« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »

2007年2月22日 (木)

アージェンティン・セントラル鉄道

「星への階段 Stairway to the Stars」。山麓から仰ぐと山をジグザグに上る線路が7層にも見えるというところから、鉄道にそんなニックネームがついた。

現在ジョージタウン・ループ鉄道の終点になっているシルヴァープルーム Silver Plume は名のとおり銀の町として栄えたが、採掘は主に南隣の支谷沿いにあるアージェンティン鉱区で行われていた。アージェンティン・セントラル鉄道 Argentine Central Railway は、それまでラバの足が頼りだった鉱石運搬を代替するために計画された軌間3フィート(914mm)の鉄道で、1906年に完成した。シルヴァープルームでコロラド・セントラル鉄道の本線(現在のループ鉄道)に接続し、最急勾配60‰、急曲線、数多くのスイッチバックと厳しい条件が揃った山岳路線だった。シェイ型機関車の活躍の場であったのはいうまでもない。

鉄道にはもう一つの役割が期待されていた。それは、大陸分水嶺の一部を成すフロントレンジ(前面山脈)に観光客を呼び込むことだ。標高14000フィート(4267m)を超える山々を、現地ではコロラド・フォーティナーズ Colorado 14ers と呼んでいる。その一つでフロントレンジの最高峰でもあるグレイズピーク Grays Peak、標高4350mが、鉄道建設の最終目標だった。

Blog_argentinecentral 地形図上でもそのルートをたどることができる(Map courtesy of the U.S. Geological Survey and the Microsoft TerraServer)。ループ鉄道の跡を引き継いでシルヴァープルームの町はずれまで進むと、反転してやおら町の南側の山腹をぐいぐい上り始める。2kmほど進んだところにもスイッチバックが2回あり、ここがループ鉄道の軌跡を含めて7層に見えるといわれた場所だ。尾根の先をぐるりと回って、レヴンワース山 Leavenworth Mountain の東斜面に出ると、谷の奥で鉱区の中心だったウォルドーフ Waldorf まで、淡々とした上り区間が続く。

ウォルドーフでまた進行方向を変える。後はマクレラン山 Mt. McClellan をめざし、スイッチバックを4回も繰り返しながらひたすら上り詰めていく。そして、西斜面が険しい断崖になった尾根の高まりに突っ込むように線路は途切れる。地形図によればこの付近の標高は13117フィート(3998m)。合衆国でラックレールを使わない粘着式鉄道が到達した最高地点だった。

鉄道が開通すると、デンヴァーから片道5時間足らずで行けるツアーは評判を呼び、夏の書き入れ時には山頂まで1日12本以上もの列車が設定された。しかし最初の経営者は敬虔なクリスチャンで、日曜日は頑として運行させなかったという。恐慌による破産で売却されたり、資金難で一時運行できなくなるなど、経営は決して順風満帆とは言えなかった。1913年から景気回復に伴って旅行ブームが起きたが、貨物輸送が途切れたことで路線の維持コストが収入を上回る状態となった。蒸気機関車を気動車に取り替えるなどの経費節減策もむなしく、1918年に運行廃止となり、設備も1920年までに撤去された。

デンヴァー公共図書館が公開している当時の写真を見ていただきたい(下記 参考サイト)。なぜこんなところに列車が、と誰しも不思議に思うだろう。もしかしたら銀河鉄道のように、このまま本当に星への階段を駆け上っていったのかもしれない。わずか12年で幕を閉じた薄幸の鉄道だけに、そんな空想をかきたてられる。

■参考サイト
当時の写真:マクレラン山頂のアージェンティン・セントラル
from Western History Collection of Denver Public Library, photo by L.C. McClure
http://digital.denverlibrary.org/cdm/ref/collection/p15330coll22/id/77516
http://digital.denverlibrary.org/cdm/ref/collection/p15330coll22/id/77489

