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2006年7月28日 (金)

フランスの巨大橋と人力鉄道

Blog_millau_map いまや南仏の新名所となっているミヨー橋 Viaduc de Millau。2004年12月16日に開通した全長2460mの道路橋で、最も高い主塔は343mとエッフェル塔を20mしのぐ。世界の橋の情報を集めたドイツのサイト「橋ウェブ Brueckenweb.de」では登場以来、閲覧回数の首位をキープしている。日曜朝の番組「題名のない音楽会」(テレビ朝日系列)で流れる出光興産のCMにも出てくるから、ご記憶の方も多いだろう。雲海に浮かぶ吊り橋(斜長橋)があまりに現実離れしているので、あれはCGで作ったのだろうと思った人もいたとか。

■参考サイト
ミヨー橋(施工したエファージュ社の広報サイト) http://www.viaducdemillaueiffage.com/
「橋ウェブ」ミヨー橋 http://www.brueckenweb.de/datenbank/bruecken/brueckenblatt.php?bas=3800
出光興産CM http://www.idemitsu.co.jp/tvcm/  「更なる高みへ 編」を参照

橋は中央高地の中心都市クレルモン=フェラン Clermont-Ferrand から南仏ベジエ Béziers に通じる高速道路A75号線上にある。総工費4億ユーロ(約600億円)という巨費を投じた壮大な橋がなぜ必要だったのか。Wikipediaに紹介されているので、引用させていただこう。

「タルン川渓谷一帯はフランス中央山塊南東部にある「グラン・コース(Grands Causses)」と呼ばれる石灰岩の高原地帯であり、パリからフランス南西部、更にスペインへ向かう道路がその上を走っている。ミヨー橋の完成前、国道N9号線を通る自動車は高原の上からタルン川に向かって高低差300m以上の非常に長い坂道を下り、ミヨーの街の近くを通って再び300mの高さへ坂道を上がっていたため交通の難所となっており、特に7月後半から8月にかけてのバカンスシーズンは激しい渋滞が発生していた。このため、タルン川渓谷をいちばん低い地点で渡り、コース・デュ・ラルザック高原(causse du Larzac)とコース・ルージュ高原(causse rouge)を直結する長大な橋が構想された。」

フランス国土地理院(IGN)の1:100,000地形図で当該地域が載っているのは58番。南に接合する65番を併せ見れば、地形の概要がわかる。タルン川 Tarn というのはボルドー Bordeaux を通って大西洋に注ぐガロンヌ川 Garonne の支流で、ミヨーMillauの町の周辺では高原の平坦面を刻んで、比高400~500mにもなる深い谷を作っている。既存の国道(N9号線)がこの谷を底まで降りて再びつづら折りで上るのに対して、谷の上空を一気に渡ろうとしたらこの規模になったというわけだ。架橋位置がこれより西では南側の高原が途切れてしまうし、東に寄ればミヨーの町に近づくため景観上の問題が生じる。町を越えると谷が二手に分かれるので、こんな橋を2つも作るわけにはいかない。無鉄砲にさえ思える構造物だが、できるべくしてできたものなのだ。

■参考サイト
ミヨー橋付近のIGN 1:25,000地形図
http://www.geoportail.fr/5061750/visu2D/voir.htm?
画像縮尺は1:20,000。橋は工事中の記号で描かれている。ミヨー市街はさらに右(東)方。

タルン川に沿って鉄道が走っていて、その車窓からもこの橋を見上げることができる。この路線は高速道路と同じ都市間を結んでいるが、筆者の手元にある1991年の時刻表でさえ直通の特急は1本だけ(ほかに季節便1本)。あとは2~3時間ごとに普通列車が通るだけの閑散路線だ。少し南にトゥルヌミール=ロクフォール Tournemire-Roquefort という鄙びた駅があるが、かつてここから東方へ支線が延びていた(1954年廃止)。その一部が「ラルザックのヴェロ・ライユ Vélo Rail du Larzac」という名の保存鉄道となっている。フランス語でヴェロは自転車、ライユは英語由来のレール(転じて鉄道)のことだが、その正体は保線用の手漕ぎまたは足漕ぎの台車。映画「小さな恋のメロディ」のラストシーンでダニエルとメロディが乗っていったのもその一種だ。ドライジーネ Draisine(フランス語読みはドレジーヌ)、日本語では軌道自転車といい、廃止路線を観光に活用する方法として各所で用いられている。

