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2011年1月20日 (木)

カナディアンロッキーを越えた鉄道-ロジャーズ峠

西を目指す列車はキッキングホース峠の分水界を越えると、ゴールデン Golden で比較的広い谷に出る。ロッキー山脈峡谷 Rocky Mountain Trench と呼ばれる延長1600kmの大規模な断層谷で、中央をコロンビア川 Columbia River が悠々と流れている。しかし、それもつかの間、線路はキンバスケット湖 Kinbasket Lake(ダムによる堰止め湖)をかすめて、再び山間に入っていく。二つ目の峠、セルカーク山脈 Selkirk Mountains を越えるロジャーズ峠(ロジャーズ・パス)Rogers Pass へのアプローチだ。

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ストーニークリーク橋梁を渡る
© Canadian Pacific, 2017

馬に蹴られたキッキングホースと違い、ロジャーズの名は発見者の名字にちなんだもので、由来は一見平凡だ。ただ、次のような逸話が伝えられている。測量士A・B・ロジャーズ少佐は、設立間もないカナディアン・パシフィック鉄道 Canadian Pacific Railway(CPR)に雇われ、その際、山脈を抜ける峠道を発見すれば5000ドルの報奨金と峠に彼の名をつけるという契約を取り交わした。2年越しの調査で、山並みの中に通路があることを確かめた彼に対して、会社はロジャーズ峠と命名し、約束どおり小切手を渡した。だが彼は、地図に名が刻まれたことに満足し、金が目的ではないと言って小切手を現金化せず、長い間自分の部屋の壁に飾っていたという。

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彼の誉れとなったロジャーズ峠は、大陸の東西を結んだCPR本線にとって、ビッグヒルと並ぶ難所だった。その証拠に、峠には後年、列車運行を容易にするために2本の長大トンネルが掘られ、新しい方は北米最長の規模を誇っている。標高1332m(下注)と、先のキッキングホース峠に比べて300mも低い峠が、なぜ難所と呼ばれ続けたのか。開通時からの線路改良の歴史と合わせて見ていこう。

*注 カナダ官製1:50,000地形図データ Toporama の注記による。

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3つの峠付近の1:1,000,000地形図

峠の周辺は、地形的に特徴がある。東側を南北に流れているビーヴァー川 Beaver River の谷は標高800~900m、それに対して峠の「廊下」は標高1300m前後と、かなりの高低差があるのだ。この段差は、かつて谷を埋めていた氷河の規模(下刻の圧力)の違いがもたらすものだが、勾配に弱い鉄道にとって、数百mの高低差は相当に挑戦的だ。実際、東側のアプローチは廊下の入口の15km以上も手前から始まり、2.2%の勾配で谷の東壁をじわじわと這い上がっていく。

途中、斜面を滑り落ちる深い渓流をまたぐために、大きな橋をいくつも架けなければならなかった。中でも被写体としてよく登場するのが、ストーニークリーク橋梁 Stoney Creek Bridge だ。オリジナルはトレッスル(木組みの橋)で建設当時、世界一高いと言われたが、列車の重量化に対応させるために1893年と1929年の2回架け替えられている。3代目は径間102.48m、谷底からの高さ90m(下注)の堂々たるアーチ鉄橋として、並走するトランスカナダハイウェー Trans-Canada Highway(1号線)からも目にすることができる。

*注 データはStructuae.deのサイトより
http://en.structurae.de/structures/data/index.cfm?id=s0007230

■参考サイト
ストーニークリーク橋梁の写真
Panoramio  http://www.panoramio.com/photo/4601565
Wikipedia  http://en.wikipedia.org/wiki/File:Eastbound_over_SCB.jpg

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峠付近の1:50,000地形図(縮小)。旧線と現在線の位置関係を示した

橋の南で、現在線から旧線(廃線跡)が分かれる。旧線はさらに上っていき、ビーヴァー川の支流で峠の方から流れ出すコノートクリーク Connaught Creek の谷へと入り込む。山が間近に迫るこの区間の最大の課題は、雪崩への対策だった。セルカーク山脈一帯は雪が深いため、急傾斜地はしばしば予期せぬ雪崩に見舞われ、工事段階からすでに犠牲者を出していた。開通の翌年に、線路を保護するスノーシェッド(雪覆い)の設置が追加され、その数は31か所、全長6.5kmにもなった。

