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2009年7月30日 (木)

ベルギーの地形図

ベルギーをよく知らなかった頃、筆者は漠然と、広々とした平野が続く国だと思い込んでいた。おそらく北隣のオランダと混同していたのだが、同じような印象を抱いている人も少なくないのではないか。実際訪れてみると、首都ブリュッセル Bruxelles の街中でさえけっこう起伏が感じられるし、国土の南半分は丘陵を経て、より高度差の大きなアルデンヌ高地へと遷移していく地形だ。

オランダに比べて変化があるので、地勢表現が省かれた道路地図では物足りず、官製地形図の助けを借りたくなる。地形図の作成元であるベルギーの測量局は、オランダ語で Nationaal Geografisch Instituut (NGI)、フランス語で Institut Géographique National (IGN) と称しているので、ここではIGNの略称を用いる(以下、原語表記は仏語)。

地形図のラインナップは、IGNの公式サイトに掲げられている。縮尺別では1:250,000、1:100,000、1:50,000、1:20,000、1:10,000の5種類があるが、デジタルデータから編集するいわゆる「基本縮尺 échelles pivot」は1:250,000、1:50,000、1:10,000の3種類としている。リストから漏れた1:100,000は1989年を最後に更新されていないし、1:20,000は1:10,000地形図を単純に50%縮小したものだ。

Blog_belgium_250k 1:250,000は1面で全土をカバーする。国の面積が30,528平方キロと、関東地方(32,424平方キロ)より少し小さい程度なので、大判用紙の片面に収まってしまうのだ。全土が眺め渡せるから、都市相互の位置関係や距離感覚がつかむのにいい。ただし、通常販売されているタイプは、地図を南北に分割して両面印刷したものを小さくたたみ、地名録とともに透明ケースに入れてある(写真は1993年版の折図表紙、現在は表紙が異なる)。

図上1cmで実寸2.5kmを表すこの縮尺は、徒歩や自転車移動で使うには小さすぎて、おのずと自動車道の表示に重点を置いた道路地図仕様になる。クルマなら少々の坂道はものともしないから、等高線は必須ではない。それでフランス、オランダ、イギリスなど、周辺諸国の編集方針はどれも似ている。ベルギーもそれを踏まえているが、律儀に50m間隔の等高線(+25m補助曲線)を入れ、表紙にも Topo250 と topo(地形)を強調しているところが、他と一味違う。

Blog_belgium_50k
1:50,000地形図表紙
(左)ブルッヘ 1982-89年版
(左)テュアン 1995年版
(右)ブリュッセル 2003年版

1:50,000はどうだろうか。こちらは57面で全土をカバーするが、図郭は隣接図と一切重複させない従来型だ。いまだに現地で「参謀本部地図 cartes d'état-major」という旧称が通用するのも分かる気がする。しかし、2001年に新図式によるデジタル編集図への置換えが完了して、内容は旧図から大きく変貌した(写真左は旧版、中は新版の第1版、右は第2版)。この地形図(アントヴェルペン Antwerpen 図葉)は、国際地図学協会ICAから2001年の「優秀地図賞 Award for Excellence in Cartography」を得ている。

新図式はカラフルで、かつ他国にも例が見当たらないほど描写の詳細さが際立っているが、旧図と比較して特徴的なところを三つ挙げておこう。一つは、集落と道路の表示が黒からグレーへと色が薄くなったことだ。点在する都市や集落とそれをつなぐ道路網は、読図の際にまず目が行くところなので、全体のイメージに与える影響も大きい。集落の上に地名などの注記文字が重なっても読むのに支障がない反面、下の集落の表示は読み取りにくくなった。一方、工場や建物類似の構築物は茶系の色を与えて、居住地区と明確に区別している。

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1:50,000索引図

二つには、植生を色の違いだけで表したことだ。旧版でも森林はライトグリーンで塗っていたが、広葉樹林と針葉樹林の区別は日本と同様、記号によっていた。新図は彩色で広葉、針葉、混合林の3種を分けている。強いて近似の色名でいえばアップルグリーン、ミントグリーン、フォレストグリーンだろうか。しかし、依然として耕地や牧草地、言い換えれば人が生産活動に利用している地表面には色が設定されていないので、無地の部分が多いのは旧版と共通している。

三つ目はあまり目立たないが、鉄道の表示だ。旧版は複線以上が黒の太線、単線が日本のJR線と同じ旗竿だった。電化区間は鉄道記号の上に白抜きの菱形を置くもので、駅と紛らわしかった。新版では、複線以上は黒の細線2本、単線は中線1本と直観的だ。旗竿は引退したわけではなく、なんとタリス Thalys が走る高速線に転用されるという破格の出世を果たした。また、電化の記号はなくなり、逆に非電化線をNEの文字で示している。

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(左)1:25,000地形図表紙
ブレーデネ、ハウタフェ
1957-1986年版
(右)1:20,000地形図表紙
アントヴェルペン、スホーテン
1996年版

1:10,000は格段に表現が詳しくなるが、市街地を除いて旅人には持て余す大縮尺なので、縮小版の1:20,000のほうに触れておこう。これに対応する旧図の縮尺は1:25,000だが、継続性を犠牲にしてまで縮尺を変更したのは、1:10,000から縮小する作成方法との関係だろうか。さすがに原図の40%縮小(1:10,000→1:25,000)では、線や文字が判読できないのかもしれない。ちなみに旧図体系では1:25,000がオリジナルの測量図で、1:10,000はそれを単純拡大したものであり、いまとは逆の生成関係だった(写真左は旧版1:25,000、右は新版1:20,000)。

新図式の地図記号は旧図と比較にならないほど膨大だ。道路、地物、水部、植生とあらゆるカテゴリーが細かく分類されていて、中でも植生は、色と幾何学模様の組合せが芸術的な域に近づいている。おそらく土地利用図としての役割も持たせてあるのだろう。1:20,000の新図置換えはまだ一部で完了していないので、旧版はセリ・クラシーク série classique(旧シリーズ)、新版はセリ・ニュメリーク série numérique(デジタルシリーズ)と呼んで区別している。

IGNのサイトでは地形図の広告が最前面に据えられていて、フランスのIGNのように自らの手で地形図を積極的に販売していこうという姿勢が汲み取れる。オールインワンのデジタル媒体や地形図地図帳 Atlas topographique のような製品のほかに、ハイキング、サイクリングなどのための旅行情報を付加した旅行地図が数多く刊行されていて、美しい表紙デザインを追うだけで心が躍る。これらはIGNのサイトで直販されている。

■参考サイト
IGN http://www.ngi.be/ または http://www.ign.be/
どちらも、最初にオランダ語版(Nederlands)かフランス語版(Français)を選ぶようになっている。
ICA優秀地図賞に関する記事 http://www.ngi.be/NL/NLmainawarden.htm
ベルギーの地図に関する情報は、「官製地図を求めて-各国地図事情 ベルギー」にまとめている。
http://homepage3.nifty.com/homipage/map/map_belgium.html

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