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2014年5月31日 (土)

フランスの鉄道地図 V-テリトワール社新刊

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フランスの鉄道地図帳を刊行してきたイティネレール・エ・テリトワール社 Itinéraires & Territoires(以下、テリトワール社という)から、さきごろ新刊が発表された。「フランス鉄道ネットワーク地図帳 Atlas du réseau ferré de France」、A4判、52ページの地図帳だ。

テリトワール社の既刊書については「フランスの鉄道地図 II-テリトワール社」で紹介したが、どれも鉄道旅行者指向の編集方針だった。タイトルからしてそうだが、判型もA5かそれ以下の携帯しやすいサイズで、TGVや市内交通の情報を詳しく記して旅心を誘っていた。しかし今回の新刊は、それらとは一線を画すものだ。描かれているテーマがフランス全土の鉄道路線網であることには変わりはないが、列車の運行を支える路線設備の整備状況のほうに焦点が当たっている。

というのもこの地図は、フランスの鉄道インフラを管理するフランス鉄道線路事業公社 Réseau Ferré de France, RFF が提供したものだからだ。「フランスの鉄道地図 IV-ウェブ版」で言及したとおり、RFFの公式サイトでも「全国鉄道ネットワーク地図 la carte du réseau ferré national」の名称でPDF版が公開されているが、冊子版では、縮尺1:850,000のこの地図が23ページにわたり分割掲載されている。

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鉄道ネットワーク地図の凡例

凡例を上図に示した。記載されているのは、地下鉄・トラムなどの都市交通を除くフランス国内の全線全駅だ。延長約30,000kmという鉄道路線は、その性格によって5色に色分けされている。まず、青が高速専用線LGVに充てられ、以下、紫は旅客・貨物併用の在来線、緑は貨物線(旅客営業を廃止したものを含む)、橙はその他の路線(私鉄)、グレーは国外の路線に使われている。さらに実線は営業中、破線は建設中、点線は休止中を表し、単線・複線や待避線の有無は描線の数で直感的に表現されている。線に突起が施されているのは電化区間だ。

全国で3000か所を数える駅は特に記号化されておらず、都会の大ターミナルも田舎の停留所も、等しく短線を直交させて位置だけを示す簡素なものだ。駅の重要性は、記号ではなく、駅名の注記文字の大きさやスタイルで区別されている。こうした鉄道関連項目の他に、行政界、県名・コード、水系を付加して、路線の地理的位置が明確にされているし、背景に入れられた地勢のぼかしで、白地図の場合にありがちな空々しさが和らげられているのもいい。

さらに鉄道網が集中する都市圏などには、拡大図が用意されている。掲載順に、ロレーヌ Rorraine(メス Metz、ナンシー Nancy 周辺)、パリ地域 Région parisienne、北部 Nord(リールLille周辺)、リヨン Lyon、ストラスブール Strasbourg、マルセイユ Marseille の6か所に上る。この冊子版とウェブサイトで公開されているPDF版は基本的に同じ地図だ。ただし、冊子版にはボルドー Bordeaux の拡大図がなく、PDF版ではなぜかコルス(コルシカ)鉄道 Chemins de fer de la Corse の中間駅が記載されていない。

ちなみに、この地図は「フランスの鉄道地図 I-IGN刊行図」の後半で紹介したとおり、1942~43年からSNCFの資料によりIGN(フランス国土地理院)が編集・発行していた「フランス鉄道地図 Carte des chemins de fer Français」をルーツにしている。その後、印刷物の一般販売は中止され、PDFファイルだけが提供されていた。それが最近、改版されるとともに、印刷物としても復活を果たしたのだ。下記に新刊の表紙に使われたエリアの新旧3代の地図を掲げた。主たる表示内容は一貫しているが、表現法はずいぶんと洗練されてきたことがわかる。

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フランス鉄道地図(印刷物) 1978年版
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全国鉄道ネットワーク地図(PDF版) 2007年版
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鉄道ネットワーク地図 2013年版
地図帳表紙の一部を拡大

冊子版は下記の構成になっている。

・RFF社長の挨拶文 Le mot du président
・数字で見る国内鉄道路線網 Le réseau ferré national en quelques chiffres
 ヨーロッパ第2位の路線延長などファクトの記述とともに、総列車本数、旅客列車本数、貨物列車本数を線幅で図示した地図3点を含む

