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2006年6月29日 (木)

スイス・エンゲルベルク線(LSE)のバイパストンネル

Blog_engelberg_map スイス中央部を走るルツェルン・シュタンス・エンゲルベルク鉄道 Luzern-Stans-Engelberg-Bahn(LSE)は、2005年1月にスイス連邦鉄道SBBから分離されたブリューニック線 Brünigbahn を併合して、中央鉄道 Zentralbahn(ZB) となった。LSE線はベネディクト派修道院の門前町、いまは山岳リゾートの拠点でもあるエンゲルベルクをめざして、アー川に沿う平たい谷底を坦々と走る路線だが、終点の手前4kmのところに突如現れるのが、高低差300mもある胸突き八丁。リッゲンバッハ式のラックレールを使って、電車は深い森の中をぐいぐい上っていく。この鉄道随一のハイライト区間だ。

■参考サイト LSE線ハイライト区間の地形図(swissgeo.ch)  Blog_chmap

しかし、観光客にとっての見どころは、列車運行にとっては隘路であることが多い。鉄道会社はこの難所を解消するために、延長4043mのバイパストンネルを建設する計画を実行に移した。トンネル内に2ヶ所の交換所も設ける。ZBのパンフレットではトンネルによる改良点として、246パーミルの勾配が105パーミルに緩和されること、毎時1本の運転に従来3編成を要したのが2編成で実現すること、1時間当り400人の輸送力が1000人に増加すること、ダイヤが組み易く所要時間が短縮すること、落石や積雪、強風時の倒木など天候の影響を受けず軌道の保守が容易になること、の5点をあげている。

現在、ラック区間が始まるオーバーマット Obermatt 駅では、エンゲルベルク行きの列車が山から下りてくる対向列車を待つシーンが見られる。しかし、トンネルができるとその2km近く手前から地中にもぐり、ラック区間の終点を1kmほど過ぎたあたりに出て現在線に合流するので、車窓の楽しみは完全に消滅してしまう。

2002年の時点では、2006年初めにも開通予定と発表されていたので、そろそろ新線に切替えられる頃と思いきや、その後、掘削中に数度の出水事故や水害に見舞われるなど予想外の難工事となり、工期はたびたび延期されてきた。2006年4月の記者発表では、開通が2009~2010年までずれ込み、工事費も当初予定の6800万フラン(63億円)から1億6000万フラン(149億円)に膨張する見通しが示されている。あるライターは、所要時間を10分ばかり短縮するためにとびきりの魅力を台無しにする工事を、鉄道ファンや旅行者たちは泣き笑いの目で見ている、と書いているが、皮肉にもここしばらくは、観光客の関心をつなぎとめることができそうだ。

■参考サイト
中央鉄道Zentralbahn http://www.zentralbahn.ch/
2002年当時のパンフレット http://www.zentralbahn.ch/downloads/Durchblick_01.pdf

2006年6月21日 (水)

ハルツ狭軌鉄道のクヴェードリンブルク延伸

2006年6月26日、サッカーワールドカップに沸くドイツで、狭軌鉄道の延伸線が開業する。

ドイツ北部のハルツ山地を走るハルツ狭軌鉄道 Harzer Schmalspurbahnen では、メーターゲージ(1000m軌間)の蒸気機関車が今なお活躍しているが、総延長130km余の路線群のうち、観光客に人気があるのは、ヴェルニゲローデ Wernigerode を発してブロッケン現象で知られるハルツ山地の最高峰ブロッケン山 Brocken へ上っていくルートだ。線名でいうと、ハルツ横断線 Harzquerbahn の北端部とブロッケン線 Brockenbahn ということになる。それに比べて、今回の主役ゼルケタール線 Selketalbahn は、アプローチが不便なためにいささか影が薄かった。

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ゼルケタール川沿いのアレクシスバート駅にて

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ゼルケタール線というのは、東部ハルツの山麓、ゲルンローデ Gernrode の町から出発し、山中のハルツゲローデ Harzgerode やハッセルフェルデ Hasselfelde へ通じる路線だ(下注)。1905年に全通したが、第二次大戦後、車両や施設がソ連への賠償に充てられて荒廃し、特に中間部のシュトラースベルク Straßberg ~シュティーゲ Stiege 間は1983年まで休止状態が続いていた。それほど、ハルツ狭軌鉄道を構成する路線の中でも利用度が低かったのだ。

