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2014年1月26日 (日)

スイスの1:100,000地形図

鮮やかな真紅の表紙が1:100,000の目印だ。4代目こそ色の使い方が控えめになったが、それまでは地図棚で一番目を引く存在だった。とりわけ緑の1:50,000と並ぶと、補色の関係で違いが際立つ。反面、その利用価値が人々に浸透しているかどうかは少々疑問だ。この縮尺は、ハイキングや登山で使うには小さいし、逆にドライブのお供にはやや詳しすぎて何面も必要になるからだ(詳しめの道路地図でも、縮尺はせいぜい1:200,000~1:300,000)。

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1:100,000表紙
左から1代目Bözberg 1970年修正、2代目Brünigpass 1987年修正
3代目Beromünster 1994年修正、4代目Monte Rosa 2013年版
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1:100,000索引図

スイス1:100,000の図郭は、1:50,000の4面分、1:25,000の16面分になる。1面で東西70km×南北48kmと、かなりの行動範囲をカバーすることから、スイストポの紹介サイトは、「自転車、バイク、自動車旅行者とともに旅行者や冒険家のためのスイスの正確な地形図」とうたっている。日帰りのサイクリングやツーリングで動く程度のエリアを収めているということだろう。

同時に、正確な地形図という側面にも注目したい。ランデスカルテの「地形図」グループの一員として、目の肥えた研究者や愛好家の期待に応えうる地形表現がここでも健在だからだ。確かに、より大きな縮尺図と比較すれば、等高線は50m間隔に広がる。岩山も総描化と称して、細部を大胆に省略してあるのだが、見た目はあたかも実物を精密に写生したようだ。例の名人芸的なぼかし(陰影)効果のおかげで、ジュラ山地の複雑な起伏が露わになり、アルプスでは岩の山稜が鋭利な刃先であるかのように錯覚する。縮尺1:100,000という条件で実現できる最高水準のグラフィックであるのは間違いないところだ。

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1:100,000地形図の例
ブリューニックパス Brünigpass 2006年
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コル・デュ・ピヨン Col du Pillon 2010年
ヴァル・ド・バーニュ Val de Bagnes 2010年
(50%縮小)

1:100,000は、23面で全土をカバーしている。図番が26という半端なところから始まるのは、前身の1:100,000デュフール図 Dufourkarte(下注)の図番が1~25(I~XXV)だったためだ。現行の1:100,000は1954年に刊行が始まり、順次デュフール図を置換えながら、1965年に全図葉が揃った。その10年余りの間は新旧の図が併存していたので、番号をずらして設定された。旧図が市場から消えた後も番号体系は見直されないまま、現在に至る。

*注 デュフール図については本ブログ「スイスの地形図略史 I-デュフール図」参照

全23面の中にはユニークな図葉もある。「28bis リンダウ Lindau」は、図郭の西半分だけのハーフサイズだ。他国領(ドイツとオーストリア)が大部分を占めるためと思われるが、図番も、29をわざわざ空き番にして28 bis(28の2の意)にしてある(下注)。ただ、半裁図といえども売価の割引はされていない。一方、「45 オート・サヴォワ(上サヴォワ)Haute-Savoie」は、ほとんどがフランス領だ。そのため1:25,000や1:50,000の図郭が設定されていないのだが、1:100,000はずっとフルサイズで作成されている。

*注 当初の刊行計画では「39 フリュエラパス Flüelapass」の東に「39 bis レッシェンシャイデック Reschenscheideck」というもう一つの半裁図が予定されていたが、フリュエラパス図郭の延伸で対応されたため、幻に終わった。

図名に必ずしも主要都市名が冠されないことは1:50,000の項でも述べたが、この傾向は1:100,000のほうが甚だしい。首都ベルンBernだけでなく、国内最大のチューリッヒ Zürich や第2の都市ジュネーヴ Genève も図名に採用されていないのだ。

レマン湖畔のジュネーヴが「40 レマン湖 Le Léman」図葉に含まれるのはまだ理解できるとして、チューリッヒが載っている図は「32 ベロミュンスター Beromünster」だ。これは人口5000人足らずの小さな町の名なのだが、図郭の中心に位置するというだけの理由で図名に採用されている(下図参照)。この図郭にはチューリッヒのほか、ルツェルン Luzern、ツーク Zug、アーラウ Aarau と州都が4つも入ってしまうので、日本の地勢図のように都市名併記というわけにもいかない。

