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2012年11月25日 (日)

ヴェンデルシュタイン鉄道でバイエルンの展望台へ

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山頂行き電車入線

ガイドブックにも載っているツークシュピッツェ山 Zugspitze のそれ(下注)とは別に、同じバイエルンアルプスにもう一つの登山鉄道がある。標高1837mのヴェンデルシュタイン山に上っていく、その名もヴェンデルシュタイン鉄道 Wendelsteinbahn だ。実は前者より18年も早く開通した先輩格なのだが、ドイツの最高峰をめざす前者に比べ、全国的なアピールポイントに欠けるせいか、知名度が高いとはいえない。

*注 DBのガルミッシュ=パルテンキルヘン Garmisch-Partenkirchen 駅を起点とするバイエルン・ツークシュピッツェ鉄道 Bayerische Zugspitzbahn。1930年開通。

おもしろいことに、ツークシュピッツェの登山鉄道がロープウェーと補完関係にあるように、ヴェンデルシュタイン山にも鉄道と反対側の山麓からロープウェーが架かっている。同じ会社の経営とはいえ、2本もアクセスルートを維持できるだけの需要があるということだ。きっと山頂には人々を惹きつける何かがあるに違いない。今回は、この知られざる名山とそこへ上るラック式鉄道を紹介しよう。

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ヴェンデルシュタイン鉄道周辺図

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ヴェンデルシュタイン鉄道は軌間1000mm、ラック式・粘着式併用で、直流1500Vを動力とする登山鉄道だ。起点は標高508mのヴァッヒング山麓駅 Talbahnhof Waching、終点は山頂直下、標高1723mのヴェンデルシュタイン山上駅 Bergbahnhof Wendelstein、この1215mの高度差を最急勾配237‰、最小半径40mで克服する。延長7.66km(うちラック式区間6.15km)、ラックレールは鋸状の歯棹が1枚のシンプルなシュトループ Strub 式を使っている。

登山鉄道がほとんど無名なのは、幹線網と接続していない、いわゆる孤立線であることも一因だ。最寄りとなるのは、ローゼンハイム Rosenheim からチロル方面へ通じるDB(ドイツ鉄道)線上のブランネンブルク(ブラネンブルク)Brannenburg という小駅だが、現在の起点とは2km以上離れている。かつてはこのDB駅を起点としていたのだが、部分廃止により短縮されてしまったのだ。しかし、利用者はみなマイカーか観光バスで来るため、残念ながら、鉄道連絡が絶たれていても集客にはなんら影響がない。

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ブランネンブルク~ヴァッヒング間、廃止以前の旧図
(官製1:25,000 1959年追補版)

ちなみに、この間の公共交通機関としては、シーズン中、観光振興を期して運行されている「ヴェンデルシュタイン環状線 Wendelstein-Ringlinie」という路線バスがある(下注1)。しかし、1日2往復限りで、実際にはほとんど用を成さない。ブランネンブルクの駅前にはタクシーもいないので、列車で来た旅行者は初めから自分の足で歩く覚悟が必要だ。幸いにも廃線跡の大部分は、自然歩道として整備されている。小川に沿い、牧草地や林を縫って30分ほど歩けば、難なく登山鉄道の山麓駅に到達できる(下注2)。

*注1 ローゼンハイム交通会社 Rosenheimer Verkehrsgesellschaft m.b.H. が運行を請け負っている。2012年の場合、運行期間は4月28日~11月4日。公式サイト http://www.wendelstein-ringlinie.de/
*注2 筆者の現地訪問記参照(ルート図あり) http://homi.on.coocan.jp/totsu/sger11.html

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(左)現在のブランネンブルク駅。右の建物付近に登山鉄道の乗場があった
(右)人けのないブランネンブルク駅正面
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牧草地に延びる廃線跡の遊歩道
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(左)ヴァッヒング手前の廃線跡は林の中
(右)現在のヴァッヒング山麓駅

それでは、登山鉄道のルートをたどってみよう。現在の起点、ヴァッヒング山麓駅は、ロッジ風の駅舎と2面2線の頭端式ホームをもっている。しかし、車庫と整備場はここになく、約1km谷を遡った場所(正確には起点から945m)に設けられている。その理由は後で考察するが、登山鉄道の本線筋から完全に外れているので、乗客が目にすることはない。

