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2012年3月20日 (火)

ドイツの1:200,000地形図ほか

各州が地形図作成に責任を負うドイツでも、1:200,000以下の小縮尺については連邦政府の所管下にある。担当しているのは、内務省に属する連邦地図・測地局 Bundesamt für Kartographie und Geodäsie(略称BKG)という部局だ。ここで1:200,000(略称TÜK200)、1:500,000(同TK500)、1:1,000,000(TK1000)の各地形図、それにDTK250とDTK1000の地図データベースが製作されている。地形図のなかで1:200,000だけ、TKではなくTÜKと略称が異なる。それは「地勢図 Topographische Übersichtskarte」の頭文字を取っているからだが、名称は戦前から存在した。

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1:200,000地形図表紙
(左)ベルリン 1985年ぼかし版
(中)ロストック 1992年暫定版(東部様式)
(右)ライプツィヒ 2011年版(改訂図式)

TÜK200の前身は、19世紀の終わりから第二次大戦にかけて製作されていた「ドイツ帝国地勢図 Topographische Übersichtskarte des Deutschen Reiches」だ。前回紹介した1:100,000帝国図の4面分を1面に収める縮尺なので、名称に、見通しとか概要を意味するユーバージヒトÜbersichtの語が付加されたのだろう。2色(黒、青)または3色刷(黒・青・茶)で、地勢表現には1:100,000のようなケバではなく、20m間隔の等高線を用いた近代的な地形図だった(下図参照)。帝国地勢図は、第一次大戦以前の帝国全土を196面でカバーした。

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1:200,000帝国地勢図 アーヘン Aachen 1901年版
(GeoGREIFのHPより)

第二次大戦後、地形図体系を再編する過程では、まず縮尺の選択が議論の対象になった。というのも、1:200,000は世界的に見れば少数派で、ドイツの戦後処理に関わった連合国(英米仏)をはじめ、西側諸国では1:250,000が一般的なのだ。しかも、米国陸軍地図局AMSは、戦時中からドイツを含む西ヨーロッパ全域の1:250,000地形図(M501シリーズ)を作成しており、これをベースにすれば編集作業も捗るはずだった。試作図も検討されたが、最終的に採用されたのは1:200,000のほうだった。資料(下注)はその理由を、米軍に1:250,000の図式規程を改訂する用意がなかったためとしている。

*注 Hermann Seeger et al. "Geschichte des Instituts für Angewandte Geodäsie" Deutsche Geodätische Kommission, p.211

1950年にフランクフルト Frankfurt am Main に設立されていた応用測地研究所 Institut für Angewandte Geodäsie (IfAG) が、TÜK200をはじめとする小縮尺図を担当した。TÜK200の製作は1958年に着手され、早いものは1963年に、最後まで残っていたベルリン Berlin、ゴスラー Goslar、エアフルト Erfurt 図葉も1973年に完成して、西ドイツ全土をカバーする44面が出揃った。

ただし、バイエルン州との間には一悶着があった。これも上記資料によると、「1961年にバイエルン州から管理協定解除の通告があり、すでに試し刷りもできていた同州5面の作業が中止された。1962年、同州の図葉については、バイエルン州測量局 Bayerisches Landesvermessungsamt が IfAGに編集作業を委託し、刊行は自ら行う形で作業が再開された」。このような経緯で、1998年に両者の間で改めて協定が結ばれるまで、バイエルン州12面だけは表向き、同州測量局の製品として販売されていた(下注)。

*注 後述する東部各州(新連邦州)の図葉作成に際しても、ザクセン州 Sachsen で同じ問題が起こった。当時の一覧図には、ザクセン州2面は同州測量局が刊行すると記されているが、間もなく撤回された。

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バイエルン州1:200,000地形図表紙
(左)ミュンヘン 1978年通常版(ぼかしなし)
(右)ニュルンベルク 1989年通常版(ぼかしあり)
州の紋章が配されている

地図は黄色の表紙をもち、図番の前にローマ数字の200を意味するCCをつけている(例:CC 1510)。図郭はTK100の4面分に当たる経度1度20分×緯度48分の範囲だ。通常版 Normalausgabe は焦茶、黒、青、薄茶、濃緑、淡緑、赤の7色刷だが、これとは別に、地勢のぼかし(陰影)を加えた10色刷のぼかし版 Schummerungsausgabe もあった(下注)。なお1980年代後半に、(旧)通常版は作業版 Arbeitsausgabe に、(旧)ぼかし版が通常版に改称されたため、通常版の仕様が製作年次によって異なるという現象が生じた。

