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2008年7月31日 (木)

新線試乗記-日暮里・舎人ライナー

にっぽり、とねり。難読地名を連ねた東京都交通局の新線は、長らく軌道系交通機関のなかった地域の期待を一身に背負って、2008年3月30日に開業した。筆者も5月中旬に出かけていき、空中を翔るかのような車窓風景を愉しんだ。少し時間が経ってしまったが、記憶をたどりながらあの小旅行を再現したい。

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駅案内板

日暮里・舎人ライナーは、上野駅から2つ目の日暮里と、荒川を越えた足立区西北端の見沼代親水公園(みぬまだいしんすいこうえん)駅の間、9.7kmを走る新交通システムだ。ルートの大部分は尾久橋(おぐばし)通りの上空を行く。都道58号台東鳩ヶ谷線、通称尾久橋通りは、都心から郊外へ放射状に伸びる都市計画道路(放射11号)として整備された経緯から、ほぼまっすぐ北へ針路をとる。それでこの新線も、西隣の埼玉高速鉄道に比べれば、気持ちのいい直線路を描いている。前面展望だけではなく、全線高架で、晴れた日には筑波山や富士山までよく見えるという展望の良さは、単なる通勤通学路線として扱うには惜しいくらいだ。

さて当日、日暮里駅で京浜東北線を降り、案内に従って北口改札を出ると、右手に新駅への通路があった。土曜の朝8時、郊外行きのホームに上がってくる人はわずかだ。到着した車両が乗客を吐き出した後、悠々と最前列に陣取る。無人運転なので、左1席、右2席の最前列は視界を遮るもののない特等席だ。車両は東京湾の「ゆりかもめ」と同タイプで、小さい箱を5両つないでいる。運転間隔は現在、平日の日中で7分30秒、この程度なら待つのも苦にならない。

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日暮里駅に入る列車

発車すると、半径30mの最急カーブで左に90度曲がって、尾久橋通りに出る。西日暮里にかけては緩い上り勾配で、5丁目交差点付近ではビルの5~6階の高さに達しているのがわかったが、常磐線、京成本線、田端貨物線と次々に越えている既存線路には、ほとんど気がつかなかった。西日暮里で少しお客を拾ったあとは、未来もののアニメの光景のように、そそり立つビルの壁の間を進む。

次は、赤土小学校前。バス停のような駅名なのは、最寄りのそれを踏襲しているのだろう。熊野前も、いわずもがな都電荒川線の電停の名だ。熊野前の手前で尾久橋通りが高架に上がるため、わがライナーは道を譲って右脇に振れる。ビル壁の衝立が消えて、俄然見晴らしが良くなったと思うと、広い川面が視界に広がった。この付近は隅田川と荒川が近接していて、足立小台(あだちおだい)の駅は中州の上にあるように見える。荒川を渡る間もじわじわと上り詰めていくのは、左岸に延びる首都高中央環状線を乗り越す必要があるからだ。このサミットを越えると、ジェットコースターのように50‰の急坂をくねりながら駆け降りて、扇大橋駅へ滑り込む。ただし、全線のハイライトともいうべき両駅間の眺めは、上り列車(日暮里行き)で見るほうが迫力があると思う。

扇大橋から3つ目、西新井大師西(にしあらいだいしにし)で下車して、お大師さんに参拝してきた。東方向へ住宅街を縫っていくと10分強で西新井大師、すなわち総持寺の裏門に着く。途中の道路標識が、おそらくクルマ用なのだろうが、環七の方へ回るように書かれていて紛らわしい。至近に東武線があるからライナーが競合路線になるとも思えないが、名所を駅名に冠したい気持ちはわかる。それにしても、回文と錯覚するようなこの駅名はどうだろう。

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舎人公園駅の広い構内

谷在家(やざいけ)の集落を過ぎると、舎人の旧村までは一面田んぼだったはずだが、今はすっかり市街地化してしまった。その中で、舎人公園周辺だけは緑に覆われて、目が和む空間だ。舎人公園は、丘のように景観修復されたライナーの車両基地を含めて、69.5ha(東京ドーム15個分)という広大な面積を有している。東側にある大きな池のほとりに行ってみると、淡い紅色の睡蓮や黄色の菖蒲が咲き乱れ、あずまやのデッキから釣り人が糸を垂れるのどかな風景があった(右写真)。聞くところでは、西側の敷地は新東京タワー(東京スカイツリー)の候補地の一つにあげられていたそうだが、普通の公園にとどまってよかったのではないか。舎人公園駅は中間駅ながら、ホームは2面3線あり、中線は先述の車両基地へ通じている。

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舎人公園にて

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見沼代親水公園駅

終点の見沼代親水公園は、埼玉との都県境まであと300mという、東京23区の最北端だ。駅名は、ここを流れていた見沼代用水の跡を整備した公園に由来するが、足立区の資料によると、駅名公募の結果は舎人が1位だったそうだ。1880(明治13)年測量の1:20,000迅速測図でも、一円「村」ばかりの中でここだけが舎人「町」で、古くから中心地だったことがわかる。見沼代用水は、見沼の干拓と引き換えに18世紀に作られた農業用水で、埼玉県行田で利根川から取水し、ここまで延々60kmも流れ下ってきていた。末端ではその機能をとうに失ってしまい、水辺の緑道に再生されたのだ。用水は駅の目の前を横切っている。西側はそこそこ川幅を残しているが、東側は浅い人工水路に遊歩道と並木を巡らしたささやかなもので、広大な舎人公園とは比較すべくもない。

見沼代親水公園駅の先でライナーの走行路はぷつんと途切れている。車両はホームの両面に交互に到着して、また南へと折り返していく。

■参考サイト
東京都交通局-日暮里・舎人ライナー http://www.kotsu.metro.tokyo.jp/nippori_toneri/
見沼代親水公園駅付近の1:25,000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/35.814500/139.770700
見沼代親水公園駅付近のGoogleマップ
http://maps.google.com/maps?hl=ja&lr=&ie=UTF8&ll=35.8145,139.7707&z=17

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コメント

東京に住住んでると、日暮里(にっぽり)が難読地名と言われると意外ですが、
客観的に見れば確かに難読ですね。
舎人(とねり)は古語にもあるので、客観的に難読度は低いです。が、東京の人でも「舎人」を読める人は
この駅が出来る以前は少なかったです。

舎人付近は行政的に面白い場所で、
東京都区部-埼玉県の境界に関して、この付近だけ目立つ大きな川が無いです。
都内23区内住所の1戸建てを買う場合、ここは最も安い割に広いのが買える場所です。
よって、法令により自宅と車庫を都内に持つ事が義務付けられている個人タクシーの方の家が集中してる場所があります。

いつもコメントありがとうございます。
広い一戸建てが買えるので、個人タクシーを営む家が集中する。この因果関係にはうなりました。

日暮里、御徒町...これが読める関西人は、東京に何かゆかりのある人か、でなければ鉄道ファンだと思います。
そういえば、「おうじ」駅も関西人なら必ず王寺と書くでしょう。
ついでに23区も、葛飾区は寅さんのおかげで難読ではなくなりましたが、豊島区を正確に読める人は意外に少ないです。

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