駅を出て500mほどは緩い上り勾配の粘着(ラックレールを使用しない)区間だ。しかし、車庫に向かう回送線を左に分けた直後から、ラックの必要な急坂が始まる。薄暗い谷川をなかば這うように上っていくが、すぐに明るい牧草地に出る。昔この付近、起点から1.3km地点に、ゲムバッハウ Gembachau という停留所が存在したのだが、とうに跡形もない。高度が上がって見晴らしがよくなったのもつかの間、また森に包まれてしまい、そのまましばらく上り続ける。ラックレールが中断するのは、3.1km地点だ。全線の中間部で、ちょうど階段の踊り場のような位置づけの粘着区間は、列車交換が可能なアイプル Aipl 停留所まで、1kmあまり延びている。

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(左)山麓駅のホームで列車を待つ人々
(右)開通100周年のプレートを掲げた列車が入線
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(左)運転台 (右)簡素な内装の車内
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車庫への回送線を左に分岐し、本線はラック区間へ

アイプルは標高980m(下注1)。リクエストストップの扱いなので、乗降客も対向列車もないときはあっさりと通過してしまう。停留所の山側、ささやかなミュールバッハ Mühlbach の流れを横切る4.1km地点でラックレールが再開すれば、この先、山上までもう急勾配が途切れることはない。線路はヴィルトアルプヨッホ Wildalpjoch の北斜面にとりつき、ぐいぐいと高度を上げていく。急坂の途中にある2つめの停留所ミッターアルム Mitteralm は標高1200m。ドイツ・アルペン協会の宿泊施設が近くに建っていて、レーアプファート Lehrpfad(下注2)に指定された登山路も経由するので、利用者がしばしばある。

*注1 アイプル、ミッターアルムの標高数値は、下記参考資料による。なお、官製地形図(1995年版1:25 000)ではそれぞれ973m、1199mとしている。
*注2 土地の自然環境や文化などに対する関心を高めるために、説明板などを整備した遊歩道のこと。英語ではEducational Trail、Educational Pathなどという。

やがて木立が疎らになり、進行右手に草に覆われた広いカール(圏谷)が望めるようになる。線路は荒々しく切り立ったゾインヴァント Soinwand の山肌に張り付き、行く手を遮る山脚を素掘りのトンネルで抜けていく。全線で7本あるトンネルのうち、5本がこのために掘られたものだ。ライントラーアルム Reindleralm の草地の向こうに下界の平野が顔をのぞかせる頃、高度は早くも1500mを越える。

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(左)急坂の途中のミッターアルム停留所
(右)断崖を素掘りしたトンネルが連続

カールの眺望に別れを告げて山影に回り込むと、いよいよヴェンデルシュタイン本体への登攀開始だ。切り石で固めた築堤を渡り、断崖下の雪崩避けを抜ける。行く手に現れるがっしりと積まれた石垣は、長さ127m、高さ17m。ホーエ・マウアー Hohe Mauer(高い壁)と呼ばれた難工事の象徴だ。続く長さ119mの第6トンネルでは、大きく半回転して高度を稼ぐ。一瞬の明かり区間があるが、またトンネル。その状態で標高1723mの山上駅のホームに滑り込む。通年運行するために、ホームはすっぽりと屋根に覆われ、外は見えない。降車したら、地下通路を伝って、山の南西斜面に設けられたレストハウスへ出ることになる。

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(左)ライントラーアルムの広い草地もみるみる眼下に
(右)ホーエ・マウアーを渡れば終点は間近。右上に山上の教会が顔をのぞかせる
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山上から見たホーエ・マウアー (右上の写真とほぼ同じ場所)
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(左)山上駅に到着 (右)反対側から上ってくるロープウェー

ヴェンデルシュタイン山の観光開発の歴史は1883年に遡る。この年、頂上直下100mの場所に山小屋が建てられた。バイエルンアルプスでは最初の有人小屋で、このころすでに山が登山客の高い支持を得ていたことを物語る。同時に始まった高山での気象観測も、バイエルンで最も早い例だ。続いて1890年には、ドイツ最高所となる教会が奉納された。

登山鉄道の構想は当時から存在していたが、本格的に動き出すのは1908年、実業家オットー・フォン・シュタインバイス Otto von Steinbeis による計画の公表まで待たなければならない。彼は1860年代からブランネンブルクを拠点に活動していたが、90年代にボスニアに進出して大規模な林業を営み、首尾よく成功を収めた。当地では、木材や製品を運搬するために約400kmの軽便路線網(下注)を整備していたため、鉄道経営にも通じていた。