現代土木技術の粋を集めた巨大橋をドライブしたあと、2つめのインターチェンジで降りて5~6kmほど走ると、この素朴な人力鉄道が迎えてくれる。高原の風通る広々とした大地に、いったいどちらの存在が似合うのだろう。

■参考サイト
ラルザックのヴェロ・ライユ http://gites34.free.fr/velorail_d.html

2006年7月20日 (木)

新線試乗記-ゆりかもめ豊洲延伸

このブログのテーマは海外ものが中心になっているが、筆者がわが国の地図や鉄道に興味がないというわけではない。むしろ日本モノが基本で、ついでに海外にも目を向けているというのが正確なところだ。しかし、この分野は日本語の文献がいくらでもあるし、鉄道の乗車記や記録写真もインターネットで大量に流れているので、筆者の出る幕はほとんどない。いきおい、競合の少ない分野の話題が中心になってしまいがちなのだが、今回は周知の話題に参加させていただこう。

Blog_yurikamome1
路線図

先日、東京に行く機会があったので、この機を逃すまじと、2006年3月27日に開通したゆりかもめ延伸区間(有明~豊洲)に初乗車してきた。仕事先の最寄り駅が永田町だったので、東京メトロ有楽町線で一直線、豊洲駅に降り立つ。ゆりかもめの駅は近接しているが、地下から地上へ、そして高架へとエスカレータを延々乗り継いでいかなければならない。

時刻は夕方5時過ぎ、さすがに豊洲側から乗り込む人はまばらだ。無人運転なので最前列のかぶりつきは、とても見晴らしがいい。正面遠方にレインボーブリッジ、右手には四角く残る海面をはさんで晴海ふ頭が延びている。走行路の周囲はまだ開発を控えた空き地ばかりが目立ち、途中駅からの乗客もほとんどなかった。

新豊洲、市場前(築地市場が移転してくるのだそうだ)とまっすぐ進んだ後、左に90度カーブして東雲(しののめ)運河を渡る。有明テニスの森駅は、言わずと知れた有明コロシアムの下車駅となっているが、実は隣の有明駅のほうが少し近いらしい。左の眼下に2016年東京オリンピック選手村予定地と書かれた看板が立っている。東行きが渋滞する湾岸道路を悠々とまたいだところが有明駅で、初乗り区間はここまでだ。

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(左)豊洲駅入口 (右)豊洲駅に入線
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(左)行く手にレインボーブリッジ (右)船の科学館駅付近

この先は路線図でわかるとおり、臨海副都心の中心部をぐるりと周回するルートになっている。1995年に開通した当時とは打って変わり、凝ったスタイルの建物が林立する中を進んでいく。有明を出た列車の正面に立ちはだかるのは、太い4本足で立つ東京ビッグサイトだ。右に90度向きを変えると、パレットタウンの大観覧車が現れ、左手は埠頭に囲まれた水面が陽光を反射している。青海駅から左にカーブして、テレコムセンターの巨大な凱旋門をかすめる。進路が180度変わって北に向けば、左に大型クルーズ船と見間違う船の科学館。海底に潜っていく湾岸道を見送ると、フジテレビをはじめとするお台場のビル群を掻き分けていく。

しかし、奇抜な外観の建物がいくら目を引いたとしても、ゆりかもめの車窓のハイライトが、この先にある港をまたぐ大吊橋、レインボーブリッジにあることはまちがいない。第三台場の史跡を横目にゆるやかにカーブしながら上り詰めていく東側のアプローチもさることながら、橋を渡って西詰め、芝浦ふ頭側にあるオープンループ線は一番の見せ場だ。

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レインボーブリッジ歩道から眺める第三台場とお台場のビル群
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海の上のオープンループ

鉄道でループ線といえば、山岳地帯で急勾配を緩和するために作るのが一般的だ。山襞を利用しているため、ルートの一部がトンネルになっていることが多く、オープンループは珍しい存在といえる。思い浮かぶのは、スイス、レーティア(レーティッシェ)鉄道ベルニナ線にあるブルージョのループ橋、ドイツ北部のバルト海・北海運河をまたぐ大規模なレンズブルク鉄橋、それにインド、ダージリン・ヒマラヤ鉄道にあるバタシアほかいくつかのループ...。この稀少なグループにわが日本のゆりかもめも仲間入りしたというわけだ。しかも海の上で一回転するのは、おそらく例がない。