・路線網の近代化 La modernisation du réseau
 主要な改良個所を事業中と計画中に分けて図示した地図1点。
・ヨーロッパの高速線 L'Europe de la grande vitesse
 フランスとその周辺国の高速鉄道の整備状況を図示した地図1点。RFFのサイトにあるPDF版「ヨーロッパの高速鉄道ネットワーク Le réseau grande vitesse européen」と同じもの。

・(下記鉄道ネットワーク地図の)索引地図と凡例 Tableau d'assemblage
・鉄道ネットワーク地図、拡大図 Cartographie du réseau ferré, Agrandissements
 上述の全国鉄道地図23ページ、都市圏等拡大図5ページ
・駅名索引 Index des gares

約40MBの大容量とはいえPDF版が簡単にダウンロードできるので、わざわざ冊子を買う必要性は薄いのだが、場所の特定に役立つ駅名索引は、冊子版だけの特典だ。ところでこの冊子、一つ難があるとすれば、無線綴じ製本で、のどいっぱいに開くことができず、そのため地図の一部が隠れて読めないところだ。地図帳の造りとしては少々お粗末ではないだろうか。

この地図帳を含め、テリトワール社の刊行物は自社サイトのショッピングサイトで扱っており、日本へも送ってくれる。

■参考サイト
イティネレール・エ・テリトワール社 http://www.itineraires-et-territoires.com/
 オンラインショップは、acheter en ligne (buy online) から

★本ブログ内の関連記事
 フランスの鉄道地図 I-IGN刊行図
 フランスの鉄道地図 II-テリトワール社
 フランスの鉄道地図 III-ウェブ版
 フランスの鉄道地図 IV-ウェブ版
 フランスの鉄道地図 VI-シュヴェーアス+ヴァル社

2014年5月17日 (土)

リギ山を巡る鉄道 V-リギ・シャイデック鉄道

かつてリギ山には、VRBとARB(下注)の2本の登山鉄道以外に、もう1本別の鉄道が存在した。名称はリギ・シャイデック鉄道 Rigi-Scheidegg Bahn(以下、RSB)。リギ・カルトバート Rigi Kaltbad ~リギ・シャイデック Rigi Scheidegg 間6.7kmのメーターゲージ(1000mm軌間)、粘着式の路線で、廃止されるまで蒸気機関車で運行されていた。登山鉄道のように山麓と山頂の間を行き来するのではなく、終始山の稜線を行くのどかな「山上鉄道」だった。

*注 前回までお読みの方はご承知だが、VRBはフィッツナウ・リギ鉄道 Vitznau-Rigi-Bahn、ARBはアルト・リギ鉄道 Arth-Rigi-Bahn のことだ。

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RSB沿線フィルスト付近からの眺望
(c) Rigi Bahnen AG

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リギ山の主たる尾根筋は、北西から南東にかけて長く伸びている。山頂リギ・クルム Rigi Kulm に上れば確かにアルプスのすばらしい展望が開けるのだが、この尾根筋が前に横たわっているため、足もとにあるフィーアヴァルトシュテッテ湖の本体部分はほとんど隠れてしまう。それで、湖の眺めがよい主尾根の南面もつとに人気があり、観光開発が進められた。鉱泉が湧き出るカルトバート Kaltbad、フィルスト First、そして南東端に近いシャイデック Scheidegg にも立派なホテルが建設されていたのだ。

RSBは、これらのスポットを結ぶ路線として企画された。運営会社の出資者には、VRBをはじめ、沿線のホテル経営会社が名を連ねた。開通は2期に分けられ、リギ・カルトバート~フィルスト間が1874年7月、残りの区間は土工量が多く、1875年6月になった。とはいえ全線開通はVRBのわずか2年後、ARBとほぼ同時であり、リギ山を巡るこれらの鉄道網が極めて短期間に形成されたことに驚かされる。それほど観光地としての注目度が高かったということだろう。

「スイスの廃止路線」(下記参考サイト)の記述を参考に、景色のよさではベルナーオーバーラントにあるラウターブルンネン=ミューレン山岳鉄道 Bergbahn Lauterbrunnen–Mürren (BLM) に比肩すると言われたルートを追ってみよう(下の地形図も参照)。

*注 ラウターブルンネン=ミュレン山岳鉄道については、本ブログ「スイス ラウターブルンネン=ミューレン山岳鉄道」に詳述

起点リギ・カルトバートは標高1453m、 VRBの駅の東側、ラック線に対してほぼ直角に設置されていた。小さな駅舎のそばに、機関車と客車の車庫もあった。列車はまず、フィーアヴァルトシュテッテ湖の素晴らしい眺めを見ながら山の南西斜面を進み、大きなホテルのあるリギ・フィルスト Rigi First に達する。ここは小さな鞍部になっていて、線路は北東斜面に移る。

