« カナディアンロッキーを越えた鉄道-序章 | トップページ | カナディアンロッキーを越えた鉄道-ロジャーズ峠 »

2011年1月13日 (木)

カナディアンロッキーを越えた鉄道-キッキングホース峠

カナダ最初の大陸横断鉄道として、1885年に全通したカナディアン・パシフィック鉄道 Canadian Pacific Railway (CPR) が選択した山越えルートは、距離こそ短いが、最も険しいルートだった。

カナディアンロッキーは南東~北西に連なる大陸分水嶺で、西斜面に降った雨水は太平洋に流れ下る。しかし、ロッキーの西側にも折り重なるように山地が控えている(下注)ため、川は行く手を阻まれ、相当な大回りを強いられる。鉄道のルートは、川の流れる谷に沿わせるのが勾配の点で望ましいが、距離がいたずらに延びるのは避けたい。結果、目標のフレーザーFraser川流域へ出るために、列車は3か所の峠を克服することを運命づけられた。東から順に、キッキングホース峠 Kicking Horse Pass(標高1627m)、ロジャーズ峠 Rogers Pass(同1332m)、イーグル峠 Eagle Pass(同550m)という。このうち今回は、ロッキーを越えるキッキングホース峠について、地図と照合しながら訪ねてみたい。

*注 総称コロンビア山地 Columbia Mountains、ただし、アメリカでは、コロンビア山地も「ロッキー山脈 Rocky Mountains」の一部としている。

Blog_cdnrockies11
ローワー・スパイラルを通過する貨物列車
トンネルの上を横切っているのはこの列車の後部
Photo by David R. Spencer from wikimedia. License: CC BY-SA 3.0

Blog_cdnrockies_map14
3つの峠付近の1:1,000,000地形図

Blog_cdnrockies_map11

キッキングホース、「蹴る馬」とは面白い地名だ。なんでもこの名は、19世紀半ばに中西部の調査を行ったパリサー探検隊 Palliser Expedition の一員、地質学者で外科医のジェームズ・ヘクター James Hector が、このあたりで自分の馬に蹴られ、しばらく気を失ったことにちなんでいるそうだ。未開の昔はともかく、現在では、東のバンフ Banff から1号線(トランスカナダ・ハイウェー Trans-Canada Highway)に乗り、レイクルイーズLake Louiseで北上する93号線(アイスフィールズ・パークウェー Icefields Parkway)を右へ分けると間もなく、大した坂道もないまま、あっけなく到達する。

Blog_cdnrockies_map12
峠付近の1:50,000地形図
グリッド(方眼)1km間隔、標高データはフィート単位

峠付近の地形図(上図)をご覧いただきたい。図の右端に峠の名が記されている。列車交換用の側線があるスティーブン Stephen 駅があり、傍らに Great Divide(大分水界)の注記も見える。ここが大陸の東西を分ける地点ということだ。ここより西側は太平洋斜面だが、東側の水は五大湖ではなく、ウィニペグ湖 Lake Winnipeg を経て北のハドソン湾 Hudson Bay に達する。峠は東西に延びる平坦なU字谷で、分水「嶺」のイメージには合わないかもしれない。

実は、ハイライトはこの先にある。馬に蹴られた当人の名を取ったヘクター Hector 駅(跡)で、線路の右側に小さなワプタ湖 Wapta Lake が現れる。ここから流れ出た川は見る見る渓流となり、ヨーホー川 Yoho River と合流するまで高さにして300m近く滑り落ちるのだ。線路はとても追随できないので、2か所のスパイラルトンネル(日本でいうループトンネル)を介して、Z字状に降りていく。

まず、カテドラル(キャシードラル)山 Cathedral Mountain の山腹に沿って南西へ進んだあと、アッパー・スパイラルトンネル Upper Spiral Tunnel の中で反時計方向に回転する。下記資料によれば、トンネルの長さは991m(3255フィート)、半径175m(曲線度数10度、下注)の急カーブで2/3周している。入口と出口の高低差は17mだ。今通った線路の真下に顔を出すと、進行方向は逆になる。ワプタ湖から落ちてきたキッキングホース川を渡って、オグデン山 Mt. Ogden の裾にうがたれたローワー・スパイラルトンネル Lower Spiral Tunnel に突っ込む。こちらは時計回りで3/4周する。長さ891m(2923フィート)、カーブの半径は同じで、高低差15mという。これで再び南西に向きを戻して、フィールド Field 駅までなおも下っていく。

*注 曲線度数は、鉄道の場合、曲線の弦が100フィート(30.48m)のときの中心角の数値。したがって度数が大きいほど急カーブになる。中心角10度のとき、半径は573.7フィート=174.9m。

Blog_cdnrockies_map13
「ビッグヒル」付近拡大図。旧線と現在線の位置関係を示した

この間、勾配は2.2%(1:46、下注)を維持しているが、開通当初からこうなっていたわけではない。歴史を繙くと、もとの計画もやはり2.2%勾配だったが、途中で折り返さずに北斜面の高い位置を通って西のオッターテール Otter Tail に向かおうとしていた。カテドラル山の西隣にあるスティーヴン山 Mt. Stephen の張出尾根、いわゆる鼻には430m(1400フィート)のトンネルをうがち、フィールドでも線路はまだ約90m上方にあるはずだった。

