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2012年7月21日 (土)

オーストリアのラック式鉄道-シュネーベルク鉄道

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シュネーベルク鉄道の
蒸機列車

首都ウィーンの西から南西にかけては麗しい緑の山々が広がっている。そのうち市街に比較的近いエリアをウィーンの森、ウィーナーヴァルト Wienerwald(下注)と呼ぶのは、ワルツの名曲を引き合いに出すまでもなく周知のことだ。それに対してさらに遠方、南西方向に見える山々は、ウィーナー・ハウスベルゲ Wiener Hausberge と総称される。ウィーン市民にとっての地元の山々という語義だが、その範囲は70~80km離れた標高2000m級の山塊まで含んでいる。シュネーベルク山 Schneeberg やラックス山 Rax は、その代表格だ。今回は、そのシュネーベルクへ100年以上も走り続けているラック式登山鉄道を紹介したい。

*注:本稿ではドイツ語のWの日本語表記をヴとしているが、Wien, Wienerのみ、慣例に従いウィーン、ウィーナーとした。

シュネーベルクのピークは標高2076m。下オーストリア州では第一の高峰で、広域的にもアルプス山脈の最東端に位置づけられる。加えて、ウィーンに北東側すなわち日陰の斜面を向けているので、最も遅い時期まで残雪が見える。ドイツ語で雪の山という山名がつくゆえんだ。

堂々とした山塊は石灰岩で構成されている。緩やかな起伏の山上、険しい崖の連なる山腹と、山容は変化に富み、夏はトレッキング、冬場はスキーを楽しむ人々の主たる目的地だ。それだけでなく、降った雨は地下深く浸み込み、山裾で豊富に湧き出している。大都市には珍しくそのまま飲用できるウィーンの上質な水道水は、これを水源としている(下注)。市民にとって身近な存在であることが、この山に登山鉄道が敷かれた主たる理由であることは間違いない。

*注 1873年に延長94.75kmの第一ウィーン山岳泉源水道 I. Wiener Hochquellenwasserleitung が完成した(後に延長され112kmに)。さらに隣州にまで水源を求めた第二水道が1910年に造られている。

■参考サイト
ウィーン上空からシュネーベルク方向を望む(背後の山並みで、中央の最も高い山がシュネーベルク)
http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Wienerbergbisschneeberg.jpg
シュネーベルク山写真集
http://commons.wikimedia.org/wiki/Schneeberg_(Alps)

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中央円内が
シュネーベルク鉄道
(ÖBB路線図より)

シュネーベルク鉄道 Schneebergbahn は、標高577mのプフベルク・アム・シュネーベルク Puchberg am Schneeberg(以下、プフベルクという)を起点に、同 1792mのホッホシュネーベルク Hochschneeberg まで、高度差1215mを上る軌間1000mmのラック式鉄道だ。延長9.7km(全長9.851km)、ラックレールはアプト式を使っている。最急勾配は197‰だ。

山麓駅プフベルクへは、幹線のウィーナー・ノイシュタット Wiener Neustadt 駅からオーストリア連邦鉄道ÖBBのローカル線で向かうのだが、建設認可時の定義によると、実はこちらがシュネーベルク鉄道の本線だ。すなわち、ウィーナー・ノイシュタット~プフベルク間の標準軌線が本線 Stammstrecke、同じ標準軌のバート・フィッシャウ=ブルン Bad Fischau-Brunn ~ヴェラースドルフ Wöllersdorf 間が支線 Abzweigung、そして、登山鉄道は続行線 Fortsetzungsstrecke(本線から先へ続くという意味)で、これらの総称がシュネーベルク鉄道ということになる(下注)。ただし、現在の鉄道事業者NÖSBBは、シュネーベルク鉄道の呼称を登山鉄道に限定しているようだ。

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シュネーベルク鉄道と
接続路線図

*注 後述するウィーン=アスパング鉄道は、シュネーベルク鉄道の運行権を握った後の1900年、自社線から直接プフベルク方面へ接続するゾレナウSollenau~フォイアーヴェルクスアンシュタルト Feuerwerksanstalt 間を開業した。これもシュネーベルク鉄道の一部で、補完線 Ergänzungsstrecke と称したが、1937年に廃止となった。

シュネーベルクに上る最初の鉄道構想も、スイスのリギ鉄道の成功に刺激を受けて出願されたものの一つだ。ただし、その起点は、南部鉄道 Südbahn のゼメリング越えが始まるパイエルバッハ Payerbach に置かれていた。1872年に予備免許が下りたものの、シャーフベルクがそうであったように翌年に発生した経済恐慌のため、失敗に帰してしまった。それから12年後の1885年になって、改めてウィーナー・ノイシュタット駅を起点とする路線計画が動き始める。しかし、資金の目途がつき、最終的に建設の認可を得たのはさらに10年を経た1895年だった。

