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2014年4月23日 (水)

リギ山を巡る鉄道 II-フィッツナウ・リギ鉄道

リギ鉄道の最初の開通区間は、フィッツナウ Vitznau ~リギ・シュタッフェルヘーエ Rigi Staffelhöhe 間だ。終点は山塊のいわば肩に当たる場所で、山頂リギ・クルム Rigi Kulm まではあと約2kmの距離がある。ただ、その間は比較的なだらかな斜面が広がっており、工事に難渋するとは思えない。なぜ一気に延長しなかったのだろうか。

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リギ・クルム駅全景

下の地図をご覧いただきたい。シュタッフェルヘーエ駅の目の前に州境が横たわっている。境界の南側はルツェルン州 Kanton Luzern、北側はシュヴィーツ州 Kanton Schwyz だ。当時、鉄道建設の認可権は、1852年鉄道法により州政府に属していた。リッゲンバッハたちのリギ鉄道(フィッツナウ・リギ鉄道 Vitznau-Rigi-Bahn、以下VRBという、下注)はルツェルン州の認可を得ただけなので、線路を敷けるのはここまでだったのだ。列車を降りた客は山頂まで、徒歩で行くか、馬を使った。鉄道会社は、認可の条件に馬の用意を義務付けられ、厩舎の建設費も負担した。

*注 1992年の合併まで、VRBの正式社名はリギ鉄道会社 Rigibahn-Gesellschaft だったが、下記ARBと区別するために、1969年に路線名を「フィッツナウ・リギ鉄道」とした。

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もちろん、VRBは延長を目論んで、シュヴィーツ州にも認可を申請していた。しかし、シュヴィーツ州側では、そうさせまいとする動きがあった。なぜなら、このままでは観光客がすべてルツェルン州のほうに吸い取られてしまうからだ。

ツーク湖の南端にあるアルト Arth の町は、それまで北のチューリッヒ方面から来る登山客の足場にもなっていた。町の有力者たちはルツェルン州側の計画に対抗して、1869年11月にリギへ上る独自の登山鉄道(アルト・リギ鉄道 Arth-Rigi-Bahn、以下ARBという)の認可を申請した。そのルートは、アルトからリギ・クルムへの本線とともに、シュタッフェルヘーエからの支線を含んでいた。すなわち、独自路線の建設にとどまらず、VRB線の延長部についても主導権を握ろうとしたのだ。

この申請に応えて、シュヴィーツ州は1870年6月に認可を与えた。まずは、VRBに接続するシュタッフェルヘーエからリギ・クルムまでの山上区間1.9kmが着手されることになった。工事と並行して、2社の合併あるいはVRBへの認可の一括譲渡という案も協議されたが折り合わず、結局、ARBがこの間の線路を建設し、VRBがそれを借りて運行することで合意が成立した。

実際の工事はリッゲンバッハが関わる会社に委託され、1873年6月に完成した。こうして紆余曲折を経ながらも、当初の計画であるフィッツナウ~リギ・クルム間6.9km全線の運行が可能になった(下注)。

*注 VRBの起終点間の正確な線路長は6,858m、高低差は1,317m。ARBのアルト~リギ・クルム間については次回詳述。

その一方でVRBは、ARBに施設の賃借料を支払わねばならず、その額は賃借区間の総収入の75%と法外なものだった。VRB全線の総収入に占める割合で見ても、賃借料は、第二次大戦以前で17~18%、戦後でも10%前後に上り、両鉄道の間で繰り返しもめごとのもとになった。この関係は、1992年に両社が合併してリギ鉄道 Rigi Bahnen になるまで、実に120年近くも続いたのだ。

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リギ山頂遠望
手前がシュタッフェル、奥の送信塔の位置が山頂、並行する線路は左がVRB、右がARB
(c) Rigi Bahnen AG