*注 ゼルケタール線については、本ブログ「ハルツ狭軌鉄道 IV-ゼルケタール線」も参照。

しかし、今回の延伸計画は、長年の不遇の路線に脚光が当たる可能性を秘めている。というのは、延伸の目的地クヴェードリンブルク Quedlinburg というのが、1994年にユネスコ世界文化遺産に登録された注目の観光都市だからだ。10世紀にドイツ王国(ザクセン朝フランク王国)の初代国王ハインリヒ1世が即位した由緒から「ドイツのゆりかご Die Wiege Deutschlands」と呼ばれ、20世紀の二度の大戦で災禍を免れたため、木組みの家が肩を寄せ合う中世の街並みを現代に伝える。そのような同国屈指の古都に、狭軌鉄道が新たな観光資源として加わろうとしている。

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延伸前後の路線図
(上)2004年1月以前
(下)2006年6月26日以後

鉄道ファンにとっては、さらに興味をそそる事実がある。それはこの延伸が、1435mm標準軌の旧DB(ドイツ鉄道)線をわざわざ狭い1000mm軌間、いわゆるメーターゲージに改修することによって実現されるという点だ。同路線の友の会のサイト(下記参考サイト)から建設の経過を要約しよう。

「2005年4月18日、ゲルンローデ駅で関係者臨席のもと、ゼルケタール線延伸の起工式が執り行われた。標準軌を狭軌に改軌するのは、1950年代を最後に行われていない珍しい出来事だった。ザクセン・アンハルト州から600万ユーロ(8億4000万円)の助成を受けて進められたプロジェクトの目的は、世界文化遺産都市に同路線を接続して、新たな観光ルートの可能性を開くことだ。

延伸計画は1994年に公けにされたが、当初は3線軌条が検討されていた。しかし、旧DB線の線路にはコンクリート製の枕木が使われており、3本目のレールを敷設するには軌道全体をめくって枕木を交換する必要があった。2004年になってこの標準軌線が全線廃止となり、資金問題も解決して、ようやく改修のための準備作業が始まった。……」

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延伸前後の地形図
ドイツ連邦官製1:200,000 CC4726 Goslar(1987年版、2010年版)、
CC4734 Leipzig(1992年暫定版、2011年版)を使用
(c) Bundesamt für Kartographie und Geodäsie.

延伸に利用された標準軌線というのは、ゲルンローデを経由してフローゼ Frose ~クヴェードリンブルク間を結んでいた30.2kmの路線だ。ハルツ山地の北麓一帯の支線群の一つで、1868年にフローゼからゲルンローデの東隣にあるバレンシュテット Ballenstedt まで開通した(下注)。バレンシュテットには、当時この地方を治めていたアンハルト公が夏の離宮として使う古城があり、路線はそこへの足として公国当局が造らせたものだ。これが1880年代になってクヴェードリンブルク方面へ延長され、途中のゲルンローデから分岐するゼルケタール線の建設をも促進した。

*注 建設したのは、マクデブルク・ハルバーシュタット鉄道会社 Magdeburg-Halberstädter Eisenbahngesellschaft (MHE)で、1868年にフローゼ~バレンシュタット城 Ballenstedt Schloß(後のバレンシュタット西駅 Ballenstedt West)間を開通させ、その後、1885年にクヴェードリンブルクに達した。ゼルケタール線の第1期区間、ゲルンローデ~メクデシュプルング Mägdesprung 間の開通は、その2年後の1887年だ。

路線は、東独時代はもとより、東西統一後も運行されていた。しかし、需要の低迷で2001年、まず貨物列車に廃止の判断が下された。旅客輸送は維持されたが、2003年6月にバレンシュテット東駅の信号所が放火により損傷して、当駅をはさむ一部区間が不通となってしまう。バスによる代行も長くは続かず、2004年1月限りでついに全線の運行を終了した(下注)。ところが先述のとおり、これがゼルケタール線に次なる展開の道を拓いたのだ。延伸事業の経過に戻ろう。