*注 760mmのいわゆるボスニア軌間で建設され、シュタインバイス鉄道 Steinbeisbahn と呼ばれた。

ヴェンデルシュタインの登山鉄道について、彼は初めから電気運転を提案した。お隣のスイスでは1898年のゴルナーグラート鉄道 Gornergratbahn を筆頭に、ラック式鉄道の電化開業が相次いでいたからだ。しかし鄙びた村にはまだ電気が来ていなかった。そこで彼は、ヴェンデルシュタイン山塊を発する川から取水し、自前の水力発電所を設けて発電しようと考えた。併せて車両工場を隣接地に持ってくることで、要員確保を含め設備保守についても効率化を図った。同鉄道の車庫が今も始発駅から遠く離れた場所に置かれているのは、このためだ。

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車庫への引込線を示す平面図

ヴェンデルシュタイン鉄道の建設工事は1910年に始まり、2年の工期を経て1912年5月に開通した。断崖を削り、高石垣を積み上げるかなりの難工事だったが、発電所建設を含めて莫大な工費は、すべてシュタインバイス一人で賄ったという。

先述のように、開通時の起点は現DB線のブランネンブルク駅で、山頂まで全線9.95km(うち粘着式3.80km、ラック式6.15km)、片道75分を要していた。ところが第二次大戦後、道路交通量の増加に伴い、ブランネンブルク地内での平面交差が問題となった。支障を取り除くには、起点を村から離れた山麓に移すしかなかった。1961年12月にブランネンブルク~ヴァッヒング間2.29kmが廃止され、所要時間も片道55分となった。

なおも潜在的な危機は続いた。収支の悪化が進行していたのだ。そのような中、1970年に西麓のオスターホーフェン Osterhofen から山上まで、ロープウェー(ヴェンデルシュタイン ロープウェー Wendelstein-Seilbahn)が開通する。所要時間はわずか7分で、時間当り片道最大450名の輸送能力を有していた。登山鉄道のルートとは反対側になり、直接競合はしないものの、ゆくゆくは鉄道を置換える予定だったとされる。

しかしその後、観光資源としての価値が見直され、補助金交付などによって結果的に鉄道は全廃を免れた。1987年には、施設近代化のための改修が施された。1991年には、SLM/シーメンス社製の連接車両2編成が新たに導入された。新車両は、山上行き25分、山麓行き35分(2012年現在)と所要時間を従来の約半分にまで短縮し、鉄道の輸送能力は2倍に向上した。その陰で、創始期から活躍してきた電気機関車と古典客車は、定期運用を外れることになった。

冒頭で、山頂には人々を惹きつける何かがあると書いた。山岳スポーツの舞台というだけでは足りない。ヴェンデルシュタイン山の本当の魅力とは、実はその眺望の見事さだ。

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ガッハー・ブリックからヴェンデルシュタイン山頂を望む

侵食に抗して残った石灰岩の山頂は、周囲から抜きんでている。360度のパノラマを得るためには、必須の条件だ。さらに地理的に見ると、バイエルンアルプスの中でも北に張出している。そのため、ミュンヘン市街をはじめアルプスの北に広がる平野(アルペンフォアラント Alpenvorland)を間近に、かつ広範囲に見渡すことができる。同じように鉄道で気軽に上れるといっても、奥まったツークシュピッツェからでは平野は遠すぎて、眺望にならない。一方、北寄りにあるということは、南側にそびえる主峰群を一歩引いて眺められることも意味している。すなわち、アルプスの展望塔という点でも優位性が高いのだ。ちょうどスイスのリギ山Rigiが早くから開発されたのと共通の好条件を、この山は有しているといえる。

天気のいい日にヴェンデルシュタイン鉄道に乗ることができたなら、その幸運を喜びたい。レストハウスから手近なガッハー・ブリックGacher Blickの見晴台、あるいはジグザグのパノラマヴェーク Panoramaweg を20分上り詰めた真の頂上から眺める風景は、バイエルン州で最も美しいものの一つといっても過言ではない。

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山頂からアルペンフォアラント(北方向)の眺め
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山頂からバイリッシュツェル方面(西~南方向)の眺め

本稿は、"Wendelstein - Der Berg und seine Geschichte" Wendelsteinbahn GmbH, 2004、Klaus Fader "Zahnradbahnen der Alpen" Franckh-Kosmos Verlag, 1996、参考サイトに挙げたウェブサイト、Wikipediaドイツ語版の記事(Wendelsteinbahn, Otto von Steinbeis, Wendelstein (Berg))、ドイツ語版に対応する英語版の記事を参照して記述した。
地形図はドイツ官製1:25,000 815 Brannenburg(1887年編集、1912年追補版)を用いた。Source from GeoGREIF http://greif.uni-greifswald.de/geogreif/