*注 平野部の図葉はぼかしが付けられていない。また、ベルリン図葉のように、東西国境を紫で強調した8色刷(ぼかし版は11色刷)もある。

TÜK200は連邦の機関が製作しているので、全ての図葉で仕様が統一されるはずだ。しかし、ドイツ再統一後、新連邦州となった旧東独地域については、この原則が守られなかった。共産圏の図式に準じ、図郭を連邦式に変更した暫定版 vorläufige Ausgabe (TÜK200 VA) が作られたからだ。暫定版は、1978~88年の旧東独1:200,000地形図(国家版 Ausgabe Staat)をベースにして1992~93年に製作された。オリジナルは黒、青、淡緑、赤(実際はキャロットオレンジに近い)の4色刷だが、分版により7色刷(黒、焦茶、薄茶、青、淡緑、赤、黄)とされた。色が変わった以外、旧東独図と暫定版の間で記載内容の異同はない(下図参照)。

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ブランデンブルク周辺
(上)旧東独 国家版 (下)TÜK200暫定版

この、西部の従来図式と東部の暫定版が並存した時代は意外に長く、10年続いた。この間、1997年8月に応用測地研究所 IfAG は、現名称の連邦地図・測地局 BKG に改称されている。

ようやくTÜK200の改訂図式が適用されたのは、2003年版からだ。従来図式に一部手が加えられた程度だが、見た目はけっこう違う(下図参照)。変更点の第一は、他の縮尺と同様に、市街地の表現を黒抹家屋からベタ塗りに変えたことだ。この時点では色がアンバー(褐色)だったため、図面全体が重苦しかった。しかし、後にサーモンピンクに代わり、他の色も明度が上がって、印象が一変した。第二はぼかし効果の見直しだ。黄色を弱めた(あるいは省いた)せいで、ぼかしが旧版ほどくっきりと目立たなくなった。新版の発売は2004年夏から始まり、暫定版が優先的に置換えられた。現在は全59面が改訂図式になり、地形図の世界でもドイツ再統一が完了している。

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クヴェードリンブルク周辺
(上)旧図式1987年版 (下)改訂図式2010年版

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幻の1:250,000
表紙(見本図)

ところでTÜK200の図式は、前回までに見てきたTK100やTK50のようなアトキス ATKIS 仕様ではない。なぜなら、アトキスは1:200,000のデータを持たず、最も近いのは縮尺が1:250,000(DTK250)だからだ。まるで1950年代の選択結果が仇になったような話だが、データベースの縮尺をあえてそうしたのには理由がある。欧州共通のユーロリージョナルマップ EuroRegionalMap(下注)が1:250,000で設計されており、各国はそれにデータを供給する必要があるのだ。実は、DTK250の紙地図フォーマットも試作され(右図参照)、2006年に公表されたのだが、使われないままになっている。

*注 ユーロリージョナルマップは、欧州各国の測量機関が参加する組織ユーロジオグラフィクス EuroGeographics が開発した、欧州全域をカバーする1:250,000汎用ベクトルマップ。

BKGが製作する地形図には、このほか1:500,000(TK500)と1:1,000,000(TK1000)がある。TK500も、TÜK200と同じく、対応するアトキスデータが存在しないため、従来図式のままだ。オリジナルは図郭の重複がない国際図1404シリーズ World Serie 1404だが、1980年代で廃版となり、それを集成した横98×縦127cmの大判図 Großblatt が4面で全土をカバーした。これは図郭の重複がかなりあったが、用紙サイズを78×102cmに縮小し、図郭の重複を少なくした改訂版が2005年に刊行された。

一方、TK1000は、1面で全土をカバーするので、都市の位置関係や地勢などドイツの地理を概観するのに適した地図だ。アトキス図式に置換えられたことにより、以前のような等高線ではなく、ぼかし(陰影)のみで地勢を表現している。

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(左)1:500,000表紙 東南部 1985年初版
(右)1:1,000,000表紙 2009年版

使用した地形図の著作権表示 (c) Bundesamt für Kartographie und Geodäsie.