しかし、かぶりつきで見ていると、ループ区間を過ぎたあとも高い高架の上を走っていくではないか。わざわざ空中に円を描く大規模な構築物がほんとうに必要だったのかと、素朴な疑問が湧く。レインボーブリッジは上層が首都高速、下層は一般道に両側をはさまれる形で軌道が敷かれている。高速道路が橋からすぐに右折するのに対して、一般道は橋脚のすぐ近くで地上まで降りるために、ループで高度を稼いでいる。軌道はすぐに一般道を乗り越せないため、ループにつき合わされているのだ。とはいえ、これでゆりかもめに乗る行為に、遊園地にいるような非日常性の感覚が一つ加わったことは否定できないだろう。

(写真は2008年11月1日撮影)

■参考サイト
ゆりかもめ http://www.yurikamome.co.jp/
レインボーブリッジ付近の1:25,000地形図
http://maps.gsi.go.jp/#15/35.636400/139.763600
レインボーブリッジ付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?hl=ja&ie=UTF8&ll=35.6364,139.7636&z=15

★本ブログ内の関連記事
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2006年7月16日 (日)

クロアチアの鉄道を地図で追う

Blog_croatiaatlas クロアチアのアドリア海沿岸には古くからの良港が点在しており、内陸のサヴァ川 Sava 流域から交易ルートが開かれていた。内陸平野と海岸の間には、ディナル山地 Dinara Planina をはじめとする1000m級の切り立った石灰岩山地が立ちはだかる。やがて物流の主役に躍り出た鉄道も、複雑な起伏をもつこの山地を乗り越さなければならなかった。

サヴァ河畔の首都ザグレブ Zagreb とこの国最大の港町リエカ Rijeka を結ぶ路線は、電化された主要幹線の一つだが、小縮尺の地図で見ても相当な難路と想像される。もっと詳しい地形図がほしい。クロアチアの官製地形図は単価が高いので入手をためらっていたところ、スロヴェニア測地研究所 Geodetski Zavod Slovenije のサイトに、クロアチアの地図帳が言及されているのを発見。問合せてみると、同研究所の協力でザグレブの書店から刊行されたものだ、と回答があった。その後1ヶ月かけて送られてきたのが、全土の1:100,000地形図を掲載した「クロアチア大地図帳 Veliki Atlas Hrvatske」(Mozaik Knjiga社発行、2002年版、全480ページ)。前回紹介したスロヴェニア地図帳の姉妹編といっていい仕様だった。

さっそくザグレブ~リエカ線を図上で追ってみると、ザグレブから南西へ30km、旧市街が「六稜郭」の中にあるカルロヴァツ Karlovac までは平野を走る直線主体のルートだ。水量の豊かなムレジニツァ川 Mrežnica のほとりをしばらく進み、ゆるやかなカルスト台地を上り始める。オグリン Ogulin の手前で南方の港スプリト Split へ向かう支線を分けたあと、台地を刻むドブラ Dobra 川の谷中を小さなカーブを重ねて遡る。谷が尽きるとそこはクパ川Kupaの深く広い斜面の上だ。比高が450mもある斜面に沿ってさらに高度を上げていくと、やがてデルニツェ Delnice の町。車窓には高原状の風景が展開し、最高地点は標高800mにも達する。ところがそこはもう海岸から直線距離で10kmもない地点なので、この先、港町まで一気に下降しなくてはならない。2回の半回転を含む急カーブと下り勾配の連続だ。左手がアドリア海なのだが、地図で見る限りすっきり見晴らせる場所は少なさそうだ...。

Blog_dalmacia4 大地図帳ではなくもっと手軽な地図でよければ、同研究所が作成するアドリア海沿岸地域の1:100,000区分図シリーズ全8面があり、欧米の通販サイトでも入手できる。内容は官製図から編集されたもので、等高線は40m間隔(官製は20m)に広がるが、この縮尺ならかえって相応といえる。裏面には図郭内の中心都市の市街図とともに、観光ガイドが英語でも記述されていて、役に立つ。

