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2007年4月26日 (木)

チャンネル諸島の鉄道

Blog_jersey_railway ジャージー島の地形図を眺めていたら、首都サンテリエ St.Helier(英語読みはセントヘリア)から東に伸びる一条の線に目が止まった。道路ではないが、地籍界が直線的に断続し、その先でコンパスでなぞったような正確なカーブを描いている。明らかに鉄道の廃線跡だ。たどっていくと、島の南東端ラ・ロック La Rocque で北に転じ、河岸段丘が行く手を阻むゴレイ Gorey の村まで続いているようだ。
これは1873年に開通したジャージー東部鉄道 Jersey Eastern Railway の跡だ。サンテリエ~ゴレイ間6マイル(9.7km)を走る標準軌の路線だったが、会社がバス事業に乗り出して失敗したあおりを受けて1929年に廃止されている。

サンテリエから西方へはサイクリング道が、遠浅の海岸沿いに小さな港町サントーバンSt. Aubinまで伸びる。さらに町の裏から谷を分け入り、台地の上を島の南西端ラ・コルビエールLa Corbièreまで続いている。

これは東部鉄道とは別会社の、ジャージー鉄道 Jersey Railway の路盤だ。1870年にサントーバンまで開通した当時は標準軌だったが、1884年、採石運搬用として建設中に倒産した軌間3フィート6インチ(1067mm)のサントーバン・ラ・モワ鉄道 St. Aubin & La Moye Railway を引き継いだとき、同じ軌間に改修された。1885年に両線の接続が完成して、延長は12.5kmとなった。1936年まで残っていたが、サントーバン駅の火災で車両を焼失したのを機に廃止となった。廃線跡は地図上に「推奨自然歩道 Recommended Walk」の表示があるとおり、砂浜、港、短いトンネルを抜けて緑の谷、そして岬の突端へと、進むにつれて景色が変化する魅力的なルートのようだ。

Blog_alderney_railway こうしてジャージー島の鉄道はすべて過去の記憶となったが、面積では3番目の島、オルダニー Alderney には現役の鉄道が存在する。その名もオルダニー鉄道 Alderney Railway は、1847年という比較的早い時期に開通した、由緒ある標準軌鉄道だ。ブレイ湾 Braye Bay の防波堤を造るために、島の東端にある石切り場との間に敷かれ、その後も港へ石材を運ぶために使われていた。ずっと貨物専用だったが、1980年3月に観光客向けの旅客営業を始めて今に至る。

前回紹介した地形図にも当然描かれている。線路は、1/2マイル(800m)も続く長い防波堤 Breakwater の突端を始点として、島の中心にある唯一の集落サンタンヌ(セントアン) St.Anne には見向きもせずに、東の方向へ延びる。東海岸は大陸に面しているので防御用の古い砦が点在しているのだが、内陸側は長年の採掘で地形がすっかり変貌してしまっている。鉄道記号はその中に突っ込む形で終わる。

現在、観光列車が運行されているのは、港(ブレイロード Braye Road 駅)からマネ石切り場 Mannez Quarry まで約2マイル(3.2km)の区間で、片道の所要時間は15分。イースターから9月の終わりまでの毎週末、小さな島には不釣合いな広いゲージの上を、ずんぐりしたロンドンの地下鉄車両が小型ディーゼル機関車に牽かれていく。マン島にも負けないたいへんユニークな鉄道風景だ。

■参考サイト
ジャージー東部鉄道の資料 http://www.jeron.je/Local/RAIlwaysEastIllus.htm
ジャージー鉄道の資料 http://www.jeron.je/Local/RAIlwaysWestIllus.htm
オルダニー鉄道公式サイト http://www.alderneyrailway.com/
同鉄道の写真(ファンサイト) http://www.sbrobinson.pwp.blueyonder.co.uk/Alderney.html

2007年4月19日 (木)

英仏海峡 チャンネル諸島の地形図

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チャンネル諸島の位置
(1:25,000ジャージー公式地図(1988年版)裏表紙に加筆)

