ベルギーの地形図
ベルギーをよく知らなかった頃、筆者は漠然と、広々とした平野が続く国だと思い込んでいた。おそらく北隣のオランダと混同していたのだが、同じような印象を抱いている人も少なくないのではないか。実際訪れてみると、首都ブリュッセルBruxellesの街中でさえけっこう起伏が感じられるし、国土の南半分は丘陵を経て、より高度差の大きなアルデンヌ高地へと遷移していく地形だ。オランダに比べて変化があるので、地勢表現が省かれた道路地図では物足りず、官製地形図の助けを借りたくなる。地形図の作成元であるベルギーの測量局は、オランダ語でNationaal Geografisch Instituut (NGI)、フランス語で Institut Géographique National (IGN)と称しているので、ここではIGNの略称を用いる(以下、原語表記は仏語)。
地形図のラインナップは、IGNの公式サイトに掲げられている。縮尺別では1:250 000、1:100 000、1:50 000、1:20 000、1:10 000の5種類があるが、ディジタルデータから編集するいわゆる「基本縮尺échelles pivot」は1:250 000、1:50 000、1:10 000の3種類としている。リストから漏れた1:100 000は1989年を最後に更新されていないし、1:20 000は1:10 000地形図を単純に50%縮小したものだ。
1:250 000は1面で全土をカバーする。国の面積が30528平方キロと、関東地方(32424平方キロ)より少し小さい程度なので、大判用紙の片面に収まってしまうのだ。全土が眺め渡せるから、都市相互の位置関係や距離感覚がつかむのにいい。ただし、通常販売されているタイプは、地図を南北に分割して両面印刷したものを小さくたたみ、地名録とともに透明ケースに入れてある(写真は1993年版の折図表紙、現在は表紙が異なる)。
図上1cmで実寸2.5kmを表すこの縮尺は、徒歩や自転車移動で使うには小さすぎて、おのずと自動車道の表示に重点を置いた道路地図仕様になる。クルマなら少々の坂道はものともしないから、等高線は必須ではない。それでフランス、オランダ、イギリスなど、周辺諸国の編集方針はどれも似ている。ベルギーもそれを踏まえているが、律儀に50m間隔の等高線(+25m補助曲線)を入れ、表紙にもTopo250とtopo(地形)を強調しているところが、他と一味違う。
1:50 000はどうだろうか。こちらは57面で全土をカバーするが、図郭は隣接図と一切重複させない従来型だ。いまだに現地で「参謀本部地図cartes d'état-major」という旧称が通用するのも分かる気がする。しかし、2001年に新図式によるディジタル編集図への置換えが完了して、内容は旧図から大きく変貌した(写真左は旧版、中は新版の第1版、右は第2版。下写真は1:50 000索引図)。この地形図(アントヴェルペンAntwerpen図幅)は、国際地図学協会ICAから2001年の「優秀地図賞Award for Excellence in Cartography」を得ている。
新図式はカラフルで、かつ他国にも例が見当たらないほど描写の詳細さが際立っているが、旧図と比較して特徴的なところを三つ挙げておこう。一つは、集落と道路の表示が黒からグレーへと色が薄くなったことだ。点在する都市や集落とそれをつなぐ道路網は、読図の際にまず目が行くところなので、全体のイメージに与える影響も大きい。集落の上に地名などの注記文字が重なっても読むのに支障がない反面、下の集落の表示は読み取りにくくなった。一方、工場や建物類似の構築物は茶系の色を与えて、居住地区と明確に区別している。
二つには、植生を色の違いだけで表したことだ。旧版でも森林はライトグリーンで塗っていたが、広葉樹林と針葉樹林の区別は日本と同様、記号によっていた。新図は彩色で広葉、針葉、混合林の3種を分けている。強いて近似の色名でいえばアップルグリーン、ミントグリーン、フォレストグリーンだろうか。しかし、依然として耕地や牧草地、言い換えれば人が生産活動に利用している地表面には色が設定されていないので、無地の部分が多いのは旧版と共通している。
三つ目はあまり目立たないが、鉄道の表示だ。旧版は複線以上が黒の太線、単線が日本のJR線と同じ旗竿だった。電化区間は鉄道記号の上に白抜きの菱形を置くもので、駅と紛らわしかった。新版では、複線以上は黒の細線2本、単線は中線1本と直観的だ。旗竿は引退したわけではなく、なんとタリスThalysが走る高速線に転用されるという破格の出世を果たした。また、電化の記号はなくなり、逆に非電化線をNEの文字で示している。
1:10 000は格段に表現が詳しくなるが、市街地を除いて旅人には持て余す大縮尺なので、縮小版の1:20 000のほうに触れておこう。これに対応する旧図の縮尺は1:25 000だが、継続性を犠牲にしてまで縮尺を変更したのは、1:10 000から縮小する作成方法との関係だろうか。さすがに原図の40%縮小(1:10 000→1:25 000)では、線や文字が判読できないのかもしれない。ちなみに旧図体系では1:25 000がオリジナルの測量図で、1:10 000はそれを単純拡大したものであり、いまとは逆の生成関係だった(写真左は旧版1:25 000、右は新版1:20 000)。
