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2008年12月25日 (木)

立山砂防軌道を行く

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応募パンフ

今年(2008年)9月、立山カルデラ砂防体験学習会に参加した。アルペンルートの西の起点、富山地鉄立山駅にほど近い立山カルデラ砂防博物館が毎年夏のシーズンに募る、砂防工事の現場を見学する1日ツアーだ。

そのうち「トロッココース」は、現場まで片道トロッコ列車、片道マイクロバスで移動する。原則として毎週水曜日催行、40名限定なので、希望者が多ければ抽選になる。工事関係者専用で一般営業をしていない立山砂防軌道(国土交通省立山砂防工事専用軌道)に乗車できるとあって人気が高く、前年の平均倍率は3.6倍という狭き門だ。当選しても、天候や軌道や林道の状況によっては中止がありうる。HPによると昨年の実施率は72%で、参加予定者は4回に1回の割りで涙を飲んだことになる。

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富山地鉄で立山へ(常願寺川を渡る)

その日は幸いにも天候に恵まれた。40名を半数ずつに分け、筆者は第2班に割当てられた。第1班は往路がマイクロバスで復路がトロッコ、第2班はその逆のコースをたどる。2008年度の第2班の日程表は次のとおりだ(一部省略)。

9:30 博物館集合
10:10 立山砂防事務所
10:20~11:55 トロッコ乗車
11:55~12:45 水谷平(昼食)
13:05 天涯の湯でバス乗車
13:30 白岩下流展望台
13:55 六九谷展望台
14:20 泥谷砂防堰堤群
14:40 立山温泉跡地
16:00 有峰記念館(休憩、アンケート記入)
16:50 博物館帰着

指定の9時30分、博物館玄関に設けられた受付へ行く。危険承知の宣言文に署名捺印して提出し、参加費1700円を納めると、ガイドブックと日程表を手渡された。ガイドブックは、見学スポットを写真つきで解説したものだが、地図ファンが注目したのは、裏表紙のポケットに挟んである国土地理院地形図の複製だ。全ルートの1:50,000とカルデラ周辺の1:25,000が両面に印刷され、原図では略されている地名や展望台、発電所、トンネルなどが詳しく書き込まれている。用紙は水に強い合成紙で、野外に携帯することを考慮してある。筆者はいつもどおり、オリジナルの地形図を持参していたが、即座にこれに持ち替えた。

素人の集団を7時間もの間引率してくれるのは、ボランティアのH氏と作業衣姿のF氏で、別に、現場で説明に加わってくれる人たちもある。出発に先立って、予備知識を得るため、博物館の有料エリアを駆け足で巡った。俯瞰写真や模型でカルデラの全体像を確かめ、映像で、今からちょうど150年前、安政5(1858)年の大地震で起きた土石流災害が、砂防事業のきっかけとなったことを知った。

立山砂防軌道周辺の1:25,000地形図(施設名等を加筆)
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千寿ヶ原~妙寿トンネル
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妙寿トンネル~水谷平

■参考サイト
立山駅付近の現行1:25,000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/36.583300/137.445400
 立山駅南の博物館記号が砂防博物館。砂防軌道はその裏手から延びる。

10時20分、いよいよ隣の砂防事務所構内に移動する。建物を抜けて裏に出ると、待望のトロッコ列車の姿があった。軌間はわずか2フィート(610mm)、小型のDLの後ろに3両のミニ客車が連結されている。ここからは工事現場なので、乗車前にヘルメットを着用しなければならない。狭い車内には、枕木方向に座席が3列並んでいる。各列に3人掛けでと言われて、縮こまるようにして着席した。終始視界が開ける進行方向右側に席が取れるかどうかは、運次第だ。短くない乗車時間だが、低速なので乗り心地は悪くない。

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(左)トロッコ列車が待機中 (右)狭苦しい車内
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車窓から基地を望む

出発するといきなり、3段のスイッチバックがある。かつて手操作だったポイント切換えは1986年に全線自動化が完了しており、列車が折返し線に入りきるとすぐ反対側へ動く。列車は、踏切に一旦停止するような感覚で軽快に切り返していく。さっきいた千寿ケ原のホームが見る見るうちに眼下に遠ざかり、森の向こうに消えていった。

