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2010年8月19日 (木)

アイスランドの地図-M&M社の大地図帳

見本図だけで一目惚れする地図というのは、そうどこにもあるものではない。ほんの数センチ角のサンプルに含まれる情報は限られているし、部分の印象だけでは全体を測れない場合も多いからだ。しかし、この地図帳はここで即決しないと後悔すると直感させる何かがあった。

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地図帳のタイトルは「アイスランド地図帳 Íslandsatlas」という。次回紹介する姉妹品と区別するために、以下これを「大地図帳」と呼ぶことにしよう。全208ページ、用紙の寸法は横35×縦45cmで、大型地図帳の代表であるタイムズ世界地図帳 The TIMES Atlas of the world と比べて縦は同じ、横は5cmも長い。もちろん、筆者の手元にあるものの中では最大だ。日本の時刻表と比べてみると、その大きさがわかる(右写真)。サイズだけでなく、2005年11月に上梓されたとき、初刷りが大統領と環境大臣に贈られたというから、アイスランドの記念碑的な出版物であったことが想像できる。

メインの地図は縮尺1:100,000だが、北海道の1.3倍の面積をもつ島なので、大判のページ全面を使っても132ページを要している。その前座として地図の歴史、地質、氷河の分類と年代史、花と植物といった百科事典的なチャプターがあり、巻末には43,000件の地名をカバーする広範な索引がついている。いずれも興味深いのだが、残念なことに、表記がアイスランド語しかない。地図や写真は言葉を知らなくてもある程度理解できるとはいえ、せめて見出しや凡例ぐらいは英語その他を併記してほしかった。

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外箱に描かれているサンプル図を掲げておこう(上写真)。場所は島の南部で、万年雪に覆われた山は、今年(2010年)噴火したエイヤフィヤトラヨークトル Eyjafjallajökull、右上の緑がかった谷間は、自然保護区のソゥルスモルク Þórsmörk だ。さて、ほかの地図とどこが違うのだろうか。

見ての第一印象は精密さや立体的表現に優れていることだ。等高線は20m間隔だが、国土測量局が作成する1:50,000レベルの地形図データベースに基づいているので、50%縮小の1:100,000ではかなり凝縮されている。一方、立体感は、地勢を表すぼかし(陰影)のなせる業だ。正確に言うと、筆で描いたようなぼかしではなく、隣接する等高線の位置と間隔から斜面の方向と角度を割り出して、色の明度に置き換えているらしい。図で、氷河の南東斜面に鑿で面取りしたような陰影が見られるのはそのためだ。緩傾斜地ではより人工的な雰囲気になるが、メッシュ標高データから生成するぼかし(陰影)と異なり、等高線にぴったり合致するところが案外、精密感を醸し出す源泉なのかもしれない。

ソゥルスモルクのあたりでは、地名もぎっしり記載されている。この谷間に限ったことではなく、国土全体にわたって、山地に刻まれた小さなひだや尾根のこぶ、海上に豆粒のように散らばる小島に至るまで、地名の数は実に豊富だ。実はライバル社、フェルザコルトの近刊図でも、地名の密度や配置は変わらない。耕地、植生、裸地など土地利用の状況についても同様で、測量局のデータベースが適切に用いられていることを示すものだ。

しかし、元データはあくまで素材に過ぎず、味付け(編集)次第で、地図の美しさは大きく変わる。大地図帳の場合、ポイントはまず、色の使い方にあるだろう。土地利用に用いられたきわめて自然な配色がその一例だ。植生のあるところは緑の濃淡、溶岩原などの裸地はベージュ系で、それに先述した陰影がからんでいくが、決して等高線が読み取りにくくなることはない。文字表記の配色もそうで、基本は黒色だが、水部に関するものを紫青にすることで、文字の多さから来る錯雑感をうまく回避している。さらに、アクセントの役割を果たしているのが道路網だ。舗装路に配された赤がよく効き(サンプル図にはないが)、茶色の未舗装路とともに、くくり(縁取り)無しのすっきりとした形状が好ましい。小道は濃いグレーの破線だが、太めにしてあるので、荒涼とした溶岩原ではよく目立つ。

取捨選択も編集の要点だ。ここでは市街地の表現が簡略化され、バラ色のベタ塗りで範囲を示すにとどまる。街路も、貫通路のほかは描かれない。この縮尺ではどのみち市街の詳細を描くのは難しいから、仔細は専門の市街図に任せればいいと考えたのだろう。旅行情報の記号もそうだ。あるのはキャンプサイト、スイミングプール、ゴルフコース程度で、しかも小さく見つけにくい。思うに、デザイナーの意図は、あくまで最良の「地形図」を作るところにあるようだ。

作者のハンス・H・ハンセン Hans H. Hansen 氏は、1961年、アイスランドのヴェストマンナ(ウェストマン)諸島 Vestmannaeyjar 生まれで、アイスランド大学を経て国土測量局に入り、地図作成に携わった経歴をもつ。アイスランド自然史研究所 Náttúrufræðistofnun Íslands の主題図や、次回紹介する1:300,000地形図など、先進的な地図編集の実績を積み、国際的に高い評価を得てきた。大地図帳は、ハンセン氏が主宰するフィクスランダ Fixlanda 社が編集し、エッダ出版社 Edda útgáfa により刊行されたが、現在は、マゥル・オク・メンニング社 Mál og menning(社名は「言語と文化」の意。以下、M&M社と記す)が発売元を引継いでいる。定価は24,990アイスランドクローナ(1クローナ0.7円として17,493円)と、大型本だけに少々値が張るが、それに見合う価値は十分に持っている。

ところで、M&M社は最近、これを全土31面に区分した折図の刊行(いわばバラ売り)に踏切った。名称は、測量局-フェルザコルト版の同縮尺図シリーズに倣って、「アトラス地図 Atlaskort」としている(下写真、画像はM&M社のサイトから)。名前は紛らわしいが、あちらが20世紀前半に描かれた歴史的作品なのに対し、こちらは言うまでもなく21世紀の最新作だ。説明文にはアイスランド語のほか、英語、独語、仏語が追加され、国際的にも通用する商品になっている。2010年5月に刊行が完了し、記念に全点をセットした美装函入も登場した。いずれも、M&M社のショッピングサイトをはじめ、アイスランドの地図を扱う内外の地図商から購入できる。

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アトラス地図シリーズ

次回は、同社が刊行するその他の地図を紹介しながら、大地図帳に先行するハンセン氏の作品群を概観してみたい。

■参考サイト
マゥル・オク・メンニング(M&M)社  http://www.forlagid.is/
フィクスランダ社  http://fixlanda.is/

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