世界地図帳でフランスのページを開けると、ノルマンディーのコタンタン Cotentin 半島と、西岸の沖合に浮かぶチャンネル諸島(海峡諸島)Channel Islands との間に、国境線が引かれているのが目に入る。フランスの懐ろに飛び込んだイギリス領に見えるが、正確には、マン島 Isle of Man と同じくイギリス(連合王国 United Kingdom)には属していないイギリス王室の領地、王室属領 Crown dependency だ。

チャンネル諸島というのは地理的総称にすぎず、行政的には「ジャージー Bailiwick of Jersey」「ガーンジー Bailiwick of Guernsey」という2つのベイリウィック Bailiwick(執行官管轄区の意)に分かれている(下注)。「ジャージー」はほぼジャージー Jersey 一島で成り立つ(他は無人の小島)が、一方の「ガーンジー」はガーンジー島 Guernsey、オルダニー島 Alderney、サーク島 Sark などを含み、それぞれ独立した議会をもつ。

*注 Bailiwick of ~は王室属領としての正式名で、通常はStates of ~(States of Jerseyなど)と称している。

チャンネル諸島がイギリス王を戴くようになった経緯は、フランスのノルマンディー公国に併合された西暦933年に遡る。公国は1066年、いわゆるノルマン・コンクエストで対岸のイングランドに版図を拡大してノルマン朝を興し、海峡の両側を支配するようになった。その後、英仏百年戦争の末に大陸側の領土をすべて失ってしまうのだが、ジャージーに対しては自治権その他の特権を与えて、イギリス側に残るよう腐心した。ガーンジーの島々も15世紀には同様の形態となり、それが現在まで続いているのだそうだ。

ジャージーという地名は、たとえば乳牛のジャージー種、運動着のジャージの語源であり、アメリカのニュージャージー州の由来でもあって、実はわれわれも無意識に使っている。しかし正直なところ、筆者もどこにあるかよく知らず、漠然とアメリカ東海岸だろうと思っていたくらいだ。上述の事情により、諸島の地形図がイギリスの陸地測量部 Ordnance Survey (OS) の刊行範囲に含まれていないのも、認知度の低さに影響しているだろう。マン島の場合は1:50,000図がOSの正式図葉だが、それすらないのだ。

しかし、それはおそらく主権のありようから来る建前であって、実際には陰日向でイギリスの測量機関が関わっていることは、流通している諸島の地形図を概観すれば容易に推察できる。ここではチャンネル諸島の地形図を、入手可能なものを中心に紹介してみたい。

ジャージー

ジャージー島は、面積118平方km(周辺の無人島を含む)で諸島最大の島だ。地形的には全体が隆起海食台で、北部が最も高く、南へ行くほど低くなる。それで、北岸には高さ60~120mの断崖が連なり、南岸は広い砂浜と沖へ続く隠顕岩を波が洗っている。行政体としてのジャージーの首都は、南岸の港町セント・ヘリア St. Hellier(仏語読みはサンテリエ)。

1990年のOSの出版物価格表には「ジャージー公式余暇地図 Jersey Official Leisure Map」の名が見られる。これはOSがジャージー政府のために製作した1:25,000地形図で、今も同じ名称の刊行物がある。筆者の手元にある2003年改訂版は、OS図に似たハードカバーの表紙が付き、等高線間隔は20フィート(約6m)、地図記号その他の仕様もOSの1:25,000そのものだ。

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1:25,000ジャージー公式余暇地図表紙 (左)1988年版 (右)2003年版
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1:25,000ジャージー公式余暇地図(2003年版)の一部
(c)Crown copyright 1988

その後、デジタル図化に切替えが行われて、地図データベースから出力、縮小したものを基図とするようになった。その上に、観光案内所、キャンプ場、駐車場などの旅行情報が青色で、ハイキングルートが灰緑でそれぞれ加刷されている。等高線間隔は5m。地図の裏面には、セント・ヘリア市街図が印刷され、有用性が向上した。

