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2013年2月24日 (日)

アメリカ合衆国の州別地図帳-デローム社

「アメリカ人は小さいときから Planimetric Map(注:平面図)である道路地図に馴れ親しみ、等高線で三次元表示をしている地形図(Topographic Map)を見る機会が非常に少ない。子供達が家庭や身近な範囲で地形図を見ることは稀である。このような訳で、大学に入って地理のコースを受講して初めて地形図、等高線なるものを見たという学生も少なくない」(安仁屋政武「アメリカの州別道路地図」『地図情報』9巻3号 p.12. 財団法人地図情報センター)。

これが書かれた1989年当時も恐らく今も、白地に道路網を描き入れたシンプルな道路地図がこの国の主流だ。よく知られたランド・マクナリー Rand McNally はもとより、多くの州の運輸省が発行している公式交通地図 Official Transportation Map もこのタイプだ。しかし一方で、地形の情報を盛り込んだ道路地図もいくらかのシェアを得ていて、州単位でまとめた地図帳の形式で販売されている。これから3回シリーズで、そのような「地形が見える」州別地図帳を紹介していこう。

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シリーズの1点 コロラド州版

この種の地図帳の草分け的存在が、デローム社 DeLorme の「アトラス・アンド・ガゼッティアー Atlas & Gazetteer」だ。全48巻の堂々たる規模のシリーズで、アラスカやハワイを含む合衆国全土をカバーしている(下注)。週刊誌のような中綴じ(アラスカ、カリフォルニアを除く)の軽装本だが、判型は横11×縦15.5インチ(27.9×39.4cm)で、B4判とA3判のほぼ中間という大判だ。携帯するには少々不便だが、広範囲が一面に収まるこのスタイルは、後に現れるライバルにも踏襲され、アメリカ州別地図帳の事実上の標準形になっている。

*注 50州で48巻しかないのは、メリーランド州 Maryland とデラウェア州 Delaware、コネチカット州 Connecticut とロードアイランド州 Rhode Island がそれぞれ合冊のため。なお、以前はカリフォルニア州 California が南北で2分冊になっていたが、現在は1巻にまとめられている。

デローム地図帳のルーツは、同社の代表を務めるデーヴィッド・デローム David DeLorme が、1976年に自ら製作した北東部のメイン州版だ。次のような逸話がある。彼はベトナムでの兵役から帰還した後、生まれ故郷であるメイン州の森の中で休息の時を過ごしていた。ムースヘッド湖 Moosehead Lake へ釣り旅行に出たある日のこと、二股の分かれ道にさしかかったのに、手元の地図には直進の一本道のように描かれているのに気づいた。

彼は市販図の品質に不満を覚えると同時に、自分ならもっといいものが作れるはずだと思った。キャビンにこもった彼は、官製地形図をベースに各自治体のさまざまな情報を加えながら、同州の地図帳を作り上げた。1万部の印刷が上がると、車を駆って町から町へと売り歩いた。あらゆる道路、川や湖沼が正確に描かれ、トレールや史跡のリストが付された実用的な地図帳は、たちまち評判を呼び、デロームの名は州一円に知れ渡ったという(下注)。

*注 ちなみにお隣のカナダでも、同じような経験から地図帳を作り上げた人がいる。本ブログ「カナダの旅行地図-バックロード・マップブックス」参照。

同社はさらにニューイングランドやニューヨーク州の地図帳を手掛けることで、カバーする範囲を徐々に拡大していった。また並行してデジタル地図の分野にも進出し、カーナビやPDA、GPS端末などの普及に伴って全米にその地位を築いた。しかし、今でもデロームの本社はメイン州ポートランド Portland 近郊のヤーマス Yarmouth にあり、アーサ Eartha と命名された名物の巨大な回転地球儀が訪問者を迎えている。事業の重心がデジタル地図に移行したとはいえ、ペーパーアトラス(冊子体の地図帳)も十分健在で、メイン州版は2011年1月刊行の現行図で32版を数える。

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上図表紙を一部拡大
(c) DeLorme, 2013

シリーズのタイトル「アトラス・アンド・ガゼッティアー」は、デローム地図帳の特色をよく捉えている。アトラスとは地図帳、ガゼッティアーは地名録のことで、この2つを有機的に合体させたところがアピールポイントだからだ。

まず、アトラス部分は、州域を経緯度によって数十面に区分している。面積の全く異なる各州を1冊に収めるために、縮尺もテキサスの1:400,000から、コネチカットとロードアイランドの1:65,000までさまざまだ。地図には等高線とともに地勢を表すぼかし(陰影)が入り、実用一点張りの無機質な道路地図と比べれば、違いは歴然としている。

