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2013年1月14日 (月)

ワシントン山コグ鉄道 I-ルート案内

アメリカ東海岸、ニューハンプシャー州 New Hampshire 北部一帯は、ホワイト山地 White Mountains と呼ばれる。その中心を成すのが、ピークに創成期の歴代大統領や有力政治家の名が冠されている大統領連山 Presidential Range だ。北から主なピークを順にあげると、マディソン山(4代)、アダムズ山(2代)、ジェファーソン山(3代)と来て、次がワシントン山 Mount Washington だ。初代大統領の名に恥じず、標高1917m(6288 フィート)でアメリカ北東部では最高峰となる。

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山腹を行く登山列車

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かつて、この記念すべき山の頂まで鉄道を敷こうと考えた男がいた。シルヴェスター・マーシュ Sylvester Marsh というその男の計画は、歯車の噛み合わせで支えながら、平均勾配250‰、最急勾配374.1‰の線路を上るという途方もないものだった。今でもスイスのピラトゥス鉄道 Pilatusbahn に次いで世界で2番目という険しい坂道を、19世紀半ばに蒸気の力で克服しようとしたのだから、当時の州議会で「彼には月へ行く鉄道を造らせたらいい」と呆れられたのも無理はない。

マーシュはなぜこのような破天荒な計画を思い付いたのだろうか。その経緯は次回詳述するとして、今回はこの「月へ行く鉄道 The railway to the moon」の概要を、現地写真とともに紹介しておきたい。

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鉄道の正式名は、ワシントン山コグ鉄道 The Mount Washington Cog Railway。軌間1422mm(4フィート8インチ、下注1)、延長4.8km(3マイル)の路線だ。コグとは歯車の歯のことだが、アメリカではラック式鉄道を一般に「コグ鉄道 Cog railway」または単に「コグCog」と呼ぶ。国内で現存するコグ鉄道はこのほか、コロラド州のパイクスピーク Pikes Peak とミシガン州ハンコック Hancock にあるのみ(下注2)で、希少価値の高い観光資源になっている。

*注1 ほぼ標準軌(1435mm=4フィート8インチ半)だが、下記参考文献では山地の気温変化その他の理由で生じた差だとしている。
*注2 パイクスピークのコグについては、本ブログ「マニトゥー・アンド・パイクスピーク・コグ鉄道」を参照。
 ミシガン州ハンコックのクィンシー・アンド・トーチ湖コグ鉄道 Quincy and Torch Lake Cog Railway は、1997年に開業した延長わずか700m(2300フィート)のミニ路線。最急勾配350‰。

1868年8月に開業したワシントン山のコグは、いうまでもなくラック式登山鉄道としては世界最古の歴史を誇る。ただしこれは、工事の認可期限に間に合わせるために、取り急ぎ途中まで開通させたにすぎない。山頂まで全線が完成したのは少し遅れて1869年7月のことだ。それでも二番手となったスイスのリギ山に上るフィッツナウ=リギ鉄道 Vitznau-Rigi-Bahn(1871年)より2年早く、先駆者としての地位は揺るがない。

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マーシュ式ラック装置

マーシュの考案したラック式装置(右写真)は、そのリギ山で初めて使われたニクラウス・リッゲンバッハ Niklaus Riggenbach の方式(リッゲンバッハ式)とよく似ている。しかし、マーシュのラックレールの桟の断面が円形なのに対して、リッゲンバッハのそれは台形で、歯車との噛み合せが改良されているという。結局マーシュ式は、ここにしか残らなかった(下注)。その意味で、保存されているラック式蒸機と併せて、19世紀の鉄道工学史を証言する貴重な存在といえるだろう。

*注 メイン州アケーディア国立公園 Acadia National Park にあったグリーン山コグ鉄道 Green Mountain Cog Railway(グリーン山は現在のキャディラック山 Cadillac Mountain)でも使われたが、わずか7年(1883~1890)の短命に終わった。蒸機2機は、ワシントン山に引き取られた。

コグの舞台は、ボストン Boston から北へ266km(165マイル)、メイン州ポートランド Portland から西へ145km(90マイル)の山間部だ。地形図を2種類用意したので、それを参照していただきたい。起点はワシントン山の西麓にあり、地形図にマーシュフィールド駅 Marshfield Station と記された地点が乗り場だ。開通当時はここが基地駅(山麓駅)Base Station だったが、1920年代にコグの創設者と、ワシントン山頂に上った最初のヨーロッパ人とされるダービー・フィールド Darby Field にちなんで改称された。

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大統領連山周辺の地形図(原図1:100,000)
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コグ鉄道周辺の地形図(原図1:25,000)

一方、今の地形図ではマーシュフィールドより少し西にBase Stationの注記があり、コグの線路もそこまで延びている。ここにコグの車両基地(車庫と工場)があるからだが、かつてはここに麓の谷を走る標準軌線からフェービアン Fabyan 駅で分岐した延長9.7km(6マイル)の支線が上ってきていた。