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ベロミュンスター図郭の収録範囲

ベルンが含まれる「36 ザーネ/サリーヌ Saane/Sarine」の図名は、図郭の中央を南から北へ流れる河川から採られている。この図も、ベルン、フリブール Fribourg、ヌーシャテル Neuchâtel と3つの州都が入るからだと思われるが、連邦制国家では首都でさえ優位ではないようだ。図名に採用されるどころか、ザーネ川はベルン市域を通ってさえいない。このように、地形図の購入に際して、図名が頼りにならないことはままある。

ところで1:50,000などと同様、1:100,000でも、まとまりのある地域を1面に収めた「集成図 Zusammensetzung」が用意されている。上の索引図のとおり本来10点刊行されていたのに、現在(2014年1月)の公式販売サイトでは、6図葉(図番101~105と107)しか扱っていない。これまで集成図だけで全土をほぼカバーしており、区分図23面を生真面目に揃えるよりはるかに安く済ませることができたのだが、さすがの地形図王国も時流に逆らえず、紙地図の整理を検討し始めたのだろうか。

■参考サイト
スイストポ 公式サイト http://www.swisstopo.admin.ch/
連邦地形測量所地図閲覧サイト map.geo.admin.ch-1:100,000地形図 http://map.geo.admin.ch/?layers=ch.swisstopo.pixelkarte-farbe-pk100.noscale

本稿は、参考サイトに挙げたウェブサイトおよびスイストポ発行の製品カタログを参照して記述した。
使用した地形図の著作権表示 (c) 2014 swisstopo.

★本ブログ内の関連記事
 スイスの地形図略史 I-デュフール図
 スイスの地形図略史 II-ジークフリート図
 スイスの地形図略史 III-ランデスカルテ
 スイスの地形図-概要
 スイスの1:25,000地形図
 スイスの1:50,000地形図
 スイスの1:200,000地形図ほか

 ドイツの1:100,000地形図
 フランスの1:100,000地形図、新シリーズ登場

2014年1月19日 (日)

スイスの1:50,000地形図

スイスの1:50,000は、世界で最もよく知られた地形図シリーズといっても過言ではないだろう。ランデスカルテ Landeskarte の中で最も早く整備され、同国官製地形図の名声を高める役割を担ってきた。国内のみならず世界中の書店や地図店で広く販売されているので、目にする機会も多い。

1:50,000の図郭は、東西35km×南北24kmの範囲を表し、1:25,000の4面分になる。全土を78面でカバーし、3桁の図番が使われる。

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1:50,000表紙
左から1代目Walenstadt 1963年修正、2代目Genève 1974年修正
3代目Mischabel 2004年版、4代目Basel 2013年版

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1:50,000索引図

スイストポの公式サイトでは、「ハイカーや登山家、サイクリスト、都市計画家、旅行者、冒険家のためのスイスで最も正確で情報の多い地形図」と紹介する。1:25,000の売り文句に比べ、対象者は個人旅行者からサイクリストへ、長所は詳しさよりも情報の多さへと重点を移した言い方だ。より広域が扱えるので、そうした潜在的需要をもつ層にアピールしようとしているのだが、筆者のように鉄道のルートを細かく追いたい時でも、この縮尺であれば十分用が足せる。

表紙は代々緑色だが、上図でもわかるように、元来やや暗めのフォレストグリーン(あるいはビリジアン)が使われていた。同じように縮尺で色分けしている近隣諸国では、ドイツ1:25,000、オーストリア1:25,000、フランス旧1:100,000など、いずれも黄緑系が好まれ、こうした濃緑は珍しい。アルプスの裾野を覆う針葉樹林帯との連想からご当地らしさが感じられたのだが、3代目の表紙からは明るい色調に移行している。

等高線の間隔は、日本のそれと同じ20mだ。アルプス地域では1:25,000も同じ20m間隔で描かれるので、両者を並べると1:50,000の凝縮感がいっそう強い(下図参照)。込み入った印象を和らげるためか、計曲線は200m間隔に開けてある。

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等高線間隔の違いの比較
ジュラ地方は2倍の間隔のため、見かけはあまり変わらない
(上)1:25,000(10m間隔) ヴァロン・ド・サンティミエ Vallon de St-Imier 2011年
(下)1:50,000(20m間隔) シャスラル Chasseral 2011年

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アルプス地方は同じ間隔のため、1:50,000は凝縮感がある
(上)1:25,000(20m間隔) ニーゼン Niesen 2010年
(下)1:50,000(20m間隔) ガントリッシュ Gantrisch 2010年

