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2014年8月30日 (土)

ドイツの道路地図帳

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フランクフルト近郊のアウトバーン

どれもよく似たデザインだ、というのが、最初にドイツの道路地図をいくつか見たときに抱いた感想だ。道路網の表現や地勢や市街地の配色しかり、注記文字の強調の仕方しかり。後で詳述するが、同国の書店に並ぶ民間地図のブランドといえば、ADAC、シェル Shell、マルコ・ポーロ Marco Polo、ファルク Falk などが知られていて、それぞれ自社ブランドの道路地図帳を持っている。ところが、これら4つのブランドは現在、すべてマイアデュモン MairDumont という出版グループのもとにあり、その証拠に、各地図帳の奥付には共通して同社のコピーライトが記されている。

マイアデュモンは現在、ドイツ最大の旅行出版グループで、前身は1948年にシュトゥットガルトで設立されたクルト・マイア地図研究所 Kartographisches Institut Kurt Mair だ。1952年にマイア地理出版社 Mairs Geographischer Verlag に改称して、ADAC(ドイツ自動車連盟 Allgemeiner Deutscher Automobil-Club e.V.)との提携で地図出版の地歩を固めた。さらに1990年代に入ってJROやファルク、2000年代にはデュモン旅行出版 DuMont Reiseverlages や老舗のラーフェンシュタイン Ravenstein などを次々に買収して、事業規模を拡大していった。

上記4ブランドのうち、ADAC、ファルクとの関係は上記のとおりだが、シェルとは、1950年の「シェル自動車地図帳 Shell-Autoatlas」を手掛けたのが始まりだ(下注1)。これはドイツ・シェル社 Deutsche Shell の資金提供によるもので、この時代、石油やタイヤといった自動車関連産業の多くが、販売促進の一手段として道路地図の普及に関わっていた(下注2)。地図のシェルブランドはその歴史を引き継いでいる。

*注1 1枚もののシェル道路地図は、ヴェスターマン社 Westermann が製作して、すでに1934年から刊行されている。
*注2 アメリカのランド・マクナリー、フランスのミシュランなども同様の経緯をもつ。ランド・マクナリーについては、本ブログ「アメリカ合衆国の道路地図-ランド・マクナリー社」、ミシュランについては「フランスの道路地図帳-ミシュラン社」参照。

これらに対して、残るマルコ・ポーロだけはマイアの独自ブランドだ。1991年に由緒あるベデカー Baedeker の向こうを張って創刊した39巻の「マルコ・ポーロ旅行ガイド Marco Polo Reiseführer」のシリーズによって広まった。中世の旅行家マルコ・ポーロの名は旅行書のタイトルにふさわしいが、直接的には、本社の前を走る道路の名称に由来するという。

マイア地理出版社は、その後2005年にマイアデュモン MairDumont に改称して、現在に至る。刊行している地図帳はブランド名こそ違え、図版やデータを共有している。もちろんカバーを巻き替えるだけの安易な流用ではなく、内容には少しずつ違いが認められる。まずは、最も普及しているADACブランドから見てみよう。

ドイツ自動車連盟ADACは、会員1800万人以上を擁するヨーロッパ最大の自動車クラブだ。日本ならJAFに相当する。道路地図の刊行も関連事業の一つで、マイアの子会社カルトトラベル出版 CartoTravel Verlag が製作し、ADAC出版社が発行してきたが、現在は発行者名もマイアデュモンに変わっている。

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(左)ADACマキシ地図帳2014/2015年度版 表紙
(右)ADAC旅行地図帳(ライゼアトラス)2013/2014年度版 表紙
実際の寸法は、左の地図帳が右の約2倍ある

ADACのドイツ道路地図帳は何種類かあるが、縮尺1:100,000の「ドイツ・プローフィ地図帳 ADAC ProfiAtlas Deutschland」(下注)というのが、自他ともに認めるドイツで最大縮尺の道路地図帳だった。しかしこれは廃版になってしまい、現在最も大きいのは「ドイツ・マキシ地図帳 ADAC MaxiAtlas Deutschland」だ。A3に近い大判(横29×縦39cm)で、スパイラル綴じ、重さは2kg以上ある。メインのドイツ区分図の縮尺は1:150,000で、それに1:15,000の主要市街図と1:75,000の都市周辺図を45都市収載する。

