はモノクロ印刷、かつ1910年代までの旧図に経年変化を修正しただけの貧しい状態で(下注)、上述した多色刷1:126,720が支持された理由もそこにあった。新図製作の企画は大いに期待されたはずだが、大縮尺図の整備が優先されたため、アイルランド全島の刊行完了は1990年代後半までずれ込んだ。

*注 モノクロの区分図以外に、集成図としてダブリン、ウィックロー Wicklow、コーク Cork、キラーニー Killarney が刊行されており、これは多色刷だった。

その1:50,000も現在は第4~5版を数えるまでになっている。20×11.5cmの折図で、各図幅は40km×30kmのエリアをカバーする(一部例外あり)。島の地形は総じてなだらかなので、等高線は10m間隔だ(ちなみに日本の1:50,000は20m間隔)。山地や海岸の急傾斜地でも、間引き処理は行われていない。地勢を表すのはもはや定番の段彩で、100mごとに施されている。グリッドは1km単位だ。もちろん1:250,000と同様、旅行情報も地図記号で盛り込まれている。縮尺が大きくなった分、史跡の注記が示す位置はより正確で実用的なレベルになる。

Blog_ireland_50k_sample
1:50,000地形図の例 (OSIカタログ 2000年版より)

OSIのサイトに、シリーズのベストセラーが挙げられていた。図番50、51、56、70、78の5点だが、具体的にはどこの地図だろうか。

まず、図番50は東海岸の首都ダブリンで、空港を含めて市街とその周辺が図郭に入る。51は西海岸に飛び、石灰岩が露出した不毛の丘陵バレン The Burren や離島アラン諸島 Aran Islands が収まる。同様に56はグレンダーロッホ Glendalough を含むウィックロー山地 Wicklow Mountain、70は最西部のディングル半島 Dingle Peninsula、78はキラーニー Killarneyと、島の最高峰があるマクギリーカディー山脈 Macgillycuddy's Reeks 周辺だ。いずれもよく知られた旅行目的地だが、それでも地図が売れるのは、まだ発見できるものが残っていると信じる人が多いことの証しだろう。

■参考サイト
アイルランド陸地測量部 http://www.osi.ie/
同 オンラインショップ http://shop.osi.ie/

★本ブログ内の関連記事
 アイルランドの地形図-概要
 アイルランドの旅行地図
 北アイルランドの地形図・旅行地図

 イギリスの1:50,000地形図
 イギリスの1:250,000地形図 I-概要
 イギリスの1:250,000地形図 II-歴史

2015年3月15日 (日)

アイルランドの地形図-概要

北大西洋に浮かぶ島、アイルランド。北上する暖流の影響を受けて、極端な寒暖は少なく穏やかな気候の土地だ。しばしば襲うにわか雨を恵みにして、大地には草木が青々と生い茂り、別名をエメラルドの島 Emerald Isle という。山野にひっそりと残るケルト文化の痕跡を求めて旅する人も多い。

島は、北海道より少し大きい。世界の島を面積順に並べると、アイルランド島が19位(84,406平方km)、次いで北海道(20位、78,073平方km)になるそうだ。とはいえ、地勢は北海道とはまるで違い、真ん中がへこみ、周囲が盛り上がったいわばお盆のような形状をしている。中央部には標高の低い平原が広がり、大小の湖も点在する。一方、海に近い地域は山がちで、特に西側は断崖が海に落ち込む荒々しい景観で知られる。

島は、行政的にアイルランド共和国 Republic of Ireland と、イギリスに属する北アイルランド Northern Ireland に分かれている。前者が島の面積の5/6を占め、北西部にある残り1/6が後者のエリアだ。後で述べる歴史的経緯からそうなっているのだが、地形図については両者の測量局間で顕著な協力関係が見られる。

Blog_ireland_50k1
1:50,000地形図表紙
 (左)OSI 図番50 ダブリン  2001年版
(右)OSNI 図番15 ベルファスト
2000年版
いずれも現行版とは表紙デザインが異なる

アイルランド共和国の地図作成機関は、オードナンス・サーヴェイ・アイアランド Ordnance Survey Ireland(略称 OSI)と称し、日本語ではアイルランド陸地測量部と訳されている。同様に北アイルランドのそれは Ordnance Survey Northern Ireland (OSNI)、北アイルランド陸地測量部と言った。OSIは現存するが、OSNIのほうは、北アイルランド政府の行政改革で、2008年4月1日に他の機関とともに国土・資産局 Land & Property Services に統合されたため、現在はOSNI地図という呼称だけが残されている。

オードナンス・サーヴェイは直訳すれば軍用測量で、イギリスのそれと同じ名称だ。アイルランドの測量部は1824年の創立だが、当時アイルランド島はイギリスに併合されていたので、本国の方針に則っての設置であったことはいうまでもない。

当面の目標とされたのは、土地評価に基づいた課税を実施するために、1マイル6インチの精度(下注)で全島の地籍測量を行うことだった。これほどの大縮尺と実施規模は、イギリス本土のみならず世界でもまだ例がなかった。イギリス陸地測量部の長官だったトーマス・コルビー Thomas Colby と工兵隊の士官たちがロンドンからダブリンに渡り、1846年まで20年以上の時間をかけて任務を達成した。