VRB創始期を担ったラック式蒸気機関車1~6号機は、リッゲンバッハが監督していたスイス中央鉄道 Schweizerische Centralbahn のオルテン工場で製造された(1870~73年)。1871年に創立されたヴィンタートゥールのスイス機関車機械工場 Schweizerische Lokomotiv- und Maschinenfabrik、いわゆるSLM社も、1873年に7~10号機となる4両を納入している。これらは竪型ボイラーを備えていたが、1882~92年に水平型に改造された。非電化時代に在籍した蒸機は、蒸気を含めて延べ17両に達した。しかし1937年に1500V直流で電化されてからは、もっぱらSLM/ブラウン・ボヴェリ社(BBC)製の電車が運行を担うようになった。

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リギ鉄道の保存蒸機
左はSLM社製17号機、右は竪型ボイラーに復元されたH1/2形7号機
(通常はスイス鉄道博物館で展示)
(c) Rigi Bahnen AG

それではVRBの現在(2013年8月)の様子を見てみよう。ルツェルンの駅前にある埠頭から湖岸の町や村をつないでいる連絡船は、観光ルートとしても人気が高い。湖面を渡る快い風を切り、ピラトゥス Pilatus やビュルゲンシュトック Bürgenstock の個性的な山並みを愛でた後、船は方向を変えてリギ山麓に接近する。ルツェルンから約1時間で、フィッツナウ Vitznau に着く。町は背後に山を背負った静かなリゾートで、アールヌーボー風のレタリングを施したメルヘンチックな船着場が、訪問者を迎えてくれる。

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(左)ルツェルン駅前の埠頭を出航 (右)湖を横断して北岸へ
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(左)光降り注ぐフィッツナウの町 (右)レトロな雰囲気の船着場

公共交通機関でリギ山に上るには、今も2通りのルートがある。ルツェルン起点の場合、より速く着けるのはSBB(スイス連邦鉄道)でアルト・ゴルダウ Arth-Goldau まで行き、ARBの登山電車に乗換えるルートで、約70分(乗換時間含まず)。それに対して、船とVRB線を乗継ぐルートは90分(同左)かかり、時間的にはハンディがある。

しかしそれを補うように、船上のみならず登山電車の車窓からも湖の美しいパノラマが開け、景色の点では断然こちらが優れている。事実、年間利用者数でも、開通直後から一貫してVRBのほうが多く、合併前1980~90年代で、ARBの1.5倍の乗客を運んでいた。沿線に保養施設が立地するという有利な点があるとはいえ、利用者はVRBに、速達性以上の価値を認めているという証しだろう。なお、湖上の連絡船、リギ鉄道ともに、スイスパス等の所持者なら追加料金なしに乗ることができる。

フィッツナウに上陸すれば、登山電車の乗場は探すまでもない。港の前の広場を大きな転車台が占拠していて、筆者が訪れた時も、赤い電車が車庫と駅との間で入替え作業の真っ最中だった。湖に面した無骨な造りの車庫は1991年に改築されたもので、2階は駐車場として使われている。山に向いた駅のホームには、山頂行きと途中のカルトバート止まりの2本が、仲良く出発を待っていた。

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(左)広場を占領する転車台 (右)車庫
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(左)フィッツナウ駅 (右)リッゲンバッハ式ラックレール

標準軌の利点で、車内は中央通路をはさんで1列3+2席の5人掛けだ。大柄な現地の人にはちょっと窮屈そうだが、輸送効率は高い。フィッツナウから上る場合、車窓の眺めは進行方向左側に開ける。最急勾配は250‰とかなり険しく、進むにつれ、町裏の森や牧草地を前景に、蒼い鏡になった湖水とそれを限る屏風の山並みが、舞台装置のように立ち上がってくる。

いくらか上ったところで、素掘りのトンネル(シュヴァンデントンネル Schwandentunnel、長さ67m)を抜ける。さらに、曲線を描きながら鉄橋(シュヌーアトーベル橋梁 Schnurtobelbrücke、80m)を渡る。概してなだらかな斜面が続く沿線では珍しく、どちらも沿線唯一の構築物だ。