これとは別に、イギリス軍測量部 Directorate of Military Survey(図上の表示は D Survey, Ministry of Defence, United Kingdom)が刊行した地形図も存在する。筆者の手元にあるジャージー島図葉は1969年版で、縮尺1:25,000だ。コピーライト表示が Crown Copyright(国王の著作権)でなく States of Jersey(ジャージー政府)になっているとおり、独自の図式に拠っている。市街描写や道路表示などの精度はOS図よりやや粗いものの、25フィート(約7.5m)間隔の等高線に段彩を加えて美しく仕上げられているのが特徴だ。

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上と同じ範囲の1:25,000イギリス軍測量部地形図「ジャージー島」

ガーンジー

ガーンジー島は63平方kmの平たい島で、ジャージー島とは逆に南側が高く、北に低い。2007年に入手した1:25,000公式地図「The Official State of Guernsey」(ガーンジー島地理情報局 Guernsey Geographical Information Service、2002年刊行)は、同島にあるディジマップ Digimap 社が頒布元だった。内容はデジタル図化による大縮尺基本図の単純縮小版で、そのため注記文字が小さくなり、旅行情報が加筆されているものの、あまり目立たない。

先述の通り、ガーンジーは複数の島から構成される。諸島で唯一鉄道が残るオルダニー島のようすも知りたいので、島の政府に問い合わせたら、無料の公式地図を送ってくれた。一見、観光用の簡易地図のようだが、意外にも中身はOSに製作を委託した地形図だ。縮尺は1:10,560(6インチ1マイル)、OSのロゴが入り、図式ももちろんOS仕様になっている。等高線は10フィート(3m)間隔。島全体が草原をイメージした緑に塗られ、古い要塞や第二次大戦中のドイツ軍陣地跡などの注記がある。

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(左)1:25,000ガーンジー島公式地図(2002年版)表紙
(右)オルダニー島公式地図(2004年版)表紙

一方、イギリス軍測量部が作成した図葉は、ガーンジー島(1:25,000、1986年版)、オルダニー島(1:10,560=6インチ1マイル、1966年版)、サーク島(縮尺、製作年とも不明)、ハーム島及びジェソー島Herm and Jethou(1:10,000、1970年版)の4面があった。

このうち、ガーンジー島図葉はOS図を踏襲したものだが、トマトや花卉の栽培が盛んな地上風景を強調するために、温室に青のアミをかけて独自色も出している。日本人の感覚では溜池が集中しているかのように錯覚するが、そうではない。また、オルダニー島図葉は、先述の無料地図の原資料で、黒、茶、青の3色刷であることを除けば、地形図としての内容は同じものだ。

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1:25,000 イギリス軍測量部地形図「ガーンジー島」の一部
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1:10,560 イギリス軍測量部地形図「オルダニー島」
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1:10,000 イギリス軍測量部地形図「ハーム島及びジェソー島」

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ガーンジー新公式地図(2014年版)の表紙

最近になってガーンジーでは、新しい公式地図「Bailiwick of Jersey, States of Guernsey Official Map」が刊行された。折寸といい、とびきり大判の地図用紙といい、OSの1:25,000の体裁によく似ている。画期的なのは、ガーンジーに属するガーンジー島、オルダニー島、サーク島の図が1枚の用紙(両面印刷)にまとめられていることだ。ガーンジー島のみ縮尺1:15,000、他は1:10,000で、2014年のコピーライト表示がある。また、ガーンジー島の首都セント・ピーター・ポート St. Peter Port については1:3,000の写真地図が付されている。

これは2002年の公式地図と同じディジマップ社の製作だが、ぎこちなかった等高線や植生の表現が改良され、縮尺が拡大されたこともあって、読取りやすいものに仕上がっている。等高線は5m間隔で、地図記号のデザインはOS図を参考にしているようだ。唯一、隠顕岩の表現だけがあまりに粗っぽいが、実用には影響ないだろう。

1:25,000ジャージー公式余暇地図とガーンジー新公式地図は、OSやスタンフォーズなどの地図商のショッピングサイトから入手できる。イギリス軍測量部製作の地形図はすでに絶版だが、一部の地図商の在庫リストにはまだ挙がっている。

(2015年8月13日改稿)

