2018年4月12日 (木)

プロヴァンス鉄道 II-ルートを追って

コート・ダジュール Côte d'Azur の中心都市ニース Nice、その山手の一角からプロヴァンス鉄道 Chemins de fer de Provence の列車は出発する。ターミナルの名はニースCP駅、CP はもちろんプロヴァンス鉄道の頭文字だ。やや無機質な雰囲気を放つ近代的駅舎の奥に、トラス屋根を架けた2面3線の頭端式ホームが横たわる。

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ニースCP駅 発着ホーム
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同 正面玄関
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同 (左)エントランスの床で路線図がエスコート (右)出札ホール

CP駅が開業したのは1991年12月のことだ。SNCF(フランス国鉄)の中央駅であるニース・ヴィル Nice-Ville とは距離があり、直線距離で約500m、道なりに歩けば10分以上かかる。かつては今より東の、マロッセナ大通り Avenue Malausséna に面して開通時からのターミナルがあり、南駅 Gare du Sud と称していた。中央駅より北に位置するのに南(シュド)駅と呼ぶのは、前回述べたように、この鉄道の最初の運営会社の名がシュド・フランス Sud France、正式名フランス南部鉄道 Chemins de fer du Sud de la France だったからだ。

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(左)ニース南駅があった時代の1:25,000地形図(3743 ouest 1982年版に加筆)
(右)現在の同じエリア。南駅跡は更地でファサードだけが描かれている。
© 2018 IGN

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トラムのリベラシオン Libération 停留所に隣接する旧 南駅(写真左奥)

南駅には、テラコッタ色でアクセントを施した壮麗な石造りのファサード部に続いて、1889年パリ万国博のパビリオンを移設したという幅23m、高さ18m、長さ87mの鉄骨ドームで覆われたプラットホームがあった。現在CP駅がある辺りは側線が何本も並ぶ広いヤードで、ニース・ヴィルの貨物駅に通じる線路も延びていた。

しかし、施設の老朽化に加えて経営立て直しのために資産処分することが決まり、1991年にターミナルは141m後退した現在のCP駅に移転した。南駅跡地はその後2000年に、国からニース市に売却された。市は更地にしたうえで再開発を目論んでいたのだが、それに対して市民や専門家から強い抗議の声が湧き上がった。国も反対の意思を示したため、市はとうとう原案の撤回に追い込まれた。

2002年にはファサード部が、2005年にはドームが国の文化財に登録され、市はこれらの建築遺産を保存しながら活用する再開発案を発表した。ファサード部は全面改修を受けて、すでに2014年1月から図書館(名称はラウル・ミル図書館 Bibliothèque Raoul Mille)として使われている。ドームや周囲のヤードも、近々商業施設やスポーツ施設に生まれ変わる予定だという(一部は供用済み)。

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壮麗な旧 南駅ファサード。改修で図書館として再生された
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(左)トップにはめ込まれたパネルには「フランス南部鉄道」の文字
(右)ホームを収容していた鉄骨ドームはまだ修復中

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プロヴァンス鉄道路線図 (IGN 1:1,000,000フランス全図に加筆)
© 2018 IGN

現在のターミナルに話を戻そう。列車はCP駅を出ると、少しの間、市街地を曲がりくねりながら進む。停留所は短い間隔で設置されているが、多くはリクエストストップ(乗降客があるときのみ停車)だ。最初のトンネルを抜け、緑に囲まれた住宅地の間を上り、北から張り出す尾根をさらに2本のトンネルで通過する。市内にありながら谷間の鄙びた駅ラ・マドレーヌ La Madeleine は列車交換が可能で、古い駅舎も残っている。

長さ950mのベレートンネル Tunnel de Bellet を抜けると坂を下り、ヴァール川 Var が流れる谷底平野に出る。ランゴスティエール Lingostière 駅は、ニース南駅の廃止に伴って車庫や整備工場が移設され、今や同線の運行拠点になっている。

