新潮社の日本鉄道旅行地図帳
このブログではヨーロッパの鉄道地図を各種取り上げてきたが、日本でも目下、画期的なシリーズが刊行中だ。昨年(2008年)5月の発刊から9ヶ月、ついに筆者の住む関西編まで揃ったので、ここで少し感想を記しておこう。
地図の電子化が進む一方で、アイディアを競うように実用本位の地図帳が書店の棚を賑わせている。このシリーズも、地図出版の傾向と鉄道趣味のブーム化とを追い風に企画されたに違いない。刊行予告の時点では、手を変え品を変えてよく作るものだ、となかば呆れて眺めていたが、第1号を手にとって少なからず驚いた。盛りだくさんの内容とこだわり抜いた編集、まさに日本の鉄道を徹底的に楽しむために作られた、他に類を見ない地図帳だったからだ。
新潮社刊「日本鉄道旅行地図帳」は、エリア別に北から12分冊とし、旧領土・植民地の別巻も予定されている。メインテーマとなる鉄道地図は、現状報告にとどまらず過去と未来にも目を向けているのが新鮮だ。
今を描く「鉄道旅行地図」は、現存鉄道の全線全駅を、数値地図の標高データを用いて地勢を精密に描き出したベースマップ上に図化したものだ。縮尺は各号の中では統一されているが、北海道、東北などは1:800 000、南関東、東海、関西などは1:500 000と、鉄道網の疎密度によって変えている。都市圏は拡大図がある。路線表示についてはJRと私鉄の単線・複線に分類し、信号場や貨物駅、スイッチバックや急勾配区間を注記している。別ページで写真と解説をつけた名駅舎・鉄道保存施設、一口コメントを添えた車窓絶景など、鉄道関連の見どころ紹介も楽しい。
題名に「旅行」と銘打っているとおり、地図には百名山、さくら名所、名城、名湯、その他名所旧跡の記号がプロットされ、地名の傍らに土地の名産品がさりげなく記されている。地図帳が鉄道ファンに限らず、旅好きな層全般に支持されているのも頷ける。
山岳地帯は鉄道にとって建設・運行の難所である一方、旅行者にとっては車窓の変化が列車に乗る楽しみを誘う。地図帳ではそういう地域を選んで、三次元の鳥瞰図で紹介している。これまでの9号から拾うと、狩勝峠、板谷峠、清水トンネル、碓氷峠、箱根富士、立山黒部、大井川と指折りの名所ばかりで、峡谷や山腹を縫う鉄路のかぼそげな様子が臨場感をもって伝わってくる。関西編では、これが奈良飛鳥と京都近傍の国宝所在地を示す図になっている。発想は大変ユニークだが、遠方になるほど面積がひずむため、一部の注記が集中して錯雑感を招いてしまった。垂直視点にしたほうが分かり易かっただろう。東京の地下鉄立体透視地図も同様で、固定の視点で立体的に見せるには限界があり、表紙にあるような標高地形図に重ねれば十分ではなかったか。
過去を記録するのは「廃線鉄道地図」で、過去帳入りした路線やルート変更の跡を駅名入りで、かつ現役線との接続状況も含めて明らかにしている。幾度も変遷を重ねている路線は、時代別の分図が用意されているし、スイッチバックは消滅したものを含めて解説つきの配線図がある。全国津々浦々の路面電車、森林鉄道、簡易軌道まで洗いざらい調べ上げ、丹念に書き込んだ執念にはまったく脱帽する。筆者も旧版地形図を渉猟したことがあり、昔どこに鉄道が延びていたかはたいてい知っているつもりだったが、この地図を読めば、こんなところにも、という小鉄道がまだまだ現れる。これまで廃線跡探訪記などで個別の路線図は目にしても、全国規模の一覧図にまとめたものはなく、将来にわたって交通発達史の貴重な資料となるに違いない。
未来予想図としては、東京近郊の構想線・夢想線が特集されている。事情通にとってはこの項の監修者である川島令三氏の著書で既知の情報とはいえ、一般の読者は興味津々で眺めることだろう。同じように未来形だったはずが、図らずも過去完了になってしまった国鉄予定線・未成線の一覧図もあり、鉄道に託された見果てぬ夢に思いを馳せることができる。
各号には地域特集として、特徴的なテーマを取り上げたコーナーがある。上述の鳥瞰図や構想線一覧もその一つだが、ほかにも、昭和初期の蛇腹折り鉄道地図を紹介したり(東北編)、蒸機のメッカ、梅小路蒸気機関車館をレポートする(関西編2)など、どこまでも読者を飽きさせない。さらに車両基地一覧、軟券博物館、そして後半には路線と駅の詳細なデータ集等々があり、たかだか50ページ前後の冊子としては、信じられないほどの密度を有する。