スイスの地形図-概要」でも触れたように、精巧なぼかしと美しい配色で描く地勢表現は、かねてから定評のあるところだ。さらに1994年の図式改訂では、道路と国境線に塗りが施された。これにより、黒、青、緑が主体だった図面に橙、赤といった暖色系が加わった。記号の視認性が著しく改善しただけでなく、図全体がカラフルになり第一印象が大きく変わった。とはいえ、落ち着いたトーンを用いているので、道路網が発達した都市部でもうるさくはなく、むしろ適当なアクセントになっている(下図参照)。

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道路の塗りがアクセントに
マルティニー Martigny 2010年

ところで、全78面のなかには、図郭のほとんどを他国領が占めていても1面として刊行している例がいくつかある。用紙サイズの許す範囲で隣接図郭を延伸すれば、面数を削減できるし、そうする国も多いのだが、敢えて合理性を優先しないのがスイス流なのだろう。たとえばレマン湖南岸の「271 シャブレー Chablais」や、アルプスの南側の「294 グレッソネー Gressoney」では自国領の面積はどう見ても5%未満だ。それどころか、図郭のすぐ外を国境線が通るものの、図郭内には自国領が全く含まれない「285 ドモドッソラ Domodossola」のような奇特な図葉もある(下図参照)。他国の山や谷まで美しいスイス様式で描かれるのは、愛好家としては喜ばしいことだが、果たして需要はあるのだろうか。

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緑の帯がスイス・イタリアの国境線
スイス領がわずかなグレッソネー Gressoney 図葉と皆無のドモドッソラ Domodossola 図葉、いずれも1:25,000図郭の設定はない

図名にも要注意だ。主要都市の名称が採用されていると限らないからだ。例えば、1:50,000にはルツェルン Luzern やルガーノ Lugano という名の図葉は存在しない。ルツェルン市街が載っているのは、「235ロートクロイツ Rotkreuz」だ。この図郭にはルツェルンとツーク Zug という2つの州都が含まれるため、どちらを立てるわけにもいかず、鉄道の乗換駅でもある中間の村の名にしているのだと思われる。日本流ならルツェルン及びツークとするところだ。一方、ルガーノは「235マルカントーネ Malcantone」に載っている。マルカントーネはルガーノの西側にある広域地名で、この地域が図郭のちょうど中央に来ることから採用されたのだろう。

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1:50,000集成図表紙
左から1代目Gotthard 1961年修正
2代目Vierwaldstätter See 1979年修正
3代目Berner Oberland 1997年版

1:50,000でも、通常の区分図とは別に、まとまりのある地域を1面に収めた「集成図 Zusammensetzung」が多数刊行されている。集成図の図郭は原則、東西50km×南北36km(縦長図郭は東西36km×南北50km)と大きく、区分図比で距離が約1.5倍、面積では2倍以上をカバーする。むろん価格は区分図の14フランに対して集成図は25フランと高いが、区分図を2点買うよりはいくらか経済的だ。

発注に当たっては、区分図と集成図の図郭を比較して、見たい地域がどのように含まれているかをよく確かめることが重要だ。インターラーケンを足場にするなら「5004 ベルナー・オーバーラント Berner Oberland」、ルツェルンなら「5008 フィーアヴァルトシュテッテ湖 Vierwaldstätter See」、サン・モリッツSt. Moritzなら「5013 オーバーエンガディン Oberengadin」など、集成図のほうが網羅的で結局お得な場合がある。

1:50,000集成図の歴史は結構古い。第一弾は今から60年前の1954年で、「5001 ゴットハルト Gotthard」だ。この年、1:100,000区分図はようやく刊行が始まったばかりだった。戦前の旧図に代わる新たな広域図に期待が高まるなか、とりあえず1:50,000を集成する形で応えようとしたのだろう。集成図はその後も刊行が続けられ、現在(2014年1月)は26面のラインナップになっている。空き番があるのでまだ新刊が予定されているようだ。なお、集成図の図番は刊行順に振っているため、区分図とは全く連動していない。

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(左)ハイキング地図表紙 ミシャベル Mischabel 2004年版
(右)スキールート地図表紙 ズステンパス Sustenpass 1999年版

