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2011年2月10日 (木)

カナディアンロッキーを越えた鉄道-クローズネスト峠

鉄道が横断するカナディアンロッキーの峠道の中で、最も南にあるのがクローズネスト峠 Crowsnest Pass だ。標高は1357mでイエローヘッド峠を上回るが、東側から緩い坂道で到達できる点は変わらない。そしてここは、穀倉地帯のプレーリー(大草原)と、豊かな鉱脈が眠るブリティッシュコロンビア州南東部を結ぶ最短の通路だった。

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ハイレベルブリッジと呼ばれる巨大なトレッスル橋
Photo by dave_7 at wikimedia. License: CC BY-SA 2.0

カナディアン・パシフィック鉄道 Canadian Pacific Railway(CPR)が敷いた路線は、かつて南部本線 Southern Mainline あるいは第二本線 Second Mainline と言われて、バンクーバーからの長距離便の主要経路になった時代もある。旅客列車が全廃されたため、現代の旅行者にはなじみがないが、CPRは今も路線の東半分を維持していて、沿線には特筆すべき鉄道構築物が存在している。今回は、クローズネスト峠とその周辺を、地図とともに訪ねてみよう。

全体図
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キッキングホース峠経由のCPR本線と異なり、南部本線は一気に完成されたわけではない。ルーツは1885年、CPR本線のダンモア Dunmore(アルバータ州南東部メディシンハットMedicine Hat東郊)から分岐して西へ、現在のレスブリッジ Lethbridge 近郊にある炭鉱まで敷かれた3フィート軌間の狭軌鉄道だ。レスブリッジ市街はこれ以降、鉄道駅の周りに形成されていく。ロッキー山脈の向こう側へ通じる第二の路線を検討していたCPRは、1893年にこの路線を借り受けて標準軌に改軌し、直通列車を走らせた(1897年に路線買収)。

連邦政府との間で、農産物の運賃を低く固定する代わりに建設費の国庫補助を引き出す、いわゆる「クローズネスト峠協定 Crow's Nest Pass Agreement」が1897年に結ばれると、いよいよ峠を越えて、水運と接続できるクートネー湖 Kootenay Lake 南岸までの路線建設が開始される。レスブリッジ~クートネー桟橋 Kootenay Landing 間、325マイル(523km、下注)は1898年に開通した。埠頭からは船で湖上を走り、ネルソン Nelson に上陸する。そこで、1891年に開通済みのコロンビア・アンド・クートネー鉄道 Columbia and Kootenay Railway(実際はCPRがリースしていた)に接続し、コロンビア川と出会うキャスルガー Castlegar(書類上は対岸のロブソンRobson)へと続いていた。

この時点でレールが途切れていたクートネー桟橋~ネルソン間のうち、ネルソン~プロクターProcter間は1901年に延長されたが、残るプロクター~クートネー桟橋間は、湖岸に山が迫る難所で、1931年初頭にようやく開通を果たした。

*注 「アルバータ鉄道地図帳」のサイトによる線路距離。290マイル(480km)としている資料もある。http://railways.library.ualberta.ca/Chapters-7-4/

図1
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レスブリッジ市街と鉄橋(1:50,000地形図)
グリッド(方眼)1km間隔、標高データはm単位

南部本線の見どころの最たるものは、レスブリッジ駅のすぐ西に架かる巨大な鉄橋だろう【図1】。平原をオールドマン川 Oldman River が刻んだ深くて広い谷を、軽々とまたいでいる。現地でハイレベルブリッジ High Level Bridge と呼ばれるトレッスル橋は、外観が山陰本線の旧 餘部鉄橋とそっくりで、建造時期も1909年と、餘部(1912年)とほぼ時期を同じくする。だが、長さは1624m(餘部は311m)、高さが95.7m(同41.5m)と、桁違いのスケールだ。

■参考サイト 
レスブリッジ鉄橋付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&sll=49.6975,-112.8628&z=15
 地表に鉄橋の長い影が映っている
Flickr レスブリッジ鉄橋の写真
http://www.flickr.com/photos/amanda_white_photography/2978632960/
You Tube レスブリッジ鉄橋を渡る
http://www.youtube.com/watch?v=uAJR1M8-MRs
架橋100周年記念サイト  http://www.highlevelbridge.com/