コロラド・フォーティナーズ(The Colorado 14ers) http://www.14ers.com/
コロラド州にある14,000フィート超の54山を紹介するサイト。登山ルートごとの現地写真と地形図、空中写真が豊富に収められている。

マクレラン山付近の地形図
http://msrmaps.com/image.aspx?T=2&S=12&Z=13&X=542&Y=5486&W=2

なお、紙地図は1:25,000が「39105-F6 Georgetown」、1:100,000は「39105-E1 Denver West」でカバーする。

「“星への階段”へ接続していたSilver Plume駅」
http://www5.plala.or.jp/stmlo9600/sl/sl108.html
アージェンティン・セントラル鉄道に関する詳しい日本語レポート。

2007年2月15日 (木)

ジョージタウン・ループ鉄道

Blog_coloradocentral 直線で上れば急な坂道になるところを、輪を描くように線路を引き回して勾配を緩くしたものをループ線と呼ぶ。ぐるりと一周するいわゆるスパイラルでは、半径300m、25‰勾配で50m近い高度がかせげる。主に山岳地帯の鉄道で用いられるルート設定の工夫の一つだ。尾根の出っ張りなどにトンネルを介在させて設けることが多いが、まれにトンネルのないオープンループが造られる。回っている様子が途切れることなく眺められるので、例外なく車窓名所になっている。コロラド州のジョージタウン・ループ鉄道 Georgetown Loop Railroad もそれを売り物にした観光鉄道だ。

Blog_georgetownloop_leaflet
リーフレット

現在の路線は4.5マイル(7.2km)にすぎないが、かつてはクリアクリーク(渓流) Clear Creek に沿ってデンヴァーに通じていた。この界隈では1859年に金鉱が発見され、その後も銀鉱で栄えた。そこで鉱石輸送を目的に、コロラド・セントラル鉄道 Colorado Central Railroad の手で軌間3フィート(914mm)の鉄道が建設されたのだ。デンヴァー側から順に開通して、現在の終点シルヴァープルーム Silver Plume まで達したのは1884年だった。谷はジョージタウン Georgetown のすぐ西でにわかに険しくなり、隣町シルヴァープルームまで3km足らずの間に195mも上る。鉄道は、高さ29mの鉄橋によるオープンループに続いて、馬蹄形カーブのS字ルートで最急勾配を40‰に抑えながら、この高度差を克服した。この先さらに、大陸分水嶺をトンネルで貫いて鉱山町レッドヴィル Leadville へ延長する計画があったが、デンヴァー・リオグランデ鉄道に先を越されて頓挫した。

一時は観光客を集めたループ鉄道だが、20世紀に入ると自動車交通の普及で客足が去り、貨物運搬も先細りとなる。ついに1938年、この区間を含むアイダホスプリングズ Idaho Springs ~シルヴァープルーム間が廃止された。それに伴い、「デヴィルズゲート高架橋 Devil's Gate High Bridge」と呼ばれた名物の鉄橋も撤去された。

しかし、金鉱発見100周年となる1959年、コロラド歴史協会 Colorado Historical Society が中心となり、観光資源として再建が図られる。1977年に「上の駅」シルヴァープルームから鉄橋の手前まで部分開通し、1984年には鉄橋が復元されて現在の形になった。

Blog_georgetownloop_map1
ジョージタウンループ鉄道のルート
Map courtesy of the U.S. Geological Survey and the Microsoft TerraServer

この地域の1:25,000地形図は1974年版から改訂がなく、鉄道は描かれていない。OLD RAILROAD GRADEの注記のある小道が廃線跡を示していて、鉄橋のあった位置に Georgetown Loop の注記と、Historical Marker(史跡標識)の記号があるのみだ。筆者が路線を加筆した地形図を上に掲げた。現在の「下の駅」デヴィルズゲート Devil's Gate はループの途中にあるが、レールは橋をくぐって東側まで敷かれている。鉄道模型を地で行くような往復1時間15分の旅はあっという間に過ぎるだろう。オプションとして、途中で当時の銀鉱の内部を見せるレバノン鉱山 Lebanon mine の徒歩ツアーも用意されている。

