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2007年3月29日 (木)

アイスランドから地形図が消えた日

イギリスの地図販売店スタンフォーズ Stanfords のオンラインカタログをチェックしていて、アイスランドの地形図に付された記事に気がついた。

「アイスランド測量局は政府から2007年1月末までに縮尺を問わず地図の在庫をすべて処分するよう指示を受けました。残念ながら、地図類の買い取り先が通知され、新たな所有者と打合せができるまで、私どもはいかなる注文もお受けできません。測量機関自体は、現状では地図類をオンデマンドで印刷する計画を全く持っていません。」

Blog_iceland_oldmaps
アイスランドの官製地形図旧版表紙 (左)1:25,000 (右)1:50,000

驚いてアイスランド国土測量局 Landmælingar Íslands のHPに飛ぶと、それを裏付ける直営店閉鎖のニュースが出ていた。旅行地図は引き受け先があったそうだが、地形図のことには一切触れられていない。スタンフォーズの言うとおり、当面入手できない幻の地図になってしまったらしい。アイスランドよお前もか、と思った。5年前、2002年にデンマークの測量局が、離島を除く紙地図の刊行を廃止したのを知っていたからだ。こちらは民間の地図店で地形図の販売を継続しているが、内容の更新までやっているのかどうかは知らない。

21世紀は、地図がもっぱら紙に印刷されていた時代をノスタルジックに振り返ることになるのだろう。今やインターネットで世界中の詳しい地図や空中写真が見られるのは当たり前、車にはカーナビがついていて、登山にもハンディタイプのGPSを携帯する。各国の測量局のHPを見ても、宣伝しているのはDVDなどデジタル媒体かネット配信が主で、紙地図には敢えて触れていなかったりする。

そもそも官製図は国家の基本的な地図という位置づけなので、先進国では通常、全土が同じ縮尺で揃っているのだが、地形図は種類が膨大な割には大して売れない。売れる地域も限られる。日本の国土地理院のHPによると、2005年度の1:25,000地形図の販売ランキング第1位は北アルプスの一角、「穂高岳」だが、販売枚数は年間4,200枚強に過ぎない。ベストセラーですら1,000枚のオーダーだから、まして北海道内陸部の人跡稀な山中とか、南海、西海の孤島を描いた地形図となると、売れ先が極めて絞られることは想像に難くない。紙地図のニーズが根強く存在するとしても、大勢は民間が出版する登山地図や観光地図など実用的なものを志向しているのだ。

筆者のHPでは、カタログの入手に始まり地図の注文まで、紙にこだわった一時代前のスタイルを紹介している。それは、広げてマクロ、畳んでミクロと伸縮自在で、かつ軽量、そして表示も細部まで鮮明と、紙地図にはまだ一日の長があると思っているからだ。旧来型の印刷物がもっていた硬直性を緩和しようとする取り組みも各国で始まっている。

例えば南アフリカ共和国の場合は、顧客のリクエストに応じてデータファイルからインクジェットで印刷する方式だ。ブラジルも在庫の切れた図葉からこの方式に切り替えた。紙地図の6倍もの価格設定には閉口するが、品切れが頻発するよりはましだろう。また、イギリスやアメリカ合衆国は規格品を制作するかたわら、地図の範囲を任意に設定できるというオンデマンドサービスを展開する。規格品では学校の通学範囲が隣の図郭にまたがることがままあるが、これなら学校を中心に据えたオリジナル地図が常に作れ、教材としても優れている。

アイスランドの官製図は、小国らしからぬ品揃えと積極的な国外販売で、国の観光広報の役割も果たしていた。それだけに、このように形を変えてでも、早く復活してくれることを望みたい。

【追記 2010.7.29】
その後、官製図の販売体制は民間会社に引き継がれた。詳しくは本ブログ「アイスランドの地形図、その後」にて。

■参考サイト
官製地図を求めて-各国地図事情 アイスランド
http://homepage3.nifty.com/homipage/map/map_iceland.html
国土地理院の販売ランキング
http://www.gsi.go.jp/MAP/RANKING/hanbai.htm
イギリス OS のオンデマンド地形図(OS Select)
http://leisure.ordnancesurvey.co.uk/leisure/catalogue.jsp?section=10167

2007年3月22日 (木)