■参考サイト
ジャージー島公式観光サイト http://www.jersey.com/
ガーンジー島公式観光サイト http://www.visitguernsey.com/
オルダニー島公式観光サイト http://www.visitalderney.com/

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 イギリスの1:50,000地形図
 マン島の地形図
 チャンネル諸島の鉄道

2007年4月14日 (土)

マン島の地形図

グレートブリテン島とアイルランド島の間、アイリッシュ海に浮かぶマン島 Isle of Man は、多くの鉄道ファンにとって「天国に一番近い島」だろう。ここには19世紀ヴィクトリア朝の雰囲気を今に伝えるユニークな鉄道がいくつも残っているからだ(下注)。

*注 マン島の鉄道については、本ブログ「マン島の鉄道を訪ねて-序章」以下に詳述。

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1:50,000
図番95「マン島」
(1986年版)表紙

マン島の地形図として最もよく利用されているのは、イギリスの陸地測量部 Ordnance Survey (OS) が作成した縮尺1:50,000のランドレンジャー Landranger シリーズ95番「Isle of Man」だ。筆者もこれでまだ見ぬ楽園にずっと思いを馳せてきた。島全体が1面に収まり、仕様も本土のものと全く変わらない。販売店ではランドレンジャーシリーズの他の図葉と同列に並べられているので、入手が容易だ。

仕様が本土と同じとはいっても、おのずと島の特徴は現れている。規模がコンパクトで行政が隅々まで行き届くからか、Aクラスに指定された主要道路(A99のような番号がつく)の密度が明らかに違う。主要道路の地図記号は赤に塗られているので、特に目につくのだ。

旅のプランニングに役立つ観光資源の表記 Selected places of tourist interest は、名称に青の斜線のアミがかけられているが、これもまた頻出する。マン島といえば5~6月にかけて行われるバイクの耐久レース Tourist Trophy Race (TT Race) が有名だ。そのルートは青の網掛けで「TT Course」と注記されているので図上で追跡することがかなう。同じように「LDP」という注記も多いが、これはロング・ディスタンス・パス Long Distance Path、すなわち長距離自然歩道のことだ。海岸沿いに島を一周するルートや山越えの縦断路など、島じゅうにあまねく整備されていることがわかる。

鉄道についても、ダグラス市内の馬車軌道を含めて、狭軌鉄道の記号でしっかり表示されている(下注)。今なお島を訪れる観光客の人気を集めるこれらの鉄道群は、図上で駅の位置を示す赤い円を追えば、軌跡を容易にたどることができる。

*注 馬車軌道については、1インチ図(1:63,360)では非表示だったが、1:50,000で名称のみの表示となり、現行版では鉄道記号も描かれるようになった。

ただし、なにぶん島の鉄道が軽規格で建設されているので、急曲線や道路との離合などを見るには1:50,000の精度では少々物足りない。本土ではOSがより大縮尺の1:25,000を作成しているが、マン島に関しては範囲外となっている。なぜなら、マン島は正式にはイギリス(連合王国 United Kingdom)の領土でなく、独自の法律と政府をもつ英国王室の属領 Crown dependency で、大縮尺図は島の政府の所轄になっているからだ。

マン島では、主要都市については縮尺1:1,250、その他の地域は1:2,500で基本図が整備されており、これから1:10,000、1:25,000が編集されている。大縮尺図を求めて、以前マン島の観光局に問合せたことがある。親切にも送ってくれたのは、公式図 Official Mapping と題されてはいるものの、中身はダグラスはじめ主邑の市街図をあしらったストリートガイドだった。

なかば諦めていた頃、偶然ロンドンの地図店スタンフォーズ Stanfords のカタログで、マン島測量局 Isle of Man Survey(下注)による1:25,000地形図を発見した。北半と南半の2枚セットで透明ケースに入った立派なものだ。2枚とも両面印刷され、計4面で全島をカバーしている。その後OSの販売サイトでも扱われるようになり、入手の苦労は昔語りとなってしまったが…。

*注 現在の担当部局は、社会基盤省地図局 Department of Infrastructure Mapping Service になっている。

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1:25,000 マン島(2004年版)表紙 (左)北部 (右)南部