この年の12月に、まず「本線」が着工され、1897年4月に開通した。本線から少し遅れて1896年に続行線たる登山鉄道の工事も始まり、バウムガルトナー Baumgartner までの部分開通を経て、1897年9月にホッホシュネーベルクまでの全線が開業した。翌年には山上ホテルも完成して、営業体制が整った。しかし鉄道の経営はうまくいかず、早くも1899年に、ウィーンから路線を延ばしてきたウィーン=アスパング鉄道 Eisenbahn Wien-Aspang (EWA, Aspangbahn) に買収され、その路線網に組み込まれてしまった。

1901年には山上駅の近くに、異国で無政府主義者の凶刃に倒れた皇妃エリーザベト(シシー Sisi)を追憶するエリーザベト教会 Elisabethkirche が献堂された。夫の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世は当時70歳を越えていたが、翌年夏に、登山鉄道で教会を訪れている。1937年、今度はアスパング鉄道の経営難により、列車の運行が国鉄(オーストリア連邦鉄道、当時の略称はBBÖ)に引継がれた。しかしそれも束の間、翌38年のドイツによるオーストリア併合を受けて、鉄道は国有化され、ドイツ帝国鉄道 Deutsche Reichsbahn の一部となった。

第二次大戦が終わると、再びオーストリア国鉄 ÖBB の路線に戻り、これが1996年まで続く。1997年に、登山鉄道の列車運行は下オーストリア(ニーダーエースタライヒ) Niederösterreich 州とÖBBの出資で設立された下オーストリア・シュネーベルク鉄道会社 Niederösterreichsche Schneebergbahn GmbH (NÖSBB) に移管された。さらに2011年には同区間の鉄道施設もÖBBから分離され、州が出資する下オーストリア運輸機構会社 Niederösterreichischen Verkehrsorganisationsgesellschaft m.b.H. (NÖVOG) の所有となっている。

軽油焚きの新型車を導入してまで、蒸気機関車による運行にこだわるシャーフベルクと異なり、シュネーベルク「登山」鉄道の主力は、1999年に定期運用を開始したディーゼル動力の列車だ。山麓方から順に、動力車(機関車)、付随車(客車)、制御車(運転台のある客車)の3両固定編成になっている。

何よりも初めて訪れた旅行者の目を奪うのは、濃緑の地に黄色の大きな斑模様を配した奇抜ないでたちだ。もちろんこれは、軍用の迷彩色などではなく、山地に生息するザラマンダー Salamander(サンショウウオ)をイメージしている。蒸機で運行されていた1980年代、山上まで80分を要していたが、ザラマンダーは途中給水が省けることもあって、わずか49分と大幅な時間短縮を果たした。おもしろいことに、ザラマンダー・ベイビー Salamander-baby もいる。荷物を運ぶトレーラーに同じ塗装を施しているのだが、親子連れで走る姿は微笑みを誘う(下記参考サイトも参照)。

Blog_schneebergbahn6
(左)ザラマンダー (右)ザラマンダー・ベイビー

ザラマンダーの写真2点は、2014年9月に現地を訪れた海外鉄道研究会の戸城英勝氏から提供を受けた。ご好意に心より感謝したい。

■参考サイト
親子連れザラマンダーの写真
http://de.wikipedia.org/w/index.php?title=Datei:Salamander-Triebzug_mit_Salamander-Baby_im_Bahnhof_Puchberg.jpg

蒸気機関車は、開通初期からの5両(車番999.01~05)が在籍する(下注)。1974年、増便のためにシャーフベルクから1両が移されてきたが、2007年に古巣に戻った。現役とはいえ110歳を越える蒸機は、夏季の日祝日に1日1往復設定されるノスタルギー・ダンプフツーク Nostalgie Dampfzug(懐古蒸機列車)と、団体予約の臨時列車に従事するのみだ。

*注 機関車はシャーフベルク鉄道と同形だが、線区の最急勾配(シュネーベルク197‰、シャーフベルク255‰)に応じてタンクの傾斜角度を変えているという。

登山鉄道は2012年現在、4月の終わりから11月初めまでの季節運行になっている。日中およそ1時間ごとに出発しているが、利用者が少なければ間引きされるようだ。

■参考サイト
シュネーベルク鉄道(公式サイト) http://www.schneebergbahn.at/
同 時刻表 http://www.schneebergbahn.at/en/fahrplan.html
写真集-シュネーベルク鉄道
http://commons.wikimedia.org/wiki/Category:Schneebergbahn

筆者が現地を訪れたのは1999年8月。あいにく山上は雲の中だったので、大したメモも残っていないが、資料で補足しながら全線をレポートしよう。

Blog_schneebergbahn2
プフベルク駅
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バウムガルトナー停留所
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ブーフテルンを手に
Blog_schneebergbahn5
山上のエリーザベト教会

7時58分ウィーン南駅発のICに乗って、ウィーナー・ノイシュタット Wiener Neustadt 駅に降り立つ。ホームの数がやけに多い駅だが、ホームの時刻表には発着番線が記載されていない。プフベルク Puchberg 行きの列車がどこから出るのかすぐには分からなくても、リュックを背負った人たちの後をついていけば迷うことはない。待っていたのは単行のディーゼルカーで、座席数が少ないため、ほぼ満席の状態で出発した。のどかな田園を抜けて、やがて山中に入る。ちょっとした峠越えのあるグリューンバッハ Grünbach 付近では、パープーとユーモラスな警笛を鳴らしながら、山の中腹を巻いていく。