■参考サイト
BKG製作地形図のサンプル画像  http://www.bkg.bund.de/
Startseite > Downloads > Regionalkarten

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 スイスの1:200,000地形図ほか
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2012年3月17日 (土)

ドイツの1:100,000地形図

1:100,000地形図(以下、現在の略称であるTK100を用いる)は、これまでに三度、図式の大きな改革を経験してきた。今回はこの図式の変わり目に着目して、都合4期にわたるTK100の進化の過程を振り返ってみたい。

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1:100,000地形図表紙
(左)ケンプテン(アルゴイ) 1984年バイエルン州応急版
(中)カッセル 1999年通常版(黒抹家屋なし)
(右)ズール 2010年アトキス版(新図式)

TK100の直接のルーツをたどると、19世紀前半、プロイセン王国が初期測量事業 Preußische Uraufnahme の成果をもとに編集した手彩色の地図群に行き当たる。ブラシのような微細な短線を並べるケバ式の地勢表現、分類された道路網、森林や庭園を示す緑の塗りなど、地形図の主な要素はすでにここで盛り込まれている。第1期というべきこの時代、地図は純粋に軍事作戦を立案し、遂行するためのもので、軍用機密として扱われていた。

プロイセンではその後、1860年代に改測事業が開始された。ここからが第2期に当たる。この事業は、ドイツ統一後の1878年に同盟諸邦間で結ばれた協定によって、帝国全土に拡張された(下注)。TK100は民間にも公開されていき、戦前の地形図体系における代表的なシリーズとなる。「ドイツ帝国図 Karte des Deutschen Reiches」が正式名称だったが、人々はもっぱら出処を意識して「参謀本部地図 Generalstabskarte」と呼んでいた。

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1:100,000ドイツ帝国図
ドレスデン 3色刷 1919年版

複製頒布を前提として、図式は銅版1色刷りに適したスタイルに改められた。地勢の表現は依然としてケバ式を用いるが、より精緻化されている。後年の3色刷(右図参照)では50m間隔の等高線も付加されたとはいえ、あくまで補助手段の扱いで、主体がケバであることに変わりはなかった。第2期の地図は、2度の大戦を通じて現役を務めたが、ドイツの東西分割により、状況は一変した。

*注 地形図の系譜の概略は、本ブログ「ドイツの地形図概説 I-略史」参照

西ドイツでは、戦後復興期の旺盛な需要に応じる形で、地形図体系の再編が実施され、TK100もその対象となった。第3期の始まりだ。変更点の第一は、図郭が見直されたことだ。旧図は、1面で経度30分×緯度15分のエリアを描いている。しかし、サイズは小ぶりで、別途、4面を貼り合せた大判図 Großblatt が作られていたほどだった。また、緯度の区割りがTK25と合致せず、番号体系も連番方式のままになっていた。

それに対して再編後は、各縮尺の図郭の区割りが揃えられ、TK100の1面は経度40分×緯度24分に拡大された。また、番号体系も各縮尺で共通化された。TK100の場合、図郭の左下に相当するTK25の図番の前に、ローマ数字で100を意味するCをつけて(例えばC 1114のように)区別することになった。変更点の第二は、地勢表現が等高線に置き換えられたことだ。ケバでは土地の高度が表現できない。TK25やTÜK200ではとうに等高線方式が採用されており、変更は必然だった。

しかし、その他の地図記号はおおむね新図式でも踏襲されたので、TK25との相違は解消されなかった。例を挙げると、鉄道の記号は、TK100が棒を白黒に塗り分けた旗竿状であるのに対して、TK25は中の黒塗りがない。教会の記号は、TK100では十字が正立しているのに対して、TK25は横向きになっている(下図参照)。

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TK25とTK100の教会と鉄道に関する地図記号

もちろんこれには相応の理由がある。TK100の鉄道記号は1色刷の時代に、中を黒く塗ることで濃いケバの中でも目立つようにしたのだろう。また、教会は通常、西を正面にして(東西方向に長く)建てられる。TK25のような大きな建物の実体が描ける縮尺では、記号もそれに見合った形状にし、TK100のように建物の位置を示すことしかできない縮尺では、象徴的な形にとどめたのだと思われる。とはいえ、利用者に対する親和性の点で、図式の不整合は課題を残した。

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(上)通常版
(下)TK50 50%縮小の応急版
1:100,000 ヴァイルハイム
Weilheim i. OB
(バイエルン州測量局
地図リーフレット1990年版より)