1:50,000はこのほか、旅行地図のベースマップとしても活用されている。黄表紙のハイキング地図 Wanderkarte(もちろん山岳地帯では登山地図になる、下注1)が国土全域をカバーしているし、青表紙の雪靴・スキー旅行地図 Schneeschuh- und Skitourenkarte(下注2)もアルプス全域で利用可能だ。内容は通常の地形図に赤や青でルートを加刷したものだが、前者はスイスハイキング連盟 Schweizer Wanderwege、後者はスイスアルペンクラブ Schweizer Alpen Club (SAC) とスイススキー連盟 Swiss-Ski が監修しており、各団体の公式地図に位置づけられている。

*注1 ハイキング地図については、本ブログ「スイスのハイキング地図-スイストポ」参照。
*注2 かつては、スキールート加刷地図 Landeskarte mit Skirouten の名称で刊行されていたが、2000年に改称。

本稿は、参考サイトに挙げたウェブサイトおよびスイストポ発行の製品カタログを参照して記述した。
使用した地形図の著作権表示 (c) 2014 swisstopo.

■参考サイト
スイストポ 公式サイト http://www.swisstopo.admin.ch/
連邦地形測量所地図閲覧サイト map.geo.admin.ch-1:50,000地形図 http://map.geo.admin.ch/?layers=ch.swisstopo.pixelkarte-farbe-pk50.noscale

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 スイスの地形図略史 III-ランデスカルテ
 スイスの地形図-概要
 スイスの1:25,000地形図
 スイスの1:100,000地形図
 スイスの1:200,000地形図ほか
 スイスのハイキング地図-スイストポ

 ドイツの1:50,000地形図
 オーストリアの1:50,000地形図
 フランスの1:50,000地形図

2014年1月12日 (日)

スイスの1:25,000地形図

ランデスカルテ Landeskarte で最大縮尺となるシリーズは1:25,000だ。茶系の表紙をまとい、1面で東西17.5km×南北12kmの範囲を表す。図番は4桁だ(下図「索引図」参照)。247面で全土をカバーしているが、面数の多さから、同じ「地形図」グループ(下注)の中では最も遅く1979年にようやくすべての図葉が揃った。前回「スイスの地形図-概要」で各縮尺の共通項を紹介したので、今回は1:25,000に特化した情報を補足しておこう。

*注 ランデスカルテの体系で、1:25,000、1:50,000、1:100,000が「地形図 topografischer Landeskarte」のグループ。

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1:25,000表紙
左から1代目Zürich 1970年修正、2代目Grindelwald 1981年修正
3代目Fribourg 1993年修正、4代目Le Sentier 2013年版
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1:25,000索引図

1:25,000の面数が今のように確定したのはごく最近、2000年代になってからのことだ。以前は249面あったのだが、「図番1035 フリードリヒスハーフェン Friedrichshafen」と「1056 リンダウ Lindau」が更新停止となり、2面減ってしまった。図名がドイツの都市名であることから想像できるように、この2面は描く陸地がすべてドイツ領で、残りはボーデン湖 Bodensee の湖面だった。それで必要性が低いとみなされたようだ。

そもそも、なぜ他国領だけの図葉があったのだろうか。ボーデン湖はスイス、ドイツ、オーストリアの3か国が接しているのだが、湖上の国境線は確定されていない。しかしスイスは、国境線が湖の中央(両岸から等距離の地点)にあるという立場をとっているため、湖面であろうと領地が含まれる図葉は作成する方針だった。もちろんドイツの領土もスイスの図式で描いていた。

ところが、1990年から1:25,000では、ドイツとフランスの領土についてはその国の測量局から提供された図版をそのまま使用することになった(右図参照、下注)。その結果、右図のとおり、他国領はぼかし(陰影)だけがスイスのオリジナルで、図式はまるで異なる地図ができあがった。他国製の図版を貼り付けただけの図なら、わざわざスイスで刊行し続ける意味がない。このことが2面廃止の方針を後押ししたのだろうと思われる。

*注 他の隣接国がこの措置の対象でないのは理由がある。オーストリアでは現在1:25,000をまったく製作しておらず(1:50,000の単純拡大版しかない)、イタリアも新図の整備が遅々として進んでいないからだ。

なお、1980年代前半までは、「1354 アルジェーニョ Argegno」(「1353 ルガーノ Lugano」の東隣に位置する)も索引図に未刊として記載されているが、図郭内のスイス領はわずかなため、結局製作されなかった(「1374 コモ Como」の図郭延伸で代替)。

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他国領の表現
赤線(加筆)の上がドイツ、下がスイス
クロイツリンゲン Kreuzlingen 2008年 (使用図は1:25,000地形図、以下同じ)
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赤線の右がフランス、左がスイス
ローデルスドルフ Rodersdorf 2011年