*注 正式の路線廃止は2004年7月31日。

「2005年5月にゲルンローデ駅の改築が完了し、12月のはじめには全区間にわたって狭軌線の敷設を終えた。2月に列車が通れるようになり、同22日に試験運行が行われた。2006年3月4日に開通式が催され、8.5kmの延伸線の上を最初の公式列車が走った。4月から有効となる夏ダイヤにはすでにクヴェードリンブルクへの列車が設定されているが、定期運行は6月26日に始まる予定である。」

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ゲルンローデ駅構内のパノラマ
左の大きな建物はDB旧駅舎、その右の白い建物がHSB新駅舎

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ゲルンローデ駅の線路配置図

狭軌鉄道のゲルンローデ駅は、もともとDBの駅舎の前(南側)に車庫などと並んで設けられていた。今回の改修では、その場所に交換可能な島式ホームとコンパクトな駅舎を新設した。その西端から新しい線路が引き出され、DB駅のすぐ西でDBの線路敷に合流するようになっている。

そこからが改軌区間で、すぐに緩い右カーブで、畑が広がるハルツの裾野をすべるように下りていく。DB時代の中間駅バート・ズーデローデ Bad Suderode とクヴェードリンブルク・クヴァルムベック Quedlinburg-Quarmbeck は、狭軌鉄道も引継いでいるが、後者はリクエストストップの扱いだ。やがてターレThaleから来るDB線に出会い、並走すること2.5kmでクヴェードリンブルク駅の3番線に到着する。

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ハルツ山麓の麦畑を行く
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クヴェードリンブルク駅
(左)3番線に187系気動車が停車中 (右)クラシカルな駅舎正面

2006年の夏ダイヤでは、所要15分の延伸区間に下り9本、上り10本が設定されている。その半数はゲルンローデ以南の山中に入らない区間便で、どうやら観光客の試し乗りが想定されているようだ(下注)。その一方で、クヴェードリンブルクからブロッケン山頂を日帰り往復する長距離旅行も不可能ではない。8時34分に始発駅を出て途中1回乗り換えで13時28分に山頂に着き、帰りは山頂14時35分発、直通で19時24分にクヴェードリンブルクに戻ることができる。ただ、乗車時間計10時間、滞在時間はわずか1時間という強行軍なので、特に持久力に自信のある方にのみお薦めしたい。

*注 延伸開通から6年が経過した2012年夏ダイヤでは、すでにお試し便が姿を消している。ブロッケン日帰りは若干時刻変更があるが、実行は可能だ。

(2012年1月25日改稿、ただし文中のユーロの円換算レートは当時のもの。写真は2014年8月撮影)

■参考サイト
ハルツ狭軌鉄道(公式サイト)Harzer Schmalspurbahnen
http://www.hsb-wr.de/
ゼルケタール線友の会 Freundeskreis Selketalbahn e. V. (association "friends of Selketalbahn")
http://www.selketalbahn.de/
ゼルケタール線延伸 http://www.selketalbahn.de/streckenverlaengerung.htm
クヴェードリンブルク市公式サイト(日本語版)http://www.quedlinburg.de/jp/
ゲルンローデ付近のGoogle地図
http://maps.google.com/maps?f=q&hl=ja&ie=UTF8&ll=51.7295,11.1492&z=17

★本ブログ内の関連記事
 ハルツ狭軌鉄道 I-山麓の町ヴェルニゲローデへ
 ハルツ狭軌鉄道 II-ブロッケン線
 ハルツ狭軌鉄道 III-ハルツ横断線
 ハルツ狭軌鉄道 IV-ゼルケタール線

 ドイツの鉄道地図 IV-ウェブ版

2006年6月15日 (木)

ウクライナの1:100,000地形図

Blog_ukraine今回は黒海の北側に位置するウクライナの地形図を見よう。同国は1991年のソ連崩壊まで連邦を構成する一共和国だったので、地形図も当然、純ソ連仕様だ。キエフ軍用地図製作会社 Киевская военно-картографическая фабрика が、官製地形図を集成した一般向けシリーズを刊行している。右写真は1:100,000地形図 Топографическая Карта で、首都キエフが含まれる図葉だ。表紙は全国の索引図になっていて、図葉名は左肩に斜めの帯で記されている。

