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2007年11月29日 (木)

マン島の鉄道を訪ねて-ダグラス・ベイ馬車軌道

シー・ターミナル Sea Terminal ~ダービー・カッスル Derby Castle 間 2.6km
軌間3フィート(914mm)、開業1876年

2007年8月8日、私たちはロンドン・ガトウィック空港 London Gatwick Airport からフライビー社 Flybe の小型機で、島の小さな空港に降り立った。町へ行くバスを待つ間に、空港の案内所で、マン島のほとんどのバス路線と鉄道がフリーになる切符「アイランド・エクスプローラー Island Explorer」を購入する(下注)。有効期間は1日、3日、5日から選べて、3日間なら24ポンド(1ポンド240円として5760円)だ。切符といっしょに、公共交通がすべて掲載された時刻表ももらった。マン島交通 Isle of Man Transport が運行する2階建てバスは、のびやかな丘の間に時折ひなびた村が現れる道を30分ほど走ったあと、ダグラス Douglas 市内に入った。

*注 本文の記述は2007年現在のため、改稿した2016年の状況を注で補足する。短期旅行者用のフリー切符は「ゴー・エクスプローラー Go Explorer」に置き換えられている(前払チケットシステムの総称はゴー・カード Go Cards)。

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(左)マン島交通時刻表2006年版 表紙
(右)スクラッチ方式のアイランド・エクスプローラー3日券

ダグラスはマン島第一の都会だ。湾に沿って、イングランドの南海岸にあるような、白い瀟洒な建物が整然と並ぶプロムナードが、弓なりに遠くまで続いている。かつての島の玄関口、ダグラス川の河口にあるシー・ターミナル Sea Terminal(乗船場)近くの乗り場で待っていると、まもなくカッカッとひづめの音が通りに響いて、馬に牽かれたかわいいトラムが現れた。エンジンは正真正銘の1馬力だ。競走馬よりは小柄だが、がっしりと頼もしげな脚をしている。車両は、屋根と床に目立つ広告帯を巻き、前後の御者席と、客用の板張りベンチが8列並ぶだけの簡素な造りだ。

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ダービー・カッスルから見るダグラス湾のパノラマ
馬車軌道も通るプロムナード(海岸道路)の建物群が湾岸を白く縁取る *
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(左)汽車あり電車ありのプロムナードの標識 (右)シー・ターミナルの馬車軌道乗り場

馬車軌道には、転車台も機回し側線も必要ない。馬を前後に付け替えれば発車準備は完了だ。大した休憩も取らずに折り返しとは、馬もお疲れだろうと同情しながら、さっそく最前列に乗り込む。蛍光色のジャケットを着用した乗務員が二人乗っていて、一人は御者で手綱を引き、もう一人は車両側面のステップを渡りながら、乗客から運賃2ポンドを徴収して回る。フリー切符はここでも有効だ。

走り始めは脚を踏ん張って重そうだが、スピードがつくと軽快な足取りになる。レールの上を走っているので、乗り心地も上々だ。車両はオープンタイプで、側面にはドアどころか安全ロープすら渡していない。馬の速足では、万一落ちても大したケガにはならないだろうが、脇をすり抜けていく車に轢かれる可能性は排除できない。軌道は全線複線で、道路の中央に敷かれている。プロムナードは車道も歩道も十分な幅があるのだが、けっこう路上駐車が多いので、トラムを追い越せない車が後ろに連なるのを何度も目撃した。

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プロムナードを颯爽と走るトラム
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(左)馬牽きトラム初乗車 (右)対向「列車」とすれ違い

見ると途中からも乗る人がいる。バス停と同じような場所に乗り場を示す小さな標識があって、そこで手を挙げれば停まってくれるリクエストストップ方式なのだ。ホテルや著名な建物の前などに、全線で10か所(起終点を含む)の乗降場がある。

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(左)停留所は小さな標識が目印。サマー・ヒルにて * (右)国有化で標識も新調された *

