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2007年9月27日 (木)

イギリスの運河地図

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運河を行くナローボート
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ポントカサステ水路橋

前回紹介したスランゴスレン Llangollen の町には、保存鉄道のほかにも楽しいアトラクションがある。ナローボートで行く運河の旅だ。ディー川左岸(北側)の坂道を少し上ると、整備された船着場がある。上流(西方)へは岸から馬が曳くショートトリップ、下流(東方)へはポントカサステ水路橋 Pontcysyllte Aqueduct を渡る2時間のツアーが出ている。ポントカサステ水路橋は1805年に完成したイギリス最大の運河橋で、長さ1007フィート(307m)、川からの高さ126フィート(38m)、ディー川 River Dee が刻んだ深い谷を一気にまたぐ驚異の構築物だ。

このような運河は18世紀後半から19世紀前半にかけて張り巡らされて、産業革命の進展を支えた。最盛期には総延長が4000マイル(7000km)にも達したが、鉄道の出現で物流の動脈としての比重が低下して、20世紀前半までに多くの運河が放棄された。スランゴスレン運河もかろうじて用水路として残っていたのだという。しかし、第2次大戦後、ウォーターレジャーが盛んになったことで、古い運河が見直され、各地で改修が進められてきた。

海洋の航行に海図があるように、運河の旅にも運河地図が必要だ。特に産業革命の中心だったイングランド中部では、競うように運河が掘られたため、分岐が多く、注意していないと別の運河に迷い込む。途中で水量が減って航行不能になっている区間があるし、船の係留場所、回転場所も指定されている。水その他必要物資の調達、ごみや汚水の捨て場所など、チェックすべき項目はいろいろとある。

ジェオプロジェクツ GEOprojects 社が、クルージングマップのシリーズを出版している。運河別に20種以上あり、同社にとって出版の柱の一つになっている。写真は、スランゴスレン運河とモンゴメリー運河 Montgomery Canal の地図だ。縮尺は約1:60,000。1枚の両面(長い運河は分冊)に起点から終点までを収めた上で、直感的に判別できるよう関連情報を記号化して詳しく表示している。

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まず、主人公たる運河のルートは、何よりも太く描いて目立たせる。図上の幅は2.5mm程度あり、実長なら150mに相当する。実は、ナローボートの活躍から察せられるようにイギリスの運河の規格は小さく、最小幅はわずか7フィート(2.1m)しかないので、大胆な誇張だ。ロック(閘門)や回転場所 winding hole、航行不能個所が示されるのはもちろんのこと、運河をまたぐ橋もいい目印になるので、橋の名前と下流からの通し番号が記してある。

航行に不要な等高線は省略するかわりに、盛り土、切り通しの記号があるし、運河に沿う昔の馬曳き道、今はカナルウォーキングに利用されるトーパス towpath も必ず添えられている。概略の距離を知るために、1マイルごとにマークを打っているのも気の利いた方法だ。さらに、長期または一時的な停泊、船の上げ下ろし、飲料水補給、ごみ・汚水回収の場所、レンタル業者の位置と名称、そして沿線の観光情報など、運河を軸にしたレジャーのための情報がふんだんに示されている。

田中憲一氏の「イギリス水の旅」(東京書籍、1996)に、イギリス運河の地図にはやたらとパブのマークが目に付く、という話が出ている(p.92)。運河黄金時代にはパブは食事や寝床の提供だけでなく、地域の交流交易の場として賑わっていたのだそうだ。この地図にもパブ public house の場所と名前が随所に見える。航行を終えた後の一杯はさぞうまかろうと想像するが、地図はそんなボーターたちの欲求にも応えているらしい。

この運河地図はロンドンの地図店 Stanfords などで扱っているが、ほかに、Webで見られる運河地図もある。イギリスの運河に関する総合情報サイト Waterscape.com(URL下記参照)では、ベースマップ上に運河のコースと関連情報が表示される。拡大表示ではOS 1:50,000も使用されている。

■参考サイト
GEOprojects  http://www.geoprojects.net/
Waterscape.com  http://www.waterscape.com/
同サイトにあるスランゴスレン運河の地図
http://www.waterscape.com/canals-and-rivers/llangollen-canal/map
ポントカサステ水路橋の写真集
http://www.virtual-shropshire.co.uk/gallery/pontcysyllte_aqueduct

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 スランゴスレン鉄道乗車記
 イギリスの旅行地図-ハーヴィー社
 イギリスの1:50,000地形図

2007年9月20日 (木)