イギリスの1:50 000地形図

Blog_osmapstamp

イギリスの国家測量機関はオードナンス・サーヴェイ Ordnance Survey(OS)と称している。ordnance というなじみのない単語は軍需品を意味し、地形図が軍用から出発したことを思い起こさせる。それで、日本語に訳すときは旧帝国陸軍の「陸地測量部」を当てはめるのが慣わしだ。しかし、いかめしいのは名前ばかりで、現在のOSが刊行する紙地図は一般向けに徹している。小縮尺図で地勢を概観できるのは1:1,000,000(100万分の1)の壁掛地図 Wall map に限られ、全土1面に収まる1:625,000や、8面で全土が揃う1:250,000は民間の道路地図と覇を競っているのだ。

中縮尺図では1:50,000がOSを代表する地図シリーズとなっていて、年間200万部近くを売るそうだ。愛称のランドレンジャーマップ Landranger map は、国土を自由に歩き回る人のための地図という意味だろう。そのルーツは、実距離1マイルが図上1インチで表されるいわゆる「ワンインチマップ」(縮尺1:63,360)で、OSとともに歩んだ長い歴史がある。

右上の写真はOS設立200年を記念して1991年に発行された切手(4種のうち24ペンス切手)の初日カバーだが、この図柄になっているのが最初の1インチ地図だ。場所は、南東部のケント州 Kent。なぜケント州かというと、フランス革命の余波が海峡を越えてくることを恐れた政府が、海岸の防備を固める目的で地形測量を計画したからだ。州は当時、英仏海峡に臨む軍事の最重要地域だった。1795年から1マイル6インチ(1:10,560)の精度で作業を開始したものの捗らなかったため、1マイル3インチに精度を落として、1801年に1インチマップを完成させた。次いで1805年に北隣のエセックス州 Essex の地図が作られ、20年と経たないうちに、イングランドとウェールズの1/3を覆うようになったという。

Blog_os1inchmap

さて、第1次大戦後、1インチ地図は観光用としての価値を与えられるようになる。地図の表紙カバーを美しい絵で飾った特別版が多数発行された。その伝統を受け継いだのが1インチ旅行地図 Tourist Map(後に Touring Map and Guide)のシリーズで、10年ほど前までカタログに残っていた。隣接図との重複をもたせた図郭の取り方や、カバーつきの大判折図なども、官製としては1インチ地図が先鞭をつけた形式で、その後、各国が模倣した。

しかし、1974年に1:50,000の最初のシリーズが刊行され、次第に1インチ地図を置き換えることになる。この1:50,000は1インチ地図の成果を拡大したもので、文字や線が太くなり、等高線は旧図の50フィート刻みをメートル法に換算しただけという暫定版だった。筆者も最初に目にしたときは大味な印象を受けたのを記憶している。この経緯もあってシリーズの改訂が進んだ今も、表現の繊細さを含めて1:25,000との様式の違いが顕著だ。
(右上の写真は、左から1946年版1インチ地図、1973年版1インチ旅行地図、1993年版1:50,000の表紙)

その1:25,000は経緯線で単純に区切られた区分図として登場したが、エクスプローラーマップExplorer mapとして全面的にリニューアルされ、1:50,000の詳細版の性格をもつシリーズになった。筆者も、どちらかというと情報の詳しさから、最近はこちらに手を伸ばしがちだ。

■参考サイト
イギリスの地図に関する情報は、「官製地図を求めて-イギリス」にまとめている。
http://homepage3.nifty.com/homipage/map/map_uk.html
OS小史 A brief history of Ordnance Survey
http://www.ordnancesurvey.co.uk/oswebsite/aboutus/history/

★本ブログ内の関連記事
 イギリスの復刻版地形図 I
 イギリスの復刻版地形図 II
 マン島の地形図
 英仏海峡 チャンネル諸島の地形図
 イギリスの旅行地図-ハーヴィー社
 イギリスの運河地図

2007年3月 1日 (木)

マニトゥー・アンド・パイクスピーク・コグ鉄道

Blog_pikespeak_map 合衆国ではラックレールで上る登山鉄道のことをコグ(歯車)鉄道と呼んでいる。その一つがコロラド州にあるマニトゥー・アンド・パイクスピーク・コグ鉄道 Manitou and Pike's Peak Cog Railway だ。マニトゥースプリングズ Manitou Springs にある山麓駅から標高4301mのパイクスピーク Pikes Peak 山頂まで、全長8.9マイル(14.3km)をアプト式ラックレールを使って上る。
(注:山の正式名が Pikes Peak なのに対して、鉄道名には Pike's Peak とアポストロフィーが入っているのは、昔の綴りを残しているからだ)