快い海風に吹かれている間に、ずっとかなたに見えていた終点ダービー・カッスル Derby Castle がいつのまにか近づいている。ミニトリップの最後は大通りから離れて、広場へ直線で突っ込んでいく。山側にはトラムの車庫があり、海側はここが起点のマンクス電気鉄道 Manx Electric Railway のホームだ。止まっていた電気鉄道の優雅な古典車両に気を取られてしまい、仕事を終えた馬がどこへ休憩に行くのか、見届けるのを失念した(下注)。

*注 厩舎は、終点駅から少し南下したクイーンズ・プロムナード Queens Promenade とサマーヒル・ロード Summer Hill Road の交差点の山側にある。

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(左)ダービー・カッスルのターミナルへ滑り込む
(右)「トラマー(牽き馬)」のマーク君を激励

ダグラス・ベイ馬車軌道 Douglas Bay Horse Tramway (下注1)は、ダグラス湾に沿うプロムナード Promenade(海岸通り)の路面を走る延長1.6マイル(2.6km)のミニ路線だ。シー・ターミナル~ダービー・カッスル間全線の所要時間は20分。5月中旬~9月中旬のサマーシーズン中、毎日およそ9時から19時までほぼ20分間隔で運行している(下注2)。

*注1 ダグラス馬車鉄道と呼ばれることも多いが、ここでは tramway を軌道と訳した。
*注2 マン島政府が運行を引き継いだ2016年は、時刻表が大幅に変更されているので注意。

世界でも珍しい馬車軌道(下注)だが、中でもこれは130年を超える最古の歴史を誇っている。開設は、ヴィクトリア朝の観光ブームがピークを迎えていた1876年に遡る。シェフィールド Sheffield の土木技師トーマス・ライトフット Thomas Lightfoot が、町の発展を見越して導入した。運行を開始した8月時点では、南端がアイアン・ピア Iron Pier(現 ヴィラ・マリーナ Villa Marina 付近)止まりだったが、翌年1月にヴィクトリア・ピア Victoria Pier(現 シー・ターミナル付近)まで延長された。北端も位置が動いており、ダービー・カッスルの現在位置に落ち着いたのは1892年だ。1897年には全線の複線化が完成している。

*注 ヴィクター・ハーバー馬車軌道 Victor Harbor Horse Drawn Tram(オーストラリア)、デーベルン路面軌道 Straßenbahn Döbeln(ドイツ)などが知られる。日本でも北海道開拓の村(札幌市、本ブログ「開拓の村の馬車鉄道」で詳述)、小岩井農場まきば園(岩手県雫石町)で観光用に運行されている。

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ダグラス市街周辺の地形図
官製1マイル1インチ(1:63,360)地形図 87 Isle of Man 1957年版 に加筆

経営者も、初期には幾度か入れ替わった。ライトフットが経営したのは6年弱にすぎない。1882年に地元実業家に売却されて、マン島軌道会社 Isle of Man Tramways Ltd. が設立されるが、1894年には現 マンクス電気鉄道の運営会社に再び売却された。利用者は順調に増えていたのに、銀行の破綻のあおりでこの会社が倒産してしまったため、軌道は1902年にダグラス市に引き取られた。その後、再建されたマンクス電気鉄道が自社線との直通化を目論んで、1906年と08年の二度にわたって電化の提案を行うのだが、市議会は都度これを退けた。このように市営主義を貫いたことで、運行体制はようやく安定に向かうことになる。

開業以来、通年営業していた軌道だが、プロムナードへの乗合バス導入を受けて、1927年から通常5~9月の季節運行に変更されている。それでもなお乗客数は堅調で、1938年に275万人を運んで最高記録を作った。しかし、翌1939年に第二次世界大戦が勃発すると、旅行ブームは一気にしぼんでしまう。馬車軌道の運行中止に伴い、馬は全頭売り払われ、車両は車庫にしまい込まれた。観光客の消えたプロムナードには鉄条網が張られ、捕虜の収容施設が立ち並んだ。