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リギ・フィルスト付近(当時の絵葉書)
image from http://www.drehscheibe-online.de/

等高線に沿って進むと、下方に北麓にあるラウエルツ湖が眺められる。やがて、繊細な橋脚の上で曲線を描くウンターシュテッテン鉄橋 Metallbrücke von Unterstetten が現れる。沿線一番の見どころだ。標高は1440mで、最も低い地点でもある。この後、線路は最急勾配50‰のある長い上り坂にかかり、いくつかのカーブの途中には唯一の短いトンネルもある。

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ウンターシュテッテン鉄橋(当時の絵葉書))
image from http://www.drehscheibe-online.de/

トンネルを抜けると、いよいよ左手にシャイデックの頂上が姿を現す。ドッセ山 Dosse(下注)の東側で、線路は再び南西斜面に移り、終点までこの山腹を進んでいく。カルトバートから約40分の旅を終え、列車は、標高1607mの終点シャイデックに到着する。ここには小さな駅舎と車庫があり、駅の上手には巨大なホテル施設がそびえていた。

*注 この標高1685mの山は、地形図で長らくドッセン Dossen と表記されてきたが、現行図ではドッセ Dosse になっている。

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1:50,000地形図で見るRSB線
スイス官製リギ Rigi 図葉(1919年版)の一部を使用
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同 1:25,000地形図 リギ・カルトバート~リギ・フィルスト間
スイス官製ヴェッギス Weggis 図葉(1919年版)の一部を使用(下の図も同じ)
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同 1:25,000地形図 ウンターシュテッテン付近
図中の矢印はウンターシュテッテン鉄橋の位置を示す
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同 1:25,000地形図 リギ・シャイデック付近
スイス官製ヴェッギス Weggis 図葉、ラウエルツ Lauerz 図葉(ともに1919年版)の一部を使用

他に連絡する交通機関を持たないRSBは、事実上VRBの支線であり、VRBがその運営に深く関わった。線路や車両等の施設設備はRSBが所有していたが、当初から運行管理はVRBに委託されていた。この関係は1892年にいったん終了して、自社運行に移行するが、1914年に第一次世界大戦が勃発すると、事情は一変する。

国外からの旅行者数が激減したため、スイスの観光業は大打撃を受けた。追い打ちをかけるように、輸入に依存している石炭の価格が6~7倍にも高騰し、蒸気運転の鉄道を苦しめた。RSBも単体での経営が難しくなったため、VRBは1915~16年に、沿線のホテル会社の所有株式を引受けて、RSBを子会社化した。さらに翌年、RSBの業務を受託する形で、VRBが実質的に運行するようになった。

戦争が終わり、持ち直すかに見えた利用者数は、1929年の世界恐慌により再び減少した。線路や車両の更新に充てるべき資金は常に不足していた。検査に入った連邦郵政・鉄道省は、設備が劣悪な状態で安全性が保たれないとして、RSBに対し、1931年9月20日限りで運行を中止するよう命じた。

その後、1934年に夏の3か月だけ、カルトバート~フィルスト間で列車が運行されたことがあった。VRBとしては、ウンターシュテッテン以遠の線路を売却し、その資金でこの区間だけを電化したうえ再開するつもりだったようだ。しかし、計画が実現することはついになかった。1942年、放置されていた線路は他に転用され、2両の蒸機も解体されて、RSBは完全に過去の記憶となってしまった。

廃線跡は現在、ハイキングルートとして整備され、リギ・パノラマヴェーク Rigi-Panoramaweg(ヴェーク weg は小道の意)と呼ばれている。VRBのリギ・カルトバート駅からシャイデックまで2時間足らずの一般向けコースだ(下注)。沿線には、ウンターシュテッテンの華奢な鉄橋とトンネル、さらに客車1両がコテージに転用されて残っていて、在りし日の山上鉄道をしのぶことができる。

*注 ARBを利用する場合は、リギ・ヴェルフェルツヒェン・フィルスト Rigi Wölfertschen-First またはリギ・クレステルリ Rigi Klösterli で下車して、フィルストへアプローチする。

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現在のウンターシュテッテン鉄橋
(c) Rigi Bahnen AG
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同上 (c) Rigi Bahnen AG