線路はこのあと林に包まれた急斜面をひたすら這い上がり続ける。寄り添う常願寺川は名だたる荒れ川だ。客車の山側は落石などの危険防止のために扉を閉めてあるが、川側は開けっ放しで、ロープ1本渡しているに過ぎない。足下に奈落の谷底が透けて見え、鉄橋を渡るときはとりわけスリルに満ちている。

おばさんが緑の旗を振る中小屋連絡所を通過する。トロッコに運行上の連絡をするこの施設は、列車の交換所を兼ねている。しばらく、まだ真新しいトンネルをいくつもくぐり抜けていく。崩落の危険がある個所を迂回する安全対策工事が今もなお進められているのだ。雨が降らなくても落石があるそうで、線路際に転がっている大きな岩が、先日落ちてきたばかりと聞いて肝を冷やした。路線変更により、岩の横っ腹をくりぬいた天鳥、桑谷のオーバーハング2個所を含む区間がすでに廃止されている。桑谷の堰堤の下を抜けていた区間も常願寺川寄りに直線化されて、車窓から眺めるだけになった。

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(左)オーバーハングの手前を迂回
(右)砂防ダムの見えるスイッチバック

軌道始点の標高は476mで、終点は1116m。標高差640mを距離18.0kmでクリアするので、平均勾配は35.5‰になる。最も急な個所は50‰もあるという。名物のスイッチバックは全部で38段(改良前は42段)あり、一度に何段も重ねて高度を稼ぐのだが、川はいつのまにか追いついてくる。

出発当初は珍しがってしきりに写真を撮るのだが、中盤では見慣れてしまい、手が止まる。ただし、七郎からクズ谷にかけて連続するそれは、最上段に小さな谷川を急カーブで巻くデッキガーダー橋が控えていて、模型のレイアウトかと思わせた。こうした橋桁や標識などは冬の間撤去するそうで、簡素なつくりになっている。

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小さなスイッチバックの繰り返し

終盤近くの樺平では、18段連続スイッチバックという驚異の見せ場が待っている。気が遠くなるほど前進後退を続けて、200mもの高さをよじ登っていくが、木々が視界をじゃまして、せいぜい自分の位置から2~3段しか見えない。

ろくな実景写真がないので、代わりに博物館にあった展示パネルを写真で掲げておこう(下の写真2点)。意外にも、18段を構えたのはそれほど古い話ではない。1929~44年の初代ルートは樺平スイッチバックの3段目から直進したあと、インクラインで現軌道の水谷トンネル出口付近へつないでいた。1951~64年の2代目は樺平から複線の空中ケーブルでこの間を短絡したが、いずれにしても貨物の積替えが必要だった。この不便を解消するために、1965年、現在のルートに切り替えられたのだ。トロッコは立山カルデラの砂防現場に入る唯一の交通手段だったが、1974年に有峰林道が開通して、トラックで乗り入れることが可能となった。現在、トロッコが担当するのは、主として道路が未整備の中流域だ。

連続スイッチバックの8段目で、右手に薬師岳が姿を現す。全段を通過してトンネルを抜けたところで、一旦下車の指示が出た。窮屈な車内を脱出した解放感に浸りながら、南に延びる真川の青い谷を展望した。

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樺平の18段連続(博物館展示パネル)
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樺平の路線変遷(博物館展示パネル)
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真川谷の眺望

11時45分、終点水谷平に到着し、昼食タイムとなる。参加者は思い思いにちらばって、持参したおにぎりや弁当をほおばった。ドロノキの綿毛の胞子が風に舞っている。日差しは夏の名残りの強さがあるが、そよぐ風は涼しく心地よい。

水谷平は崩壊土砂(トンビ泥と呼ばれる)が残った山の中腹のひら地で、背後にはカルデラ壁の急斜面がそそり立つ。仰ぎ見る柱状節理の絶壁から、落差60mの滝が落ちている。向こうに建ち並ぶプレハブの宿舎は、シーズン中、100~200人の工事関係者が生活する場なのだそうだ。冬は深い雪に埋もれるため、作業は6月から10月の5ヶ月に集中して行われる。携帯電話がなかったころは、長期滞在する作業員が麓の家族の声を聞くために、公衆電話に長い列を作ったという。しかし、いまはこんな秘境でも圏内だ。