■参考サイト
ヴェンデルシュタイン鉄道(公式サイト) http://www.wendelsteinbahn.de/
鉄道沿線の詳細写真(廃線跡を含む) http://www.gleistreff.de/WZB.htm
ヴェンデルシュタイン山の写真集 http://wendelstein.yakohl.com/
 メニューの「Archiv(アーカイブ)」から、撮影時期ごとの写真集にリンクしている。
ヴァッヒング山麓駅付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&ll=47.7253,12.0929&z=16
ヴェンデルシュタイン山上駅付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&ll=47.7025,12.0137&z=16

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・周辺の観光鉄道として
 オーストリアのラック式鉄道-アーヘンゼー鉄道 I
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2012年11月10日 (土)

オーストリアの狭軌鉄道-ツィラータール鉄道

連邦鉄道 ÖBB の幹線が通るチロル州イェンバッハ Jenbach の駅に、個性的な2本のローカル線が接続している。一つはラックレールのアーヘンゼー鉄道 Achenseebahn。これについては前々回前回で詳述した。もう一つが、今回のテーマであるツィラータール鉄道 Zillertalbahn。ツィラータール(ツィラー谷、すなわちツィラー川が流れる谷)を遡り、マイヤーホーフェン Mayrhofen im Zillertal(下注)まで行く延長31.7kmの路線だ。狭軌非電化で、筆者には古典客車を連ねて走っていた牧歌的な時代の印象が強いが、今やリノベーションが進行し、地域の交通軸として面目を一新している。この古くて新しい小路線を紹介しよう。

*注 ツィラータール鉄道の正式駅名(のもとになった地名)には、im Zillertal(ツィラータールの中の)、am Ziller(ツィラー川のほとりの)といった形容句が頻出するが、日本語表記では省略する。

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ツィラータール鉄道の列車

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ÖBB駅舎に接して基地を構えるアーヘンゼー鉄道に対して、ツィラータール鉄道はÖBB線をはさんで反対側(川側)に広い敷地を有している。ÖBBのホームと並行して、一体的に改修された専用ホームがある。各ホーム間は地下道でつながり、エレベーターも設置済みだ。ホームの西のはずれに、本社の建物が建っている。ツィラータール鉄道の出札窓口はこの社屋の中にある(下注)。とはいえ、わざわざそこまで出向かなくても(それに日祝日は閉まっている)、車内で車掌が巡回してきたときに買えば問題はない。なお、その日に鉄道を往復する予定なら、ターゲスカルテ Tageskarte(一日乗車券)を求めるといいだろう。往復運賃と同額ながら、途中下車が自由になる。

*注 表口のÖBB駅舎では、これら小鉄道の切符は扱っていない。

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(左)イェンバッハ駅のツィラータール鉄道ホーム (右)同駅舎

ツィラータール鉄道は、狭軌のなかでも狭い部類の760mm、当地でいうボスニア軌間 Bosnische Spurweite の路線だ。オーストリアにはこの軌間の路線が数多く残っているが、イェンバッハはこの760mmと標準軌1435mmのÖBB、それにメーターゲージ(1000mm)のアーヘンゼー鉄道、計3種の軌間が集まる珍しい駅になっている。ただ、俯瞰できる跨線橋とか、三重県桑名のように異軌間をまたぐ踏切のような場所はないので、3種まとめての比較観察は難しい。

*注 蛇足ながら、三重県桑名の異軌間をまたぐ踏切については、本ブログ「ライトレールの風景-三岐鉄道北勢線」参照。

筆者が訪れた時、ホームにいた車両は、近年導入されたものばかりだった。客車は先頭の制御車(運転台のある客車)を含め3両。うち2両はトラムのように中央部が低床化されていて、自転車の積込みも容易だ。実際、サイクリングのグループが愛車を連れて利用しているのを目撃した。座席は一列2+2席がとられ、通路が若干狭いだけでÖBBの標準軌車両と比べても遜色がない。最後尾につく青塗りのディーゼル機関車も2007年製だ。

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(左)子どもでもまたげる線路幅 (右)新型車の内部は部分低床