スランゴスレン鉄道乗車記

スランゴスレン Llangollen ~カロッグ Carrog 間 12.0km
軌間 4フィート8インチ半(1,435mm)
開業 1862年、休止 1964年、保存鉄道開業 1981~1996年

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スランゴスレン鉄道の蒸機列車。カロッグ駅にて

スランゴスレン Llangollen はウェールズ北東部、カンブリア山地の東側に位置する小さくも美しい町だ。幹線道路A5が町を貫いている。A5ロードの前身は、首都ロンドンとアイルランドのダブリン Dublin を結んでいた郵便馬車道で、1801年のアイルランド併合をきっかけに、有名な土木技師トーマス・テルフォード Thomas Telford の設計で整備された。1815年から始まった工事で、町は建設基地となり、完成後も重要な中継地点として栄えていた。

しかし、まもなく鉄道の時代が幕を開ける。A5のルートは確かに、ダブリンとの連絡港であるホーリーヘッドへ至る近道なのだが、地形が険しく、鉄道敷設には適さなかった。西海岸のリヴァプール Liverpool まで鉄道が完成すると、郵便運搬はリヴァプールから海路を採るルートに移される。さらに1850年には北部の海岸沿いにチェスター・アンド・ホリーヘッド鉄道 Chester and Holyhead Railway(現在のノース・ウェールズ・コースト線 North Wales Coast Line)が全通して、主要輸送路の地位は完全に奪われてしまった。

そのスランゴスレンに1861年、ようやく鉄道がやってくる。シュルーズベリー=チェスター線 Shrewsbury to Chester Line からルアボン Ruabon の南で分岐して、スランゴスレンまで8.4kmの路線で、ヴェイル・オブ・スランゴスレン鉄道(スランゴスレン溪谷鉄道)Vale of Llangollen Railway と呼ばれた。その年まず貨物営業が始まり、翌1862年に旅客も扱うようになった。続いて1865年に、関連会社によって西方のコルウェン Corwen まで延長され、1860年代のうちに、さらにウェールズ西海岸まで達した。路線は1896年に大手のグレート・ウェスタン鉄道 Great Western Railway (GWR) に引き継がれ、1948年の国有化を迎える。

しかし、残念ながら利用者は減少の一途をたどっていき、不幸にも不採算事業を整理するいわゆる「ビーチングの斧 Beeching Axe」の対象に挙げられる。1965年に旅客営業が休止、1968年には貨物も休止となり、その後まもなく設備の大部分が撤去された。

現在のスランゴスレン鉄道 Llangollen Railway は、この時廃止された路線のうち、スランゴスレンより西側の一部を復活させた保存鉄道だ。1975年から始まった再開のプロセスは、1985年にディー川 River Dee を渡って2.8km先のベルウィン Berwyn に届いた。その後、1990年にディーサイド・ホールト Deeside Halt、1993年にグリンダヴルドゥイ Glyndyfrdwy と1駅ずつ延長されて、1996年に現在の終点カロッグ Carrog に達している。

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スランゴスレン鉄道(赤で表示)と周辺の鉄道網

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スランゴスレン鉄道周辺の地形図
1マイル1インチ(1:63,360)地形図 108 Denbigh 1961年版 に加筆

今年(2007年)8月、この鉄道に乗る機会があった。拠点となるスランゴスレンは、毎夏の国際音楽祭や、世界遺産の運河と水路橋でも知られるとおり、観光地らしく華やかに飾り立てた町だ。中心部の北側を、ディー川がところどころに淵をつくりながら流れ下っている。16世紀に遡るという古い石橋の上に出ると、左前方に始発駅の全貌が見渡せた。相対式のプラットホームに腕木式信号機が建ち、大きな駅舎から屋根付き跨線橋が延びる。駅舎寄りのホームには、カロッグ行きの客車列車が停まっている。過去を知らない世代でもこれを前にすれば、何十年かタイムスリップした気分になるに違いない。

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スランゴスレン
(左)小旗はためくカッスル通り Castle Street (右)淵をつくって流れるディー川
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ディー川のほとりに設けられたスランゴスレン駅

スタンバイしている蒸機も客車も標準軌用なので、これまで狭軌の保存鉄道ばかりを見てきた目には、堂々とした姿に映る。この日の運行は、スランゴスレン発が11時、13時、15時の3本だ。土日は増便されるとはいえ、サマーシーズンでも意外に少ない。片道の所要時間は31~33分で、カロッグで20分ほど停車して折り返してくる。私たちも往復のファミリー切符を買って、ホームに出た。