RSB廃止後、リギ・シャイデックには、1953年に北麓ARBのクレーベル Kräbel 駅からロープウェーが建設された(クレーベル=リギ・シャイデック ロープウェー Luftseilbahn Kräbel–Rigi-Scheidegg)。パノラマヴェークを歩いた後は、このルートを使って下界に下りること(または逆コース)が可能だ。

■参考サイト
スイスの廃止路線-リギ・シャイデック鉄道
Eingestellte Bahnen der Schweiz - Rigi-Scheidegg Bahn (RSB)
http://www.eingestellte-bahnen.ch/22048/84301.html
スイスのハイキングルート-リギ・パノラマヴェーク
Schweizer Wanderwege - 848 Rigi-Panoramaweg
http://www.wanderland.ch/de/routen/route-0848.html

本稿は、Florian Inäbnit "Rigi-Bahnen, Zahnradbahn Arth-Rigi" Prellbock, 2000、参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。
コピーライトを表示した写真はリギ鉄道公式サイト http://www.rigi.ch/Unternehmen/Downloads/Bilder-Filme-Logo から取得した。
使用した地形図の著作権表示 (c) 2014 swisstopo.

★本ブログ内の関連記事
 リギ山を巡る鉄道 I-開通以前
 リギ山を巡る鉄道 II-フィッツナウ・リギ鉄道
 リギ山を巡る鉄道 III-アルト・リギ鉄道
 リギ山を巡る鉄道 IV-アルト・リギ鉄道山麓線

 スイス ラウターブルンネン=ミューレン山岳鉄道

2014年5月11日 (日)

リギ山を巡る鉄道 IV-アルト・リギ鉄道山麓線

今回は、1959年に廃止されてしまったアルト・リギ鉄道 Arth-Rigi-Bahn(以下、ARBという)の山麓線についてまとめておきたい。

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山麓線の廃線跡を示す
「トラムヴェーク(電車道)」
の標識、背景はリギ山

ARBは運行管理上、山麓線(タールバーン Talbahn)と登山線(ベルクバーン Bergbahn)とに分かれていた。山麓線のほうは、勾配が緩やかでラックレールの必要がない、いわゆる粘着式区間を指している。1875年の開通当初、全線11.2kmのうち、山麓線はアルト Arth(アルト・アム・ゼー Arth am See)~オーバーアルト Oberarth 間1.4kmの短区間にすぎなかった(下注)。

*注 アルト・アム・ゼー Arth am See は、湖畔のアルトを意味する。自治体名は今も単に「アルト」、開通当時の駅名もアルトだったが、後述するアルト・ゴルダウ駅設置に伴い、混同を避けるためにこう呼ばれるようになったものと思われる。なお、オーバーアルトは上アルトの意。

わざわざ運行方式を分けたのには理由がある。それは、この地域をゴットハルト鉄道 Gotthardbahn(下注)が通る予定になっていたことだ。ゴットハルト鉄道は1882年に全線開通するスイス初の南北縦貫鉄道だが、ドイツからイタリアまでをつなぐ国際的大事業として熱い期待を集め、アルプスを貫く長さ15kmのゴットハルトトンネル Gotthardtunnel がすでに1872年に着工されていた。

*注 日本ではゴッタルド鉄道とも呼ばれるが、これはイタリア語のゴッタルド Gottardo から来ている。

ゴットハルト鉄道のルートは、まだ幹線鉄道のなかったツーク湖南岸を通過する予定で、オーバーアルトに駅の設置が計画されていた。鉄道が実現すれば、おのずとこの駅が地域交通の中心になる。そこから湖岸へは山麓線、リギ山へは登山線というように、ARBは2本の培養線となって機能すると考えられた。ARB線をオーバーアルトで2つの方式に分けたのは、近い将来を見越しての先行投資でもあったのだ。

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1:50,000地形図で見るARB山麓線(第二次ルート変更後)
スイス官製ロートクロイツ Rotkreuz 図葉(1952年版)の一部を使用
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同 1:25,000地形図 アルト・アム・ゼー~オーバーアルト間
スイス官製リギ Rigi 図葉(1956年版)の一部を使用(下の図も同じ)
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同 1:25,000地形図 オーバーアルト~アルト・ゴルダウ間