一方、施設の近代化のほうも進捗している。始発駅のホームは全面改修されて新駅のようだし、途中の停留所でも、富山ライトレールを思わせるスマートな屋根付きホームが見られた。さらに線路はPC枕木と重量レールで強化され、何と複線区間が2か所、計7kmも造られているのには驚くばかりだ。オーストリア各地で主要幹線の高速化事業が進められ、イェンバッハの前後でも大規模なバイパス線が計画(一部完成済み)されているが、それにとどまらず、狭軌地方線の改良にもしっかりと予算が配分されているのは羨ましい。

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ツィラータール鉄道路線図

列車が走るツィラー谷は、チロルのいわば大通りであるインタール Inntal(イン川の谷)の支谷では最大のものだ。他の谷に比べて幅が広く、勾配も緩い。イン川との合流点と30km上流にあるマイヤーホーフェンとの標高差はわずか100mに過ぎない。そのため集落も比較的発達していて、谷全体で約35000人の人口(2012年)がある。鉄道の敷設は、この潜在需要を背景に計画された。

その歴史を遡ると、まだぬかるみ道を走る馬車しか交通手段がなかった1892年に、谷のすべての自治体の長と有力者がツェル Zell am Ziller に結集し、鉄道建設に向けて実行組織を設立したのが事の起こりだ。1899年に路線建設の認可が下り、「ツィラータール鉄道株式会社 Zillertalbahn AG」が設立された。まもなく工事が開始され、数段階の部分開通を経て、1902年7月にマイヤーホーフェンまで全線が開業した。

1920年代まで鉄道の経営は非常に好調で、発電所を買収して全線を電化する計画さえあったほどだ。1928年に操業を始めたトゥックス谷 Tuxer Tal のフォルダーラーナースバッハ Vorderlanersbach にあるマグネサイト鉱山は、それまで農林業が主体だった谷の経済を転換するとともに、主要荷主となって鉄道にも恩恵をもたらした。

しかし1930年代に国を覆った不況、1935年から始まったマイヤーホーフェンからインスブルックに直通するバスの運行などを契機に、斜陽化が徐々に進行していく。1956年にはバス兼営となり、現在の社名「ツィラータール交通事業株式会社 Zillertaler Verkehrsbetriebe AG」に変更されている。

最大の危機は1960年代に訪れた。並行する道路の改良に合わせて、鉄道の全廃が検討されたのだ。このとき難局を救ったのは、アーヘンゼー鉄道もそうであったように、電力会社によるツェムバッハ川 Zemmbach 上流のダムと水力発電所の建設計画だった。1965年に開始された事業では、セメントなどの建設資材や機械設備の大量輸送が必要とされたが、谷を貫く道路は交通量が多く、重量車両の頻繁な往来には懸念があった。そこで代替手段として鉄道に期待がかけられたのだ。

輸送に先立ち、新型ディーゼル機関車とともに、標準軌の車両を載せる狭軌用の台車(ロールボック Rollbock)が配備された。ロールボックは、幹線と線路幅(軌間)が異なる狭軌線で早くから行われていた方式で、荷物の積替えを省くために、貨車を専用台車に載せて運ぶというものだ。また、運行を効率化するために、当時ローカル線ではまだ珍しかった列車無線も導入された。周辺の電源開発はその後1980年代まで続き、その間に鉄道廃止論はすっかり棚上げとなった。

役割が見直された鉄道に対して、1980年から、近代化のための公共投資の注入が始まる。線路や運行設備の改良、新型車両の投入が次々と実施され、サービスが改善されていった。1991年にはそれまで片道8本しかなかった列車が13本に増便され、毎時運行となる。1993年をもって蒸機は定期運行から外され、イベント専用となる(下注)。1995年には、併営するバスとともにチロル運輸連合 Verkehrsverbund Tirol (VVT) に参加する。2007年からは一部区間の複線化工事が始まり、翌08年に列車は毎時2本(30分毎)に増便される。09年には旅客用にデジタル時刻表示装置が設置され、2011年にはイェンバッハ駅の全面改修が完成する。このようにしてツィラータール鉄道は、さきほど目を見張ったような現代的中量輸送システムへの脱皮を果たしたのだ。

*注 蒸機が古典客車を牽いて走る「蒸機列車 Dampfzug」は、2012年の時刻表によると、夏のシーズン(6~9月の毎日)に全線1往復と、マイヤーホーフェン~カルテンバッハ=シュトゥム間1往復の設定となっている。