新図式の地図記号は旧図と比較にならないほど膨大だ。道路、地物、水系、植生とあらゆるカテゴリーが細かく分類されていて、中でも植生は、色と幾何学模様の組合せが芸術的な域に近づいている。おそらく土地利用図としての役割も持たせてあるのだろう。1:20 000の新図置換えはまだ一部で完了していないので、旧版はセリ・クラシークsérie classique(旧シリーズ)、新版はセリ・ニュメリークsérie numérique(ディジタルシリーズ)と呼んで区別している。
IGNのサイトでは地形図の広告が最前面に据えられていて、フランスのIGNのように自らの手で地形図を積極的に販売していこうという姿勢が汲み取れる。オールインワンのディジタル媒体や地形図地図帳Atlas topographiqueのような製品のほかに、ハイキング、サイクリングなどのための旅行情報を付加した旅行地図が数多く刊行されていて、美しい表紙デザインを追うだけで心が躍る。これらはIGNのサイトで直販されている。
■参考サイト
IGN http://www.ngi.be/ または http://www.ign.be/
どちらも、最初にオランダ語版(Nederlands)かフランス語版(Français)を選ぶようになっている。
ICA優秀地図賞に関する記事 http://www.ngi.be/NL/NLmainawarden.htm
ベルギーの地図に関する情報は、「官製地図を求めて-各国地図事情 ベルギー」にまとめている。
http://homepage3.nifty.com/homipage/map/map_belgium.html
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「オランダの新鉄道地図Nieuwe spoorkaart van Nederland」と称するこの地図は、道路と水系で構成した単色のベースマップの上に、赤や緑の実線で鉄道路線を描いている。タイトルを見る限り何の変哲もなさそうだが、凡例(蘭・英併記)に目を通せばユニークな地図であることは明らかだ。
縮尺は1:300 000で、ベースマップには同国の測量局Topografische Dienst Kadasterが編集した1:250 000道路地図を縮小使用している。道路地図といっても日本で言えば1:200 000地勢図に相当する公式地図で、道路、集落、水系、植生、行政界などが詳細に書き込まれたものだ。地図の見栄えで他と一線を画しているだけでなく、オランダの鉄道インフラの大要が概観できるという意味で注目に値する資料だ。どのような内容が盛り込まれているかは、凡例にある地図記号を見ていくのが手っ取り早い。表記がすべてオランダ語なので、参考のために、鉄道に関する地図記号の意味を日本語で付しておこう(厳密な訳ではないのでご了承を)。
オランダもインフラ管理と列車運行の事業者を分ける上下分離が実行されているが、後者の旅客輸送の大部分を担当するのがオランダ鉄道Nederlandse Spoorwegen (NS) だ。NSのサイトでは、時刻表添付と同じデザインを用いた地図がPDFファイルで提供されている。
一方、独立系の鉄道旅行情報サイトTreinreiziger.nlでは、趣向の違う鉄道地図(PDF)が提供されている(Treinreizigerは英語ならtrain travelerの意)。オランダ国内の鉄道旅行に持っていくとすれば、NSの運賃地図よりこちらのほうだろう。なぜなら、これはオランダの旅客列車のルートを一覧できる優れものだからだ。
ベルギー国鉄SNCBの公式サイトに、インタラクティブ形式の路線図がある。ベルギーの公用語であるオランダ語、フランス語、ドイツ語のほかに英語版も用意されていて、抵抗なく使える。さらに、表形式の時刻表のリンクもあるので、鉄道旅行に最低限必要な情報が揃う。ところが、公式サイトの英語版ではなぜかリンクが欠落していて、英語版の路線図を見るのに、わざわざオランダ語(NLと略記)かフランス語版(FR)から入っていかなければならない。
幸いなことに、路線図の古いバージョンがまだ残っている。こちらの方が機能が少ない分、ストレスなしに作動する。デザインを見る限り旧バージョンとは信じられないが、2007年開通のアントウェルペンAntwerpen中央駅を通過する新線が描かれていないので、それ以前の製作のようだ。
一つは、駅舎を写した古い絵葉書を集めた「昔のベルギーの駅Les gares belges d'autrefois」というサイトにある。トップページの最下段に、「草創期から今日までのベルギー鉄道地図Carte du réseau belge depuis sa création jusqu'à nos jours」と「ベルギー旅客鉄道地図(2002年)Carte du réseau voyageurs belge (2002)」がリンクされている。特に前者は、廃止線を含めた普通鉄道の全路線を描きこんだ力作で、全盛期の鉄道網を回顧できる。
もう一つは、「ベルギー鉄道非公式サイトChemins de fer belges - Site non officiel」というベルギーの鉄道を紹介する個人サイトで、その中に「国鉄路線網地図Cartes du réseau SNCB」という鉄道地図を集めたページがある。最上段にある時刻表の添付地図をはじめ、多くは紙地図をスキャンしたものだが、唯一、「鉄道網の変遷Évolution du réseau」は、1830~2000年までの鉄道網の変遷を1年1秒の速度で見せるユニークな動画像だ。
アイルランド鉄道
北アイルランド鉄道
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