スイストポの紹介サイトによると、1:25,000の売り文句は、「ハイカーや登山家、都市計画家、個人旅行者、探検家のためのスイスで最も正確で詳しい地形図。鉄道、道路および歩行路網は完全記載かつ細分化。居住地、水部、植生および地勢は詳細に表現。表示対象には完全な注記」とある。実用品とはいえ、額装すればインテリアになるような美しさと精緻さを備えた地図なので、筆者が特に気に入っている図葉をいくつか書き出しておこう。

売り文句が示唆しているように、まずはアルプスの図葉が必見だ。とりわけ1:50,000や1:100,000の縮尺で眺めた後で同じエリアの1:25,000に目を移すと、その迫力に言葉を失う。中でも「1249 フィンスターアールホルン  Finsteraarhorn」がいい。図名になっているベルンアルプスの最高峰(標高4274m)のほか、名山ユングフラウ Jungfrau やメンヒ Mönch も図郭の範囲に入るが、図上の主役は別のところにいる。世界自然遺産にも登録されているヨーロッパ最大規模の氷河、アレッチュ氷河 Aletschgletscher だ。上流部で3本の氷河が合流し、巨大な谷氷河となって流れ下る様子がダイナミックに描かれている。アルプスの図葉では、ほかに「1348 ツェルマット Zermatt」や「1277 ピッツ・ベルニナ Piz Bernina」なども、氷河と岩山の取り合せが見事だ。

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フィンスターアールホルン図葉 (写真を縮小、以下同じ)

一方、南部湖水地方の「1353 ルガーノ Lugano」は、腕のように伸びる水色のルガーノ湖 Lago di Lugano が緑の山並みの中にバランスよく織り込まれている。巨大な山塊が周囲に湖を従えているように見える中央スイスの「1151 リギ Rigi」もいい。

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ルガーノ図葉

ジュラ山地の図葉は概してぼかし(陰影)の効果が高いが、なかでも「1105 ベルレー Belleray」や「1106 ムーティエ Moutier」は、褶曲山地特有の地形の面白さに目を奪われる。地表にいてはわからない、地形図だけが描きうる自然の造形美だ。また、鉄道ファンとしては、ベルニナ鉄道 Berninabahn のすさまじい「いろは坂」ルートが描き込まれた「1278 ラ・レーザ La Rösa」も楽しい。

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ムーティエ図葉

ちなみに1:25,000の場合、描かれている等高線の間隔は、エリアによって異なっている。比較的低山や丘陵が広がるジュラ Jura とミッテルラント Mittelland(国土のおよそ北半)は10m間隔、対するアルプス Alpen は20m間隔だ(計曲線は全土で100m間隔)。

アルプスのそれは、日本の同縮尺の地形図の10m間隔に比べれば粗いのだが、敢えて等高線をぎゅうぎゅう詰めにはしていない。急傾斜地はたいてい岩場になるので、露岩や崖の表現で覆われてしまい、どのみち等高線が隠れるからだろう。ただし、1:25,000に限った仕様として、崖の表現にも100mの計曲線が埋め込まれ、高度の読取りが可能になっている。逆に、傾斜が緩く等高線の間隔が開くところでは、中間に補助曲線を入れることで精度が補われている。

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等高線間隔が違う図葉の接続
(上)ヴォールフーゼン Wolhusen 1988年 (10m間隔)
(下)シュプフハイム Schüpfheim 2006年 (20m間隔)

アルプスやジュラの山間部が比類なき完成度を誇っているのに引き換え、都市部の表現は残念ながら実用的とはいえない。

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市街地の注記は皆無に近い
ベルン Bern 2010年

理由の第一は、市街地や商工業地域にほとんど注記がないことだ。先述の売り文句に「表示対象には完全な注記がある」というのはいわば野辺の話であって、街中で特定できるのは、ほぼ教会と付属の墓地に尽きる。役所や学校といった日本でなら当然と思われる施設でさえ何ら記載がない(大学のみHSなどの略号で表記)。大きな建物が並んでいれば工場群かと想像するが、何の工場なのかも図上では確かめるすべがないのだ。

第二に、道路の主従関係がよくわからない。1:50,000や1:100,000のように色分けされることもなく、道路番号もなく、等級別になっている記号だけが頼りだ。また、トラムの併用軌道は市街地に入ったとたんに省略されてしまい、ルートを知ることができないのが困る。