*注 プローフィ Profi はプロ用、マキシ(マクシ)Maxi は最大といった意味をもつ。

これに対して、中型の「ドイツ/ヨーロッパ旅行地図帳(ライゼアトラス)ADAC ReiseAtlas Deutschland, Europa」は、A4判のペーパーバック(並製本)だ。ドイツ区分図の縮尺は1:200,000、それに1:20,000主要市街図24都市、1:4,500,000ヨーロッパ区分図がついている。

最も小型の「ドイツ・コンパクト地図帳 ADAC KompaktAtlas Deutschland」は、やや小さな横18.6×縦28.0cmのサイズで、スパイラル綴じ。ドイツ区分図の縮尺は1:300,000になる。

いうまでもなく地図は縮尺が大きいほど、詳細な描写が可能だが、ここで話題にしているのは地形図でも市街図でもなく、主としてドライブの際に参照する地図だ。時速50kmで車を1時間走らせると、縮尺1:100,000では図上50cm、ざっと2ページ分進んでしまう。頻繁にページをめくらなければならない大縮尺図は、かえって使いにくい。道路地図、とりわけ全国版は、細部描写よりも長距離や広域を俯瞰する機能のほうが重要だ。その意味で、プローフィはもとよりマキシでさえ、スペックがやや過大に思える。

筆者はふだんライゼアトラスを使っている。1:200,000という縮尺は、国土地理院の地勢図を思い起こしてもらえばよいが、広範囲を視界に入れることができ、かつ道路の接続状況や市街地の形状といった細部もある程度読み取れる。さらに判型がA4でポータブル、かつ机上で広げても邪魔にならない。価格も手ごろで、最新の2015/2016年版で比較すると、マキシの22.99ユーロ(1ユーロ140円として3,219円)に対して、11.99ユーロ(同1,679円)と約半額だ。ちょっとした調べものならこれで十分だろう。

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シェル ドイツ/アルプス/ヨーロッパ道路及び旅行
2013/2014年度版 表紙

次に、シェルShellブランドの地図帳はどうか。上述したとおり、これはマイア社にとって創業期から続く看板商品だ。ただ紛らわしいことに、地図帳を名乗る「ドイツ/ヨーロッパ地図帳 Der Shell Atlas Deutschland, Europa」の実態は、700ページもあるハードカバーの書籍だ。ADACと比較すべき軽装の地図帳はそれではなく、「ドイツ/アルプス/ヨーロッパ道路及び旅行 Shell Straßen & Reisen 2015/2016 Deutschland / Alpen / Europa」という名称で刊行されている。

A4判で、週刊誌のような中綴じの冊子だ。ドイツ区分図の縮尺は1:300,000、それに1:20,000主要市街図46都市、1:750,000アルプス周辺区分図、1:4,500,000ヨーロッパ区分図という構成になっている。区分図の1:300,000では都市近郊の細部が描ききれないため、道路網などを描いた1:100,000の拡大図が、主要市街図とセットされている。

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マルコ・ポーロ ドイツ/ヨーロッパ旅行地図帳
2015/2016年度版 表紙

ADACのライゼアトラスと比較すると、ドイツ区分図の縮尺が小さいのはいくぶん不利だが、市街図の収載数は多く、またアルプス周辺も大きく描かれている点が長所だ。価格は9.99ユーロ(同 1,399円)でこちらもお得な設定になっている。

マルコ・ポーロのブランドでは、「ドイツ/ヨーロッパ旅行地図帳 Marco Polo Reiseatlas Deutschland, Europa」がある。A4判スパイラル綴じで、ドイツ区分図はシェルと同じ1:300,000、それに1:20,000主要市街図35都市、1:4,500,000ヨーロッパ区分図が付く。地図の内容はほとんど変わらない。一番の特徴は、地図の凡例(記号一覧)が12か国語(独、英、伊、西、ポルトガル、仏、オランダ、ポーランド、チェコ、ハンガリー、デンマーク、スウェーデン)と、EUらしいマルチリンガル対応になっていることだろう。ちなみにADACとシェルは、独・英・仏の3か国語のみだ。

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マルコ・ポーロ旅行地図帳 裏表紙の一部を拡大

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ファルク ドイツ/オーストリア/スイス/ヨーロッパ道路地図帳
2015/2016年度版 表紙

