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2008年6月26日 (木)

バルト三国の地図-リトアニアの地形図

リトアニアの測量機関である空中測地研究所 Lietuvos aerogeodezijos institutas / Lithuanian Institute of Aerial Geodesy は、百数十年に及ぶ現リトアニア領の地形図の歴史をたどるサイト「リトアニア領の地形図 Topografiniai žemėlapiai Lietuvos teritorijai / Topographic maps of Lithuanian territory」を開設している。見かけはそっけないが、内容はたいへん興味深いものだ。

■参考サイト
リトアニア領の地形図 http://www.agi.lt/topo/

各ページに、地図索引図 Žemėlapio lapų išsidėstymo schema、サンプル地形図 Topografinio žemėlapio pavyzdys のリンクが用意されている。説明は残念ながら全てリトアニア語表記なので、筆者には読み取れないが、収められた地図資料によって大要は把握できる。大見出しに沿って紹介すると、

1. Carinės Rusijos žemėlapiai
2. Vokietijos išleisti žemėlapiai
第一次大戦までリトアニアの国土の大部分はロシア領で、クライペダ Klaipeda(ドイツ名メーメル Memel)以南のバルト海沿岸がドイツ領東プロイセンだった。項番1は当時、ロシア帝国が作った地形図だ。1:21,000、1:42,000などという半端な縮尺になっているのは、ロシアの伝統的な度量衡に拠っているためで、地図に表示された距離の単位はサージェン сажень(約2.1m)、500サージェンが1ヴェルスタ верста(約1.1km)となる。1:21,000は、図上1デュイム дюйм(2.54cm)が実長250サージェンを表す。
項番2の標題はドイツ製地図という意味で、サンプル図は主として1910年代の日付が入っている。

3. Antrojo pasaulinio karo laikmečio vokiečių žemėlapiai
1940年代のドイツ軍用地図で、タイトル部分に公開不可 nicht für die Öffentlichkeit bestimmt、内部専用 Nur für den Dienstgebrauch などの注記がある。1:100,000には、バルト三国とベラルーシを含む地域の呼称だったオストラント(東部地方)Ostland の名が見られる。ソ連とドイツに交互に占領されて多数の犠牲者が出た受難の時期だ。

4. Lenkijos išleisti žemėlapiai
5. Lietuvos topografiniai žemėlapiai
6. Latvijos išleisti žemėlapiai
7. Sovietų Rusijos išleisti topografiniai žemėlapia
第一次大戦と第二次大戦にはさまれたいわゆる戦間期の地形図が集められている。項番4は首都ヴィリニュス Vilnius を含むリトアニア東部に関するポーランド製軍用地図だ。この地域は当時、ポーランドの占領下だったため、リトアニアの首都はカウナス Kaunas に置かれていた。
項番5はリトアニア自身が作成した地形図で、1:100,000の索引図を見ると、作成範囲はポーランド占領地を含んでいる。項番6は北隣のラトビアが作成した国境付近の地形図だ。
項番7はソ連製の地形図で、一部には項番1の時代からの改訂履歴が残る。縮尺はメートル法に変わっている。

8. Sovietų Sąjungos išleisti topografiniai žemėlapiai
9. JAV išleistas žemėlapis
項番8は第二次大戦後、ソ連時代の地形図で、1:5,000から1:1,000,000まで徹底的に整備されていたことがよくわかる。用意されたサンプル図は1980年代のものが多い。
一方、項番9は、アメリカ国防省地図作成局 Defence Mapping Agency が作成した1:50,000だ。最も有用な資料から1981年に編集したとあり、冷戦期の諜報活動を垣間見る思いがする。左下に「合衆国政府はリトアニアのソ連への編入は承認していない」という注記が見える。図名のカプスカス Kapsukas は南部の町だが、再独立後、旧名のマリヤーンポレ Marijampolė(聖母マリアの町)に戻された。

Blog_lithuania_50ksatellite10. Lietuvos topografiniai žemėlapiai
11. Lietuvos topografiniai žemėlapiai (LKS-94 koordinačių sistemoje)
リストの最後が現代のリトアニア地形図で、項番10はソ連図をベースに改訂を加えた第1期、項番11は新たな座標系に準拠した第2期(現行図)を示す。

第1期のうち項番10.3は、他のバルト諸国の項でも紹介した衛星写真地図 Kosminio vaizdo žemėlapis で、今も入手できる(右写真は首都ヴィリニュス、1998年版)。サンプル図は国土の西端に近いシルーテ Šilutė で、右端に見える水面は、砂州(図郭外)によりバルト海と隔てられている内海、クルシュー海 Kuršių marios / Curonian Lagoon だ。

図の中央にあるシルーテの町は、オレンジ色の塗りの下からモノクロ写真が透けて見えるため、重くて暗い表情をしている。市街地には主要道路と鉄道、それに教会が1つ描かれているばかりで、情報量は乏しい。衛星写真の上に比較的低精度のデジタルマップを重ねたこの地図は、地形図整備が進んだ今となっては古めかしくなってしまった。しかし、旧体制の崩壊で基本図の維持体制が空洞化したあの時代には、国土開発のために必要なインフラだった。

Blog_lithuania_50k 過渡的な第1期に比べると、項番11の2種の現行地形図は、精度が高いだけでなく、見るからにスマートさが感じられる。市販用1:50,000は厚紙のカバーまでついている(右写真)。

1:50,000のサンプル図を見ると、森林に地籍図のような境界と地番らしき数値が付されているのに気づく。この表示は数値化を徹底的に行うソ連図にあったものだが、現在は他国の同縮尺図には見られず、ここだけに残っている。一方、配色は地味だ。市街地はグレー、道路は茶色で塗られ、せっかくの明るい黄色は、目立たない里道だけに使われている。

第1期からの大きな変更点は、測地基準が切り替えられたことだ(リトアニア測地系 LKS-94)。図郭も全く異なり、測地系に合わせて1:10,000は5km四方、1:50,000は25km四方のサイズとなった。図番体系は1:10,000の図郭が基準で、西から東へ、南から北へ番号を振る。サンプル図を例にすると、1:10,000の79/32は、西から79列め、南から32行めの交点で、ヴィリニュス市の東端に当たる。同様に1:50,000の50-54/30-34は、50~54列と30~34行の交点の図郭を表している。

リトアニアの地形図の作成元、空中測地研究所の前身はソ連時代に遡る。航空写真を使って農地改革に必要な地籍図を作成するために、1950年に設立された国営企業だ。ソ連から独立した1991年に、国立空中写真測地研究所 National Institute of Aerial Photo Geodesy となり、一貫して国の基本図作成業務を担ってきた。1996年には政府出資会社に再編されて、現在に至っている。

■参考サイト
リトアニア空中測地研究所 http://www.agi.lt/
「官製地図を求めて」 リトアニア
http://homepage3.nifty.com/homipage/map/map_lithuania.html

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