もう一つ、これは実用上の問題ではないのだが、市街地は建物の平面形を黒塗りしてあるので、印象が暗くて重い。遡って19世紀、デュフール図のために作成された測量原図は手彩色で、市街地に鮮やかな赤が施されていた。印刷図になってからは一貫して黒が当てられてきたが、多色刷りになったのだから配色を見直してもいいのではないだろうか。ともかく、今のところ1:25,000では(そして他の縮尺でも)、市街地はシルエットのようなものと考えておく必要がある。

【追記 2014.2.1】
本項の説明は2013年までの図式に基づいている。2014年1月に発表された新図式で、地図記号を含め1:25,000地形図の仕様が大幅に変更された。詳細は「スイスの新しい1:25,000地形図」参照。

本稿は、参考サイトに挙げたウェブサイトおよびスイストポ発行の製品カタログを参照して記述した。
使用した地形図の著作権表示 (c) 2014 swisstopo.

■参考サイト
スイストポ 公式サイト http://www.swisstopo.admin.ch/
連邦地形測量所地図閲覧サイト map.geo.admin.ch-1:25,000地形図 http://map.geo.admin.ch/?layers=ch.swisstopo.pixelkarte-farbe-pk25.noscale

★本ブログ内の関連記事
 スイスの地形図略史 I-デュフール図
 スイスの地形図略史 II-ジークフリート図
 スイスの地形図略史 III-ランデスカルテ
 スイスの地形図-概要
 スイスの新しい1:25,000地形図
 スイスの1:50,000地形図
 スイスの1:100,000地形図
 スイスの1:200,000地形図ほか

 ドイツの1:25,000地形図
 リヒテンシュタインのハイキング地図
 オーストリアの1:25,000と1:200,000地形図
 フランスの1:25,000地形図

2014年1月 5日 (日)

スイスの地形図-概要

スイスの国土地理院である連邦地形測量所スイストポ Bundesamt für Landestopographie swisstopo(下注)は、昨年(2013年)創立175周年を迎えた。19世紀以来、同所が製作する地形図は、製作過程のデジタル化が進んだ現在も、他国のように無機質なグラフィックスに置き換えられることなく、官製地形図の最高峰としての品質を維持し続けている。電子媒体やインターネットでの提供と並行して、精細な印刷物もアナログ時代と変わらず用意されているのは敬服に値する。

*注 スイストポは、すでに1997年からネット上のドメイン名として用いられていたが、2002年から組織名の後につける形で正式名称の一部となった。

現行の地形図はランデスカルテ Landeskarte(国の地図、国土地図の意)と呼ばれ、縮尺の大きい順に、1:25,000、1:50,000、1:100,000、1:200,000、1:500,000、1:1,000,000の6種類がある(下注)。前3者が比較的狭いエリアを詳細に描く「地形図 topografischer Landeskarte」、後3者はより広域の概観を表現する「地勢図 geografischer Landeskarte」とグループ化される。スイスの地形図体系を、まず前3者から概観してみたい。

*注 1:300,000もカタログにあるが、これは1:200,000地形図(全4面)を単純に縮小して1面に収めた「概観図 Generalkarte」。

図1
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ジュラ山地の特徴的な地勢が、ぼかし(陰影)により浮かび上がる
1:100,000 ビール Biel 2005年

「地形図」グループの最大の特徴は、迫真的な地勢表現だ。高度を記号的に表す等高線だけでは、地形の読取りに習熟を必要とする。そこで、精妙なぼかし(陰影)技法を用いて土地の起伏を三次元的に見せ、岩山や氷河の形状は実物に似せて絵画化した。こうした直感に訴える描法で、地形を誰にでもわかる形で表現することに成功している。

ぼかしは北西方向からの光線を仮定して描かれる。初期は、単色で行うデッサンのように、明度すなわち色の明暗の変化だけで表現されていた。しかし、整備計画を主導したエドゥアルト・イムホーフ Eduard Imhof は、ハイライトに黄色、シャドーには青緑がかった灰色というように、色相の違いを明度と組合せる方法を考案した(図1参照)。この新方式の採用により、視覚効果はいっそう高まった。

岩山の荒々しい表現は、地勢の伝統的な表現法であるケバを応用したものだ。これもぼかしと同じように光源を意識することで、彫塑的な立体感を獲得している。その足元に横たわる氷河は、ぼかしで厚みが強調された上に、無数のクレバスが涼しげな青色で描き込まれ、真実味を醸し出す(図2参照)。こうした表現は歴代の専門技師たちが時間をかけて手描きしてきたものだ。自動化の研究も進んでいるが、熟練の技と同等の質にはまだ到達できないという。