支線開通はコグ全通の7年後の1876年のことで、その際、コグの線路が西(下手)へ約400m(1/4マイル)延長され、対面で乗換ができるようになった。支線は粘着運転ながら最急勾配60‰とこちらも相当険しく、機関車は急勾配線の常道である坂下側につけられたという。コグの会社は支線の開通をきっかけに株主に配当が出せるようになったといわれるくらい、集客に貢献したが、自動車に押されて1930年に休止されてしまった。支線跡は、地図上にOLD RAILROAD GRADEと注記を添えた小道の記号で残されている。

今は道路が唯一のアプローチだ。フェービアンから延びてくるこの道路(ベース・ロード Base Road)も、ワシントン山ターンパイク(有料道路)Mount Washington Turnpike としてコグ鉄道の工事のために造成されている。道路が現マーシュフィールド駅まで達しているのは、上述のように開通当時はそこがコグの起点だったからだ。

地形図を読む限り、起点の標高は820m(2700フィート)、終点は頂上のすぐ下で1910m(6270フィート)程度になる。この高度差1090mを、列車は上り65分(蒸機の場合。ディーゼルは37分)、下りは40分でつなぐ。

■参考サイト
ワシントン山山頂付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?hl=ja&ie=UTF8&ll=44.2700,-71.3026&z=15

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(左)コグ鉄道の玄関、マーシュフィールド駅舎
(右)同 列車乗り場。山へ駆け上がる線路が見える
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(左)蒸機に石炭を補給するホッパーも現役 (右)鉄道工場・車庫は下手にある

では、マーシュフィールド駅から山頂へ行く列車に乗り込もう。板張りの簡素な客車だが、機関車は後ろにつくので前方の視界を遮るものはない。発車すると、いきなり線路は急な上りにかかる。渡る谷川はアモヌーザック川 Ammonoosuc River といい、ワシントン山の西斜面を駆け下りてきた清流だ。斜度の差でジェットコースターのようにも見えるコールド・スプリング・ヒル Cold Spring Hill の坂道をしばらく上っていく。まだ周囲に森林が広がるが、蒸機の排煙による延焼を防ぐため、線路の左右は防火帯のように刈り取られている。

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(左)山上行き列車が乗り場に待機 (右)板張りの客車は前方の視界良好
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(左)谷川を渡っていきなり急坂に (右)コールド・スプリング・ヒルを一気に上る

やがて前方に、巨大な桶のようなワウムベック・タンク Waumbek Tank(地形図ではWater Tankと表示)が現れる。高度1160m(3800フィート)の表示があり、線路はタンクを挟んで複線になる。これは列車交換のためのパッシングループ(待避線)で、延長が550m(1800フィート)あり、所要時間短縮のために2004年に完成した。両端にある転轍機はトラバーサー(遷車台)式で左右に動くが、その動力は太陽光発電で供給されているという。以前は1941年に造られた枝状の長い側線(下注)だったため、待つ側の列車はスイッチバック運転が必要だった。

*注 この形の待避線は、上部のスカイライン・スイッチ Skyline Switch にまだ残っている。

蒸機は、山頂往復に備えてこのタンクから給水を受けるし、二番列車以降なら、山を下ってくる列車と行き違う。後ろを振り向けば、いつのまにか小さくなった山麓の基地とともに、森のかなたにワシントン山ホテル(現オムニ・ワシントン山リゾート Omni Mount Washington Resort)の赤屋根を載せた白亜の城が望めるだろう。

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(左)上りきると前方にワウムベック・タンク。 転轍機はトラバーサー式
(右)長い待避線の間で列車交換がある

複線区間が終わると、傾斜はさらに険しさを増し、線路は進行左側に落ち込む斜面にかろうじて張り付いていく。周りの樹木が次第に低く疎らになるのも高度が上ってきた証拠だ。全線の中間地点は、右手にある「ハーフウェー・ハウス(中途の家)Half-way House」と書かれた小屋でわかる(地形図には小屋 barn の記号がある)。小屋はもちろん水平に建っているのだが、坂を上る車窓からは山側にかなり傾いているように見える。高度は1370m(4500フィート)に達する。

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(左)待避線の末端。急勾配はこれからが本番 (右)ハーフウェー・ハウスの横を通過

コグ鉄道の線路は、全線にわたって木組みの架台(トレッスル)の上に敷かれている。雪や岩屑の排除を容易にする工夫だが、これから通る区間は地面から高さがある。さらに最急勾配374.1‰もこのあたりで、客車の前と後ろで4.2メートルの高低差があるそうだ。建設当時から、旧約聖書の創世記でヤコブの夢に出てきた天に通じる梯子(はしご)のようだと言われ、今も「ヤコブの梯子 Jacob's Ladder」と案内される。トレッスルはほとんどが木造で、古くなれば交換するため、線路の周りには朽ちた丸太が散乱している。高度は1440m(4725フィート)。

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(左)天に通じる「ヤコブの梯子」
(右)画面中央が山麓駅。遠くの白い建物はワシントン山ホテル