Blog_georgetownloop1
ジョージタウンの入口
Blog_georgetownloop2
名物のデヴィルズゲート高架橋
(右)上流側。高架橋をくぐってきた線路が右に見える (左)下流側 
Blog_georgetownloop3
高架橋を保存蒸機が渡っていく

ところでシルヴァープルーム付近の地形図で、南側の山腹を這い上がる廃線跡があるのが気にかかっていた。調べてみると、その正体は標高4000m付近まで観光客を運んでいた狭軌の登山鉄道だった。しかもラックレールを使わずに延々とジグザグを繰り返して上っていたという。その話を次回書こう。

掲載した写真と資料はすべて、2013年8月に現地を訪れたT.T氏から提供を受けたものだ。ご好意に心から感謝したい。

■参考サイト
ジョージタウン・ループ鉄道  http://www.georgetownlooprr.com/
ジョージタウン・ループの往時の風景(1882~1890年の間に撮影。裏焼きのため、左右が逆)
from William Henry Jackson Collection of Colorado Historical Society, photo by W. H. Jackson
http://digital.denverlibrary.org/cdm/ref/collection/p15330coll21/id/9416
High Bridge, Colorado Historical Society
http://digital.denverlibrary.org/cdm/ref/collection/p15330coll22/id/77792

ジョージタウン・ループ付近の地形図
http://msrmaps.com/image.aspx?T=2&S=12&Z=13&X=548&Y=5492&W=2
旧版地形図(1:62,500 Georgetown、1903年版)
http://www.lib.utexas.edu/maps/topo/colorado/pclmaps-topo-co-georgetown-1903.jpg

なお、紙地図は1:25,000が「39105-F6 Georgetown」、1:100,000は「39105-E1 Denver West」でカバーする。

2007年2月 8日 (木)

ロッキー山脈を越えた鉄道-ロリンズ峠

全体図
Blog_rollinspass
拡大図 1
Blog_rollinspass1
拡大図 2
Blog_rollinspass2_1
拡大図 3
Blog_rollinspass3

まずはこの写真をごらんいただきたい。

■参考サイト Yankee Doodle Lake and James Peak, from Western History Collection of Denver Public Library, photo by L. C. McClure
http://digital.denverlibrary.org/cdm/ref/collection/p15330coll22/id/4298

吹雪が止んだばかりの曇り空、身を切る大気のかなたに浮かぶ雪の山々。眼下には凍てついた円い湖と、それを包み込むように敷かれた線路。それは山の向こうを回って右上の稜線に開いたトンネルから再び顔を出す。列車の乗客たちの瞳はきっと車窓に張り付いているだろう。デンヴァー公共図書館Denver Public Libraryに所蔵されている1904年のこの写真は、筆者をコロラドの鉄道史に導いてくれた一枚だ。

目を疑うような絶景はどこにあるのか。右の拡大図2(1:25,000画像を1/2に縮小)をご参照あれ(All maps courtesy of the U.S. Geological Survey and the Microsoft TerraServer)。地図の最も右側にある池が、写真の前景「ヤンキー・ドゥードル湖Yankee Doodle Lake」、周囲をめぐっている道が鉄道の跡。そして、写真の列車が抜けてきたのが、池のすぐ左に描かれている「針の穴トンネルNeedle Eye Tunnel」だ。

ルートの全容(右上の全体図)を見ると、中央を南北に走るのが大陸分水嶺、鉄道が越えていたのはロリンズ峠Rollins Passで、標高はなんと11671フィート(3557m)。前後のルートもまた、とても標準軌の列車が走っていたとは思えないような羊腸の道だ。しかし、1928年2月にモファットトンネルMoffat Tunnelが開通するまで、20年以上にわたって実際にここを列車が行き交っていたのだ。もちろん、普通鉄道としては北アメリカで最も高所にある鉄道だった。