戦後、1946年5月に運行が再開されたものの、しばらくは利用者の減少に悩まされた。ところが、1964年から72年にかけて数度にわたり王室のマン島訪問があり、馬車軌道の乗車が日程に組み込まれたことから、軌道は一躍注目を浴びる。1976年の100周年を祝うパレードが催されたころには、ヴィクトリア朝の動く遺産として本土の人々にも広く知られるところとなっていたのだ。

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(左)終点にあるトラムの車庫 * (右)車庫の前のトラバーサー(遷車台) *

軌道の運行を担う馬は、「トラマーズ Trammers(トラム牽き)」と呼ばれている。農耕や荷馬車牽きに使われてきたシャイアー Shire、クライズデール Clydesdale などの重種馬だ。力は強いが人懐っこく、優しく鼻先をたたいてもおとなしくしている。トラマーズは34頭在籍していて、そのうち25頭が日常業務に携わる(下注)。それぞれマーク、マイケル、アルバートといった名前をもち、勤務中は首に名札を下げている。路上を2往復すると仲間と交替し、繁忙期には最大、週6日働くという。

*注 ウィキペディア英語版によると、2016年現在、馬は22頭で、16頭が運行に当たり、残りの若い馬は訓練中。

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(左)駐車場の奥にあるサマー・ヒルの厩舎 * (右)厩舎を出て出勤途上のトリン君 *
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(左)始動時は人の助けも要るようだ * (右)シー・ターミナルまで勤務開始 *

彼らが牽く車両は、1876年の開通以来、計51両が導入されたが、今も動ける状態で残っているのは26両だ(下注)。最古参は、ダブルデッカー Double Decker(2階建)の14号車と18号車で1883年に製造され、1887年にマン島にやってきた。このほか、窓のあるウィンターサルーン(サロンカー)、オープンタイプのバルクヘッド Bulkhead(屋根つき)、「トースト台 Toastrack」と呼ばれる屋根なし、など各種揃っている。

*注 2016年現在、25両が残存する。

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ダービー・カッスルで「バルクヘッド」形客車が2両待機 *

私たちはプロムナードの中ほど、ヴィラ・マリーナの近くに宿をとっていたので、滞在中何かと馬車軌道を利用した。この間だけの移動なら、路線バスより頻繁に来るから、使い勝手はなかなかよかった。ところで、生き物だから当然、排泄物がある。毎日これだけ往復すれば、道路にはその山ができても不思議ではないが、意外にも気になるほどは落ちていない。その理由は? 私たちの1か月前に島を訪問された narrowboat氏のブログに答えを発見した。下記サイトをご参照あれ。

■参考サイト
英国運河をナローボートで旅するには?マン島日記 その①
http://narrowboat.exblog.jp/6949714/

(2016年8月30日改稿)

掲載した写真のうち、キャプション末尾に * 印のあるものは、2016年7月に現地を訪れた海外鉄道研究会の田村公一氏から提供を受けた。それ以外の写真は、2007年8月に筆者が撮影した。

【追記 2016.8.30】
2016年、ダグラス・ベイ馬車軌道は存続の危機に直面しており、将来的な見通しはまだ示されていない。詳しくは「ダグラスの馬車軌道に未来はあるのか」にて詳述。

■参考サイト
「マン島案内」馬車軌道の紹介 http://www.iomguide.com/horsetram.php
ダグラス・ベイ馬車軌道友の会 Friends of Douglas Bay Horse Tramway
http://www.friendsofdbht.org/

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 開拓の村の馬車鉄道

2007年11月22日 (木)

マン島の鉄道を訪ねて-序章

ブリテン島とアイルランド島の間に、マン島 Isle of Man という鉄道愛好家の楽園があることを知ったのは、はるか昔に読んだ堀淳一氏の「英国・北欧・ベネルックス軽鉄道の旅」(交友社,1971)という本の一節からだ。名著「地図のたのしみ」に2年先行するこの本には、1960年代のイギリスにおけるローカル鉄道のありさまが克明に描かれていて、まだ見ぬ国への憧れをいやが上にも誘われたものだ。その中で、マン島は第4章に、「サツマイモのような形をした」島で「軽鉄道ファンにとってはメッカというべきところ」と紹介されている。

