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2010年4月 1日 (木)

ノルウェー フロム鉄道 I-その生い立ち

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フロム鉄道の位置

フロム鉄道 Flåmsbana は、ベルゲン鉄道のミュールダール Myrdal 駅から分岐している延長20.2kmの支線だ。支線とはいえ年間の旅客数は50万人を優に超え、特に夏場の賑わいようは、ノルウェーの鉄道で群を抜いている。試しにノルウェーを訪れるパックツアーを検索してみるといい。フィヨルド周遊のような謳い文句がついていれば、十中八九、この路線がコースに組み込まれているはずだ。

いまや同国屈指の観光資源として押しも押されぬ位置につけている鉄道だが、最初からそうだったわけではない。開業したのが1941年とかなりの遅咲きなうえに、1950~60年代には早くも存続が疑問視されるほどの低調さをかこっていた。確かに、せいぜい数百人しか住んでいないような狭い谷間に、いったい何の目的で鉄道が造られたのだろうか。

フロム鉄道に関しては、公式サイトに日本語版が併設されているし、日本語で書かれたガイドブックも出版されている(本稿末尾で紹介)。それらをも参照しながら、ユニークな小鉄道の過去と現在をまとめてみた。

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交易路としてのフロム鉄道

さて、上の問いに先に答えておこう。敷設の目的は、当然といえばそれまでだが、ベルゲン鉄道の培養線とするためだ。培養線とは、植物の根のように、幹線へ集貨・集客するために造られた支線をいう。ベルゲン鉄道が通る一帯は、北にソグネフィヨルド Sognefjorden、南にハルダンゲルフィヨルド Hardangerfjorden が深く入り込んで、半島状を成している。地勢の険しいこの地方では、古くから波静かなフィヨルドが道路の代わりだった。それゆえに、内陸を走る幹線から各々フィヨルドの最奥部へ短い支線を延ばすだけで、海を媒介にした沿岸の村々との交易路ができあがる(右図参照)。

初期の段階では、ヴォス Voss から北はグドヴァンゲン Gudvangen、南はグランヴィン Granvin への路線(下注)が検討された。前者は現在、国道E16号線が通るルートだが、議論の末に計画が変更され、ミュールダールから分岐して現在のフロム Flåm 駅があるフレトハイム Fretheim で船と接続させることになった。このほうがオスロ方面への近道となり、建設する距離も半分で済むからだ。しかしこの間には860mもの高度差があるため、いったんは部分的にラック式を採用した狭軌鉄道案が承認されるなど、計画案は揺れ動いた。

*注 グランヴィンへの路線は、後にハルダンゲル鉄道 Hardangerbanen (ヴォス~グランヴィン間27.5km)として実現した。1919年認可、1935年開業。しかし、旅客輸送は1985年、貨物輸送は1989年に休止となった。ヴォスから3.4kmは貨物線として残るが、以南の線路敷は、大部分自転車道に転換されている。

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地形図で見るフロム鉄道全線

1916年、全線粘着式(通常のレール)で標準軌とすることが、議会で最終決定された。その内容は、ルートの8割(16km)が勾配28‰(1/36)以上、3割(5.7km)がトンネルで、最急勾配55.6‰(1/18)、最急曲線130mという、まさしく山岳路線のプロフィールだった。工事は1924年に着手されたものの、不況の影響も受けて、進捗は目覚しくなかった。ところが、第二次大戦下、ノルウェーに侵攻したドイツ軍は、フロム鉄道で貨物輸送を行うことを要求した。開通時期が急遽前倒しされ、1940年、蒸気機関車による暫定運行が開始された。鉄道の電化が完了したのは、少し遅れて1944年、沿線のショース滝 Kjosfossen に新しい発電所が設けられてからだ。

期待に反して、戦後のフロム鉄道の利用状況は低迷し続けた。1970年代に乗客数が少し上向いたものの、夏に集中していたので、鉄道当局は損失の大きい冬期の運行を取止めることさえ検討していたという。

様相が変化を見せ始めたのは、オスロからの長距離列車のミュルダール停車が定着した1980年前後からだ。フィヨルド観光が国際的に注目を集めるようになり、乗客数の増加傾向がはっきりしたことで、廃止論を唱える人はいなくなった。さらに1991年、それまで道路がなくフェリーで連絡していたフロムとグドヴァンゲンの間に道路トンネル(下注)が開通すると、自家用車やバスによる入れ込みが急増し、フロム鉄道の年間乗客数は30万人台に載るようになった。2002年には40万人、ネーロイフィヨルド Nærøyfjorden が世界遺産に登録された翌2006年には、50万人の大台を突破している。