ファルクのブランドには、ドイツ単独の地図帳が「ドイツ自動車地図帳(アウトアトラス)Falk Autoatlas Deutschland」という横13×縦20cmの小冊子しかない。他ブランドと比較できるA4判地図帳は、ドイツ語圏3か国を対象にした「ドイツ/オーストリア/スイス/ヨーロッパ道路地図帳 Falk Straßenatlas Deutschland, Österreich, Schweiz, Europa」になる。スパイラル綴じで、各国区分図は1:300 000(下注)となっている。凡例はマルコ・ポーロと同じ12か国語だ。セールスポイントは、3か国をこの縮尺で収録して、価格を11.99ユーロ(同 1,679円)に抑えているところだろう。

*注 筆者は実見していないため推測になるが、スイスだけは縮尺1:301,000と端数がつくので、キュマリー+フライ社の図版を用いているようだ。この縮尺については「スイスの鉄道地図 I-キュマリー+フライ社」も参照。

冒頭で、これらマイアデュモン傘下の地図帳は、図版を共有していると述べた。それで、区分図の切断位置やアウトバーン(高速道路)の記号の色などに若干の差異はあるが、縮尺が同じなら基本的に内容も同じだ。しかし縮尺が異なる場合は、一つの原図を単純に縮小/拡大してはいない。例えばドイツ区分図は1:150,000から1:300,000まで3種類あるが、それぞれ図版は別々に作成され、描く対象も縮尺に応じて取捨選択されている。そのため、どの縮尺でも注記文字や記号のサイズに極端な大小がなく、判読性は良好だ。

地図には多種多量の情報が盛り込まれている。例を挙げると、道路関係では、高速自動車道 Autobahn から小道 Fußweg、ハイキングルート Wanderweg に至るまで10種類近くの記号がある。区間距離(2地点間のキロ数)は、地方道レベルでも丁寧に記されている。興味深いのは、アウトバーンに渋滞多発区間や事故多発地点の表示があったり、一般道には迂回路も指示されていることだ(1:200,000以上の縮尺図のみ)。

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ADAC旅行地図帳 凡例の一部

地名表記は文字の大小だけでなく、さまざまな形で強調される。黄色のマーカーと赤枠は、見るに値する場所/文化財 Sehenswerter Ort / kulturelles Objekt を意味し、重要度に応じて3段階に区分される。アンダーラインが引かれた地名は、国 Staat、州 Land、県 Regierungsbezirk、郡 Kreis 庁所在地だ(上図参照)。

意外なところでは、鉄道路線もよく目立っている。道路網の色がグレーなのに対して、鉄道には黒の実線が使われているからだ。しかも、単線/複線、狭軌線、保存・観光鉄道(起終点も図示)、ラック式鉄道と、鉄道地図並みの区別がある。実際、「ヨーロッパ鉄道旅行愛好家ガイド Enthusiast's Guide to Travelling the Railways of Europe」のサイトでも、「1:200 000道路地図は鉄道を総合的、正確に表示している」と評価されているくらいだ(下注)。駅の位置も描かれているが、さすがに駅名は記載されていない。

*注 ただしこの記述は、RV出版 RV-Verlagの道路地図について述べたもの。同社の地図出版は2007年にマルコ・ポーロに吸収された。

自然地形では、河川、湖沼など水部が綿密に描かれ、森林を表す緑のアミや、ぼかし(陰影)による地勢表現も入っている。このように、道路地図のジャンルでありながら、汎用図としても利用可能なクオリティを有しているのが、マイアデュモングループの地図帳だ。

これらの地図帳は、日本のアマゾンや紀伊國屋などのショッピングサイトでも購入できる。原則的に毎年更新されるので、購入の際にはタイトルについている年次(刊行年というより内容の有効期限といった意味合い)を確認することをお奨めする。

■参考サイト
マイアデュモン http://www.mairdumont.com/
ラントカルテンアルヒーフ Landkartenarchiv.de   http://www.landkartenarchiv.de/
 19世紀~20世紀前半の道路地図帳、市街図、鉄道地図などの画像やテキストデータを公開している。

★本ブログ内の関連記事
 フランスの道路地図帳-ミシュラン社
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 イタリアの旅行地図-イタリア旅行協会

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