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2011年12月29日 (木)

ロッセタール鉄道-6線軌条を行くトラム

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新しいロッセタール鉄道
(トラム4系統)の終点
ヘッシシュ・リヒテナウ・ビュルガーハウス

前回、大砲鉄道のルート後半を紹介した際に、ヴァルトカッペル Waldkappel でカッセル Kassel 方面の路線が接続していたことを記した。ヴァルトカッペル鉄道 Waldkappeler Bahn(下注)と略称されるこの路線は、東西幹線に位置付けられた大砲鉄道の支線として建設されたものだ。しかし、実際の貨客の動きは、本線たる大砲鉄道の西行き以上に、支線のほうに向いていた。エシュヴェーゲ Eschwege 周辺から地域の中心都市カッセルへの最短経路を構成していたからだ。

*注 開通当時の正式名称は、カッセル=ヴァルトカッペル鉄道 Cassel-Waldkappeler Eisenbahn (略称 CWE。なお、カッセルの公式地名表記は1926年まで Casselだった)。後年には、カッセル=ヴァルトカッペル線 Bahnstrecke Kassel-Waldkappel と呼ばれた。

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時を経て旅客列車はいったん全廃されたものの、今世紀に入り、路線の一部がカッセル市内に直結するトラムのルートに組入れられて、みごとに復活を果たしている。名称も、ロッセ川の谷を遡ることからロッセタール鉄道 Lossetalbahn と改められた。再生されたLRT線には、鉄道線をはずれて町の中心部に寄り道したり、貨物列車と共存するためにユニークな6線軌条(レール)を通るなど、興味をそそる仕掛けが含まれている。今回は本線から少しそれて、この鉄道を追ってみたい。

まずは、ヴァルトカッペル鉄道としての歴史から。

鉄道が誕生したのは、大砲鉄道本線に遅れること数か月、1879年12月のことだ。このときはヴァルトカッペルから、カッセル市街の川向うにあるベッテンハウゼン Bettenhausen までだったが、翌1880年3月にはそのフルダ川 Fulda を越えてマイン=ヴェーザー鉄道 Main-Weser-Bahn に接続し、ヴァルトカッペル~カッセル中央駅 Hauptbahnhof Kassel 間49.6km(下注)の全線が開通した。市街の3km南を大回りしていたこの鉄道線に対して、1884年には市街とベッテンハウゼン鉄道駅を結ぶ馬車軌道が通じて、中心街への便が一段と向上した。軌道は1898年に電化され、現在もトラム4系統と8系統が走っている。

*注 ヴァルトカッペル駅東側の大砲鉄道との分岐点まで含めると49.86 km。ウィキペディア(ドイツ語版)はこの数値を採用している。

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ヴァルトカッペル鉄道 全体図

一方、ベッテンハウゼン駅周辺では広い土地を求めて工場が進出し、近郊の工業地帯として発展した。1870年代から第一次大戦にかけて好景気に沸いた時期には、列車が沿線の村々から工場に通勤する労働者で溢れかえったという。また、鉄道沿線に褐炭や粘土の採掘場があり、産品が途中駅のヴァールブルク Walburg で分岐する支線を経由して盛んに運ばれた。

しかし第二次大戦後、道路交通が発達するにつれてバスや自家用車に客を奪われ、旅客列車の運行本数は削減されていった。その結果、1976年、当時のDB(ドイツ連邦鉄道)が出した合理化計画で、不採算路線として廃止対象に挙げられ、ついに1985年5月31日をもってすべての旅客列車が廃止となった。ヴァルトカッペル~ヴァールブルク間の線路は撤去され、一部、道路用地に転用されてしまった個所もある。ヴァールブルクからカッセル方面へは褐炭を運ぶ貨物列車がまだ残っていたが、これも2002年末で廃止された。その結果、貨物の運行は、パピーアファブリーク Papierfabrik(下注)以西に縮小された。

*注 パピーアファブリークはベッテンハウゼンの一つ東の駅。駅名は製紙工場を意味するが、地名として定着している。

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ロッセタール鉄道 全体図

このようにして時代に見放されたヴァルトカッペル鉄道に、第2幕が用意されていると誰が想像しただろうか。新たな動きの背景には、1992年に同じドイツのカールスルーエ Karlsruhe で、トラムが国鉄線を走るという運行方式が実用化され、世間の注目を集めたことが挙げられる。市内軌道を走るトラムを国鉄線に乗入れさせると、線路を新設することなく容易に郊外へ路線網を拡張することができるようになる。さらに目的地で国鉄線から離れて路面に戻れば、遠く離れた2つの市街地を乗換えなしに結ぶことができる。

カッセルは、カールスルーエ・モデルと呼ばれるこの方式を早くに採用して、市内と郊外を直結する路線網の充実に努めた。1995年に南東部のバウナタール Baunatal(下注1)で休止線への乗入れを開始したのに始まり、1996年に今度は東部への延伸計画が発表された。これがパピーアファブリークでヴァルトカッペル鉄道に乗入れて、ヘッシシュ・リヒテナウ Hessisch Lichtenau(以下リヒテナウという。下注2)まで行くという22kmの路線案だった。