右の写真はチェコのGeoClub社発行の「ダルマチア4」(ドゥブロブニク周辺)。中身は同研究所の図版を使っている。

■参考サイト
クロアチア鉄道(英語版) http://www.hznet.hr/eng/
「官製地図を求めて-クロアチア」 http://homepage3.nifty.com/homipage/map/map_croatia.html

2006年7月13日 (木)

スロベニアの1:50,000地図帳

Blog_sloveniaatlas スロベニア測地研究所 Geodetski Zavod Slovenije から大部な地図帳を入手した。その名も「スロベニア地図帳 Atlas Slovenije」、Mladinska knjiga社発行、2005年版。A4判型で488ページもある。内容は、全土の官製1:50,000地形図218ページのほかに、主要都市図61ページ、主題図(地勢、地域区分、気候、人口、エネルギー、自然公園など)20ページ、各地域の紹介60ページなど。表記はスロベニア語のみだが、地図や写真は言語を知らなくても読めるのがありがたい。

地図帳はアメリカの地図通販店 Omnimap.com のカタログにも掲載されているが、版が改まり、表紙のデザインも変更されている。1:50,000地形図そのものも改版されているようだ。手もとにある1996年版の区分図と比較すると、旧版は道路が自動車専用道、主要道、地方道から小径まで7種に分かれていたが、2005年版では彩色との組み合わせで11種類まで細分化されている。鉄道の記号も、日本のJR式(旗ざお型)から私鉄式(実線に短線をクロス)に変更された。しかし、盛り土や切通しの記号はもとから付されていないので、地形図というよりは平面的な位置関係を示す略図に近い。

その印象を強調するのが地表の表現。新旧とも実におおざっぱで、植生は森林とそれ以外の区別しかない。旧版にはアドリア海沿いに広く分布するカルスト地形(特にカレンフェルトやドリーネのように小規模の凹凸が広がる地形)を表す、砂を撒いたような記号が使われていたが、新図ではそれも省略されてしまった。

以前にも書いたが、カルストという名称はこの地域の地名、クラス Kras に由来しており、小さなくぼ地を表すドリーネ Doline、盆地状のくぼ地を表すポリエ Poljeなどの地形用語もスロヴェニア語起源だ。この国の代表的地形の特徴が全く表現されない図式というのも不可解だが、測地研究所の名誉のために付け加えれば、1:25,000地形図(区分図で入手可能)では小地形や植生も詳しく表現されている。おそらく地形図の用途に合わせて意図的に変えてあるのであろう。

ともあれ、このくらいの縮尺になると、地図を見るだけで現地を歩いたような気分になる。南部ドレンスカ Dolenjska 地方を貫流するクルカ川 Krka 流域も、なにやらよさそうだ。カルスト地形によくあるように、クルカの源流もまた地中から豊富な水量で湧き出てくる。30kmほど地表を流れ下ると、地方の中心都市ノヴォ・メスト Novo Mesto。さらに7kmほど下流にある小さな川中島に、オトチェッツ城 Grad Otočec が建っている。現在はグレードの高い古城ホテルで、訪れてみたい気持ちにさせる。

近郊のエクスカーションには、さらに15km下流、川が大きく蛇行してみごとな袋状になったところに築かれた村がいい。袋のしぼり口をショートカットする水路が作られているので、四方に川をめぐらす要害の立地だ。村の名はコスタニェヴィカ・ ナ・クルキ Kostanjevica na Krki。地図帳には美しい空中写真が載っている。緑の草原を流れる青きクルカ川に浮かぶように、赤茶色の屋根をもつ家並みが続く。キャプションによれば、この国で最も小さく同時に最も古い村のひとつなのだそうだ。

■参考サイト
スロベニア測地研究所 http://www.gzs-dd.si/
オトチェッツ城案内(英語版) http://www.novomesto.si/en/turizem/znamenitosti/kzgod/gradovi/otocec/
ホテル オトチェッツ http://www.terme-krka.si/si/otocec/
オトチェッツ城(パノラマ写真) http://www.burger.si/Otocec/seznam.htm
コスタニェヴィカ・ ナ・クルキ(パノラマ写真) http://www.burger.si/Kostanjevica/seznam.htm

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