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2012年11月10日 (土)

オーストリアの狭軌鉄道-ツィラータール鉄道

連邦鉄道 ÖBB の幹線が通るチロル州イェンバッハ Jenbach の駅に、個性的な2本のローカル線が接続している。一つはラックレールのアーヘンゼー鉄道 Achenseebahn。これについては前回、前々回詳述した。もう一つが、今回のテーマであるツィラータール鉄道 Zillertalbahn。ツィラータール(ツィラー谷、すなわちツィラー川が流れる谷)を遡り、マイヤーホーフェン Mayrhofen im Zillertal(下注)まで行く延長31.7kmの路線だ。狭軌非電化で、筆者には古典客車を連ねて走っていた牧歌的な時代の印象が強いが、今やリノベーションが進行し、地域の交通軸として面目を一新している。この古くて新しい小路線を紹介しよう。

*注 ツィラータール鉄道の正式駅名(のもとになった地名)には、im Zillertal(ツィラータールの中の)、am Ziller(ツィラー川のほとりの)といった形容句が頻出するが、日本語表記では省略する。

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ツィラータール鉄道の列車

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ÖBB駅舎に接して基地を構えるアーヘンゼー鉄道に対して、ツィラータール鉄道はÖBB線をはさんで反対側(川側)に広い敷地を有している。ÖBBのホームと並行して、一体的に改修された専用ホームがある。各ホーム間は地下道でつながり、エレベーターも設置済みだ。ホームの西のはずれに、本社の建物が建っている。ツィラータール鉄道の出札窓口はこの社屋の中にある(下注)。とはいえ、わざわざそこまで出向かなくても(それに日祝日は閉まっている)、車内で車掌が巡回してきたときに買えば問題はない。なお、その日に鉄道を往復する予定なら、ターゲスカルテ Tageskarte(一日乗車券)を求めるといいだろう。往復運賃と同額ながら、途中下車が自由になる。

*注 表口のÖBB駅舎では、これら小鉄道の切符は扱っていない。

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(左)イェンバッハ駅のツィラータール鉄道ホーム (右)同駅舎

ツィラータール鉄道は、狭軌のなかでも狭い部類の760mm、当地でいうボスニア軌間 Bosnische Spurweite の路線だ。オーストリアにはこの軌間の路線が数多く残っているが、イェンバッハはこの760mmと標準軌1435mmのÖBB、それにメーターゲージ(1000mm)のアーヘンゼー鉄道、計3種の軌間が集まる珍しい駅になっている。ただ、俯瞰できる跨線橋とか、三重県桑名のように異軌間をまたぐ踏切のような場所はないので、3種まとめての比較観察は難しい。

*注 蛇足ながら、三重県桑名の異軌間をまたぐ踏切については、本ブログ「ライトレールの風景-三岐鉄道北勢線」参照。

筆者が訪れた時、ホームにいた車両は、近年導入されたものばかりだった。客車は先頭の制御車(運転台のある客車)を含め3両。うち2両はトラムのように中央部が低床化されていて、自転車の積込みも容易だ。実際、サイクリングのグループが愛車を連れて利用しているのを目撃した。座席は一列2+2席がとられ、通路が若干狭いだけでÖBBの標準軌車両と比べても遜色がない。最後尾につく青塗りのディーゼル機関車も2007年製だ。

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(左)子どもでもまたげる線路幅 (右)新型車の内部は部分低床

一方、施設の近代化のほうも進捗している。始発駅のホームは全面改修されて新駅のようだし、途中の停留所でも、富山ライトレールを思わせるスマートな屋根付きホームが見られた。さらに線路はPC枕木と重量レールで強化され、何と複線区間が2か所、計7kmも造られているのには驚くばかりだ。オーストリア各地で主要幹線の高速化事業が進められ、イェンバッハの前後でも大規模なバイパス線が計画(一部完成済み)されているが、それにとどまらず、狭軌地方線の改良にもしっかりと予算が配分されているのは羨ましい。