連邦が製作を支援したTK50に比べて、TK100の刊行は遅々として進まなかった。初版が1950年代のものがあるかと思えば、1970年代まで下るものも見つかる。それどころか、バイエルン州はついに、正式なTK100を完成させることはなかった。すなわち、同州の担当地域43面(当時)のうち、図式規程どおりに製作されたのはミュンヘン München とニュルンベルク Nürnberg 周辺の計8面に過ぎない(下注)。残りはすべてTK50を50%縮小し、文字サイズだけ拡大した応急版 Behelfsausgabe だったのだ(右図参照)。この縮小率では、拡大鏡の助けを借りないと、地図記号はほとんど読取れない。

*注 ミュンヘンとニュルンベルクについては、TK100の正式図を大判用紙に集成した「都市周辺図 Umbebungkarte」も製作された。

1980年代に入ると、市街地の総描を、黒抹家屋ではなく塗りの色だけで表現する異版が登場した。中心市街地を赤、周辺市街地をピンク、商工業地をグレーの、それぞれ塗りだけで表すもので、後の図式(アトキス新図式)の試作と目されていた。ヘッセン州は1985年以降、TK100をこの改訂図式に切替えていった。それ以外しばらく追随の動きはなかったが、バイエルン州が2010年から、この図式による刊行に踏み切っている(下図参照)。

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1:100,000黒抹家屋なし版
(左2点)ヴュルツブルク Würzburg (右下)シュリュヒテルン Schlüchtern
(バイエルン州測量局HPより)

一方、東ドイツでは、他の縮尺と同様、東欧共産圏(ワルシャワ条約機構加盟国)共通の基準で製作された1:100,000が全土をカバーしていた。これは、縮尺間で図式の整合性が保たれているだけでなく、図式が国を越えて共通化されていたのだ。1990年のドイツ再統一以降は、新連邦州(旧東独地域)でも連邦式のTK100が刊行されていったが、図郭が変わっただけで旧東独の図式が準用されていたのは、他の縮尺と同じだ。オリジナルは地勢を等高線だけで表しているが、テューリンゲンやザクセン州では第2版から、これにぼかし(陰影)を加えることで、視覚面で改良を施した。

最後の第4期は、デジタル図化に対応した新図式の登場で幕を開ける。TK100の各要素はデジタルデータ(DTK100と呼ぶ)に分解され、地図情報データベース、アトキス ATKIS によって管理されるようになった。TK50の項でも紹介したように、図式の特徴は、土地利用を色の塗りで表現すること、地勢のぼかし(陰影)を排したこと、民軍共用版 Zivil-Militärische-Ausgabe(M649シリーズ)としてUTMグリッドを付加したことなどだ。ぼかしの消えた概観図というだけでも魅力に欠けるが、それ以上に、図面を覆う1cm間隔の方眼線(1kmグリッド)が、網越しに風景を見ているようで、相当に目障りなものとなった。

各州におけるアトキス図式への切替状況(下表参照)を見ると、TK25からTK50、TK100と縮尺が小さくなるに従い、旧図式(第3期の図式)の残存率が少しずつ増していくのがわかるだろう。バイエルン州は結局、応急版の置換えに際し、アトキス図式を全面的に取入れるという選択をしなかった。現状を見る限り、この縮尺ではアトキス図式があまり好まれていないようだ。

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官製地形図 図式変更の現状

使用した地形図の著作権表示 (c) Landesamt für Vermessung und Geoinformation Bayern.

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2012年3月10日 (土)

ドイツの1:50,000地形図

縮尺1:25,000の「メスティッシュブラット Meßtischblatt(平板測量図)」、同1:100,000の「ゲネラールシュタープスカルテ Generalstabskarte(参謀本部地図)」と、ドイツの地形図シリーズには戦前からの通称がある。ところが1:50,000、略称TK50はそれを持たない。なぜだろうか。

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1:50,000地形図表紙
(左)ドルトムント 1989年通常版(旧図式)
(中)ベルリン中央部 1998年通常版(東部様式)
(右)バート・ライヘンハル 2008年アトキス版(新図式)

わが国の1:50,000の場合、一部の離島を除いて全国整備を完了したのは1924(大正13)年だ。以来、2008年に更新が終了するまで、戦前戦後の80年以上にわたって国民に親しまれた歴史がある。しかし、ドイツのそれは事情が違う。19世紀から百数十年も使い込まれてきた上記2種に比べて、TK50は戦後生まれの新参者なのだ(下注1)。おそらくそれが通称が与えられなかった主な理由だろう。