諸外国の鉄道地図帳が、おおむね路線あるいは列車データの図化に特化した、いわば専門店であるのに対して、こちらは痒いところに手が届くコンビニのような店づくりになっている。筆者は紹介記事を書こうとして一度ならず読み返したが、そのたびに新たな発見があり、遅々として筆が進まなかった。大仰ではなく、日本の鉄道140年の歴史を地図上に焼き付けた記念碑的労作と言うべきだろう。
ところで、従来、鉄道地図というと、時刻表の索引地図のように、弧状に連なる日本列島を矩形の図郭に収めるため、距離や方位を歪めるのが通例だった。それに対して、この地図帳は正縮尺(1つの図の中で縮尺が一定)を標榜している。識者の書評で、日本初の正縮尺鉄道地図を謳うのは編集者の不勉強で、1966年に鉄道図書刊行会から「日本鉄道線路図」が出ていると指摘されていた(「鉄道ジャーナル」2008.11 p.142)。興味を覚えていたところ、さっそく刊行元の鉄道誌(「鉄道ピクトリアル」2009.1)に復刻版が掲載された。確かに全国同一縮尺、全線全駅の先駆的な著作だが、白地図に路線を記入しただけの至ってシンプルなものだ。初のタイトルは譲っても、情報量や多様性の点で、今回のシリーズとは比較にならないことを言い添えておきたい。
■参考サイト
新潮社「日本鉄道旅行地図帳」 http://www.shinchosha.co.jp/railmap/


前者の1つめは、フランス国鉄SNCFが製作し、フランス鉄道線路公社Réseau Ferré de France (RFF) が公開している。1997年、旧フランス国鉄SNCFは列車運行とインフラ管理を別組織化する、いわゆる上下分離の対象となったが、その際、インフラ保有の受け皿として設立されたのがRFFだ。その資料サイトに、組織のミッションにふさわしい鉄道地図が収められている。「Réseau ferré national(全国鉄道ネットワーク)」というタイトルで、RFFの管理下にあるフランス全土の鉄道線(一部の地方私鉄を含む)を詳細に図示したものだ。記載項目は比較的シンプルで、線路の本数、待避線、操車場、旅客駅とそれ以外(非営業を含む)といった施設関係と、狭軌線、地方私鉄、休止線、廃止線の区別、それに行政界とSNCFの管理局界が入っている程度だ。しかし、鉄道の公式資料であり、全線全駅が待避線や連絡線の有無を含めて丹念に図示されていることで、注目に値する。
もう1つは個人サイトで、「フランス鉄道網Le réseau ferré français」と題する線路配置図だ。上記の地図を各路線の主要駅間ごとに抽出したような体裁で、駅とキロ程を図示している。また、付属資料として開業日、勾配、トンネル、電化方式、最高速度などのデータを揃えているので、資料集として活用できる。
最後は、イル=ド=フランス交通連合Syndicat des transports d'Île-de-France (STIF) のサイトにある鉄道地図だ。下記のリンクをたどると、Cartothèqueの括りにさまざまなタイプの路線図PDFが集められており、パリ都市圏の公共交通を知るうえで見逃せない資料集となっている。
まず、フランス国鉄SNCFのサイトには、フランス全国版とイル=ド=フランスÎle-de-France(首都パリを中心とする地域、首都圏)の詳細版がある。全国版は路線網と主要駅を表示しているが、TGVやユーロスターが走る高速鉄道線以外は、すべて細線で区別なく表した単調な地図だ。イル=ド=フランス版はパリと郊外を結ぶRERとTransilienの路線を描いているが、3.5MBもあるPDFファイルにもかかわらず、解像度が低く、実用に耐えない。
次は、個人サイトの力作だ。フランスとカナダ(およびブラジル、リオデジャネイロ)の有用な鉄道地図が提供されている。列車が走るルートを列車種別や系統ごとに描き分け、同時に主な駅間の所要時間や運行頻度を表示したものだが、スマートな配色と明解なデザイン、それにデータ更新が頻繁に実施されていることにも感心する。
3番目は「フランスの鉄道地図 II」で紹介したイティネレール・エ・テリトワール社Itinéraires & Territoiresが運営するサイトitransports.comにある、インタラクティブマップだ。メインページはフランス語だが、英語版も用意されているので、そちらで説明しよう。
最後も個人サイトで、「公共交通アトラスAtlas des transports publics」と題し、鉄道線はもとよりバス路線を克明に描いた正縮尺地図をPDFで提供している。使用言語はフランス語のみ。

最近のコメント