標高577mのプフベルクに到着したものの、接続するはずだった9時45分発の蒸機列車(下注)の席はすでに売切れで、1時間後の便をあてがわれた。絵はがきを書き、駅前の公園で池の白鳥に餌をやりながら、時間をつぶす。切符に10時42分発とあった列車は、クルマで来た客が多かったためか、40分と45分発の続行運転になった。乗るのはザラマンダーの名のとおり、黄と緑のまだら模様に塗ったディーゼルカーだ。視界の開ける進行方向左側に陣取る。

*注 当時はまだ蒸機列車が、ハイシーズン4~5往復運行されていた。

緑濃い村里は、最初の停留所シュネーベルクデルフル Schneebergdörfl(下注)付近までだ。次第に森に覆われていく中を、列車はぐいぐいと高度を上げていく。次のハウスリッツザッテル Hauslitzsattel で、一つ鞍部を越える(ザッテルは鞍の意)。ここは列車交換が可能だが、ポイントの切替えは集中制御ではなく、列車から無線で操作するのだそうだ。さらにヘングスト山 Hengst の斜面に張りついて上る。ヘングストヒュッテ Hengsthütte(ヒュッテは山小屋の意)と次のテルニッツァーヒュッテ Ternitzerhütte との間が全線の中間で、ここにも信号所がある。まもなく、線路は尾根に築かれた堤を渡る。天気が良ければ、ここからシュネーベルクの本体を眼前に仰ぐことができるはずだ。

*注 2008年にヘングストタール Hengsttal に改称。

山蔭を回った標高1398mのバウムガルトナー Baumgartner で、小休止がある。客はぞろぞろと列車から降りて、駅舎で何やら買い求めている。見倣って妻が買ってきたのは、プルーンジャムの入ったパンだった。後で聞いたところ、これは山小屋の主人が焼くブフテルン Buchteln というお菓子で、登山鉄道の名物として広く知れ渡っているらしい。給水の必要な蒸機はもとより、サラマンダーもこのために数分停車する。

全員車内に戻ったら、改めて山上に向け出発だ。線路はホーエ・マウアー Hohe Mauer(高い石垣)と呼ばれる石積みの堤を助走路にして、シュネーベルクの山腹に取り付く。一段と急になった勾配は最後までほとんど緩まることはない。急斜面を、カーブした2本のトンネルでS字状にしのいでいく。すでに森林限界を越えて、ラックス山 Rax やゼメリング Semmering に及ぶウィーナー・ハウスベルゲのパノラマが開けるところだが、残念なことに視界はまったくきかない。11時25分、終点ホッホシュネーベルクに到着する。風が強くとても寒いので、エリーザベト教会をのぞいた後は、さっさと山の家に避難せざるをえなかった。

なお、筆者たちが訪れた頃はまだ、ホッホシュネーベルク駅が教会の正面にあった。その後2009年に、山の家 Berghaus への引込線を利用して線路が延長され、駅舎も山の家の手前に移設された。かつて吹きさらしだったホームは、天候に影響されないドーム型の乗降施設に一新された。

ちなみに、山上駅で降りると、左手(西側)は上り斜面になっているので、これを上がれば山頂と早合点しそうだ。しかし、これはヴァックスリーゲル Waxriegel という小山で、いわば前座に過ぎない。シュネーベルク山の本尊はその遥か後方に控えている。緩やかな尾根でつながった2つのピークをもち、南側が標高2076mのクロスターヴァッペン Klosterwappen、北側が山小屋フィッシャーヒュッテ Fischerhütte の載る標高2061mのカイザーシュタイン Kaiserstein だ。登山鉄道の駅からほんとうの山頂までは、まだ片道約3kmの山歩きを覚悟しなければならない。

本稿は、Klaus Fader "Zahnradbahnen der Alpen" Franckh-Kosmos Verlag, 1996、参考サイトに挙げたウェブサイト、Wikipediaドイツ語版の記事(Schneebergbahn, Schneebergbahn (Zahnradbahn), Aspangbahn, SKGLB Z, NÖSBB Salamander, Schneeberg (Niederösterreich), Elisabethkirche (Hochschneeberg), I. Wiener Hochquellenwasserleitung)、ドイツ語版に対応する英語版の記事を参照して記述した。

■参考サイト
移設前のホッホシュネーベルク駅とエリーザベト教会(写真)
http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Schneeberg_station_and_church.jpg
移設後のホッホシュネーベルク駅(写真)
http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Schneeberg_5552.jpg
ウィーナー・ノイシュタット駅付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&ll=47.8103,16.2338&z=16
ホッホシュネーベルク駅付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&ll=47.7571,15.8367&z=14
(精細画像はない)
YouTube-Schneebergbahn 2010
http://www.youtube.com/watch?v=e5K88vtSDoI

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