*注1 本ブログ「ナウムブルク鉄道-トラムと保存蒸機の共存」で詳述。トラムがナウムブルク鉄道 Naumburger Bahn に3.3kmだけ乗り入れている。
*注2 ヘッシシュ・リヒテナウはヘッセン(州)のリヒテナウの意。リヒテナウという地名はドイツ各地にあるため区別したもの。

トラム路線としてのロッセタール鉄道の開通は、2001年6月にパピーアファブリークからヘルザ Helsa のイム・シュタインホーフ Im Steinhof までの区間が先行した。暫定の終点イム・シュタインホーフには折返し用のループが設けられた。2006年1月に残るリヒテナウまでの区間が開通して、事業は完成した。リヒテナウの終端も大きなループになっている。なお、パピーアファブリーク~リヒテナウ間では、線路の所有権も、DBからカッセル地方鉄道 Regional Bahn Kassel (RBK) に移管された。

さて、ここでようやく、冒頭で触れた「興味をそそる仕掛け」を説明する段まで来た。仕掛けの一つ、軌道が鉄道線から別れて市内に寄り道する区間は、カウフンゲン Kaufungen とリヒテナウにある。どちらも鉄道駅が町はずれに位置しており、停留所を市街地により近づける目的で造られた。お手本となったカールスルーエ周辺でも、ヴェルト Wörth (Rhein) やバート・ヴィルトバート Bad Wildbad、ハイルブロン Heilbronn で見られるとおりだ。

カウフンゲンで寄り道するのは、停留所でいうと、ニーダーカウフンゲン駅 Niederkaufungen Bahnhof(下注)とオーバーカウフンゲン駅 Oberkaufungen Bahnhof の間だ。左下図のとおり、鉄道線を離れて南側にうねるように迂回している。これで、従来の鉄道駅から距離がある一貫教育学校やスポーツ公園の近くに、最寄りの停留所を設置することが可能になった。

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カウフンゲン付近

リヒテナウのそれは、イム・タール Im Tal の手前にある分岐点から始まるが、もう鉄道線には戻らない。道路に寄り添いながら鉄道線のガードをくぐり、旧市街のすぐ西に置かれたシュタットミッテ Stadtmitte 停留所(市中央の意)を経て、終点ビュルガーハウス Bürgerhaus(市会議事堂)のループに到達する。

*注 停留所名にバーンホーフ Bahnhof(駅の意)とあるのは、旧ヴァルトカッペル鉄道の駅であることを示す。

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ヘッシシュ・リヒテナウ付近

もう一つの仕掛けは、駅部に見られる複雑なレール配置だ。駅のホームに挟まれて、6本のレールが所狭しと並ぶ写真を初めて目にすると、誰しも驚くだろう。

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ニーダーカウフンゲン中央停留所の6線軌条

これはガントレットの一種で、車両限界の違う貨物列車とトラムに線路を共有させるための工夫だ。すなわち、プラットホームのへりをトラムに合わせると、貨物列車が接触してしまうし、かといって貨物列車に合わせると、乗降の際にホームと車両ドアの間に隙間が生じる。そこで、ホームがある部分だけ、貨物とトラムの走行線路を分離しようとしたのだ。

上述のバウナタールにおける先行事例では、トラム乗降のために特別な張出しホームを設けていた。しかし、鉄道車両の建築限界をはみ出した設備のため、通過列車の速度を時速20kmに制限して安全を図っている。バウナタールでは月に一度、保存列車が走る程度なので、このような措置も許容範囲だったが、貨物列車がまだ定期運行していたロッセタールではとうてい現実的ではない。そこで、バウナタールでも試みられた、両者の通る軌条を分離する方式が大規模に採用されることになったのだ。

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軌条(レール)配置模式図

上の模式図でもう少し説明しよう。線路が2本(1対)以上ある駅では、オーバーカウフンゲン駅のように貨物線 freight route を別にする(図1段目)か、あるいは、ニーダーカウフンゲン駅のように片方の線路の4線化で済ませている(図2段目)。後者では、貨物列車どうしの交換はできない。

一方、1本だけのいわゆる棒線駅では、両側にトラム用のホームを設けるために、中央の線路を貨物用とし、左右に少しずらしてトラム用の線路を設置した(図3段目)。片運転台・片扉タイプのトラムを走行させるには、こうした複雑な配置にせざるを得ない。世界的にも珍しいこの6線軌条は、ニーダーカウフンゲン中央 Niederkaufungen Mitte、ヴァルトホーフ Waldhof、整形外科病院 Orthopädische Klinik の3停留所で見られる。さらに、ドイツ赤十字病院 DRK-Klinik 停留所ではホームが千鳥状に配置されているため、ホームの前は各4線で、間にある踏切は6線という変則形になっている(図4段目、下の現地写真も参照)。