この地図は10m間隔の等高線が入り、OSばりの詳細な市街地描写、土地利用のカラフルな配色、それに海の余白を利用して観光地の案内文まで用意されていて、眺めるによし、読むにもよし、の内容だ。

鉄道については等高線との関係が明瞭に読め、マンクス電気鉄道の微妙なカーブもよく表現されている。しかし、(筆者の手元にある2004年版には)馬車軌道の表示はなく、案内文で存在が知れるだけで、位置の特定はできない。OSのように道路との交差が平面か立体かにはあまり関心が払われておらず、ラクシー市内などでは「上下関係」の誤りがあるほどだ。

一方、遊歩道はコース別に色分けされた点線で表示されて、たいへんわかりやすく、歩きごころをそそられるし、郊外の公衆トイレや電話のある場所まで丁寧に記入されている。さらにTTコースにいたっては、他の道路とは別格の色が振られ、経過地の地名(例:サルビー・ストレート Sulby Straight =サルビー村を抜ける直線コース、ラムジー・ヘアピン Ramsey Hairpin =ラムジー南郊のヘアピンカーブ)が逐一ゴシックで注記されるなど、力の入れ方が違う。さすがに地元最大の催しだけのことはある。

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1:25,000の一部
(c)Crown Copyright, Department of Local Government and the Environment

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ハーヴィー社版
「マン島」表紙

これらの官製地図のほかに、前回紹介したハーヴィー Harvey 社が、スーパーウォーカー Superwalker シリーズの一つとして「Isle of Man」を刊行している。耐水紙を使用し、両面刷り1枚で全島をカバーする。縮尺は1:30,000と書かれているが、グリッドを実際に計ると約1:33,000程度だ。

等高線は15m刻みと異例だが、これは50フィート間隔で表示していた名残りに違いない。等高線を引き直すのは大変なので、数値の読替えで対応させたのだ。地物描写は少々粗めだが、ハイキングコースや観光資源といった旅行情報の記載にぬかりはない。フットパス footpath や乗馬道 bridleway には、牧場の中を横断する道跡なき道が含まれているが、これを地図記号で区別しているのはハーヴィー社版だけだ。また、官製図に比べて文字が大きめなので、老眼の者にはありがたい。

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同 凡例の一部

3種の地形図でどれが使いやすいかは人それぞれだが、参考までに長所と欠点を挙げておこう。

OSの1:50,000は最も縮尺が小さい。その分、片面で全島が収まるので、裏返したりする必要がなく携帯に便利だ。マン島測量局の1:25,000は、情報量の点で満足できる。その反面、2枚4面に分かれているので、机上で広げるならともかく、旅の友としては少々かさばる。ハーヴィーは前2者にもまして旅行地図の性格が強く、個人旅行者にとって強い味方となる。ただ、首都であるダグラスの町が南北2面に分割されているのが玉に瑕で、別途市街図でカバーする必要がある。

これらの地形図は、OSやスタンフォーズなどの地図商のショッピングサイトから入手できる。
(2015年8月9日改稿)

■参考サイト
Wikimedia - マン島地図(レリーフと段彩による地勢表現)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Isle_of_Man_topographic_map-en.svg
イギリス陸地測量部(OS) https://www.ordnancesurvey.co.uk/
ハーヴィー社 http://www.harveymaps.co.uk/

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 マン島の鉄道を訪ねて-序章
 イギリスの1:50,000地形図
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 アイルランドの地形図-概要
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2007年4月 5日 (木)

イギリスの旅行地図-ハーヴィー社

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ナショナル・
トレール・マップ
「コッツウォルド・ウェー」表紙

イギリスの野山歩きは、全国をカバーするオードナンス・サーヴェイ Ordnance Survey(略称 OS)の地形図があれば十分、と思われがちだ。ところが、その向こうを張って、堂々と独自の地図製作を続けている民間会社がある。スコットランドに拠点をもつハーヴィー社 Harvey だ。同社が刊行する地図シリーズは、個性的な美しさと高い実用性を兼ね備えていて、確かにOS図に対抗しうる明確なセールスポイントをもっている。