一昨年(2009年)、現地で架橋100周年が祝われたとおり、鉄橋の完成は1909年になってからだ。では、全線開通(1898年)から11年の間、列車はどこを走っていたのだろうか。

図2
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旧線と新線の位置関係(1:250,000地形図)
標高データはフィート単位

上の地図を見ていただこう。赤の点線が旧線の位置を示している。レスブリッジから西のマクラウド(現 フォートマクラウド Fort Macleod)の間、現在線とは全く違うルートが採用された【図2】(下注)。2つの町とも、主流たるオールドマン川の右岸に立地しているから、本来、川を渡る必然性はないはずだ。その証拠に旧線はオールドマン川の谷を一度も横断していない。しかし問題は別のところにあった。南からこの川に合流する2つの支流、特に本流と同じ幅と深さの谷を作っている東側のセントマリー川 St. Mary River を、どのようにして渡るかだ。

*注 右図の旧線位置は下記「アルバータ鉄道地図帳」収載の路線図を参照した。このあたりは乾燥地域のため、平原に敷かれた線路の痕跡が、100年を経過してなお空中写真で確認できる。Mike Walker "SPV's Comprehensive Railroad Atlas of North America" Western Canada, SPV, 2006 p.38の地図にも旧線位置が示されているが、セントマリー横断後も終始、オールドマン本流の右岸に沿うように描かれており、明らかに誤りだ。

図3
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セントマリー川付近の旧線(1:50,000地形図)
標高データはm単位

結論として旧線は、スイッチバックを避けるため、東方に移設したレスブリッジ駅から南下し、本流の谷の南斜面を降りる。そして低い位置でセントマリーを渡り終え、再び斜面を上って大平原に出るという方法を選択した【図3】。線路がたどろうとした斜面は、長年の浸食により無数の大きなひだ(涸れ谷、クーリー Coolee)を生じている。これを深い切通しと木製トレッスルの連続でこなし、セントマリーも長さ894m、高さ20mの気の遠くなるような大トレッスルを組んで横断した。当時の写真から、新鉄橋にも劣らない大規模な構築物のようすを想像していただきたい。

■参考サイト
セントマリー川南岸に連続するトレッスルと切通しの写真
http://www.crowsnest.bc.ca/images/1ma260.jpg
セントマリー橋の写真(東北望) http://www.crowsnest.bc.ca/images/1ma253.jpg

これほどの大工事にもかかわらず、わずか11年で旧線が放棄された理由はいくつかある。1.2%の坂道とカーブの連続で、早々に運行上のボトルネックとなっていたこと、乾燥した峡谷では野火が発生する危険があり、保線に注意を要したこと、さらに工事に間に合わせようと生木を多く使ったため、トレッスルの劣化が早かったことだ。トレッスルを取り換えるだけでは運行状況が改善せず、まったくの新線を造るほうが費用対効果の点で優れていると考えられた。当時、国中が好景気に浴していたことも決定に力を貸しただろう。

新線は駅からそのまま西へ向かい、いきなり本流の谷の上空に躍り出る。ハイレベルブリッジは一直線だが、0.4%の上り勾配がついている。空中散歩を終えると、しばらく平原を突き進み、再びオールドマン川を長さ579m、高さ44.5mの鉄橋で渡ってマクラウドに至る。新線は勾配、曲線とも最小限に抑えられ、路線長自体8.5kmの短縮になったという。

図4
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クローズネスト峠付近の1:50,000地形図
グリッド1km間隔、標高データはフィート単位(図5も同じ)

さて、レスブリッジから先へ進もう。170kmほど西に行くと、クローズネスト峠が現れる【図4】。峠の廊下は例によってほとんど勾配がついていないが、仲良く並ぶ3つの小さな湖のうち、東の2つ、クローズネスト湖 Crowsnest Lake とアイランド湖 Island Lake から出た川はハドソン湾側へ、西の1つ、サミット湖 Summit Lake からは正反対の太平洋側に流れていく。列車は、大陸分水界をまたいで、いよいよブリティッシュコロンビア州に足を踏み入れる。