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終点水谷平に到着

約1時間の昼食休憩を終えて、行動を再開した。上流側にうがたれた長さ345mの白岩トンネルを徒歩で通り抜ける。レールが路面に半ば埋まった形で残っていて、かつて軌道がさらに奥へと続いていたことがわかる。持参品の一つに挙げられていた懐中電灯は、ここで使うはずだったが、たまたま作業車の通過で天井の蛍光灯が点っていたので、用なしに終わった。

トンネルの先は立山カルデラの底に相当する。天涯の湯がある広場で、林道をたどって来る第1班をしばらく待った。天涯の湯というのは、作業員の仕事の汗を流す浴場で、火山性の温泉を引き、雄大な山岳風景を眺められる露天風呂が用意されているのだ。最近できた足湯は、参加者も体験できるが、水を入れないとぴりぴりするほど熱い。

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(左)軌道跡の白岩トンネル (右)作業車に続いて徒歩で通過
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(左)橋の上に残るレール (右)足湯で小休止

ここまででもけっこう堪能した気がしたが、見学は午後が本番で、ワゴン車の先導のもと、マイクロバスに乗って、展望台をはじめとするカルデラ内の見どころを移動する。しかし、ブログのテーマから外れるので、先を急ごう。

満々と水を湛えた有峰湖で休憩し、和田川が刻んだ千尋の谷壁を縫うように走って出発地点に戻ってきたのは、予定より早く16時20分ごろだった。地鉄の電車には少し時間がある。朝方見ることができなかった博物館の残りの部屋をさらっと巡ることにした。2階を右に進むと、SABO(砂防)展示室があり、本物のトロッコ機関車が置かれている。続く客車をかたどったブースには、前方展望ビデオを映して、乗った気にさせるコーナーがある。トロッコの模型が動くスイッチバックのレイアウトや、全線の詳細図面の前では、思わず足が止まった。しかし閉館時刻は迫る。短時間で見流そうとしたことを悔んだが、遅かった。

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谷の対岸から水谷平を遠望
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博物館のレイアウト展示

■参考サイト
立山カルデラ砂防博物館 http://www.tatecal.or.jp/
国土交通省北陸地方整備局立山砂防事務所 http://www.hrr.mlit.go.jp/tateyama/
 左メニュー「立山軌道トロッコ」のページに、仕様、展望映像

掲載の地図は、国土地理院発行の2万5千分の1地形図小見、大岩、立山(いずれも昭和51年修正測量)を使用したものである。
地図に加筆したデータは、「立山カルデラガイドブック」第2版および添付地図, (財)立山カルデラ砂防博物館, 2003(平成15)年4月、ならびに2008年9月時点の立山カルデラ砂防博物館内展示資料に基づく。

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コメント

今日は。
立山砂防軌道を一人で徒歩で辿るのは10年くらい前に考えていたのですが、アプローチに金と時間がかかり過ぎるので、
実行しない内に興味が薄れてしまいました。
私が考えていたのは、夏季専用バスの有峰湖バス停から林道を徒歩5時間くらいだったかで、
砂防軌道終点付近に到着できる気がしたのですが、
当時の25,000地図で林道終点と軌道終点の間数100mに徒歩道の表記がなく、仮に歩行不能の崖だったら、撤退という事でやる気が失せたこともあります。
砂防軌道への無許可侵入を防ぐため地図の表記をぼかしたんじゃないか?とかも疑ってましたが。
マイクロバスを使って軌道終点に行けるという事は歩けば誰でも無許可で辿りつけるということになりますね。

コメントありがとうございます。
立山カルデラは今も崩壊が進んでいて、永遠の工事現場という印象でした。市販の登山地図にもこの一帯を通過できる登山道が書かれてないので、徒歩の立入りもできないのではないかと思います。有峰林道真川線は折立にゲートがあり、工事用車両のみ通行可だそうです。

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