索引図の拡大写真を下に掲げる。格子の中のオレンジに塗られた区画がこの図葉(キエフ及びヴァシリコウ Киев, Васильков)で、黄色は2003年10月現在で刊行済み、白は未刊行の図葉だ。以前紹介したポーランドの観光地図と同じように、1:100,000官製地形図を横に2枚貼り合わせた極端に横長の図郭になっていて、さらに裏面に隣接図郭が印刷されている。すなわち、表が64番キエフ図葉、裏が79番ヴァシリコウ図葉で、索引図の縦2段の番号表記もそのことを表している。結局、本来4枚分の地形図を1枚に集成するという、いかめしい名前をもつ会社の製品にしては何ともお徳用の造りになっているのだ。

Blog_ukraine_indexmap 内容は、軍用の数値情報こそきれいに削除されているが、20m間隔の等高線が入り、行政区画、交通網、水部、植生などが記載された6色刷りの、精度の高い地形図だ。詳細な凡例もついている。1:100,000の縮尺であれば、土地の形状や道路、鉄道、市街地の状況もリアルに把握できるし、ウクライナ全土をカバーしているというのも利用価値がある。

キエフ図葉を眺めてみると、このあたりはドニエプル川の中流域を占める広大な低地の南端で、さらに南下すると右岸(西側)は比高90mにもなる台地の崖となっている。キエフの旧市街は川の西側に築かれたが、その後市街地が川を越えて東側にも拡大したため、鉄道(地下鉄1号線)が主要道に沿って一直線に新市街へ伸びている。この縮尺では地下式鉄道は描かれないのだが、川から東では電車が地上に顔を出しているのだ。

キエフの図上表記は Киев(キーイェフ)、国土を貫いて流れるドニエプル川の表記も Днепр(ドニェープル)とロシア語綴りになっている。ウクライナ語ではそれぞれ Київ(キイフ)、Дніпро(ドニプロー)となるそうだから、ソ連時代の図版がそのまま使われていることがわかる。この地図の現地での販売状況はよく知らないが、ヨーロッパの地図通販サイト(例えばドイツのMapFox.de)などで扱っているので、容易に入手可能だ。

ビートルズがウクライナの女の子達 Ukraine girls に圧倒されると歌っていた頃は、この国を図上旅行することなど夢のまた夢だったはずだが、いまや、クリミヤ半島南岸のリゾートであろうが、カルパチア山脈を越える鉄道の軌跡であろうが、自由に見ることができる。それもまた夢のようだ。

■参考サイト
キエフ軍用地図製作会社 http://www.kvkf.org.ua/
本ブログ「ウクライナとベラルーシの地形図閲覧」
http://homipage.cocolog-nifty.com/map/2008/03/post_5a83.html
 このシリーズをはじめ、ウクライナの旧ソ連時代の地形図が閲覧できるサイトを紹介している。

2006年6月13日 (火)

ルーマニアの1:50,000旅行地図

Blog_romania 膨大な在庫リストを持つアメリカの地図販売店オムニマップ Omnimap でも、ルーマニアの官製地図は、1:100,000が193面のセット販売のみ。1:200,000はバラ売りしているが、1枚24.95USドルと、あまりにも吹っかけた価格だ。地図事情のよくない国では、1:500,000以下の「全図」か、1:50,000以上の市街図(等高線無し)は出回っているが、その間の縮尺がないという例が多い。等高線入りの地図は概して軍事用として作成・管理されているので、市中の書店には卸していないのだ。

ルーマニアの国土の1/3は山地で、東西に延びるトランシルヴァニア・アルプスは標高2500m級の山が連なる。山歩きの地図が必要なら、ハンガリーのブダペストにあるディマップ社 Dimap が20種以上刊行しており、国外の地図販売店でも入手できる。

写真は首都ブカレストの西300kmにあるレテザト山地 Munţii Retezat の旅行地図。山地には標高2509mのペリャガ峰 Vârful Peleaga を筆頭に2400m以上のピークが5峰そびえ、発達した圏谷(カール)には大小58個もの湖ががたたえられている(これ以外に季節的に湛水するものが40余あるという)。説明書きによれば1100種以上もの植物が自生するルーマニアの自然保護発祥の地で、1935年には最初の国立公園に指定されたとある。あまり下調べもせずに買った地図から、まだ見ぬ土地への憧れが始まるのは、筆者にはよくあること。さいわいにもこの地図の裏面には、ルーマニア語、ハンガリー語に加えて英語でも山地の概要が紹介されている。