機関車は、側面に英国国鉄初期の吠えるライオンのエンブレムをつけた80136号機だった。後ろに、GWR由来のクリーム色とチョコレート色に塗り分けられた国鉄標準型客車(BR Mark 1)が5両連結されている。車内は、中央通路の両側にテーブル付きボックス席が並び、標準軌らしいゆったりした乗り心地が楽しめる。

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(左)立派な駅名標の隣にかわいい腕木型信号機。背景は町と、駅のある対岸を結ぶスランゴスレン橋
(右)国鉄標準型客車が客を待つ

発車時刻になり、汽笛一声、列車はゆっくりと動き出した。駅を出ると、機関庫の大屋根と、車両を留置する側線が右手をかすめる。鉄道の作業基地は1km強進んだ先のペントレヴェリン Pentrefelin にもあり、ディー川を渡るために左にカーブしていくあたりで見えてくる。こちらは客車や貨車の整備場だ。列車の速度がいったん落ちるのは、ディー川の鉄橋が老朽化していて、10マイル(16km)の速度制限がかけられているからだ。渡り切ると、前を行く機関車のドラフト音が高まってくる。

旅の前半は、緑陰深い川べりを行くのだが、中でも最初の停車駅ベルウィンが、最も絵になる場所だろう。森に囲まれた渓谷の脇で、鉄道と道路の石造アーチ橋が直角に交差していて、やや下流には歩行者用の華奢な鎖橋も架かっている。古色を帯びた風景に、しゃれたハーフティンバーの駅舎が映える。地図によるとその先に、スランゴスレン運河の取水口になっている馬蹄形の堰 Horseshoe Falls があるはずだが、うっかり見過ごした。

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ベルウィン駅付近の「二重橋」

右手の木立が途切れると、トーマス・ゲインズバラ Thomas Gainsborough の絵さながらの洋館と美しい牧野が現れて、ひととき乗客の心を和ませる。と突然、暗闇が視界を遮った。ディー川の大きな蛇行を、長さ630mのベルウィントンネル Berwyn Tunnel で短絡しているのだ。

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ベルウィンを出ると、ディー川の向こうに美しい牧野が現れる
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ゲインズバラの絵さながらの風景(ベルウィン~ベルウィントンネル間)

トンネルを抜けると、車窓は一転して川の流れに沿った広くて明るい谷に変わる。ディーサイド・ホールト Deeside Halt は通過だった。次はグリンダヴルドゥイ Glyndyfrdwy、ここも乗降客はいそうになかったが、しっかり停車した。右手には、穏やかな表情のディー川が岸辺の木々の間から垣間見える。それをぼんやり眺めているうちに、列車は終点カロッグのホームに滑り込んだ。

周囲に畑と牧場しかないようなところだが、再興計画によって駅は立派に復元されている。ここでは折返しまでに20分ほど停車するので、乗客はみなホームに降りて、思い思いに過ごす時間がある。ホームは緩くカーブしていて、その先端に里道の陸橋が架かっている。ふと思い立ち、陸橋に上ってみると、駅と列車を入れたいい構図が得られた。機回し作業を終えた列車は、再び乗客を収容して、スランゴスレンに向け戻っていく。

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(左)カロッグ駅で折返しの発車を待つ人々
(右)「発車するよ!」 背景はコルウェン方の陸橋

(2017年1月9日改稿)

【追記 2017.1.9】
訪問当時、スランゴスレン鉄道はカロッグから、かつてデンビー Denbigh 方面の分岐駅でもあったコルウェン Corwen までの延長計画を準備していた。その後、2014年後半に町の手前までの第1期工事が完成し、暫定駅コルウェン・イースト Corwen East が設けられた(開通式は2015年3月1日)。現在、2期として、コルウェン中心部まで約270mの延長工事が進められている。

また、当時稼働していた80136号機は、ノースヨークシャー・ムーアズ鉄道 North Yorkshire Moors Railway に移籍している。

■参考サイト
スランゴスレン鉄道(公式サイト) http://www.llangollen-railway.co.uk/
Corwen Station - Promoting the town of Corwen
http://corwenstation-new.co.uk/

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 イギリスの運河地図
 スノードン登山鉄道 I-歴史
 スノードン登山鉄道 II-クログウィン乗車記

2007年9月 6日 (木)

スノードン登山鉄道 II-クログウィン乗車記

スランベリス Llanberis ~サミット Summit 間7.53km
軌間2フィート7インチ半(800mm)、アプト式ラック鉄道、最急勾配1:5.5(182‰)
開業1896年