ただし、資料(下注2)によると、第一次大戦よりも前から1:50,000製作の計画はあり、1925年には帝国測量庁 Reichsamt für Landesaufnahme が実際に作業に着手していた。しかし、この「ドイツ地図 Deutschen Karte 1:50.000」は財政上の理由で刊行中止となり、残されていた原版も第二次大戦中に失われてしまったという。

*注1 なお、縮尺1:50,000で作成された地図は19世紀にも存在した。たとえば、ヘッセン選帝侯国地図 Karte vom Kurfürstentum Hessen(1840~1858)、バイエルン王国地形図集成 Topographischer Atlas vom Königreich Bayern(1812~1867)など。しかし、現代のTK50と直接のつながりがあるわけではない。
*注2 Landesvermessungsamt Schleswig-Holstein "Topographischer Atlas Schleswig-Holstein/Hamburg", Karl Wachholtz Verlag, 1979, p.210

その敗戦の荒廃から西ドイツが急速に復興を遂げ、「経済の奇跡 Wirtschaftswunder」と形容された1950年代になって、TK50の刊行計画は再浮上した。時あたかも国土開発に関する法的整備が進められており、それに合わせて地形図の需要も高まっていたのだ。すべて完成させるのに20年かかるという見積りに対して、連邦が州に資金面で援助することで、計画の具体化が急がれた。手元の刊行図では、ノルトライン・ヴェストファーレン州のドルトムント Dortmund からデュースブルク Duisburg にかけての図葉が1952年初版とあり、最初期のものになる。1955年に図式規程 Musterblatt が発表されてから、各州で製作が本格化し、1965年までに558面の全図葉が出揃うことになった。

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各縮尺の図郭の関係

ここでTK50の基本概要を記しておこう。表紙の色は、緑のTK25、赤のTK100に対して、TK50は青色をまとう。図郭は、TK25の4面分に相当する経度20分、緯度12分となる。1999年の一覧図によると779面で全土をカバーしている。図番は、図郭の左下のTK25の図番を用い、前にローマ数字で50を意味するLの文字が付されて、L 4510のように表示される(右図参照)。

デジタル化以前に適用されていた旧図式は、TK100(1:100,000)の拡大版といったイメージだった。しかし、TK100と比較すると地形や地物が細部までよく描かれていたし、地勢を表わすぼかし(陰影)が入ったものは一段と見栄えがよかった。それで、筆者にとっては、イギリスにおける1インチ地図(後に1:50,000に変更)のように、TK50がドイツの地形図の代表的存在だった。

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上半分がぼかし版、下半分が(旧)通常版
1:50,000 ダウンDaun
(ラインラント・プファルツ州測量局地図目録1991年版より)

旧図式の最終版は黒、青、赤茶、濃緑、淡緑、黄、灰、赤の8色刷りだ。基本はTK25と同じ4色(黒、青、茶、淡緑)なのだが、多くの州では、植生を線描(濃緑)と塗り(淡緑)に分けた5色刷が標準とされた。さらに後年、ぼかしのために黄と灰を加え、道路区分の塗りにも黄と赤(下注)が使われて、文字通りの多色刷となった。

*注 主要道路 Fernverkehr の塗りは見た目には橙色だが、これは黄と赤を混色したもの。

旧図式を美しく見せているポイントはやはり、ぼかしの効果だろう。灰色で影を作るだけでなく、光の当たる部分に黄色を置くことで、地形の起伏をより強調している(右上図参照)。これは北部の低地を除く図葉に一律に適用されているが、1980年代までぼかし入りはいわば特別仕様で、通常版 Normalausgabe に対してぼかし版 Schummerungsausgabe などと呼ばれて区別されていた。

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旅行情報の凡例の一部
(図式規程より)

また、単にぼかしを加えるだけでなく、ハイキングやサイクリングのルートなど旅行情報を表示する場合も多かった。書込みのために色を制限する作業用地図に対して、レジャー向けは色をフルに活用するという方針だったのだろう。今も各州測量機関からさまざまなデザインの旅行地図が刊行されている(下注)が、そのルーツは、TK50のこのハイキングルート加刷版 Ausgabe mit Wanderwegen だ。ちなみに、自由なデザインのように見えるこうしたルート表示や駐車場、宿泊施設などの地図記号も、実は図式規程の補遺に統一基準として定められたものだった(右図参照)。