*注 Harveyは日本語で「ハーヴェイ」と表記されることもある。

ハーヴィー社は、1977年にロビン・ハーヴィー Robin Harvey 氏とスーザン・ハーヴィー Susan Harvey 氏が設立した地図出版社だ。オリエンテーリングに用いる地図の受注生産から始まった事業は、今や100点を優に超える山野歩きに特化した旅行地図のレパートリーに発展している。縮尺で分けると、主として1:40,000と1:25,000の2つの群がある。順に見ていくことにしよう。

1:40,000という珍しい縮尺は、ハーヴィー社の草創期から使われているもので、特色の一つといってよい。同社サイトによれば、山岳マラソンの国際大会のために地図を製作する機会があり、その際、必要とされる地形描写の密度と用紙サイズとの兼ね合いで選んだ縮尺だそうだ。1:40,000は図上1インチ(=2.54cm)が実長1016mと、およそ1kmになるから、ヤード・ポンド法になじんだ国では使いやすいという判断もあったのだろう。

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ブリティッシュ・
マウンテン・マップ
「ノイダート」表紙

この縮尺で刊行されているシリーズの一つに、赤表紙の「ブリティッシュ・マウンテン・マップ British Mountain Map(英国山岳地図)」がある。点数は16面(2015年のカタログによる、以下同じ)と決して多くないが、ベン・ネヴィス Ben Nevis、ケアンゴーム Cairngorms、湖水地方 Lake District、ヨークシャー・デールズ Yorkshire Dales、スノードニア Snowdonia、ダートムア Dartmoor など、グレートブリテン島の北から南まで、有名どころの山地はすべて押さえた品揃えだ。

地図は、大判用紙のおもて面をフルに使い、対象地域を広範囲に収めていて、モバイル端末の小さな画面にはない迫力ある地形概観が得られる。実用地図であるとともに、後述するようなハーディー図の特色ある仕様を鑑賞するのに最適のシリーズだ。用紙の裏面には、地図の読み方と登山の心得のほか、当該地域の地形や地質に関する説明などが盛り込まれ、文字情報の充実度も高い。

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ブリティッシュ・マウンテン・マップの一例
(「ノイダート」の一部、ハーヴィー社カタログより)

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ナショナル・
トレール・マップ
「サウス・ダウンズ・
ウェー」表紙

同じ1:40,000で紫色の表紙は、「ナショナル・トレール・マップ National Trail map」のシリーズだ。イングランドとウェールズの長距離自然歩道であるナショナル・トレールの案内地図で、すでに43面が刊行されている。

1週間の徒歩旅行を1シートで、というキャッチコピーのとおり、トレールの起終点間の地図(当然細長いものになる)を短冊状にばらして、1枚の用紙に順番に並べるという手法が特徴だ(下図参照)。主題のトレールは赤い太線で明快に描かれ、町中に入る区間では拡大市街図でも示される。余白には、英独仏の3か国語でトレールに関する旅行情報の記述がある。地図は蛇腹折りなので、当日歩く区間が見えるように折り返しておけるし、広げれば全ルートが一望できる。トレールの踏破をもくろむハイカーにとっては、OSのかさばる地形図とは段違いに扱いやすい。

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ナショナル・トレール・マップの一例
(「コッツウォルド・ウェー」の一部、ハーヴィー社カタログより)

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ナショナル・トレール・マップの構成。短冊状のルート地図を順番に配置する

1:40,000ではこのほか、2016年にポケットサイズ(73mm×152mm)の「ウルトラマップ Ultra Map」シリーズの刊行が始まった。通常の折図は124mm×235mmとされているので2/3程度と携帯しやすくなるが、図面は他のシリーズと共通だ。

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スーパーウォーカー
「ベン・ネヴィス」
表紙

これらに対して1:25,000は事実上、赤い表紙の「スーパーウォーカー Superwalker」シリーズのための縮尺と言える(下注)。点数は44面ある。1:25,000の刊行は、創業から20年近く経った1996年に開始された。OSの1:25,000が、旅行情報を強調したエクスプローラー Explorer シリーズに切替えられていく時期と一致するから、ライバルの新たな動向に反応したのに違いない。しかし、残念ながらハーヴィーのそれは、既存の1:40,000をほぼ単純拡大した「でか字」版だ。確かにディテールは見やすくなるが、地図の精度が上がったわけではなく、OS図に比べると物足りなさを感じる。