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ツィラータール鉄道路線図

列車が走るツィラー谷は、チロルのいわば大通りであるインタール Inntal(イン川の谷)の支谷では最大のものだ。他の谷に比べて幅が広く、勾配も緩い。イン川との合流点と30km上流にあるマイヤーホーフェンとの標高差はわずか100mに過ぎない。そのため集落も比較的発達していて、谷全体で約35000人の人口(2012年)がある。鉄道の敷設は、この潜在需要を背景に計画された。

その歴史を遡ると、まだぬかるみ道を走る馬車しか交通手段がなかった1892年に、谷のすべての自治体の長と有力者がツェル Zell am Ziller に結集し、鉄道建設に向けて実行組織を設立したのが事の起こりだ。1899年に路線建設の認可が下り、「ツィラータール鉄道株式会社 Zillertalbahn AG」が設立された。まもなく工事が開始され、数段階の部分開通を経て、1902年7月にマイヤーホーフェンまで全線が開業した。

1920年代まで鉄道の経営は非常に好調で、発電所を買収して全線を電化する計画さえあったほどだ。1928年に操業を始めたトゥックス谷 Tuxer Tal のフォルダーラーナースバッハ Vorderlanersbach にあるマグネサイト鉱山は、それまで農林業が主体だった谷の経済を転換するとともに、主要荷主となって鉄道にも恩恵をもたらした。

しかし1930年代に国を覆った不況、1935年から始まったマイヤーホーフェンからインスブルックに直通するバスの運行などを契機に、斜陽化が徐々に進行していく。1956年にはバス兼営となり、現在の社名「ツィラータール交通事業株式会社 Zillertaler Verkehrsbetriebe AG」に変更されている。

最大の危機は1960年代に訪れた。並行する道路の改良に合わせて、鉄道の全廃が検討されたのだ。このとき難局を救ったのは、アーヘンゼー鉄道もそうであったように、電力会社によるツェムバッハ川 Zemmbach 上流のダムと水力発電所の建設計画だった。1965年に開始された事業では、セメントなどの建設資材や機械設備の大量輸送が必要とされたが、谷を貫く道路は交通量が多く、重量車両の頻繁な往来には懸念があった。そこで代替手段として鉄道に期待がかけられたのだ。

輸送に先立ち、新型ディーゼル機関車とともに、標準軌の車両を載せる狭軌用の台車(ロールボック Rollbock)が配備された。ロールボックは、幹線と線路幅(軌間)が異なる狭軌線で早くから行われていた方式で、荷物の積替えを省くために、貨車を専用台車に載せて運ぶというものだ。また、運行を効率化するために、当時ローカル線ではまだ珍しかった列車無線も導入された。周辺の電源開発はその後1980年代まで続き、その間に鉄道廃止論はすっかり棚上げとなった。

役割が見直された鉄道に対して、1980年から、近代化のための公共投資の注入が始まる。線路や運行設備の改良、新型車両の投入が次々と実施され、サービスが改善されていった。1991年にはそれまで片道8本しかなかった列車が13本に増便され、毎時運行となる。1993年をもって蒸機は定期運行から外され、イベント専用となる(下注)。1995年には、併営するバスとともにチロル運輸連合 Verkehrsverbund Tirol (VVT) に参加する。2007年からは一部区間の複線化工事が始まり、翌08年に列車は毎時2本(30分毎)に増便される。09年には旅客用にデジタル時刻表示装置が設置され、2011年にはイェンバッハ駅の全面改修が完成する。このようにしてツィラータール鉄道は、筆者が目を見張ったような現代的中量輸送システムへの脱皮を果たしたのだ。

*注 蒸機が古典客車を牽いて走る「蒸機列車 Dampfzug」は、2012年の時刻表によると、夏のシーズン(6~9月の毎日)に全線1往復と、マイヤーホーフェン~カルテンバッハ=シュトゥム間1往復の設定となっている。

最後に鉄道のルートを一通りたどってみよう。

イェンバッハの駅を東向きに出発すると、少しの間ÖBB線と並行し、やがて右にそれてイン川を渡る。この橋梁は道路併用で2003年に架け替えられたばかりだ。シュトラス Strass im Zillertal の手前で山鼻を大きく回り込み、いよいよツィラー川 Ziller の明るく開けたU字谷に入っていく。線路は、ほぼツィラータール街道 Zillertalstraße(州道B169号線)に沿うように敷かれている。フューゲン=ハルト Fügen-Hart im Zillertal にかけては、東側の山腹に、森と牧草地がパッチワークをなす特徴的な景観が広がる。なお、長い駅名は燕三条や水沢江刺と同じで、2つの地名(多くは川をはさんで両岸にある)を合わせたものだ。