*注 官製旅行地図については、本ブログ「ドイツの旅行地図-ライン渓谷を例に」参照

1990年のドイツ再統一以降、新連邦州(旧東独)でもTK50が作成されることになった。東独時代にも1:50,000は整備されていたので、TK25と同じように、これをベースに、図郭を連邦式に変更して刊行されていった。多くはぼかしを加えない6色刷(黒、青、赤茶、緑、赤、黄)だったが、エルツ山地を擁するザクセン州の図葉だけは、旧西独風にぼかしを加えてあり、ちょうど前回紹介したバイエルン州の新しいTK25に似た美しい仕上がりを見せていた。

ちょうどその1990年に地図情報データベース、アトキス ATKIS が始動したが、そこで用いられた新図式によって、TK50の地図デザインは一変した。前回も使った新図式への切替え状況を下に掲げる。東独様式をひきずる暫定版だった新連邦州はすでに切替えを完了しているが、旧西独の州では2012年現在、切替えが進行中、あるいは旧図式のままというところがある。

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官製地形図 図式変更の現状

図式の特徴は前回TK25の項でも記したが、TK25に補助的に適用された市街地における黒抹家屋の付加は、工場や大規模建物を除いて、TK50では行われていない。市街地はピンクの色面で広がりがわかるだけだ。また、ぼかしが全面的に省かれ、地勢表現は等高線のみとなったため、立体感が失われた。表示の転移を伴うためか、道路や鉄道の築堤、切通しもほとんど描かれていない。このため、土地の形状を直感するすべがなくなった。塗りに使用された色は柔らかいトーンで統一されていて、全体から受ける印象は決して悪くないが、画面表示を前提にした図式は、精緻に描き込まれた旧図式とは、見た目にかなりの違いがある。

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1:50,000アトキス版
(上2点)ミュンヘン (左下)ファルFall (右下)アウクスブルク
(バイエルン州測量局HPより)

民生用と軍用を分けない民軍共用版 Zivil-Militärische-Ausgabe とされたのも、アトキス新図式の特色の一つだろう。図面にUTMグリッドが付加され、凡例は独、英、仏の3か国語併記となった。実用性の改良は歓迎すべきことだが、黒いグリッドのせいで図面がいささか見にくくなったのも事実だ。もっとも、シュレースヴィヒ・ホルシュタイン州やザールラント州は旧図式の初版からこの方式のM745シリーズを市販していたし、新図式に切替えていない各州もこの要件だけは整えている。

筆者がつねづね称賛していたドイツの地形図TK50は、近年、このように劇的な変貌を遂げた。ドイツに限らず各国で、地図の利用法の変化に対応した刷新がこのところ着々と進行している。しかし、図法の開発にあたっては、プリントした場合に人間の目でどう認識されるか、というアナログの視座も忘れないでもらいたいものだ。地形や市街の密度が読み取りにくくなるようでは、せっかくの改良の意義が薄れてしまう。旧図式の時代に言及するのは、単なる懐古の情からだけではないのだ。

使用した地形図の著作権表示 (c) Landesamt für Vermessung und Geobasisinformation Rheinland-Pfalz . (c) Landesamt für Vermessung und Geoinformation Bayern.

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2012年3月 1日 (木)

ドイツの1:25,000地形図

前回までの概説を踏まえて、これからドイツの地形図の特色を縮尺別に見ていきたい。デジタル地形図データベース「公式地形・地図情報システム Amtlichen Topografisch-Kartografischen Informationssystem(アトキス ATKIS)」にはさまざまな縮尺の地図データが管理されているが、全土をカバーするものでは1:25,000が最大だ。今回はこれをテーマに取り上げよう。

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1:25,000地形図表紙
(左)ツークシュピッツェ 1972年森林域加刷版
(中)リューベック 1995年通常版
(右)ガルミッシュ・パルテンキルヘン 2007年アトキス新図式版

紙地図なら緑の表紙の1:25,000地形図は、通常TK25という略号で呼ばれる。TKはトポグラフィッシェ・カルテ Topographische Karte(地形図)の頭文字、25はもちろん25,000のことだ。すでに多くの州でデジタル図化版に切り替わっており、それらは正確にはデジタルの頭文字を加えてDTK25とすべきだが、紙地図の場合、ひとまとめにTK25ということが多いようだ。