この名所を乗り切ると、線路はついにスカイライン Skyline と呼ばれる尾根の上に出る。手前のクレー山 Mount Clay に隠されていたジェファーソン Jefferson、アダムズ Adams、マディソン Madison といった大統領連山の北側の主峰群が、初めて姿を見せる。その右に落ち込む大きな谷の一帯は、グレート・ガルフ(深い淵あるいは湾)Great Gulf と呼ばれる原生林だ。

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尾根上(スカイライン)に出る。手前はクレー山
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大統領連山の眺望
ピークは左からジェファーソン山、アダムズ山、奥の少し低いのがマディソン山

山上でしか味わえない雄大な眺めを楽しみながら、右手に枝状の側線(スカイライン・スイッチ Skyline Switch)を見送って、列車はさらにワシントン山の北西斜面をゆっくりと上っていく。地図には給水タンク Water Tanks の表示があるが、実物はすでに撤去されている。右手に山頂の建物を仰ぎながら自らも大きく右に回り込んでいくと、まもなく終点だ。先行列車で着いた人たちが私たちの列車を写真に撮ろうと待ち構えているだろう。東斜面に山上まで有料道路(ワシントン山自動車道 Mt. Washington Auto Road)が通じているので、クルマで上ってきた観光客とも合流することになる。

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(左)スカイライン・スイッチを通過 (右)頂上のビジターハウスが見えてきた
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山頂駅に到着
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(左)1917mの山頂 (右)最強の風速記録をもつ測候所があった山頂のスーベニア・ショップ

往復ツアーの場合、頂上滞在の1時間を含めて所要3時間だ。すべて蒸機運行だったころは頂上の滞在時間が20分と言われていたが、ディーゼル化によるスピードアップが観光時間の拡大に寄与した。それだけに防寒具は必須といえるだろう。なにしろ、山頂は1934年に世界で最も強い風速103m/s(当地の表示は時速231マイル。2010年に破られた)が観測されたという現場でもあり、天候は荒々しく常に不安定だ。

長らくコグ鉄道の主役は、蒸気機関車だった。下の写真の左側は1866年製の1号機で、開業時に走った最初のコグ機関車だ。初めヒーローHeroと名付けられたが、縦型ボイラーがペパーソースの瓶(タバスコのような)に似ていたので、後にペパーザス Peppersass と呼ばれるようになった。

これがマーシュフィールドの乗り場に展示されているのには訳がある。水平ボイラー車の導入によって引退していたペパーザスは、1929年の開業60周年記念行事の目玉として、復活運転されることになった。ところが晴れの舞台で山を上る途中、車軸が突然破損し、坂を逆走する大事故を起こしてしまったのだ。列車は脱線して壊れ、逃げ遅れた乗員1名が死亡した。ペパーザスはその後修復されたものの、一度も走らせてもらえず、記念碑のように広場に置かれたままになっている。

それに対して、右の9号機ワウムベック Waumbek(下注)は現役だ。ニューハンプシャー州にあったマンチェスター機関車工場 Manchester Locomotive Works で1908年に造られた蒸気機関車で、このほかにも数両の同僚が基地の工場に動態保存されている。

*注 ワウムベックは、大統領連山の北に位置する標高1221m(4006フィート)の山の名。

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(左)1号機ペパーザスはお化粧直しの最中 (右)仕業を終えた9号機ワウムベック

蒸機は、コグ・スモッグ Cog Smog と揶揄されるほど大量の煤煙を出す。州の大気汚染防止法に抵触するので、特別に除外規定があるほどだ。2008年からはスピードアップと環境対策を兼ねて、順次自社工場製の液体式ディーゼル機関車の配備が始まった。すでに4両が揃い、列車の運行は基本的にこのディーセルで担われている(写真左は2008年製M-1号機、右は2009年製M-2号機)。その結果、昔ながらの蒸機による運行は、夏のシーズン中、朝8時15分に出る1便に限定されてしまった。

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(左)現在の主力ディーゼル機関車M-1号機 (右)同 M-2号機

さて、このようなユニークな鉄道の建設を実行したシルヴェスター・マーシュとは、どのような人物だったのか。マーシュとコグ鉄道の関わりについて、次回詳述したい。

(2006年12月28日付「ワシントン山コグ鉄道」を全面改稿)

本稿は、Bruce D. Heald, "The Mount Washington Cog Railway: Climbing the White Mountains of New Hampshire " History Press, 2011、参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。
地形図は、アメリカ合衆国官製1:100,000地形図 Mount Washington(1988年版), 1:25,000 地形図Mt Washington(1982年版)を用いた。

写真はすべて、2011年7月に現地を訪れた海外鉄道研究会の田村公一氏から提供を受けたものだ。ご好意に心から感謝したい。

■参考サイト
ワシントン山コグ鉄道(公式サイト) http://www.thecog.com/
ワシントン山コグ鉄道(旧サイト)http://www.cog-railway.com/
WhiteMountainHistory.org   http://whitemountainhistory.org/
 ワシントン山、コグ鉄道を含むホワイト山地の豊富な歴史資料がある。

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