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堀氏が訪れた当時とは少し顔ぶれが変わっているが、マン島には現在も、6本のユニークな鉄道がある。

島の訪問者をおそらく最初に迎えてくれるのが、今や世界でも珍しい公道上のダグラス・ベイ馬車軌道 Douglas Bay Horse Tramway だ。首都ダグラス Douglas のプロムナード(海岸道路)の真ん中を、クルマといっしょにのんびり走っている。

馬車軌道の北の終点ダービー・カッスル Derby Castle では、クラシカルな路面電車風情のマンクス電気鉄道 Manx Electric Railway が待ち受ける。北岸の町ラムジー Ramsey まで1時間15分をかけ、アイリッシュ海を見晴らしながら行く、眺めのすばらしい路線だ。

途中のグラウドル Groudle で下車すると、遊園地の遊具のようなグラウドル・グレン鉄道 Groudle Glen Railway が、強風吹きすさぶ海辺の断崖の上へ連れていってくれる。1896年という早い時期に開業したが、1962年に休止となり、1986年に保存鉄道で再開された軌間610mmのミニ鉄道だ。

電気鉄道の中間地点ラクシー Laxey は、ちょっとしたターミナル駅だ。標高621mある島の最高峰をめざす登山電車のスネーフェル登山鉄道 Snaefell Mountain Railway がここを起点にしていて、電車が到着するたび、乗換えの人で賑わう。

さらにこの近くに、2004年9月からグレート・ラクシー鉱山鉄道 Great Laxey Mine Railway という鉱山列車が復活した。名前はたいそう立派だが、実体は軌間1フィート7インチ(483mm)、全長1/4マイル(400m)の超ミニ鉄道だ。

一方、レンガ造りが美しいダグラス駅から島の南端ポートエリン Port Erin へは、マン島鉄道 Isle of Man Steam Railway(マン島鉄道 Isle of Man Railway)が延びる。丹念に磨かれ、艶やかな姿を保つ古参の蒸気機関車が、スラムドアの客車を連ねて、牧野を軽やかに駆け抜けていく。

これらの歴史ある鉄道を維持していくのは、決して容易なことではない。マンクス電気鉄道とスネーフェル登山鉄道は、自動車交通の普及により1950年代に経営難に陥った。マン島鉄道も同じ理由で1966年に一時全面休止となり、1969年に一部路線の存続を断念した。しかし、これらの鉄道は島の貴重な歴史遺産であり、観光資源としての価値が認められたため、国営に移された。現在はマン島政府の交通局 Isle of Man Transport が、定期バス路線とともに運行に当っている。

今年(2007年)の夏、この奇跡の島を訪問する夢がようやく実現したので、数回に分けて体験レポートを書こうと思う。

【参考】冒頭の地図に表示したとおり、淡路島ほどの面積の島に、かつては他にも大小いくつもの鉄道が存在した。

・島で最初に開通した鉄道で、島の中央部を横断するマン島鉄道ピール線 Peel Line (ダグラス~ピール Peel 間、1873年開業、1969年に最終的に運行休止、1974年撤去)

・マンクス電気鉄道が現れる前に、ラムジーから西回りで上記ピール線の途中駅、セントジョンズ St. John's に接続したマンクス・ノーザン鉄道 Manx Northern Railway(1879年開業、1905年マン島鉄道に併合されて北部線 North Lineに。1969年休止)

・その子会社で、同じくセントジョンズで分岐してフォックスデールの鉱山から鉛や銀を運び出したフォックスデール鉄道 Foxdale Railway(1886年開業、1905年マン島鉄道に併合、1940年休止)