残念なのは等高線間隔が50mと、縮尺1:50,000にしては大雑把だ。せめて日本並みの20m間隔が望まれる。50m間隔ということは40mの起伏でも表現できないことになるので、この地図だけを信じてトレッキングするのは勇気がいると思う。さらに、崖の記号が平板で無骨だし、地勢を強調するために入れてあるぼかしが薄くて立体感が乏しいなど、想像力に訴えてくる地図でないのは事実だ。欧米のトレッキングルートは道標が整備されていることが多いから、地図の役割は歩きのペース配分をチェックすることで、あまり細かい表現は不要なのかもしれないが。

■参考サイト
オムニマップ http://www.omnimap.com/
ディマップ社 http://www.dimap.hu/

2006年6月 2日 (金)

スロバキアの1:50,000旅行地図

Blog_slovakiatatra スロバキアとポーランドの国境にあるタトラ山地には、標高2654mのゲルラホフカ峰 Gerlachovký štít をはじめ、標高2500mを超える峰々が屏風のようにそびえ立つ。山地は南の低タトラ Nízké Tatry と北の高タトラ Vysoké Tatry に分かれているが、後者はスイスアルプス並みに鉄道系の交通が発達した観光地だ。

高タトラと低タトラにはさまれた盆地を東西に走るスロバキア国鉄の駅から、高タトラの裾野を這い上がる鉄道路線が3ルート設けられている。西から順に記すと、①ラック式鉄道(Tatranská Štrba~Štrbské Pleso、延長4,753m、高低差455m)、②メーターゲージ路線(Poprad-Tatry~Stary Smokovec、延長13km)③標準軌線(Poprad-Tatry~Studený Potok~Tatranská Lomnica、延長17km)。

3つのルートの終点となっている各リゾート村の間はメーターゲージの通称「タトラ電気鉄道」(Tatranská Lomnica~Stary Smokovec~Štrbské Pleso、延長22km。所要1時間)がつないでいる。さらに、タトラの頂からの眺めを愉しむためにロープウェイやケーブルカーも整備されている。夏は登山、ハイキング、高地療養、冬はスキー、スノーボードと観光施設も充実した一等観光地なので、日本ではまだ無名なのが不思議なくらいだ。

スロバキア語で Vysoké Tatry ヴィソケー・タトリと呼ばれる高タトラ地域の地図を紹介しよう。

地元のVKÚ社は、全土を63面でカバーする1:50,000観光地図シリーズを出版している(写真右上)。等高線は20m間隔(日本の1:50,000と同じ)、ぼかしも施されて地形の概要がつかみやすい。登山ルートには地点間の所要時間も併記されている。ヴィソケー・タトリはシリーズの113番。別冊で付いている観光案内は、登山ルートの解説をした100ページ以上もある大作だが、惜しむらくは表記がスロバキア語のみ。

Blog_slovakiatatra_shocart 前回紹介したSHOCart社にも、同じように全土をカバーする1:50,000区分図がある(写真右)。ヴィソケー・タトリはシリーズの1097番。等高線間隔は10mとさらに詳細で、端正な美しさが特徴だ。タトラ以外の地域は品切れが目立つのが難点だったが、この4月にチェコと同様の全国地図帳が発売された。

オーストリアのフライターク・ウント・ベルント社 Freytag&Berndt も1:50,000観光地図を発行している。図番WKSK1、図名「高タトラと西タトラ(ドイツ語表記 Hohe Tatra und Westliche Tatra)」。F&Bはたいていの地図店で扱っているので入手しやすいが、この図に関しては精度が粗く、上記2社の精緻な作品を見た後では幻滅モノである。

■参考サイト
VKÚ http://www.vku.sk/
SHOCart http://www.shocart.cz/
Freytag&Berndt http://www.freytagberndt.at/
タトラ山地観光案内のサイト
http://www.tatry.sk/ 英語版あり。"Photo"にタトラ山の写真多数
http://www.tanap.sk/ 英語版あり。"Transport"から時刻表にリンクしている

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