しかし、夏にスノーシェッドは要らない。覆いの外側を迂回する線路が敷かれ、雪崩の危険がない季節は旅客列車をそちらに走らせて、氷河を望む雄大な山岳風景を乗客に提供した。峠にはホテルを建て、グレーシャーハウス Glacier House(氷河館)と名付けた。乗客はここで下車して食事をとることになっていて、列車は昼時に峠を通るよう設定されていたという。元来これは重い食堂車にビッグヒルをはじめとする急勾配を通過させないための措置だったが、氷河の見えるホテルはたちまち旅行者の人気を集め、やがて登山活動の拠点ともなった。

峠の西側も、東側ほどではないにしろ急な下り坂で、イルシルワト川 Illecillewaet River の谷につながっている。谷の下降に従えない線路は、まず東壁に沿って川の上流まで進み、180度回転して今度は南壁に張り付く。次のループブルック Loop Brook(ループ沢)と名付けられた支谷でも大きく南に回り込み、S字を描くようにもう半回転して、ようやく谷底に到達する。この巧妙な設定ルートの一部は、ロジャーズ峠上の一角とともに、現在、トレール(自然歩道)に指定されて、1号線からのアクセスも容易だ。

ちなみに地図資料(下注)によると、峠の駅は3度移転している(上図参照)。開業時の駅は峠のサミットに設けられたが、1899年2月に発生した雪崩の直撃を受け、壊滅してしまった。2番目の駅は危険な峠を避けて、東へ約3kmの位置に移された。しかし、勾配の途中で手狭だったのか、あるいはホテルへのアクセスの関係か、やがて現在のロジャーズ峠センター Rogers Pass Centre の場所に戻された。4番目、最後の移転は現場付近の線路の直線化に伴うもののようだ。

*注 Mike Walker "SPV's Comprehensive Railroad Atlas of North America" Western Canada, SPV, 2006 p.64の地図。

ロジャーズ峠最大の悲劇は、1910年3月4日に起こった。その夜、作業員がロータリー車とともに、西側の山から崩れて線路をふさいだ雪の山を片付けていたところ、反対側の斜面からまたも雪崩が作業現場を襲ったのだ。一度に62名が亡くなった痛ましい災害は、CPRに峠の線路を放棄する決断を促したとされる。

バイパスとなる長さ8,082mのコノートトンネル Connaught Tunnel は、運行本数の増加に対応できるよう複線の設計で、3年の工期を経て1916年に完成した。これにより、連続する雪覆いとS字のループ線を含む23.3kmが廃止され、自然との壮絶な闘いとともに、氷河を仰ぐ絶景の車窓も昔語りとなった。なお、トンネル内は1959年に単線に戻されている。車高の高い貨物列車に適応させるために、線路をトンネル断面の中央に敷き直したのだという。

最近の改良はさらに抜本的なものだ。1989年に完成した単線のマクドナルド山トンネル Mount Macdonald Tunnel で、長さは14,723mもある。通常西行きの列車がこちらを通り、東行きは従来のコノートトンネルを経由している。トンネルの東側では、既存線の下方に新線を延長することで、複線化だけでなく平均0.82%(最大1%)という勾配の緩和が実現された。こうして、バンクーバー港に向けた貨物列車は、ついに補機なしでロジャーズ峠を越えられるようになったのだ。

次回は、2本の鉄道が並んで大陸分水嶺を越えたイエローヘッド峠を訪ねる。

地形図は、カナダ官製1:1,000,000国際図 NM-11 Kootenay Lake(1978年版印刷図)、1:50,000地形図82N/3, 82N/4, 82N/5, 82N/6(いずれもToporamaからのダウンロード)を用いた。(c) Department of Natural Resources, Canada. All rights reserved.

■参考サイト
ロジャーズ峠付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&sll=51.2999,-117.5187&z=13
セルカーク山脈を横断するロジャーズ峠の歴史(歴史と見どころを紹介している)
The History of the Rogers Pass crossing of the Selkirk Mountains of B.C. Canada by the Canadian Pacific Railway and later by the Trans-Canada Highway
http://cdnrail.railfan.net/RogersPass/RogersPasstext.htm
カナダ公園管理局-ロジャーズ峠国定史跡
Parks Canada - Rogers Pass National Historic Site of Canada
http://www.pc.gc.ca/docs/v-g/pm-mp/lhn-nhs/kickinghorse_e.asp

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コメント

当方の掲示板でカナディアン・パシフィック鉄道が話題となり、検索でたどり着きました。これほどまでの困難があったとは驚きます。

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