・ダグラス市内でプロムナードと坂の上の住宅街を結んだ、一部ケーブルカー方式の路面軌道、アッパー・ダグラス鋼索軌道 Upper Douglas Cable Car Tramway(1896年開業、1929年休止、1932年撤去)

・ダグラスの南の岬ダグラスヘッドを回って郊外リゾートのポート・ソデリック Port Soderick まで、海景を満喫できる観光鉄道であったダグラス・サザン電気軌道 Douglas Southern Electric Tramway(1896年開業、1939年休止)

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ダグラス~ピール間はフットパスになり、他も道路に転用されたか、でなくとも地形図上に痕跡を残している。

ちなみに、鉄道最盛期の状況を記した地形図を求めたければ、カッシニ出版社 Cassini Publishing が刊行している復刻地形図シリーズがある(右写真)。「普及版 Popular Edition」の95番「マン島 Isle of Man」(1921年版)には、今は無き上記の路線も記載されている。ただし、ダグラス・ベイ馬車軌道とアッパー・ダグラス鋼索軌道は市街地につき無記載、ダグラス・サザン電気軌道は併用軌道につき注記のみ。カッシニ出版社の地図については、「イギリスの復刻版地形図 I-カッシニ出版社」にまとめてあるので、参考にしていただきたい。

(2016年8月30日一部改稿)

■参考サイト
「マン島案内」交通機関のページ  http://www.iomguide.com/transportation.php
マン島交通時刻表・路線図 http://www.iombusandrail.info/
マン島の鉄道写真 http://www.manxrailways.info/

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2007年11月15日 (木)

イギリスの復刻版地形図 II-ゴドフリー版

イギリスの1:50,000地形図を眺めていると、細い破線がしばしば盛り土や切り通しの記号を伴いながら縦横に走っていることに気づく。そこには例外なく dismantled railway(撤去された鉄道)または省略形の dismtd rly という注記が添えられている。廃線跡が小道として残っているという意味かと思うと、さにあらず。小道 Path も確かに破線で表されるが、線の長さが違っていて、明らかに別の記号だからだ。

では、廃線跡と同じ記号が使用されるのは他に何があるか。答えはローマンロード Roman Road、つまりローマ時代の街道跡だ。世界遺産に登録されたハドリアヌスの城壁 Hadrian's Wall の痕跡のない部分を示すときにも使われている。これらに共通するのは、線状に延びる遺跡であることだ。痕跡が地表上に残っていなくても、かつて存在したルートを地図上に律儀に表示する。この方式は、道として使用されているものに限って表示する日本のような実用主義とは、明らかに一線を画している。

イギリスの地形図ではこうして廃線跡が目に付くので、筆者としては列車が行き交っていた現役時代の様子が知りたくなる。そこで、古い地形図の出番だ。以前にデヴィッド・アンド・チャールズ社とカッシニ出版社のシリーズを紹介したが、もう一社、OSの旧版地形図を復刻刊行している出版社を忘れてはならない。イングランド北部、ニューカッスル Newcastle(ハドリアヌスの城壁の東の起点!)近郊に本社を置くアラン・ゴドフリー地図 Alan Godfrey Maps だ。

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写真は同社が刊行したロンドン北部 North London の1インチ地図(1:63,360)の復刻版で、表紙には1902~13年版とあるが、正確な図歴によると、1902年の改訂図に、1913年7月現在で鉄道を補入し、部分修正を施したものだ。先の2社が出しているのはオールドシリーズ Old Series と呼ばれる初代のOS地図だが、ゴドフリー版は19世紀末から20世紀初頭にかけて整備された改訂版なので、テリトリーは重複しない。むしろ、両者の比較で都市化の進展状況など土地利用の変化が把握できるから、資料的な価値は倍加する。