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スランベリス駅で出発を待つ列車

ウェールズの地図を見ると、スランで始まる地名が無数に見つかる。パダルン湖 Llyn Padarn のほとりに開けた小さな町スランベリス Llanberis もその一つだ。スラン Llan はウェールズ語で、教会または教会のある村や教区を意味している。この地に庵を編んでいた隠者聖ペリス St. Peris を祀る教会が、スランベリスという地名の由来だ。

かつてこの町の経済を支えていたスレート鉱山の跡が、今も湖の向こうの山肌に醜い姿をさらしているが、もう長い間、町はスノードン山の玄関口という別の顔で知られている。実際、町外れにある登山鉄道の駅前のほうが、街道沿いの町なかよりよほど人で賑わっているのだ。

町から東へ歩いていくと真っ先に、ラックレールのマークを掲げた、緑の垂木にスレート屋根の建物が目に入る。スノードン登山鉄道 Snowdon Mountain Railway の始発駅だ。といってもこの建物は鉄道のグッズショップになっている。切符売り場はベンチが並ぶ広場の左奥だ。山に上る前から土産は買わない、と決めている人でも、ショップの奥にあるささやかな鉄道資料室はお薦めだ。展示資料もさることながら、線路の車止めに面しているので、ガラス越しに発着線を出入りする列車の様子を目の当たりにできて愉しい。

ちなみにこのショップ、町のほかの土産物店よりよほど品揃えがよくて、長居をしてしまいがちだ。切符を買って列車に乗るまで待ち時間があるので、つい足が向いてしまう。そのうえ、下山してきて列車を降りると、日本の観光地によくあるように必ず店内を通って外に出る構造になっている。結局、商魂という魔の手から逃げおおせることはできないのだ。

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スランベリス駅
(左)まず目に入るグッズショップの建物 (右)駅前広場の奥の切符売り場

スノードン登山鉄道は、延長7.53km、軌間800mmのアプト式ラック鉄道だ。山頂駅の標高は1,065mで、長年イギリスの鉄道で到達できる最高地点だった。2001年12月にスコットランドで、標高1,097mまで上るケアンゴーム登山鉄道 Cairngorm Mountain Railway(下注)が開通したときに、最高地点のタイトルは譲ったが、山麓駅との高低差957mのレコードはいまだに破られていない。

*注 ケアンゴーム登山鉄道はラック式ではなく、ケーブルカー(鋼索線)。

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スノードン登山鉄道(赤で表示)と周辺の鉄道網

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スノードン登山鉄道沿線の地形図
1マイル1インチ(1:63,360)地形図 107 Snowdon 1959年版 に加筆

スランベリスに着いた日の夜は、大粒の雨が降っていた。しかし、朝食を終えるころには雲の切れ間が見えるまでに天気は回復してきたので、運を頼みに登山鉄道の駅へ行ってみた。10時半ごろ切符売り場を覗くと、11時30分発のチケットを発売しているではないか。ハイシーズン中の日曜日なので長蛇の列を覚悟していたのだが、窓口に並んでいるのは10人足らずで、やはり多くの人は雨模様を敬遠しているようだ。それにサミット駅が2008年春まで駅舎改築のため閉鎖されており、運行が1駅手前のクログウィン Clogwyn 止まりなのも、客足に響いているのかもしれない。

発車は多客時が30分毎だ。11時発の列車を柵越しに見送ったあと、11時10分に次便の改札が始まった。この鉄道では開通当時からの蒸気機関車が健在なのだが、1986年以降、小型ディーゼル機関車も導入されている。この便は、ディーゼルの10号機イェティ Yeti が後尾に付いた。イェティとは雪男のことだ。車窓の眺めは主に進行右側に開けるのだが、そうでない側の景色も興味があるから、行きは右、帰りは逆側に座ろうと思う。次々とお客が乗り込んできて、小さな客車はすぐに満席になった。こんな天気だから、みな長袖のパーカーやジャンパーを着込んでいる。

列車は定刻に発車した。蒸機がたむろする機関庫を右手に見送ってフーフ川 Afon Hwchを渡り、しばらくこの川に沿って走る。平均時速は8kmだ。まもなく前方に167‰(1:6)の急勾配が見えてくる。長さ152mの石造アーチ橋の上をぐいぐい攀じ登るとともに、林に囲まれた民家の並びが下方へ遠ざかる。

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蒸機がたむろする機関庫を見送る

やがて谷川は深まっていき、ほとばしるカイナント・マウル Ceunant Mawr の滝に姿を変えた。線路は滝壺のへりに橋を架けて敷かれ、数少ない左手車窓の見どころの一つを提供している。開通のとき、すぐ川上の左カーブの先に、滝見の客のための、その名もウォーターフォール駅 Waterfall Station が設けられた。だが、駅はとうに廃止され、今は軌道資材の倉庫が残っているだけだ。