図2
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岩山と氷河の迫真的な表現
1:50,000 ユリアーパス Julierpass 2009年

図3
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3色の等高線とその接続
1:50,000 ヌーフェネンパス
Nufenenpass 2006年

一方、等高線についても、配色に一工夫がある。定番の茶色だけでなく、氷河や万年雪の場所は青色、植生のない(地面が露出している)場所は黒色と、使い分けている。これは前身であるジークフリート図(初版1870~1926年)から受け継がれてきた描法だ。茶色は土の色を想像させるので、水部や岩場では違和感が出るのだろう。色を分けると製版や印刷の精度が要求されるが、印刷方式がスポットカラー(特色インクを使用)だった時代から、各色の接点にはほとんどずれが見られない(図3参照)。

地図記号については、地図の裏面に一覧表(凡例 Zeichenerklärung)が掲載されている。とりわけ道路は等級ごとに実例の写真が入って大変ていねいだ。ただし、ここに挙がっているのは主要なものであり、もっと詳しい凡例は、スイストポのサイトにあるPDFファイルを見る必要がある。

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ランデスカルテの凡例の一部

鉄道は、普通鉄道の標準軌が実線、狭軌は旗竿形で示され、それぞれ複線以上と単線の区分がある。スイスには実際、狭軌鉄道が多数残存しているので、地図上でも旗竿はよく登場する。駅では主要駅 Bahnhof とその他の駅・停留所 Haltepunkt が区別され、後者はさらに列車交換設備の有無が示される。これに対して、貨物専用線・保存鉄道は白抜きの旗竿形が使われ、休止中の鉄道も同じ記号だ。トラムの併用軌道、工場引込線は別の記号がある(上図参照)。

植生では、森林に樹種の区別がなく、森林(樹林)Waldはアップルグリーンの塗りのみで表される。そのほか、疎林 Offener Wald、低木林 Gebüsch がパターンで描かれる。

縮尺の大小によっても、記号デザインには若干の相違がある。とりわけ目立つのは道路の塗りだ。1994年に行われた図式改訂で、1:50,000では高速道路、幹線道路、それに接続する主要道をそれぞれ橙、赤、黄に塗り分けることになった(図4参照)。1:100,000や「地勢図」グループでは最初から取り入れられていた表記法だが、これによって道路網が明瞭になり、地図全体にメリハリがついた。併せて、道路番号と、高速道路のインターチェンジ、ジャンクション、パーキングエリア名の記載も始まった。通常の注記ではなく、道路地図のような枠囲みのデザインになっている。また、国境記号にも赤の縁取りがつき、たとえばドイツ、フランスとの間で複雑に入り組むライン川周辺の国境線がかなり識別しやすくなった(図4参照)。

図4
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道路と国境線を彩色で識別
1:50,000 バーゼル Basel
(上)改訂前 1988年 (下)改訂後 2011年

図5
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河川の描法変更
1:25,000 ノインキルヒ Neunkirch
(上)改訂前 1988年
(下)改訂後 2007年

河川や湖沼といった水部は、かつてどの縮尺も水涯線に沿って陰線を引くスタイルだった。これはデュフール図(初版1845~65年)から続く伝統的描法なのだが、1999年の図式改訂で水色の塗りに置換えられた(図5参照)。読図には何ら影響はないが、わずかに残っていた銅版彫り時代の雰囲気がこれで消えた。

また、このとき1:25,000では、葡萄畑の記号が黒から緑色に変更されている。レマン湖東岸ラヴォー Lavaux の斜面に広がる葡萄畑は世界文化遺産にも登録された名所だが、新旧の1:25,000を比較すると、図から受ける印象の違いが歴然とする(図6参照)。

図6
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葡萄畑の配色変更
1:25,000 ローザンヌ Lausanne
(左)改訂前 1992年 (右)改訂後 2009年

座標系はスイスの国内基準CH1903(スイスグリッドSwiss Gridとも呼ばれる)が用いられる。地図にはこれに基づき、1:25,000と1:50,000は1km単位、1:100,000は10km単位のグリッド(格子)が掛けられている。なお、CH1903は、世界測地系 World Geodetic System (WGS84) に準拠して1995年に改訂(CH1903+と称する)されたため、近刊図で記載されているのは、旧座標値の前に東西方向は2、南北方向は1を付加した新座標値だ。また、1998年から、WGS84に対応する座標も図枠に青色で加えられている。