ARB線は1875年6月に全線開業した。運行は当面、夏のシーズンに限定された。湖の船着場のすぐ近くに設けられたアルト駅で、山麓線の列車が船から乗継ぐ客を待っていた。SLM社から納入された1両きりの粘着式蒸機は、約8分でオーバーアルトに客車を運んだ。オーバーアルトはARBの運行基地とされ、車庫兼整備場が置かれていた。列車はここでラック式蒸機に付替えられ、登山線を上る準備が整えられた。

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リギ山頂から遠望したアルト市街
写真上方を左右に走る小道が廃線跡(トラムヴェーク)
青の円で囲ったあたりにアルト・アム・ゼー駅があった

アルト市民もARBも、ゴットハルト鉄道の駅が近くにできるのを心待ちにしていた。ところが予想外のことが起きる。1876年にゴットハルト鉄道会社が資金難に陥り、工費を節約するために、ルートの変更が発表されたのだ。

元の計画でゴットハルト鉄道は、オーバーアルトの駅を出た後、ツーク湖とラウエルツ湖の間に横たわる分水界を長さ2.5kmのトンネルで抜けることになっていた。実際に1875年から、トンネルの導坑と換気立坑の掘削が始まっていたが、その工事も途中で中止となった。見直されたルートは分水界をほとんどトンネル無しに乗り越すもので、サミットとなるゴルダウ Goldau の村に駅が予定された。これが現在のルートだ。

アルト市民にとって、この決定はとうてい飲める話ではない。駅が町から遠のくだけでなく、せっかく接続のために整備したARBのオーバーアルト駅も意味をなさなくなるからだ。町は、ゴットハルト鉄道を相手取って、裁判所に訴えを起こした。しかし、計画が覆ることはなく、代償として新駅の名称は、町の名を加えてアルト・ゴルダウ Arth-Goldau になり、ARBの移設にかかる費用はゴットハルト鉄道の負担とされた。

アルト・ゴルダウの初代駅舎は、現在の位置とは違い、ゴルダウの村に面した線路の南側に設けられた。それに合わせたARBのルート変更(下の変遷図右上1882年の欄参照)は、大規模な内容となった。

すなわち、新駅に乗入れるために、アルト方からはリギアー川橋梁の上手で左へ分岐する線路を、リギ山方からは旧ゴルダウ駅付近で右へ分岐する線路を、それぞれ新設する(両者はアルト・ゴルダウ駅の手前で合流)。その結果、不要となる従来線の部分は撤去され、旧ゴルダウ駅も廃止する。さらに、山麓線と登山線の切替えをオーバーアルトからこの新駅に移すことにしたので、代わりとなる車庫兼整備場を沿線に新築する。アルト・ゴルダウの駅舎は、ゴットハルト鉄道との共同使用とする。これにより、山麓線は延長され2.8kmに、登山線は短縮され8.7kmになった。

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アルト・ゴルダウ付近のルート変遷図

これを第一次のルート変更とすると、第二次は、1897年のツーク~アルト・ゴルダウ間の標準軌新線(下注1)開業に伴って必要となった。新線は、チューリッヒ湖周辺からゴットハルト鉄道への短絡ルートとして建設されたもので、これによって、アルト・ゴルダウ駅は四方から路線が集まる一大ジャンクションに格上げされた(下注2)。

*注1 スイス北東鉄道 Schweizerischen Nordostbahn, NOB が建設して同時開通したタールヴィール~ツーク間と併せ、タールヴィール=アルト・ゴルダウ線 Bahnstrecke Thalwil – Arth-Goldau と呼ばれる。
*注2 もう1本の分岐線であるプフェフィコン(シュヴィーツ州)=アルト・ゴルダウ線 Bahnstrecke Pfäffikon SZ - Arth-Goldau は、1891年に開通済み。

駅構内の拡張に伴って、アルトの町により近い東側に、新たな駅舎と駅前広場が造られた。街道から広場に通じる道路、駅前通り Bahnhofstrasse も新設された。ARBの線路配置については、ゴットハルト鉄道と何度も交渉が行われた結果、最終的に山麓線は駅前広場での発着、登山線は構内西寄りの上空に架かる高架ホーム Hochperron の発着となり、乗り場が初めて分離された(変遷図左下1897年の欄参照)。旧アルト・ゴルダウ駅の南側へ通じていた旧線は、山麓線から車庫へ通じる引込線として残された。線路延長は、山麓線2.7km、登山線8.7kmとなった。

この移設により同一ホームでの両線乗継ぎはできなくなったが、鉄道開通以来、船で来る登山客はほぼ途絶えてしまい、相互連携をとる必要性は失われていた。むしろ山麓線の客にとっては、駅舎の正面にできた新しい乗り場のほうがずっと便利に思われたはずだ。