その歴史については、本ブログ「ドイツの地形図概説 I-略史」でも紹介したが、各期の特徴とともにもう一度まとめておこう。TK25のルーツは19世紀前半に実施されたプロイセン王国の地形測量(初期平板測量図 Urmeßtischblatt)に遡る。経度10分、緯度6分で区切る現在の図郭は、このときに確立されたものだ。

■参考サイト
1:25,000彩色平板測量図の画像
ベルリン北部 Berllin Nord
http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Urmesstischblatt_3446_(Berlin_Nord)_um_1840.jpg

ドイツ統一後、1876年に改めて測量事業が開始され、1931年までに、改測を含めて整備を完了した(下注)。当時の測量方式は地上で平板(ドイツ語でメスティッシュ Meßtisch)を用いるものだったので、地図に対して「メスティッシュブラット Meßtischblatt(平板測量図)」という呼称が広まった。まだ紙地図にデジタル図化版を採用していない州では、今なお、この19世紀以来の伝統を保つ旧図式が使われている。

*注 なお、バイエルン州地図目録(1990年版)によれば、同州域全558面が完成したのは、もっと後の1960年で、製作には空中写真も併用されたとしている。

当初は黒1色で刷られていたが、1920年代には等高線を赤茶色に、水部を青色に分版して3色化したものが、さらに第二次大戦後の1950年代から、森林を緑でベタ塗りした4色刷のものが登場した。通常版 Normalausgabe(略号TK25N)に対し、後者は森林域加刷版 Normalausgabe mit Waldflächen(略号TK25NW)と呼ばれていた。その異版として、庭園や植生記号も分版して緑色を当てた図葉もある(下注)。1色刷に比べればずいぶん見栄えが改良されたが、初めから多色刷を前提に設計されたTK50(1:50,000)などと比べると、まだ十分とは言えなかった。

■参考サイト
1:25,000平板測量図の画像
ボン Bonn 1906年追補版
http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Bonn1906.jpg
ドレスデン Dresden 1904年版(ザクセン王国による刊行図)
http://de.wikipedia.org/wiki/Datei:Messtischblatt_Dresden_1904.jpg
シュヴィーブス Schwiebus、現ポーランド シフィエボジン Świebodzin 1933年修正版
http://de.wikipedia.org/wiki/Datei:Messtischblatt_nr_3759_(Schwiebus)_z_1933.jpg

Blog_germany_25k_legend
旧図式の凡例(鉄道と道路)

*注 かつてはこのほか、1色刷の作業用(TK25E)、ハイキングルート加刷版(TK25W、バイエルン州など)といった各種のバリエーションがあった。現在残っている旧図式の地形図では、緑を加えた4色刷が通常版 Normalausgabe と呼ばれている。

ちなみに、TK25に対して筆者が違和感をいだいていたのは、鉄道の記号だ。ドイツのそれは、わが国の地形図が影響を受けたこともあって、棒を白黒に塗り分けた旗竿式のイメージが強い。だが、実はこれは1:100,000帝国図で用いられた様式だ。TK25のほうは、旗竿の中の黒塗りがなく、梯子のようなデザインになっている(右写真の上)。複線の場合、梯子の横木を二重にして表し、狭軌線は、横木の間隔を2倍に延ばす。しかし、このデザインは旗竿に比べて、線描主体の図中ではあまり目立たないのだ。後発の帝国図は地勢表現がケバ式であることもあって、設計者は視認性を高めようと隙間を黒塗りにしたのだろう。ただ、駅構内や操車場など線路が何本も並ぶ区間は、帝国図やその流れを汲むTK50の図式でも、梯子式を使っている。

それはさておき、ドイツが東西に分割されていた冷戦時代、西側の市民が、東側の作成した地形図を目にする機会はまずなかった。しかし、そのような状況下でも、東側の地形をつぶさに知ることは難しくなかった。連邦の測量局である応用測地研究所 Institut für Angewandte Geodäsie (IfAG)(現 連邦地図・測地局 BKG)が、第二次大戦以前に作成された地形図を複製・頒布していたからだ。

対象範囲は、共産圏に取り込まれた第一次大戦以前の領土全域とされたので、東ドイツのみならず、ポーランドやソ連領となった旧 東プロイセン Ostpreußen にまで及んだ。もちろんその中で最大縮尺であり、等高線の入った唯一の地図がTK25だった。東欧民主化に伴って各国で地形図の公開が進んだことで旧図が持つ貴重性は薄れたが、現在でも頒布サービスは継続されている(下注)。