中間駅リギ・カルトバート=フィルスト Rigi Kaltbad-First までに4か所の停留所が設けられている(下注)が、すべてリクエスト・ストップのため、この列車はロミティ1か所を除いて通過した。フライベルゲンからカルトバートの間は1.9kmの長い複線区間で、走行中に山麓行きの列車とすれ違う。

*注 4か所の停留所は、山麓側から順に、ミットラーシュヴァンデン Mittlerschwanden、グルービスバルム Grubisbalm、フライベルゲン Freibergen、ロミティ・フェルゼントーア Romiti Felsentor。

筆者はカメラ片手にほとんど座る暇もなかったのだが、意外にも車内に同類が見当たらない。乗客の多くは、悠然とおしゃべりしながら過ごしている。車窓もそれと似て、牛たちが線路のすぐそばで悠然と草を食んでいる。斜面にぽつんと建つ牧場小屋の軒先には、牛の首にかけるカウベルが行儀よく並んでいた。

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(左)標準軌の強みで車内は広い (右)急坂をぐいぐい上る
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序盤の車窓は湖水の蒼い鏡に目を奪われる(南方向の眺め)
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同じく西方向の眺め
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(左)走る列車にも動じず悠然と草を食む (右)軒先にカウベルが並ぶ小屋

リギ・カルトバート=フィルストでは、少し長めに停車した(時刻表では2分)。600年の歴史をもつ古くからの保養地だが、再開発が完了し、あまり風景に似つかわしくない大きな保養施設が出現していた。南斜面の登坂は、次のシュタッフェルヘーエ、例の暫定終点だった停留所までだ。この後、線路は、州境でもある鞍部を越えて、西斜面に移る。眼下にキュスナハト Küssnacht 周辺の丘陵地が地平線まで広がっている。すでに山上の眺望だ。

右手からARBの線路がせり上がってきて、まもなくリギ・シュタッフェル Rigi Staffel、稜線上にあるARBとの分岐駅だ。渡り線が設けられているものの、両者は合流することなく、最後の「パレード区間 Parade-Abschnitt」を自前の線路で並走する。南に開けるなだらかな谷間を眺めながら、もう一息上ったところが終点リギ・クルムだ。起点からの乗車時間はちょうど30分(下りは40分)。

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稜線に出ると西側の丘陵地の眺望に変わる
(左)キュスナハト周辺 (右)リギ・シュタッフェル駅
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終点リギ・クルムに到着

天気のいい日だったので、周辺にはたくさんの人が集まっていた。駅から5分ほど草原の山道を上ると、標高1798m、360度のパノラマが開ける山頂に達する。北はツーク湖 Zuger See、東はアルトの町やラウエルツ湖 Lauerzersee、ミーテン山 Mythen、南にはなだらかなリギの山腹とその後方、たなびく雲の上に雪の衣を戴くアルプスの山並みが長く延びている。圧巻の眺望を前にして、山の女王の風格を疑う者はおそらくいないだろう。

次回は、ARB(アルト・リギ鉄道)を紹介する。

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(左)層を成すリギの山稜 (右)歴史あるリギ・クルムホテル
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山頂からアルプスの眺望、ティトリスからユングフラウにかけて

本稿は、Florian Inäbnit "Rigi-Bahnen, Zahnradbahn Vitznau-Rigi" Prellbock, 2002、Klaus Fader "Zahnradbahnen der Alpen" Franckh-Kosmos Verlag, 1996、参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。
コピーライトを表示した写真はリギ鉄道公式サイト http://www.rigi.ch/Unternehmen/Downloads/Bilder-Filme-Logo から取得した。

■参考サイト
リギ鉄道公式サイト http://www.rigi.ch/
スイス政府観光局 リギ山観光パンフレット(日本語版)
http://www.myswiss.jp/smalltrip/luzern/rigi.html

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