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参考文献(下記)の表紙

80年以上にわたって、アルト市民の身近な交通機関だった山麓線だが、第二次大戦後は、モータリゼーションの進展で利用者数は漸減していった。線路や車両の老朽化が進行し、1956年に連邦交通局から、状況は深刻だとして施設設備の全面更新を勧告された。しかし、経営の立直しをしたばかりのARBには、もはやそのための追加投資をする意思も余力もなかった。

翌年、株主総会が1年後の山麓線廃止を承認すると、アルトでは反対の声が沸き起こった。自治体から運行に対して補助金支給の提案、あるいは州政府に宛てた廃止阻止の陳情など、さまざまな対策が立てられた。しかし、最大の課題は巨額の更新費用をどうするかであり、小さな町がその負担に耐えられないのは明白だった。予定より1年延期されたものの、1959年8月31日、山麓線はついに廃止となり、翌日からバス運行に切替えられた(変遷図右下1959年の欄参照)。

昨年8月、リギ山を訪れた帰りに、筆者も山麓線跡を途中まで歩いてみた。まず、アルト・ゴルダウ駅の西方、SBB線のリギアー川高架橋の下に、鉄橋の橋桁が残されている。残骸というわけではなく、中に水道管が通されている。ここは山麓線から分岐した車庫への引込線の跡で、ルーツをたどれば1875年開通当時の登山線の一部だ。

アルト・アム・ゼー方向へ進むと、自動車道路が左へそれていき、線路跡は狭い里道になって残っている。その名もトラムヴェーク Tramweg(電車道の意)だ。民家と牧草地の間を縫って緩い下り坂が続いていて、再びリギアー川を渡る地点では、護岸に古い橋台らしきものが見えた。

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(左)アルト・ゴルダウ駅正面。撮影者の位置がほぼ山麓線の駅跡
(右)アルト・ゴルダウ駅南側に残る側線
 手前から直進するのが旧山麓線(現在、車庫に改修)、左に分岐するのが旧登山線
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(左)リギアー川鉄橋の遺構
(右)アルトへ向けて、トラムヴェークが下っていく。遠方にツーク湖が見える

まもなく最大の遺構であるミューレフルートンネルに達する。長さ39mの短い素掘りのトンネルだが、写真をご覧いただくと、横幅に比べて天井が異様に高いのに気づくだろう。初めは普通の高さだったのだが、後に拡張されたのだ。トンネル横の案内板が経緯を伝えている。「1882年 ゴットハルト鉄道のルート設定が原因で、ゴルダウの停留所とともに粘着線がゴルダウまで延長された。このためにミューレフリューエリトンネル Mühleflüelitunnel(原文ママ)では勾配を緩和する必要が生じた。路盤は約1.5m掘り下げられ、現在の異常な高さをもたらした。」

開通当時、トンネルはラック式の登山線区間で、80‰の急勾配がつけられていた。しかし、1882年の第一次ルート変更で、ラックレールを撤去して粘着式に変更するにあたり、機関車が上れる程度まで勾配を緩和する必要が生じた。それでトンネル内の路盤を下げる工事が実施され、その結果、天井が異常に高くなってしまったというわけだ。

トンネルを出て、三たびリギアー川を渡ったところが、最初の山麓線・登山線の接続駅だったオーバーアルトの駅跡だ。廃線跡は、この後再び小道に戻って、アルトの町まで続いている。

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(左)ミューレフルートンネル東口 (右)異様な天井高のトンネル内部
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(左)トンネル西口 (右)オーバーアルト駅方向を望む

次回は、リギ山の尾根筋を走っていた山上鉄道を紹介する。

■参考サイト
スイスの廃止路線-山麓線アルト~ゴルダウ
Eingestellte Bahnen der Schweiz - Talbahn Arth - Goldau
http://www.eingestellte-bahnen.ch/594/18601.html
 当時の車両、廃線跡などの写真多数

本稿は、Sandro Sigrist "Talbahn Arth-Goldau" Prellbock, 1998、Florian Inäbnit "Rigi-Bahnen, Zahnradbahn Arth-Rigi" Prellbock, 2000、参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。
使用した地形図の著作権表示 (c) 2014 swisstopo.

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 リギ山を巡る鉄道 I-開通以前
 リギ山を巡る鉄道 II-フィッツナウ・リギ鉄道
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