ロリンズ峠への廃線跡を東側からたどってみよう。
【拡大図1】現在線のモファットトンネル東口の手前から、旧線は方向を180度転回して東に進路をとる。さらに2回の馬蹄カーブを構えて行きつ戻りつするこの部分は、麓のトーランドTolland村からよく見渡せ、「巨人のはしごGiant's Ladder」と名づけられた。

■参考サイト Tolland, from Western History Collection of Denver Public Library
http://digital.denverlibrary.org/cdm/ref/collection/p15330coll22/id/66319

【拡大図2】勾配はいよいよ40‰にもなり、聳え立つ山並みの眺望を楽しみながら進んで行くと、あのヤンキー・ドゥードル湖が左の車窓に現れる。西隣のジェニー湖Jenny Lakeとともに氷河が削った圏谷(カール)に生成された小さな池だ。「ヤンキー・ドゥードル」の名から連想するのは、アメリカ人なら誰でも知っている俗謡だが、野卑な歌詞は美しい湖にそぐわない。むしろ同じメロディで歌われる日本の「アルプス一万尺」のほうが、この風景にはぴったりだ。
湖を過ぎ、次の馬蹄カーブで反転すると、今度は今走ってきた道を上空から眺め下ろすことになる。現在、針の穴トンネルは崩壊しているそうだが、当時は闇を抜けると突然、箱庭のような絶景が眼下に現れるという劇的な展開だったはずだ。

■参考サイト Yankee Doodle Lake, from Western History Collection of Denver Public Library
http://digital.denverlibrary.org/cdm/ref/collection/p15330coll22/id/42306

その先、尾根を大きく回ると、「悪魔の斜面Devil's Slide」と呼ばれた急傾斜地を木製の架橋(トレッスル)で渡っていく。視界をさえぎるものは何もなく、ロッキー山脈のかなたまで見渡すことができる。

■参考サイト Continental summit, from Western History Collection of Denver Public Library
http://digital.denverlibrary.org/cdm/ref/collection/p15330coll22/id/3473

まもなく、分水界をまたぐロリンズ峠に設けられたコローナCorona駅に到着する。「トップ・オブ・ザ・ワールド」、鉄道広告はそう叫び、驚異の山岳ルートを全米に知らしめた。断片的な資料によると、当初の計画ではロリンズ峠まで上らず、もっと下の位置で分水嶺にトンネル(現在のモファットトンネルではない)を掘ることになっていたが、建設の困難さから断念したという。もし実現していたら、車窓のすばらしさの何割かは失われていたに違いない。

【拡大図3】しばしの休憩のあと、稜線の西側を降りていくが、こちらにも見どころが残されている。ライフルサイト山峡Riflesight Notchに構えられたループ線だ。

■参考サイト Riflesight Notch Trestle, from Western History Collection of Denver Public Library, photo attributed to L. C. McClure
http://digital.denverlibrary.org/cdm/ref/collection/p15330coll22/id/4297

ループの交差点は上部がトレッスル橋、下部はトンネルで、張り出した尾根の付け根にあるくびれをうまく利用して設計されている。橋は今も残るが通行禁止で、トンネルは崩壊してしまった。この先も40‰の下り勾配とカーブが森の中を延々と続くが、連続するスペクタクルに疲れた乗客たちには、麓の駅で飲む一杯のコーヒーをひたすら待つ時間だっただろう。

記念すべき廃線跡は現在もごく一部の区間を除いて未舗装道で残っていて、四輪駆動車やマウンテンバイクの愛好者に親しまれている。

2007年2月 2日 (金)

ロッキー山脈を越えた鉄道-モファット線

Blog_moffatline_1 モファット線Moffat Lineは、デンヴァーDenverから大陸分水嶺を越えて、ユタ州ソルトレークシティSalt Lake Cityをめざした鉄道線の通称だ。1902年にデンヴァーの銀行家デヴィッド・モファットDavid H. Moffatが中心となって設立したデンヴァー・ノースウェスタン・アンド・パシフィック鉄道Denver, Northwestern and Pacific Railwayによって建設された。デンヴァーのすぐ西には分水嶺の一部であるフロントレンジ(前面山脈)Front Rangeが屏風のように立ちはだかる。それまでに開通した鉄道が迂回路を選んだのに対して、遅れてきたモファット線は、天下の険に敢えて正面から挑戦した。