*注 ドイツ領内の旧図は各州の測量機関が、東部の旧領土についてはBKGが頒布している。

Blog_germany_messtischblatt2
1:25,000 ケーニヒスベルク(現ロシア領カリーニングラード)東部
1937年追補版

その東ドイツでは、東欧共産圏(ワルシャワ条約機構加盟国)で共通の図郭・図式で地形図が製作されていた。1990年の再統一後、図郭はもとに戻され、西側と接合されたが、図式については、共産圏時代のものがおおむね引継がれた。そのため、地名の書体や記号デザインだけでなく、等高線の計曲線が25m刻み(TK25は20mまたは50m)というように、西側のTK25とは大きく異なっていた。ただ、主要道路を示す赤茶色の塗りを省き、居住地の範囲を示す塗りも黒のアミに変えるなど、細部ではTK25の図式との整合が取られたようすも窺える。

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旧図式(東部様式)の凡例(鉄道、道路、植生)

新連邦州(旧東独地域)ではこれが通常版とされていたが、それもアトキスによる新図式に切り替わるまでのつなぎで、実質的に暫定版だったといってよい。冒頭で紹介したアトキスの出力イメージを使用した新たなTK25の準備は、1990年代からすでに着手されていたからだ。ブランデンブルク州の場合、旧図式の更新は2001年が最後で、同じ年に新図式での刊行が始まっている。

それでは、現在の州別の状況はどうなっているのだろうか。下表にまとめてみた。北部のシュレースヴィヒ・ホルシュタイン州(ハンブルク州域を含む)と南西部のバーデン・ヴュルテンベルク州以外は、新図式に切替えられた。TK50やTK100 に比べてもTK25の切替え率は高く、古い図版から早期の移行が求められていたことが読み取れる。

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官製地形図 図式変更の現状

新旧図式には決定的な違いがある。旧図式は、銅版に彫ることを前提にして、線ですべてを表現する。たとえば密集市街地でも、斜線を用い、決して塗りつぶすことはない。それに対して新図式は、土地利用景のような面的な広がりを色面で表現している。森林や耕作地はもとより、居住地や工場地域も塗りの色で区別し、黒抹家屋のような総描方法は用いない。

これはデジタル地図では一般的な表現方法なのだが、1:25,000のような大きめの縮尺で印刷物にすると、甚だ締まりのない図になってしまう。実際にこのイメージを使ったヘッセン州やテューリンゲン州(下注)のTK25を、細部まで描き込んでいた旧図式と並べると、前者はまるでラフスケッチだ。さすがに作成側もこの落差に気づいていたのだろう。多くの州では、居住地の塗りの上に黒抹家屋を重ねる措置を施している(下図参照)。確かにこうでもしなければ、見る側も落ち着かない。

*注 テューリンゲン州も、2010年以降に刊行されたTK25は黒抹家屋を加えたものになっている。

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1:25,000 オスナブリュック アトキス新図式版
(ニーダーザクセン州測量局HPより)

TK25には、さらなる発展形も出現している。バイエルン州では2007年以降、新図式のTK25に地勢を表すぼかし(陰影)が入った(下図参照)。コンピュータグラフィックと多色化で格段に明瞭性を増した図面に、今度は立体感が加わったわけだ。地形図のデジタル化では、機能性を重んじるあまり、デザイン面の配慮が不足しがちだが、バイエルンのTK25はそうした懸念を払拭する出来栄えだ。特に南部バイエルンアルプス一帯の図葉は、陰影に富んだ美しい仕上がりで、観賞にも耐える。

Blog_germany_25katkis_sample2
バイエルン州1:25,000 (上)パッサウ (下)ガルミッシュ・パルテンキルヘン
(バイエルン州測量局HPより)

同州ではそれとは別に、ぼかしは掛けないが、図郭を拡大して旅行情報を付加したATK25と称する新シリーズも、州全域で展開の予定だ。TK50(1:50,000)が魅力の乏しい図面に変質(次回詳述)する一方で、今後はTK25が、ドイツの地形図体系の主役を担っていくのかもしれない。

使用した地形図の著作権表示 (c) Bundesamt für Kartographie und Geodäsie. (c) Landesamt für Geoinformation und Landentwicklung Niedersachsen. (c) Landesamt für Vermessung und Geoinformation Bayern.

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