峠の西側には、勾配を制限内に収めるための特徴的な長いループが控えている。線路はここで突然南へ向きを変える。ミシェルクリーク Michel Creek の谷の東斜面を約3km逆行してから、180度回転して北へ向かう。設計者の名を取ってマッギリヴレー・ループ McGillivray Loop と呼ばれる迂回路は、両端の標高点で見て272フィート(83m)の高度をかせいでいる。Googleの空中写真(下記参考サイト)では、ループの上端にあるきれいな半円カーブを走行中の貨物列車が写っている。設計ではこの尾根をトンネルで抜ける予定だったが、地質が非常に悪く、大回りのルートに切替えられた。1901年に再度トンネル化が図られたものの、1948年に現在のオープンカット方式に戻されたという経緯がある。

■参考サイト
マッギリヴレー・ループの当時の写真  http://www.crowsnest.bc.ca/loop.html
 右上にループの上路と列車が、左下に下路が見える。
クローズネスト峠西方ループ付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&sll=49.6643,-114.7703&z=16

図5
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クートネー桟橋付近の1:50,000地形図

最後に、開通から30年以上も線路の終点であったクートネー桟橋 Kootenay Landing を見ておきたい【図5】。ここはクートネー湖の南端で、ロッキー山脈を発したクートネー川が南から流れ込み、湖面とも陸ともつかない浅瀬が一面に広がる場所だ。鉄道は東の山裾から、谷に対してほぼ直角に設けた長大なトレッスルでこの平地を思い切りよく横断した。そのようすが古い写真に残されている(下記参考サイト)。

川の流入口には、汽船と連絡する桟橋駅が設けられたが、遠浅のため、乗換え用の桟橋は沖まで長く伸ばさなければならなかった。後に、横断部は土の堤防に置き換えられ、全線開通に際して、駅も廃止された。クートネー川を渡る部分はトラス橋とされ、河川航行を妨げないように中央部は可動式(昇開橋)で造られた。貨客が行き交い、多忙を極めたはずの駅跡では、一部の杭材が今も朽ちるままに残されている。

■参考サイト
桟橋に向かう当時のトレッスルの写真  http://www.crowsnest.bc.ca/c_00578.html
可動橋および湖岸に残る杭材の写真  http://www.crowsnest.bc.ca/crowtoday04.html
旧 クートネー桟橋付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&sll=49.2528,-116.6788&z=15

以上見てきた東部本線の東側では、貨物専用ながら現在も列車が日夜行き交っている。その一方、西側については廃止の後、レールも剥されてしまった。だがここでも興味をそそる遺構がいくつかあって、カナダ屈指の山越えルートだった当時をしのぶことができる。次回から、そのケトルバレー鉄道 Kettle Valley Railway の話をしよう。

地形図は、カナダ官製1:1,000,000国際図 NM11 Kootenay Lake, NM12 Lethbridge、1:250,000地形図 82H Lethbridge、1:50,000地形図 82F/2, 82F/7, 82G/10, 82H/10(いずれもGeoGratis - Scanned Mapsからのダウンロード)を用いた。(c) Department of Natural Resources, Canada. All rights reserved.

■参考サイト
「アルバータ鉄道地図帳 Atlas of Alberta Railways」クローズネスト線 The Crow’s Nest Line
http://railways.library.ualberta.ca/Chapters-7-4/
同 クローズネスト線の建設 Building the Crow’s Nest Pass Line
http://railways.library.ualberta.ca/Excerpts-7-4-2/
クローズネスト峠線の詳細な路線図(画像への直接リンク)
http://railways.library.ualberta.ca/Images/Maps/CrowsnestPass.jpg
クローズネスト峠鉄道ルート The Crowsnest Pass Railway Route
http://www.crowsnest.bc.ca/
 同線の過去と現在に関する詳細な記述とともに、写真、路線図等を含む。

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