最後に鉄道のルートを一通りたどってみよう。

イェンバッハの駅を東向きに出発すると、少しの間ÖBB線と並行し、やがて右にそれてイン川を渡る。この橋梁は道路併用で2003年に架け替えられたばかりだ。シュトラス Strass im Zillertal の手前で山鼻を大きく回り込み、いよいよツィラー川 Ziller の明るく開けたU字谷に入っていく。線路は、ほぼツィラータール街道 Zillertalstraße(州道B169号線)に沿うように敷かれている。フューゲン=ハルト Fügen-Hart im Zillertal にかけては、東側の山腹に、森と牧草地がパッチワークをなす特徴的な景観が広がる。なお、長い駅名は燕三条や水沢江刺と同じで、2つの地名(多くは川をはさんで両岸にある)を合わせたものだ。

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(左)路線図、リクエストストップは分けて表示
(右)従来型駅舎(フューゲン=ハルト駅)
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(左)イン川の新橋梁を渡る (右)森と牧草地のパッチワーク

フューゲン=ハルトの先で、ビンダーホルツ(ビンダー木材)社 Binderholz GmbH の大規模な木工場をかすめて走る。同社は、マグネサイト鉱の閉山以来、貨物輸送の最大荷主だ。ここでもロールボックが活躍しているが、2000年ごろ、イェンバッハからここまで3線軌条にして標準軌の貨物列車を乗入れる計画が検討されたことがある。しかし、高額な建設費がネックとなり、実現しなかった。

■参考サイト
ビンダーホルツ木工場とロールボック(写真)
http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Binder2.JPG

ウーデルンス Uderns im Zillertal を経て、カルテンバッハ=シュトゥム Kaltenbach-Stumm im Zillertal まで来ると、ほぼ全線の中間地点だ。夏のシーズンに運転される蒸機列車のうち1往復は、ここを折返し駅にしている。ここからアーシャウ Aschau im Zillertal までの3.8kmは複線化区間で、今年(2012年)8月時点では、カルテンバッハ=シュトゥム駅構内を残して工事は完了し、複線での運用が始まっていた。

ツィラー川の左岸を遡ってきた鉄道は、ツェル Zell am Ziller の手前で急カーブを切り、長さ50mのトラス橋で右岸に移る。車窓に川が寄り添い、氷河起源の白濁した流れが見え隠れするようになる。ツェルからラムザウ=ヒパッハ Ramsau im Zillertal-Hippach の直前までは、2008年に完成したもう1か所の複線区間だ。中間に、2011年8月に開業したばかりの「ライマッハ=ツィラータール地方博物館 Laimach-Regionalmuseum Zillertal」停留所がある。

ツィラータール鉄道には駅と停留所が起終点を含めて計18か所あるが、リクエストストップが半数あり、停車しないことも多い。全線の所要時間は52分だ。終点マイヤーホーフェンの駅舎は観光地の玄関らしく飾り立てられ、駅前はささやかなバスのターミナルになっている。なお、2014年をめどに鉄道をさらに1.3km延長し、ツィラー川沿いにペンケン鉄道 Penkenbahn(ゴンドラ型ロープウェー)とアーホルン鉄道 Ahornbahn(ロープウェー)の山麓駅に接続する計画のあることが報道されている。

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(左)特別運行の蒸機列車と交換 (右)カーブを切ってツィラー川の右岸へ
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(左)マイヤーホーフェン駅への取付け
(右)同駅ホーム、反対側はバスターミナルになっている

列車はいまも30分間隔で運行されているが、並行するバス路線もある中で、果たしてどれくらい需要があるのだろうか。1往復した限りの観察だが、興味深い現象に気づいた。一般的に、幹線から遠ざかるほど乗客は減少していくものだ。しかしツィラータール鉄道の場合、始発イェンバッハでは空いているのに、線内すなわちツィラー谷に入ると結構、乗降がある。始発駅で少ないのはインスブルックへ直通バスが出ているからだと想像するが、線内利用の多さは予想外だった。路面電車をLRTに進化させるのに似て、狭軌鉄道という一見ハンディのある既存インフラが、ここでは上手に活用されているようだ。

本稿は、Günter Denoth "Drei Spurweiten, Ein Bahnhof" Sutton Verlag, 2011、参考サイトに挙げたウェブサイト、Wikipediaドイツ語版の記事(Zillertalbahn, Zillertal)、ドイツ語版に対応する英語版の記事を参照して記述した。

■参考サイト
ツィラータール鉄道(公式サイト) http://www.zillertalbahn.at/
イェンバッハ駅付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&ll=47.3879,11.7787&z=16
マイヤーホーフェン駅付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&ll=47.1694,11.8623&z=16

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