*注 東からフレーニャトンネル Flenjatunnelen(5053m、1986年開通)、グドヴァンガトンネル Gudvangatunnelen(11428m、1991年)。後者は当時、同国最長の道路トンネルだった。2000年に世界最長となるラルダールトンネル Lærdalstunnelen(24510m)が完成して、E16号線が陸路でつながり、ルートの選択肢はさらに広がった。

フロム鉄道の成功は、フィヨルド周遊ルートの確立に拠るところが大きい。ミュールダール~(フロム鉄道)~フロム~(フィヨルド観光船)~グドヴァンゲン~(バス)~ヴォス~(ベルゲン鉄道)~ミュールダールという、地図上で直角三角形をなす一周ルートがそれだ。氷河起源のダイナミックな風景が連続する恵まれたシチュエーションに加えて、さまざまな交通手段の組合せ、一周しても5~6時間のコンパクトサイズ、そしてオスロとベルゲンを移動する途中に位置していることなど、ツアーに好まれる資格を兼ね備えている。フロム鉄道自体は並行する自動車道がないため、クルマと競合しないのも有利だ。

一方で、周辺の急速な道路整備は、鉄道の本来の目的であったソグネフィヨルドの交通網における比重を著しく減少させ、とりわけ貨物輸送の需要をあらかた奪ってしまった。山間の過疎地で地域利用があまり見込めないため、観光路線としてアピールを強める以外に存続の道はないというのが、現実のところだろう。

フロム鉄道は、鉄道庁 Jernbaneverket がインフラを管理し、ノルウェー鉄道 Norges Statsbaner(略称 NSB)が列車を運行していて、運営体制はベルゲン鉄道などと同じだ。しかし、一つ違う点がある。営業と商品開発を、1998年からフロム開発公社 Flåm Utvikling AS に任せているのだ。公社はフロムとアウルラン Aurland の観光港やホテルの営業も行い、鉄道と組合せた旅行商品の開発を担っている。たかだか20kmのローカル線に、16か国語もの案内リーフレット、6か国語のウェブサイトを用意して、鉄道の知名度浸透に努めている。訪問者が着実に増加しているのも、そうした努力の結果に違いない。

営利活動だけではなく、フロムの旧駅舎に設けられた鉄道博物館も、公社の運営だ。フロム駅で列車を降りたら、観光船に乗継ぐ前に博物館を訪れて、先人がこの地で挑んだ難工事の過程を振り返るひとときを持ちたいものだ。

次回はフロム鉄道の見どころを紹介する。

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■参考図書
フロム鉄道については、下記の出版物がある。

ヨハンネス・B・トゥーエ Johannes B. Thue 著 伊奈真己 訳『フロム鉄道』日本語版 SKALD AS, 2002

現地のスカル Skald 社が刊行する、カラー写真をふんだんに使った80ページ、ハードカバーの冊子で、沿線紹介、歴史、建設秘話、データ集で構成されている。ノルウェー語(ブークモールおよびニーノシュク)のほか英、独、露、中、西、そして日本語の8か国語版がある。フロム鉄道の売店に置いているそうだが、日本の書店では扱っていないため、筆者はオスロの書店から取寄せた。現物をご覧になりたければ、JTB旅の図書館 http://www.jtb.or.jp/library/ が所蔵している。
出版社による紹介記事 http://skald.no/utgjevingar/flaamsbana.html

■参考サイト
フロム鉄道公式サイト http://www.flaamsbana.no/
 日本語版あり。時刻表は中間駅が省かれている。全駅時刻表は次のサイトで。
ノルウェー鉄道時刻表  http://www.nsb.no/timetables/
 路線ごとのPDFファイルがある。
 フロム鉄道は時刻表番号42 Flåm - Myrdal。

フロム鉄道博物館 Flåmbana Museet / The Flåm Railway Documentation Centre
http://www.flamsbana-museet.no/
 詳しいデータ集が役に立つ。英語版あり。
鉄道庁 Jernbaneverket のサイトにあるフロム鉄道写真集
http://www.jernbaneverket.no/no/Jernbanen/Virtuell-togreise/Flamsbana/
フロム開発公社 http://www.visitflam.com/

本稿は上記参考図書、参考サイトのほか、John Cranfield "The Railways of Norway" John Cranfield, 2000 を参照して記述した。
地形図は、地図局 Statens Kartverk のデータベースによる地図閲覧サイト kart i skolen の画像を使用した © www.avinet.no 2009

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