1:25,000、1:50,000、1:100,000とも、このスイスグリッドで区切った図郭(区分図)だ。接続のために図上わずか2mm程度の重複部が印刷されているが、基本的に図郭間の重複はない。見たいエリアが図郭からはみ出しているために、隣接図の購入を強いられるといったことも起こりうる。そうした不便を補うために、まとまりのある地域を1面に収録した集成図 Zusammensetzungが刊行されている。特に1:50,000と1:100,000は、集成図だけで全土をほとんどカバーできるほど種類が多いので、利用価値が高い。

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1:50,000表紙
左から1代目Walenstadt 1963年修正、2代目Genève 1974年修正
3代目Mischabel 2004年版、4代目Basel 2013年版

最後に表紙の変遷について、1:50,000を例に眺めてみよう(上図参照)。表紙は用紙の裏側に印刷されるため、色数は限られた。はじめは1色刷で、独仏2か国語が併記されていた。1960年代に入ると、図郭が属する言語圏の使用言語のみにマイナーチェンジされ、現在までこのスタイルが続いている。

デザインの2代目は、1975年からのいわゆる「バナータイトル Balkentitel(帯状の題名表示)」だ。2色刷になり、イムホーフ式の美しいレリーフが背景に刷られている。

1994年から3代目が登場した。図名の背景が連続階調へ、図番が最上部へ、索引図が地名優先へと変更され、検索しやすさを研究したデザインだ。さらに、それまで別刷り配布だった凡例が、表紙の続きに印刷されるようになったのも大きな進歩だろう。これは当初単色だったが、2000年代に入るとカラー化されていく。また、地図表紙に記載される年次は従来、改訂年次(地図内容が何年現在のものか)を表していたが、1999年から刊行年次 Ausgabe/Editionに変更された。

そして先ごろ(2013年)、4代目に当たる最新表紙がお目見えした。図番に加えて縮尺も最上部に移り、索引図はさらに拡大されている。

【追記 2014.2.1】
本項の説明は2013年までの図式に基づいている。1:25,000については2014年1月に発表された新図式で、地図記号を含め仕様が大幅に変更された。詳細は「スイスの新しい1:25,000地形図」参照。なお、1:50,000、1:100,000についても将来的に同様の新図式に置換えられる予定だ。

以上、「地形図」グループの共通項を中心に概要を紹介した。その入手方法だが、刊行中のランデスカルテは、すべてスイストポのショッピングサイト"toposhop" で容易に購入できる。2014年1月現在、1:25,000~1:100,000の単価は14フラン(1スイスフラン115円として1610円)だが、外国から発注すると付加価値税VAT(8%)が免除され、12.96フランになる。日本への送料は15フラン程度だ。

また、スイストポの下記サイトで、ランデスカルテ各縮尺の最新版が閲覧可能になっている。購入するほどでもないという向きにはこれが便利だろう。本稿掲載の画像もこのサイトから取得させていただいた。非営利サイトでの画像利用については、引用元を明らかにすれば、1枚当たり50万ピクセルまで許諾および使用料の支払いは要しないとされている。

■参考サイト
地形図閲覧サイト map.geo.admin.ch http://map.geo.admin.ch/
使い方については、本ブログ「スイスの地形図-ウェブ版 I」参照。

次回は、縮尺別の相違点などを見ていこう。

本稿は、参考サイトに挙げたウェブサイト、Wikipedia英語版の記事(Cartography of Switzerland)および特集「スイスの地図」『月刊地図中心』2010年8月号を参照して記述した。
使用した地形図の著作権表示 (c) 2014 swisstopo.

■参考サイト
スイストポ 公式サイト http://www.swisstopo.admin.ch/
同 現行のランデスカルテに関する記述(英語版)
http://www.swisstopo.admin.ch/internet/swisstopo/en/home/products/maps/national.html

★本ブログ内の関連記事
 スイスの地形図略史 I-デュフール図
 スイスの地形図略史 II-ジークフリート図
 スイスの地形図略史 III-ランデスカルテ
 スイスの1:25,000地形図
 スイスの新しい1:25,000地形図
 スイスの1:50,000地形図
 スイスの1:100,000地形図
 スイスの1:200,000地形図ほか
 スイスの地形図-ウェブ版 I
 スイスの地形図-ウェブ版 II

 ドイツの地形図概説 I-略史

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