オールドシリーズとの最大の相違点は地形の表現だ。ケバ式が後者では等高線になり、絵図的な要素が払拭されて近代的な装いに改まっている。しかし、単色刷りのため、ロンドン近郊のような緩やかな丘陵地帯では等高線の読み取りがなかなか難しい。その点、ゴドフリー版は印刷が非常に鮮明で、細部まで判読が可能だ。さらに裏面には、当該地域の当時の状況など地図を読み解いた文章と、図郭内にある町または村の大縮尺図が掲載されており、丁寧な編集が際立つ。1インチ地図はすでに200タイトル以上が刊行済みだが、毎月1~3点の新刊を出しており、最終的にはイングランドとウェールズの全図葉を刊行するそうだ。

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ところで、アラン・ゴドフリー地図の主力事業はまだ別にある。それは大縮尺図の復刻で、実長1マイルを図上25インチで表したいわゆる25インチ地図(1:2,500、正確には1:2,534)を対象にしたものだ。原図を1マイル15インチ(1:4,340)に縮刷して、1インチと同様、裏面に1面ごとの解説と町の当時の住所録(街区ごとに氏名と職業を掲載)を付けている。表紙も当時の写真を配している。

写真はヨーク市街City of Yorkの1907年改訂版で、スルー型の新駅はとうに開業済み(1877年)だが、頭端式の旧駅もまだ城壁の内側に残る時代のものだ。この大縮尺シリーズは、創業から25年の間に1,600を超えるタイトルが刊行されている。

編集方針とともにゴドフリー版の賞賛すべき点は、1枚2.25ポンド(1ポンド240円として540円)と、少量生産の商品としては安価で、しかも在庫切れになるときちんと再印刷していることだ。筆者はロンドンの地図店の店頭にほしい図葉がなかったので、半分諦めながら帰国後、直接同社に発注したのだが、わずか1週間ですべて揃って届いて、大変驚いた。

なお、スコットランドの復刻版1インチ地図は、カレドニア地図 Caledonian Maps が刊行している。

■参考サイト
Alan Godfrey Maps http://www.alangodfreymaps.co.uk/
Caledonian Maps  http://www.caledonianmaps.co.uk/

★本ブログ内の関連記事
 イギリスの復刻版地形図 I-カッシニ出版社
 イギリスの1:50,000地形図

2007年11月 8日 (木)

イギリスの鉄道地図 V-ウェブ版

ウェブ上で見ることができるイギリス鉄道地図を紹介する(いずれもアイルランドは範囲外)。

■ナショナルレール路線図 National Rail Network Maps
http://www.nationalrail.co.uk/tocs_maps/maps/network_rail_maps.htm
Blog_britain_railmap_hp1 ナショナルレール National Rail は単一の鉄道会社ではなく、イギリス国鉄の解体後に参入した列車運行会社(Train Operating Companies、略称TOC、現在24社ある)が共通で使用するブランドだ。長年なじまれた2本の矢のマークも国鉄から引き継いでいる。ナショナルレールは独自のウェブサイトを開設して、時刻検索やサービスの案内を行っているが、その中にPDFによる全国鉄道地図が含まれている。

Great Britain:Map of the National Rail network
グレートブリテン島の鉄道網全図。都市近郊は拡大図が別にあるため、主要駅のみだが、それ以外は旅客営業している全駅を表示している。

National Rail Map (schematic)
主要路線を図式化したもの。サイズも小さいので鉄道網の概略が一目でわかる。フェリー、空港とのリンクも表示されている。

National Rail Passenger Operators
列車運行会社ごとに運行路線を表示した地図。現在掲載されているのは、2007年11月からの事業者変更を反映した第7版だが、過去の版(2005年2月以降)も作成者Barry S. Doe氏のサイトにある。
http://www.barrydoe.plus.com/rail.pdf
ちなみに、この親サイトはイギリスの交通に関する網羅的なディレクトリ(リンク集)だ。
http://www.barrydoe.plus.com/