すでに、列車はスノードニア国立公園の区域内を進んでいる。フーフ川を再び渡った後、列車は、緩やかに傾斜する広い谷の中をじりじりと上り詰めていく。天気が良ければこのあたりから、スノードンの頂きが姿を現すはずなのだが…。乗馬道と交差してまもなく、近くの小さな礼拝堂の名を付けたヘブロン Hebron 駅を通過した。谷側に張り出した列車の待避線がある。周辺の土地が湿原状で地盤がよくないため、定期的な線路点検と保守作業が欠かせないという。

直線主体だった線路に、盛り土をしたS字カーブが現れる。スランベリス・パス Llanberis Path と呼ばれるスノードン山頂への登山道の上をまたいでいくのだ。トレッキングを愉しむ人たちがニコニコと手を振ってくれるので、こちらも手を振り返す。列車旅ならではの光景だ。

深い切通しを抜けると、ハーフウェー Halfway 駅に達する。全線の中間地点付近に位置していて、蒸機のための給水設備もある。多客時はネットダイヤが組まれ、各駅で列車交換があるのだが、待つのは山からの下り列車(=スランベリス行き)で、上りはさっさと通過していく。乗車した便も往きはクログウィンまで30分で着いたが、帰りは各駅で対向待ちがあり、続行運転する2本の列車(下注)を退避したので55分もかかった。

*注 続行運転のことを現地では「ダブラー Doubler」と呼ぶ。待避線は2本の列車の収容に適応した長さを持っている。

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(左)ハーフウェイ駅で列車交換 (右)駅名標はラック・アンド・ピニオンのデザイン

線路は斜面を回りこむように上っていき、一面黒い岩がごろごろ転がるロッキーヴァレー Rocky Valley を進む。一瞬、プラットホームのようなものが右側に見えるが、これはロッキーヴァレー・ホールト Rocky Valley Halt という名で、気象状況が悪く、列車がクログウィンまでたどり着けないときに折り返すための設備だ。

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眼下にスランベリス峠道が走る

いつのまにか列車は、スノードンの北尾根の上を走っている。左手はるか眼下にスランベリス峠道 Llanberis Pass と呼ばれる、比高550m以上の深い谷が口を開けている。乗客が身を乗り出すようにして覗き込む、左の車窓第二の見どころだ。まもなく石造りの小屋が見えて勾配が緩み、クログウィン駅に到着する。ここは中間駅の中で唯一、運転要員の配置された駅だ。

スノードンを隠す厚い雲のほうに目をやると、険しい斜面を斜めに這い上っていく線路が見える。サミット駅までは、最急勾配1:5.5(182‰)という胸突き八丁が、約2kmの間続く。とはいえ、残念ながら現在は、ここが終点だ。山頂と同じように30分の休憩をとった後、列車はもと来た道を帰っていく。

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クログウィン駅に到着、現在はここが終点
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山頂への胸突き八丁が見える

今年のような特殊事情でなくても、悪天候や積雪のために、山頂への運行が打ち切りになることはままある。海からの湿った西風が山にぶつかって雲を生むため、スノードン山の年間平均降水量は5,000mmを超える。それで日照時間も少なく、しばしば年間1,100時間を割るのだという。きょうのクログウィンも時折り強風とともに濃霧が襲い、ウェールズ人のいう巨人の石塚を拝むことはついにかなわなかった。しかし、折り返しを待つ間に麓のほうの視界が開け、山を上ってくる次の蒸機列車をパノラマの点景に捕らえることができた。望外の喜びだった。

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大パノラマの中を後続の蒸機列車が上ってきた

(2017年1月28日改稿)

【追記 2017.1.28】
2007年の訪問当時、改築工事中だったサミットの新駅舎は2009年6月に完成し、ハヴォード・エラリ Hafod Eryri(スノードニアの高地の家の意)の名で供用されている。当時走っていた旧型客車は2012年のシーズンをもって引退し、翌2013年に定員74名の新型客車4両が導入された。それとは別に古典風客車2両が新造され、「保存蒸機体験 Heritage Steam Experience」と呼ばれる特別料金の蒸機列車で使われている。

本稿は、Keith Turner "The Way to the Stars - The Story of the Snowdon Mountain Railway" Gwasg Carreg Gwalch, 2005および参考サイトに挙げたウェブサイトを参照して記述した。

■参考サイト
スノードン登山鉄道 http://www.snowdonrailway.co.uk/

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