新路線には、先述の馬車軌道の後身であるトラム4系統が乗入れた。4系統は、市域南西部のマッテンベルク Mattenberg から、ICEが停車するヴィルヘルムスヘーエ駅 Bahnhof Wilhelmshöhe、中心市街の国王広場 Königsplatz を経由してやってくる。それとともに全線開通時には、アルストーム社製ディーゼル・ハイブリッド車両を使ったレギオトラム Regiotram が、朝夕3往復設定された。RT2系統とされたこの列車は、ディーゼル動力に切替えてカウフンゲンの非電化貨物線(旧ヴァルトカッペル鉄道)を通り、所要時間を短縮するというのが歌い文句だった。しかし、わずか3分の節約と少ない本数では定着せず、1年と数か月で姿を消した。

現行ダイヤは、各停の4系統に統一されている。平日の日中、市街からヘルザまでは1時間当たり4本走っているが、その先、終点リヒテナウまで行くのは1時間に2本、さらに土曜休日には本数が半減する。とはいえ、列車時代末期に1日7往復しかなかった(下注)ことを思えば、ずいぶん高頻度に運転されている。所要時間も、リヒテナウ~カッセル間では列車時代と遜色ない50分前後に収まる。中心街直結の効果も手伝って、停車駅が増えたハンディキャップを十分吸収しているといえるのではないだろうか。

その一方で、定期貨物列車の運行が再開される見込みはなさそうだ。6線軌条をはじめとする高価な施設は貨物と共存させるために整備したのだが、こちらは早くも無用の長物となりつつある。

*注 1984~1985年冬期時刻表による。7往復の旅客列車はすべてエシュヴェーゲ~ヴァルトカッペル~カッセル中央駅を通しで運行しており、硬直した地方線ダイヤだった。

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カッセルの新しい表玄関ヴィルヘルムスヘーエの市内交通ターミナル
DB駅前の大屋根の下にトラムとバスが発着する
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ニーダーカウフンゲン中央停留所
トラムをホームに寄せるための工夫が6線軌条

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(左)ニーダーカウフンゲン駅停留所は、貨物列車が通る線路のみ4線軌条化
(右)オーバーカウフンゲン駅停留所は貨物線を分離した例。左の線路が貨物線、右がトラム線

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ドイツ赤十字病院停留所
ホームの前は4線、間の踏切は6線の変則形
中央の写真は、手前のホームに入る車両=リヒテナウ行き
右の写真は、奥のホームへ着く車両=カッセル市内行き
それぞれ通行するレールが異なる
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(左)ヘルザ駅停留所は、貨物線分離型。貨物線は直進、トラム線は左奥の停留所へ。停留所では、トラムとバス(奥の赤い車両)が平面で乗換できる
(右)整形外科病院停留所は、6線軌条型
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(左)リヒテナウ市内では街路上の併用軌道に
(右)終点の大ループに入る分岐点
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(左)終点ヘッシシュ・リヒテナウ・ビュルガーハウス。乗継用のバス停から停車中のトラムを望む
(右)リヒテナウの中心街

本稿は、三浦幹男、服部重敬、宇都宮浄人「世界のLRT」JTBパブリッシング, 2008、服部重敬「カッセルのレギオトラム」鉄道ファン2007年5月号 pp160-165、および参考サイトに挙げたウェブサイト、Wikipediaドイツ語版の記事(Bahnstrecke Kassel–Waldkappel, Kassel Hauptbahnhof, Gleis#Mehrschienengleise)、ドイツ語版に対応する英語版の記事を参照して記述した。
本稿に用いた写真は、2014年8月に撮影したものである。
地形図は、ドイツ連邦官製1:200,000 CC4718 Kassel(1983年版), CC4726 Goslar(1987年版), CC5518 Fulda(1983年版), CC5526 Erfurt(1988年版)を用いた。 (c) Bundesamt für Kartographie und Geodäsie.

■参考サイト
ヘッセン北部運輸連合 Nordhessischen VerkehrsVerbund   http://www.nvv.de/
 路線図は、Fahrplan & Netz > Karten und Netzpläne > Liniennetzpläne KasselPlus
ロッセタール鉄道の歩み Der Weg zur Lossetal Bahn
http://www.bus-tram.de/html/lossetal_bahn1.html
ロッセタール鉄道-20年後の新たな始まり Lossetalbahn - Ein Neuanfang nach 20 Jahren
http://www.kvc-kassel.de/index.php?id=27
ニーダーカウフンゲン中央付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&ll=51.2834,9.6006&z=18

写真集
http://www.tram-kassel.de/rtn/rtn_galerie/rtn-gal_f.htm
http://www.vergessene-bahnen.de/Ex522_2.htm
 ヘルザまで部分開通した時代の写真が揃っている。

YouTube - Bahnhof Helsa~Orthopädische Klinik
http://www.youtube.com/watch?v=BRz3C7TnqbE

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