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(左)路線図、リクエストストップは分けて表示
(右)従来型駅舎(フューゲン=ハルト駅)
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(左)イン川の新橋梁を渡る (右)森と牧草地のパッチワーク

フューゲン=ハルトの先で、ビンダーホルツ(ビンダー木材)社 Binderholz GmbH の大規模な木工場をかすめて走る。同社は、マグネサイト鉱の閉山以来、貨物輸送の最大荷主だ。ここでもロールボックが活躍しているが、2000年ごろ、イェンバッハからここまで3線軌条にして標準軌の貨物列車を乗入れる計画が検討されたことがある。しかし、高額な建設費がネックとなり、実現しなかった。

■参考サイト
ビンダーホルツ木工場とロールボック(写真)
http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Binder2.JPG

ウーデルンス Uderns im Zillertal を経て、カルテンバッハ=シュトゥム Kaltenbach-Stumm im Zillertal まで来ると、ほぼ全線の中間地点だ。夏のシーズンに運転される蒸機列車のうち1往復は、ここを折返し駅にしている。ここからアーシャウ Aschau im Zillertal までの3.8kmは複線化区間で、今年(2012年)8月時点では、カルテンバッハ=シュトゥム駅構内を残して工事は完了し、複線での運用が始まっていた。

ツィラー川の左岸を遡ってきた鉄道は、ツェル Zell am Ziller の手前で急カーブを切り、長さ50mのトラス橋で右岸に移る。車窓に川が寄り添い、氷河起源の白濁した流れが見え隠れするようになる。ツェルからラムザウ=ヒパッハ Ramsau im Zillertal-Hippach の直前までは、2008年に完成したもう1か所の複線区間だ。中間に、2011年8月に開業したばかりの「ライマッハ=ツィラータール地方博物館 Laimach-Regionalmuseum Zillertal」停留所がある。

ツィラータール鉄道には駅と停留所が起終点を含めて計18か所あるが、リクエストストップが半数あり、停車しないことも多い。全線の所要時間は52分だ。終点マイヤーホーフェンの駅舎は観光地の玄関らしく飾り立てられ、駅前はささやかなバスのターミナルになっている。なお、2014年をめどに鉄道をさらに1.3km延長し、ツィラー川沿いにペンケン鉄道 Penkenbahn(ゴンドラ型ロープウェー)とアーホルン鉄道 Ahornbahn(ロープウェー)の山麓駅に接続する計画のあることが報道されている。

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(左)特別運行の蒸機列車と交換 (右)カーブを切ってツィラー川の右岸へ
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(左)マイヤーホーフェン駅への取付け
(右)同駅ホーム、反対側はバスターミナルになっている

列車はいまも30分間隔で運行されているが、並行するバス路線もある中で、果たしてどれくらい需要があるのだろうか。1往復した限りの観察だが、興味深い現象に気づいた。一般的に、幹線から遠ざかるほど乗客は減少していくものだ。しかしツィラータール鉄道の場合、始発イェンバッハでは空いているのに、線内すなわちツィラー谷に入ると結構、乗降がある。始発駅で少ないのはインスブルックへ直通バスが出ているからだと想像するが、線内利用の多さは予想外だった。路面電車をLRTに進化させるのに似て、狭軌鉄道という一見ハンディのある既存インフラが、ここでは上手に活用されているようだ。

本稿は、Günter Denoth "Drei Spurweiten, Ein Bahnhof" Sutton Verlag, 2011、参考サイトに挙げたウェブサイト、Wikipediaドイツ語版の記事(Zillertalbahn, Zillertal)、ドイツ語版に対応する英語版の記事を参照して記述した。

■参考サイト
ツィラータール鉄道(公式サイト) http://www.zillertalbahn.at/
イェンバッハ駅付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&ll=47.3879,11.7787&z=16
マイヤーホーフェン駅付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&ll=47.1694,11.8623&z=16

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