山麓駅の標高もすでに2003mあるが、対する山頂駅は山の最高地点のすぐ東にあって、地形図で見たところ14080フィート(4292m)の等高線の上に載っている。ヨーロッパの鉄道で最も高所に達するのはスイスのユングフラウ鉄道 Jungfraubahn だが、終点の標高は3454m。それと比べても、この路線が登山鉄道として群を抜くものであることがわかる。

Blog_pikespeak これまで、数回にわたってコロラド州山岳地帯の鉄道の盛衰を追ってきたが、ほとんどが20世紀に入ると、道路交通の発達と産業構造の変化に影響を受けて急速に勢いをなくしていく。ところが、この登山鉄道には公式があてはまらない。1891年に全線開業したときは当然蒸機が押し上げていたが、1938年にガソリン動力のレールカー、続いてゼネラルエレクトリック社が開発した流線型ディーゼル動車と、着々と近代化が進められている。1964年にはスイスSLM社の新型レールカーが入り、70年代には観光客をより多くさばくために、待避線など線路容量を増やす工事を実施した。ホームページによれば、厳冬期には積雪のために休止していた運行を、2006年から通年化したそうだ。夏のシーズンには1日8便が頂上との間を往復する。

山頂には有料道路が通じているので、圧倒的なクルマ社会の合衆国では、普通なら旅客鉄道の出番がなくなっても不思議ではない。今まで生き残れたのは、シチュエーションに恵まれたことも理由の一つだろう。麓のマニトゥースプリングズは炭酸泉の湧出で古くから知られた保養地で、その背後にはデンヴァーに次ぐ都市圏であるコロラドスプリングズ Colorado Springs が控える。目的地のパイクスピークはコロラド・フォーティナー(14,000フィートを超える山)に数えられる高山であるのみならず、東に広がる大平原のかなたからもよく見える独立峰として、地域のシンボル的存在だ。両者を結びつけたのがこの鉄道で、観光用アトラクションとしての人気を今も保ち続けている。

Blog_pikespeak_topomap 山麓駅はイングルマン渓谷 Englemann Canyon と呼ばれる谷の途中にある。町外れに起点があるのは、開通当時、コロラド・ミッドランド鉄道 Colorado Midland Railway がすぐ近くを通っていたからだ。コグ鉄道の行程のうち最初の1/3は、頭上にのしかかるようなこの谷に沿って遡る。山から一気に流れ下ってくるラクストン渓流 Ruxton Creek はかなりの急流で、線路の勾配もきつい。しかし、切り立った岩山「地獄門 Hell Gate」の傍らを過ぎると、谷は浅くなっていく。

次の1/3は勾配が少し和らぎ、線路は山の斜面をまっすぐ這い上がる。マウンテンヴュー Mountain View の列車交換所あたりが中間地点で、進行方向に山頂も見えているはずだ。

この先、行程最後の1/3は南尾根を時計回りに巻きながら、最急勾配250‰でひたすら上り詰めていく区間だ(右上図)。2000年以上の樹齢をもつものもあるというイガゴヨウが自生する中を行くと、まもなく森林限界を越えて、左手に遮るもののない眺望が開ける。約1時間15分の旅の後、360度の大パノラマが待つパイクスピークの頂上に到着する。山頂に滞在できる時間は30~40分、高山病の症状が現れないうちにという配慮らしいが、そうでなくても寒さに震えて下山の合図が待ち遠しくなることだろう。

■参考サイト
マニトゥー・アンド・パイクスピーク・コグ鉄道 http://www.cograilway.com/
位置図は、「ロッキー山脈を越えた鉄道-序章」(下記)添付地図を参照

開通当時の写真:コグ鉄道とパイクスピーク(右遠方の雪山)
from Western History Collection of Denver Public Library, photo by Rose & Hopkins
http://digital.denverlibrary.org/cdm/ref/collection/p15330coll22/id/71845

パイクスピーク山頂付近の地形図
http://msrmaps.com/image.aspx?T=2&S=12&Z=13&X=621&Y=5374&W=2
旧版地形図(1:48,000 Manitou、1907年版)
http://www.lib.utexas.edu/maps/topo/colorado/pclmaps-topo-co-manitou-1907.jpg
パイクスピーク山頂付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&ll=38.8403,-105.0418&z=16

なお、紙地図は1:25,000が「38104-G8 Manitou Springs」、「38105-G1 Pikes Peak」、1:100,000は「38104-E1 Colorado Springs」、「38105-E1 Pikes Peak」でカバーする。

★本ブログ内の関連記事
 ワシントン山コグ鉄道 I-ルート案内
 キャス観光鉄道
 ロッキー山脈を越えた鉄道-序章

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