■新アドルストロップ鉄道地図帳 New Adlestrop Railway Atlas
http://www.systemed.net/atlas/
Blog_britain_railmap_hp2 地図帳と名乗っているがウェブ上で公開している1枚ものの鉄道地図だ。イギリスの営業線と休止・廃止線の全線全駅(メトロとライトレールは路線のみ)を克明に描いていて、旅客線、保存鉄道線、貨物線を区分する。作者は「著作権のある鉄道地図帳から情報を得ることはしない方針」と書いているので、おそらく当時の時刻表や路線図、地形図などから調べ起こしているのだろう。残念ながら、今のところイングランド北部とスコットランドは未完成で、東岸はヨーク北方、西岸はマンチェスター、リヴァプールの手前で終わっている。

■プロジェクトマッピングProject Mapping
http://www.projectmapping.co.uk/
Blog_britain_railmap_hp3 独自のコンセプトで作成されたイギリス鉄道路線図が各種提供されている。いずれもスキマティックマップ、すなわち距離や方角をデフォルメした図式化地図(位相図)だが、未来的なデザインで古い鉄道のイメージを打ち破るものだ。路線網図 Network Map にはA4サイズの簡略版とA2の詳細版が用意されているほか、TOC別に運行路線を色分けした地図 Franchise Map、建設中または予定線を図示した地図などもある。後者では、北ウェールズのカナーヴォン Caernarfon や、湖水地方のケジック Keswick へ行く廃止線の復活構想があることもわかる。

このほか、ヨーロッパ全域の鉄道地図を提供する Trainspotting Bükkes にもイギリス編がある。
http://www.bueker.net/trainspotting/maps_british-isles.php
路線(電化方式、旅客・貨物線の区別あり)と分岐駅が表示されているが、GIF形式の画像なので拡大縮小は効かない。

(ウェブ画像は2008年11月2日現在)

★本ブログ内の関連記事
 イギリスの鉄道地図 I-トーマス・クック社
 イギリスの鉄道地図 II-鉄道史を知る区分地図
 イギリスの鉄道地図 III-M.G.Ball地図帳
 イギリスの鉄道地図 IV-ベーカー鉄道地図帳
 イギリスの鉄道地図 VI-コッブ大佐の鉄道地図帳

 近隣諸国のウェブ版鉄道地図については、以下を参照
 アイルランドの鉄道地図 III-ウェブ版
 フランスの鉄道地図 III-ウェブ版
 ヨーロッパの鉄道地図 V-ウェブ版

2007年11月 1日 (木)

イギリスの鉄道地図 IV-ベーカー鉄道地図帳

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イギリスの普通鉄道で最も標高の高い駅として知られるデント Dent。雄大な風景が続くヨークシャー・デイルズ Yorkshire Dales を縦断するセトル・カーライル線 Settle and Carlisle Line の中ほどにある。その写真を表紙に配したのが、スチュアート・ベーカー Stuart K. Baker 著「イギリス・アイルランド鉄道地図帳 Rail Atlas Great Britain & Ireland」(写真)だ。全128ページ(図版104ページ、索引19ページほか)、判型17.8×25.2cmのハードカバーで、今年(2007年)、30周年記念版と銘打った第11版が刊行された。

1977年の初版以降、今に至るまで改訂が重ねられてきたことは、研究者や愛好家の支持の高さを証明している。いかにもイギリスらしい広告記事によれば、クリケットファンには「ウィズデン Wisden」、アンティーク収集家には「ライル Lyle」、そして鉄道好きには「ベーカー」といえば、すぐに通じるのだそうだ。

*注:Wisden はクリケット年鑑、Lyle はアンティーク・ディーラー向けガイドブックの名称。

過去2回にわたって紹介した鉄道地図帳と同じように、これもまた白地図に全線全駅を図示しているが、特徴を挙げるとすれば、拡大図が豊富なことだろう。グレートブリテン島の区分図は縮尺1:350,000で統一されているのだが(スコットランドのハイランド地方のみ1:700,000)、主要都市域はほとんど1:70,000~1:90,000の別図面が用意されている。というのも、側線 sidings や操車場 marshalling yard など貨物設備をもらさず書き込むためだ。引込み線が発電所、石油、セメント、鉱山などと用途別に記号化されているかと思えば、アイルランドでは、泥炭採掘のために敷かれた運搬軌道が、緑のひび割れのように描かれている。