*注 マン島、アイルランド島の図葉は大部分1:30,000が採用されている。

ハーヴィー図にはいくつかの顕著な特色がある。まず等高線の間隔が15mであるという点だ。これはもともと50フィート(=15.24m)間隔で引いた等高線をメートル法に読み替えたことから生じている。したがって、5本ごとに引かれる計曲線も75m、150m ...という刻みになる。ただし、製作時期の比較的新しい図では10m間隔に改められているので、図式が混在している状況だ。

等高線の色を、スイスの官製地形図のように茶色と灰色に描き分けるのも独自の見識だろう。基本は茶色なのだが、凡例の表現を借りれば「岩石が優勢な地表 predominantly rocky ground」、つまり岩が露出していたり、小さな岩が点々とあるエリアは灰色に変えているのだ。岩場やがれ場はそれを表す記号が別にあるので、こうした情報に関してかなり丁寧に作り込んでいることがわかる。

「ブリティッシュ・マウンテン・マップ」シリーズでは、さらに段彩も加えられ、土地の高度の認識を助けてくれる。興味深いことに植生の表現も、独立記号を並べたりせず、面の彩色で処理されているのだ。当然、段彩より優先するのだが、高緯度で森林限界が低いため、段彩に大きくかぶることはないようだ。

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ハーヴィー図の凡例(ブリティッシュ・マウンテン・マップの例)

歩き用の地図とあれば、道路記号が詳しいのは当然だ。地図記載の解説によると、ロード road とトラック track とパス path は明確に区別される。すなわち、ロードとは常にアスファルト舗装の道だ。トラックは車両が通行できる道か、明瞭な小道になっている廃線跡か、または林道を指す。フットパス footpath は悪天候のときでもたどれる十分明瞭な小道で、そうでないものは断続的なパス intermittent path として描かれるという。また、山野歩きで重要な情報となる通行権 right of way については、フットパス(自然歩道)、ブライドルウェー bridleway(乗馬道)、パーミッシヴパス permissive path(通行許可のある小道)が明示される(下注)。

*注 通行権は私有・公有を問わずその土地を通行できる法的権利のことで、明瞭な道ばかりでなく、踏み跡もない放牧地や荒れ地の場合もある。歩きのみ可がフットパス、馬も走れるのがブライドルウェー。また、パーミッシヴパスは、通行権はないが所有者が通行を許可しているもので、許可が取消しとなる場合もある。

水路も、容易に渡れるかどうかで分類されている。ナローストリーム narrow stream は飛び越えられる。ワイドストリーム wide stream は、適した場所を探さないと足を濡らさずに渡れない。リヴァー river になると、橋を見つけない限り確実に濡れるものを指すそうだ。そのため、フットブリッジ footbridge の記号は、一般にワイドストリームかリヴァーの場合に描かれる。

ロンドンの地図店スタンフォーズのサイトで、価格を調べてみた。OSの1:25,000や1:50,000の耐水紙版が14.99ポンド(1ポンド140円として2,099円、下注)に対して、ハーヴィー社は、「ブリティッシュ・マウンテン・マップ」が15.95ポンド(同2,233円)、「ナショナル・トレール・マップ」が13.95ポンド(同1,953円)とほぼ同価格だ。

*注 OS図でも、普通紙版は8.99ポンド(同1,259円)と安価だが、耐水性はない。

情報のオリジナリティ、地図の読み易さ、ルートを1枚でカバーできる点などを考慮すれば、OS図の代わりにハーヴィー図を手に取る価値は十分にあるだろう。同社の製品は現地の地図商だけでなく、日本のアマゾンや紀伊国屋Bookwebでも扱っているから、入手も容易だ。"Harvey Map" などで検索するとよい。

(2016年7月30日全面改稿)

■参考サイト
ハーヴィー社 http://www.harveymaps.co.uk/

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