地図の図式は一様ではなく、大別して新旧2種類が併存する(下図参照)。両者は初見の印象がかなり違うが、その主な原因は道路の表現と配色バランスにあるだろう。

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旧図式(上)と新図式(下)の違い
ペンシルベニア州ウィルクスバリ Wilkes-Barre 周辺 (同州版表紙を拡大)
(c) DeLorme, 2013

旧図式では、カナダの官製地形図のように、道路をくくり(縁取り)なしの赤で統一し、線幅と線種(実線、破線)で重要度を区別する。一方、図面全体は土地利用景で塗り込められて、森林はアップルグリーン、耕作地などはパールグレー、市街地は薄いオレンジ、そして水面はスカイブルーだ。そのパッチワークにぼかしで立体感を加え、その上に緑の補色である赤色の道路が載って、視覚効果を上げている。全体としてシンプルで明瞭性の高い図面だ。

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新図式の凡例(一部)

一転して新図式では、道路がくくりのある記号に改められている。さらにインターステート(州際道)は藍、有料道路は緑、連邦道は黄、州道はピンクと塗色も変化する。これは道路地図では一般的な方法で、旧図式に比べると、道路網の骨格がより直感的に把握できる。また、注記文字(特に居住地名)のフォントが大きく強調されたので、自然と目に飛び込んでくる。都市近郊のように道路や地名の密度が高い地域では、いささかうるさい図面になってしまうのが玉に瑕だが。

土地利用の配色では、旧図式に比べて森林や耕作地の塗色が少し淡く、市街地もクリームイエローに近くなった。背景色の明度が上がったので、相対的に地物の識別性が向上している。また、隣接図との重複が設けられ、GPSユーザーのために経緯度単位のグリッド(方眼)やティックマーク(分目盛)が付加された。デザインの改良が各所に施され、一段と役に立つアトラスになったといえるだろう。

次にガゼッティアー(地名録)だが、これも単なる地名索引にとどまらず、それ以上に地元の人々のためのレジャー関連のデータが充実している。ペンシルベニア州版を例にとると、まず州全体の概要説明がある。次に、ハイキング、自転車、パドリング(カヌー、カヤック)、ダウンヒルスキーの適地が、コメントとともに記される。リクレーション地域の一覧表では、そこで何が楽しめるのか(キャンプ、ボート、釣り、水泳など)がわかる。魚釣り、狩猟の適地は別の表で、取れる獲物の種類まで一覧化されている。さらに、家族で行ける公園、科学館・博物館、観光地などが詳細なリストとなって続く。

これらはすべて掲載ページとインデクスで地図上の位置にリンクされ、逆に地図からはアイコンと項目番号でガゼッティアーにリンクされている。「アトラス・アンド・ガゼッティアー」の名称が言わんとしているのはこの双方向性だ。

ともかく、アメリカ全土にわたって大地の実感が読みとれる地図が存在する意義は大きい。筆者はデロームの地図帳に出会って初めて、それまで広大すぎて取り付く島もないように思えた同国の国土に少しずつ親近感を持てるようになった。グーグルマップで世界中の地点を瞬時に特定できる時代とはいえ、一覧性のある地図帳をぱらぱらとめくりながら、各州の土地勘をゆっくりと手繰り寄せる時間があってもいいのではないだろうか。

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独特な表紙のメイン州版

2013年1月現在、新図式になっているのは全48巻のうち20巻だ。次回紹介するベンチマーク社と競合する西部各州をはじめ、五大湖沿岸の各州などはおおむね切替えられた。ルーツであるメイン州も、表紙は初版以来、特別デザインのまま(右写真)だが、内容はすでに新図式で編集されている(下注)。一方、旧図式も27巻と半数以上残っている。残る1巻はアラスカ州だが、ここは官製地形図を縮小または拡大して利用している(詳細は、下記「州別地図帳の刊行状況」参照)。

*注 メイン州版は表紙だけでなく、新図式に切り替わるまで中身の地図も他州とは異なり、陰影なし、道路記号にくくり(縁取り)あり、鉄道は赤色表示など、初期の図式を残していた。

デローム地図帳は日本のアマゾンなどのサイトでも扱っていて、入手は容易だ。紙地図はかさばって困るという方には、ラスタデータのDVD(Topo North America)も用意されている。

(2006年12月14日付記事を全面改稿)

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州別地図帳の刊行状況

■参考サイト
デローム社 http://www.delorme.com/
 地図帳の情報は、トップページ左メニューの "Paper Atlases"

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