区分図の鉄道記号には電化・非電化の区別がないが、その代わり、巻末に電化地図 Electrification Map としてまとめてある。このほうが、例えば南東イングランドの特徴的な第3軌条がどこまで及ぶかが概観できておもしろい。この電化方式が遠くウェーマス Weymouth まで延びているとは、筆者もこれを見て初めて知った。

この地図帳は、OPCすなわちオックスフォード出版社 Oxford Publishing Company の看板商品の一つだが、1998年にイアン・アランがOPCブランドを買い取った結果、同社は鉄道地図帳シリーズをいくつも抱え込むことになった。それぞれ特徴を持っているとはいえ顧客は重なるので、これらが交通整理の対象になるのはやむをえないことだっただろう。定期的に改訂版が出るところを見ると、「ベーカー」がどうやら存続の優先権を勝ち得ているようだ。

■参考サイト
イアン・アラン出版社  http://www.ianallanpublishing.com/

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さて、ペーパー版鉄道地図の最後に、時刻表の鉄道地図にも触れておこう。「OAG鉄道案内 OAG Rail Guide」(写真)は、1853年に創刊されたABC鉄道案内 ABC Railway Guide をルーツとするイギリス鉄道時刻表だ。1996年から航空時刻表で知られるOAG(Official Aviation Guide の略号に由来)の名を冠するようになったが、2007年10月号を最後に惜しくも廃刊となった。

時刻表には索引地図がつきものだが、全駅を掲載しているもの(日本、韓国、ベネルクス諸国など)もあれば、途中駅を省略した概略版(スイス、オーストリアなど)もある。OAGの場合は、方位や距離をデフォルメしない正統派のイギリス全国路線図と、直線状にデフォルメされた都市近郊路線図を備えていて、両方で旅客線の全線全駅表示を達成していた。さらに巻末にはヨーロッパ各国の路線図があり、いずれも単色ながら、全体としてみればトーマス・クックの鉄道地図に匹敵する情報量を有していた。最終号には、12月からミドルトン・プレス社 Middleton Press が引き継ぐと案内されていたが、果たしてどのような内容になるのだろうか。

【追記 2009.11.25】

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2009年現在、イギリスの時刻表は、「GB Rail Timetable」の名称でTSO (The Stationary Office)から刊行されている。価格は15ポンド、TSOのショッピングサイトで発注できるが、日本のアマゾンでも扱っているので、送料を考慮すればこの方が割安だ。内容は、ネットワーク・レール Network Rail が提供しているPDF版をまるごと冊子化したもので、そのため2832ページ、厚さ5.7cmもある。巻末に索引地図が添付されているが、これもネットワーク・レールのオリジナルだ。この地図は、ナショナルレール National Rail のサイトでも見ることができる。

ちなみにこの時刻表は、2007年11月から「UK Rail Timetable」という名称で年2回刊行されていたのだが、UK(連合王国)に属さないマン島やチャンネル諸島への船の時刻も掲載するので、GB(Great Britainの略)に改称したようだ。マン島を含むイギリス各地の保存鉄道、観光鉄道については巻末に文章で紹介があるが、詳しい時刻表は掲載されていない。

■参考サイト
TSO http://www.tsoshop.co.uk/
 時刻表に関する記事は、 トップメニューの Transport > Rail Fares and Timetables
ネットワーク・レール http://www.networkrail.co.uk/
 時刻表PDFは、For Passengers > Current Timetables
ナショナルレール National Rail のサイトについては、次回「イギリスの鉄道地図 V-ウェブ版」で紹介している。

★本ブログ内の関連記事
 イギリスの鉄道地図 I-トーマス・クック社
 イギリスの鉄道地図 II-鉄道史を知る区分地図
 イギリスの鉄道地図 III-ボール鉄道地図帳
 イギリスの鉄道地図 V-ウェブ版
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