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2008年3月27日 (木)

旧ソ連軍作成の地形図 I

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旧ソビエト連邦が、国内にとどまらず、世界中の地形図や都市図を軍用として極秘に作成していたことは今ではよく知られている。ソ連による地形図の一例を画像(上図、下注)で示した。縮尺1:500,000の1987年版だ。キリル文字表記だが、中央上の海峡や左端の都市に注目すれば、どこを描いた地図かはすぐにわかるだろう。交通路の情報は古いままなのに、飛行場や港、灯台(星印)、発電所(×に似た印)などは克明に描かれている。

*注 使用した地形図は、旧ソ連製1:500,000 I-52-4 1987年編集 の一部 (原画像を50%に縮小)

ソ連の測量機関は、測地地図総局 Главным управлением геодезии и картографии = ГУГК(英訳 Chief Administration of Geodesy and Cartography)という名称で、経済・民間分野の地図作成も一括して管理していた。

1958年のアメリカ軍総司令部の資料によれば、同時に、軍参謀本部 Генеральный штаб(General Staff)のもとにある軍事測量局 Военно-топографическое управление = ВТУ(Military Topographic Administration)もまたソビエトの地図作成に関わっていて、前者との間で緊密な協力体制をとりながら、有事の際は明らかに後者の権限が優先する、としている。これらの地図はタイトル部分に「軍参謀本部」の文字が添えられていることもあって、参謀本部地図 Генштабовские карте と通称される。

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京都市南部一帯(1:100,000 I-53-044 の一部、×100%)
東海道新幹線は描かれているものの、京都駅以西は少なくとも鉄道記号ではない。

ソ連図の研究者ジョン・デイヴィス John Davis 氏によれば、イギリスに関するソ連図で最も先行する例は図番M30の1:1,000,000図で、1938年の日付があるという。計画が第二次大戦以前から実行されていたことを裏付けるものだ。そして、戦後40年以上も続いたいわゆる東西冷戦で必要性が高まって、作業のさらなる徹底が図られたようだ。最大の規模をもつモスクワの測量局では、おそらく3万5千~4万人もの技術者が測量と図化に携わっていたといわれる。

地形図の作成範囲は

・1:1,000,000:全世界(約1,100面)
・1:500,000:全世界(約3,100面)
・1:200,000:全世界(オーストラリア、赤道アフリカ、南アメリカを除く)
・1:100,000:アジア、ヨーロッパ、北・北東アフリカ、北アメリカの大部分
・1:50,000:旧ソ連とヨーロッパ、極東、近東の多くの地域
・1:25,000:旧ソ連と東欧
・1:10,000:ソ連の1/4程度

におよび、そのほかに市街図(等高線入り)が作成された都市は、旧ソ連を除いても2,000以上あるという。D・ワット氏の見積りでは、これらをすべて合計すると107万という途方もない面数になる。

公然と地形測量を実施できない他国(往々にして敵国)の地図を作成するための最も簡便な方法は、既存の地形図類をベースにすることだ。旧日本軍は、インドシナではフランス、インドネシアはオランダ、インドはイギリスといった宗主国作成の地形図を丹念に写し取ることで、短期間に多量の作戦用地形図(外邦図)を編集することができた。ソ連の場合もおおむね同様だ。イギリスの陸地測量部 Ordnance Survey (OS)  は1997年9月に出した声明で、「(ソ連図は)多少の追加材料を含んではいるが、ほとんどOSの著作物の改作といってよい」として、著作権の侵害を主張している。

しかし、上述のデイヴィス氏は、新たな開発地区がOS図の改訂より早くソ連図に掲載された例や、現実に存在せず当然OS図にもないが、空中写真では街路のように見える公園が、ソ連図で堂々と街路として描かれている例をあげて、1960年代から高高度を飛ぶ偵察機やスパイ衛星の画像が最大限利用されていることを指摘する。さらに、大使館に配属された外交官が持ち帰った案内書、年鑑その他、さまざまな公表済み資料が駆使された。

また、2003年2月には、スウェーデンの重要な海軍基地にある水路の機雷装置や水深といった機密データが、16年も前からソ連図に詳細に表示されていることが発覚し、同国に大きな衝撃を与えている。公表資料以外にも、KGBが絡んだ不法行為による情報取得が実行されていたことは想像に難くない。

当時、この地図類は機密書類としてソ連各地25の保管所に分散されて、政府や軍関係者がすばやく照会できるよう整備されていた。しかし、1992年の体制崩壊により、地図がもっていた本来の使命は潰える。

ロシア連邦、ベラルーシ、ウクライナにあった在庫はロシアの管轄下に残されたが、後に、ロシア領土に関するものを除いて、外貨獲得の一役を担うことになる。オムニ・リソース社 Omni Resources とイースト・ヴュー・カートグラフィック社 East View Cartographics を代表とするアメリカの地図業者の手を介して、図書館や収集家に渡るとともに、オリジナルペーパーからデジタル化されて、インターネットで広く公開されていった。

一方、ラトビアにあった地形図は別の運命をたどった。あるオリエンテーリング愛好家が、保管庫の6000トンのストックが溶解処分されることを知り、そのうち100トンを買い上げる交渉に成功した。しかし、自宅の庭で放火に遭い、結局救い出せたのはわずかに2~3トンだった。これが現在、彼が始めた地図店ヤーニャ・セータで販売されているソ連図のルーツだ。

ある地質学者のレポートによると、ヒマラヤ東部ではソ連製の地図が極めて役立つという。アメリカ製の地図もこの地域をカバーしているが、等高線がなく山や川の位置も不正確なのに対して、ソ連の1:200,000はGPSデータと一致し、等高線、崩壊地、氷河、集落等も正確に描かれているそうだ。一方、北朝鮮のエリアは、韓国の出版社がソ連の1:50,000図400面を2巻に集成して、『最近北韓五萬分之一地形図』と銘打ち、一般に販売している。

アジアやアフリカでは、地形図を公開しない、あるいは国外への持出しを禁じる国が未だ多数を占める。詳細な地理情報の乏しい地域に関する貴重な資料として、冷戦時代の負の遺産が活用されている。このような時代をあのとき誰が想像しただろうか。

次回は、これらの地図を閲覧できるサイトを紹介する。

■参考サイト
www.SovietMaps.com http://www.sovietmaps.com/
ジョン・デイヴィス氏の運営するサイト。ソ連製イギリス地形図についてのサンプル画像を含む詳細な情報がある。本稿はこのサイトを参考に記述した。

ソ連地形図の地図記号(1958年米軍総司令部資料)
http://www.lib.berkeley.edu/EART/pdf/soviet.pdf

★本ブログ内の関連記事
 旧ソ連軍作成の地形図 II
 旧ソ連軍作成の地形図 III
 ロシアの地形図地図帳

 旧 東ドイツの地形図 I-国家版

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コメント

 北九州市若松区が「ザカマツ」になってますね。

確かにЗАКАМАЦУになっています。

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