現在、このルートを走る旅客列車としては、大陸横断列車のカリフォルニア・ゼファー号California Zephyrのほかに、デンヴァー~ウィンターパークWinter Park間をつなぐ季節運転のスキートレインSki Trainがある。所要2時間15~30分で、モファットトンネルの西側まで行く手ごろなリゾート列車だ。

デンヴァー・ユニオン駅を出て34km、平原から山地への取っ掛かりに設けられた大カーブ群は、リトルテンLittle Ten、ビッグテンBig Tenと呼ばれている。「テン」は曲線度数10度(弦100フィートで中心角が10度となる曲線)から来ていて、半径175mに相当する急カーブだ。ビッグテンをしのぐと列車は山裾を北へ進む。1番トンネル(トンネルにはデンヴァー方から番号が振られている)を出たところがプレーンヴューPlainviewの信号場で、名の示すとおり大平原を見渡せる場所だ。

この先は、大小のトンネルが27個も連続する難所が待ち構えている。8番トンネルで西に折れ、サウスボールダークリークSouth Boulder Creekの斜面、300mの高さを行く。比較的大きな支流を馬蹄カーブで渡りきり、比較的長い17番トンネルを抜けると、まもなくクレセントCrescent信号場。トンネルの合い間には、右手にデンヴァーの水がめ、グロス貯水池Gross Reservoirの湖面が見え隠れする。

しばらく穏やかな谷間を通り、デンヴァーから81kmで、大陸分水嶺を貫くモファットトンネルMoffat Tunnelに突入する。長さ6.21マイル(9994m)の単線トンネルで、内部に路線の最高地点、標高2816mがある。トンネルの開通が1928年と遅いのは、州政府の融資が決定するまでに長い時間を費やしたからだ。モファットは工事の着工すら見ることなく、世を去っていた。それまでの旧線は、驚嘆すべきルート設定で分水嶺を攀じ登っていたのだが、この話は次回に譲ろう。モファットトンネルを抜けると、スキートレインの目的地、ウィンターパークの駅は近い。

ところで、ゼファー号の走るルートはこのあとコロラド川に忠実に沿いながら、グレンウッドスプリングズGlenwood Springsの手前で、テネシー峠Tennessee Passを越えてきたデンヴァー・リオグランデ鉄道の路線に合流している。しかし、モファットの立てた計画は意外にも、いったん北へ上がってクレイグCraigを経由するものだった(右上図参照)。

早くからユタ州を結ぶ路線を持っていたリオグランデは、モファット線にとってまさにライバルで、途中で乗り入れては意味がない。あくまで独自ルートを採るなら、北の山向こうを流れるヤンパ川Yampa Riverの谷に逃げるしかないのだ。山越えは現在のボンドBond信号場付近から始まり、また馬蹄カーブをいくつも繰り返して高度をかせいでいた。しかし、1912年に会社は倒産し、1913年にデンヴァー・アンド・ソルトレーク鉄道Denver and Salt Lake Railroadとして再建されたものの、クレイグから先が建設されることはついになかった。その代わりに、コロラド川沿いにリオグランデ線と結ぶ通称ドットセロ短絡線Dotsero Cutoffが1934年に開通して、現在の形となったのだった。

■参考サイト
スキートレイン http://www.skitrain.com/
ビッグテン付近の地形図
http://msrmaps.com/image.aspx?T=2&S=12&Z=13&X=597&Y=5514&W=2
ボンド付近の地形図
http://msrmaps.com/image.aspx?T=2&S=12&Z=13&X=444&Y=5518&W=2

« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

BLOG PARTS


無料ブログはココログ