ところが、路線の完成を急いだ会社は、費用と時間がかかるこの案を諦め、4.4%(1:23)の急勾配を用いて、スティーヴン山の鼻の手前で谷底まで一気に降りる解決策を採用した。これが実際に1884年に建設されたときの姿だ。旧線は、ワプタ湖を過ぎてキッキングホース川の左岸を降り始めるが、急流にさしかかるところで、トレッスル橋(木組みの橋)で右岸に渡り、カテドラル山の北斜面を急降下した。現路線とは、両スパイラルのほぼ中間で、たすきがけに交差する形になる。

*注 勾配は資料の原文に従い、%で表示した。2.2%は、水平距離100mで高低差が2.2mとなる勾配。分数表示1:46は、水平距離46に対して高低差1となる勾配。なお、ビッグヒルの1:23勾配は百分率では4.3478%になり、4.3%と書くべきところだが、資料原文のとおりとした。

4.4%(千分率で44‰)は、蒸気機関車にとってあまりに過酷な条件だった。上り坂では、牽引定数を710トンに抑えたうえ、前後に2両ずつ、計4重連の機関車を必要とした。坂下のフィールドに機関庫が置かれ、推進用の補機が配備された。下り坂の運行は危険と隣り合わせだった。列車速度は旅客が時速8マイル(13km/h)、貨物は6マイル(10km/h)に制限され、暴走した場合に備えて、逆勾配のついた3か所の安全側線 Safety Switch が設置してあった。運転士は、坂の手前で入念にブレーキテストを行ったという。CPR最大の難所となった坂道は、いつしか「ビッグヒル Big Hill」と呼ばれるようになった。

Blog_cdnrockies12
ビッグヒル全望
Photo from wikimedia.

輸送量が増加するにつれ、ビッグヒルは運行上のボトルネックとみなされ、1906年、ついに抜本的な改良計画が始まった。勾配を緩和するための迂回路がいくつも提案されたが、焦点は建設費用もさることながら、雪崩の危険性をいかに回避するかだった。ロジャーズ峠をはじめ、山腹の急斜面を通過する線路では、冬から春にかけてしばしば雪崩に襲われていたからだ。一つの斜面を器用に折り返す現ルートはこのようにして選択され、1909年9月に難所から運転士を解放した。

1号線を車で走ると、峠の西9km、フィールドからは東8kmの位置に展望所があり、ローワー・スパイラルトンネルを針葉樹の間から望むことができる。案内によると、1日25~30本の列車が通り、カリフォルニア州の有名なテハチャピ Tehachapi ループのように、長大編成の貨物列車がトンネルをはさんでとぐろを巻く様子が観察できる。一方、かつて蒸機が格闘を重ねた旧線跡は、森の中で一部トレール(自然歩道)になっていて、キッキングホース川を渡る上路トラスも現存するそうだ。2009年はスパイラルに切替えられてから100周年にあたり、現地では記念行事が催された。森の中に埋もれた旧線の遺跡も、このときばかりは人々の注目を浴びたことだろう。

次回は、CPR本線のもう一つの難所、ロジャーズ峠に向かう。

本稿は、D.J.Mitchell "All Aboard! - The Canadian Rockies by Train" Great Canadian Railtour Company Ltd., 1995 、ならびに下記ウェブサイトを参照して記述した。
地形図は、カナダ官製1:1,000,000国際図 NM-11 Kootenay Lake(1978年版印刷図)、1:50,000地形図 82N/8 Lake Louise(上:1980年版印刷図、下:Toporamaからのダウンロード)を用いた。(c) Department of Natural  Resources, Canada. All rights reserved.
また、旧線の位置は下記アルバータ地図帳所載の路線図画像を参照した。

■参考サイト
アルバータ鉄道地図帳 Atlas of Alberta Railways のサイト http://railways.library.ualberta.ca/ の中に、峠道の詳細な路線図(画像)が収録されている。
Kicking Horse Canyon, the “Big Hill” and the Spiral Tunnels(画像への直接リンク)
http://railways.library.ualberta.ca/Images/Maps/BigHillandSpiralTunnels.jpg
ビッグヒル付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&sll=51.4289,-116.4102&z=15

カナダ公園管理局-キッキングホース峠国定史跡
Parks Canada - Kicking Horse Pass National Historic Site of Canada
http://www.pc.gc.ca/docs/v-g/pm-mp/lhn-nhs/kickinghorse_e.asp
カナダ公園管理局-ヨーホー国立公園-スパイラルトンネル100周年
Parks Canada - Yoho National Park of Canada - Spiral Tunnels Centennial
http://www.pc.gc.ca/eng/pn-np/bc/yoho/natcul/natcul12.aspx
You Tube  スパイラルトンネル一列車三態一望
CPR Spiral Tunnel 3 parts of same train at once in shot
http://www.youtube.com/watch?v=gEe9d69NpyM

★本ブログ内の関連記事
 カナディアンロッキーを越えた鉄道-序章
 カナディアンロッキーを越えた鉄道-ロジャーズ峠
 カナディアンロッキーを越えた鉄道-イエローヘッド峠
 カナディアンロッキーを越えた鉄道-フレーザー川を下る
 カナディアンロッキーを越えた鉄道-クローズネス ト峠

 カナダの鉄道地図 I
 カナダの鉄道地図 III-ウェブ版

« カナディアンロッキーを越えた鉄道-序章 | トップページ | カナディアンロッキーを越えた鉄道-ロジャーズ峠 »

アメリカの鉄道」カテゴリの記事

廃線跡」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« カナディアンロッキーを越えた鉄道-序章 | トップページ | カナディアンロッキーを越えた鉄道-ロジャーズ峠 »

2019年4月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

BLOG PARTS


無料ブログはココログ