*注 実長1マイルを図上6インチで表す縮尺。分数表示では1:10,560になる。19世紀の6インチ図はOSIのサイトで公開されている。 http://maps.osi.ie/publicviewer/

20世紀に入ると、アイルランドでは自治権獲得の運動が高揚していく。第一次世界大戦直後の独立戦争を経て、カトリックの南アイルランドは1922年にアイルランド自由国 Irish Free State として独立し、プロテスタントが多数を占める北アイルランドはイギリス(連合王国)にとどまった。これに伴って、100年近く続いた陸地測量部の事業も、自由国(後にアイルランド共和国となる)が同年4月1日、北アイルランドは少し早く1月1日に、それぞれ発足した新しい組織に引継がれることになった。イギリス陸地測量部 Ordnance Survey (OS) の担当するエリアが、北アイルランドに及んでいないのはこうした経緯があるためだ。

しかし、組織名称と同様、地形図の仕様についてもアイルランド共和国、北アイルランド、そしてイギリス(下注)の3者互いに類似点がある。それは地図記号によく表れている。

*注 以下「イギリス」という場合、イギリス陸地測量部の担当するエリア、グレートブリテン島と付属島嶼を指し、北アイルランドを含まない。

Blog_ireland_50k_legend
OSI 1:50,000の凡例の一部
Blog_northernireland_50k_legend
OSNI 1:50,000の凡例の一部

まず道路については、記号の形状がほぼ同じだ。ただし分類方式はそれぞれ異なるため、一部の配色に違いが出ている。具体的に言うと、高速自動車道 Motorway(道路番号にMがつく)の青色、地方道 Secondary road, Regional road の橙色などは3者共通だ。ところが、高速道の一つ下のクラスでは、イギリスが一級道路 Primary Road を緑色、主要道 Main Road を赤色と区別するのに対して、アイルランド島では赤を使わない。その影響で地図全体の色合いも、アイルランド島のそれはより穏やかな印象を受ける。緑と橙は共和国の国旗の色でもあり、お国ぶりのようなものが感じられて興味深い。

次に鉄道は、単線/複線を区別しない、踏切にはLC(平面交差 Level crossing の略)と注記を入れる、駅は矩形ではなく赤い丸印で表現する、などが3者共通の特徴だ。ただし、イギリスと北アイルランドは主要な駅に矩形を充てるのに対して、共和国は、ダブリン市内のコノリー Connolly やヒューストン Heuston といったターミナル駅でも赤丸で通している。

植生については、畑(果樹園を除く)や牧草地を描かない点が共通している。これは軍用地図のなごりで、遠方の見通しや軍隊の通過に影響しないものは描く必要がなかったからだ。森林も、針葉樹林(共和国は針葉樹植林地)/落葉樹林(同 自然林)/混合樹林に分類して、樹形を模した記号を面的に配するところがそっくりだ。ただし、イギリスはそのエリアにすべてアップルグリーンのアミを被せるのに対し、北アイルランドは森林に色を塗っていない。共和国も以前はそうだったが、図式改訂でアミをかけるようになり、かつ森林の種類ごとに色まで変えている。

図式の共通性とともに、アイルランド島の2者の地形図にはもう一つ、重要な特徴がある。区分図の図郭や図番体系が全島で統一されているのだ。そのため、発行体は違っても、もはや一連の刊行物群とさえいうことができる。

詳しくは次回以降の記事に委ねるが、まず、全島を1冊でカバーする道路地図帳(1:210,000)は、2者共同製作の形をとる。先述した道路分類の違いを除けば、図式も完全に統一されている。4面で揃う1:250,000図は、北部編 North が北アイルランドの、残り3面が共和国の担当で、カバーデザインは共通だ。一方、92面ある1:50,000図は、シリーズの名称が少し異なり(下注)、さすがにカバーデザインも独自のものが使われる。しかし、2者で通しの図番が振られ、地図では互いの国境線の外側も分け隔てなく描かれるなど、基本部分での共通性が維持されている。

*注 北アイルランドのそれはディスカヴァラー(発見者)シリーズ Discoverer Series、共和国はディスカヴァリー(発見)シリーズ Discovery Series と称する。

Blog_ireland_50k_index
1:50 000索引図 緑がOSI、ベージュがOSNIの担当図郭
(OSIカタログ 2000年版より)

アイルランドの地形図は、共和国OSIのショッピングサイト(下記参考サイト参照)で、北アイルランドの製品も含めて扱われているので、日本からも入手は容易だ。もう一つ付け加えれば、OSIは独立採算が課せられているため、地図データを自由使用に任せず、著作権でしっかり管理して事業収入につなげている。そのため、二次利用には制約がある。

■参考サイト
アイルランド陸地測量部 http://www.osi.ie/
同 オンラインショップ http://shop.osi.ie/
北アイルランド陸地測量部地図 OSNI Mapping(nidirectサイトの一部)
http://www.nidirect.gov.uk/osni

★本ブログ内の関連記事
 アイルランドの1:50,000と1:250,000地形図
 アイルランドの旅行地図
 北アイルランドの地形図・旅行地図
 アイルランドの鉄道地図 I

 イギリスの1:50,000地形図
 マン島の地形図

« 2015年2月 | トップページ | 2015年4月 »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

BLOG PARTS


無料ブログはココログ