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ニースCP駅を出発すると、市街地を縫って西へ
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(左)尾根を次々とトンネルで抜ける。サン・フィリップ Saint-Philippe 停留所
(右)運行拠点のランゴスティエール駅。背後は整備工場

ここからはヴァール川を延々と遡る旅だ。列車はしばらく、川と国道N202号線に挟まれて走る。ヴァール川を渡るラ・マンダ橋 Pont de la Manda の手前にコロマール=ラ・マンダ Colomars - La Manda 駅がある。シャトル便の多くがこの駅止まりで、川風が吹き通るホームで折り返していく。現駅は1968年に移転したもので、それ以前は約400m下流にあった。戦前はここで中央ヴァール線が分岐して、ラ・マンダ橋で川を渡っていたのだ。そのため、北線のルートも今とは違い、河岸を離れて山側に迂回していた(下図参照)。

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(左)コロマール旧駅で分岐していた中央ヴァール線と北線
この図は中央ヴァール線の廃止後に作られているので、廃止線を示す断続的な鉄道記号で描かれている。1:50,000地形図(1950年代)を拡大
(右)現在の図。プロヴァンス鉄道(旧 北線)はヴァール川左岸に直線化され、駅も移転。旧線跡(北線のトンネルを含む)は道路として残っている。
画像はいずれもGéoportailより取得 © 2018 IGN

しばらく車窓に続いた平野が遠ざかり、川岸に山が迫ってくる。プラン・デュ・ヴァール Plan-du-Var は、渓谷のとっかかりに位置している。起点(旧 ニース南駅)から24.9km、近郊列車はここが終点だ。この先は1日5往復(下注)の列車が走るだけの閑散区間になる。

*注 2018年4月現在、ニース発の長距離列車はディーニュ Digne 行きが4本、途中のアノー Annot 止まりが1本で、いずれも毎日運転。復路ニース着便は、ディーニュ発4本(毎日運転)とアノー発が1本(月~土と日祝日で運転時刻が異なる)。

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プラン・デュ・ヴァール駅に停車中の連接気動車 AMP800形
駅名の前につくラ・ヴェジュビー la Vésubie はここで合流する支流の名

山間を走るプロヴァンス鉄道の中でも、おそらくティネー川 Tinée 合流点までの6kmあまりは、谷が最も狭まる通行の難所だ。ヴァール川 Var がヴィアル山 Mt Vial の山腹を激しく侵食し、昼なお暗き険崖を削り出している。デフィレ・ド・ショーダン Défilé de Chaudan(ショーダンの隘路の意)、さらにその上流側で垂直の崖が迫る一帯はメスクラ峡谷 Gorges de la Mescla と呼ばれる(下注)。鉄道はデフィレをすり抜けた後、川を渡り、長さ934mのラ・メスクラトンネルで蛇行する峡谷をショートカットする。

*注 mescla はプロヴァンス方言で川の合流点の意。ヴァール川に北からティネー川が合流する。

ちなみに、アルプ・マリティーム軌道 Tramways des Alpes-Maritimes(シュド・フランスが経営する簡易線)の1本が、メスクラからティネー川の谷をサン・ソヴール・シュル・ティネー Saint-Sauveur-sur-Tinée まで延びていた。トンネルを出てすぐ対岸に渡っている古い下路アーチ橋はその跡だ。

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(左)デフィレ・ド・ショーダン(ショーダンの隘路)を通過
(右)踏切とマロッセーネトンネル Tunnel de Malaussène

谷の両側にはなおも比高数百mの山並みが続くものの、ヴィラール・シュル・ヴァール Villars-sur-Var、トゥエ・シュル・ヴァール Touët-sur-Var(下注)と遡るにしたがって、むしろ谷は明るく開けていくように感じる。起点から58.3kmのピュジェ・テニエ Puget-Théniers は、ニースから延ばされてきた鉄道が最初の終点を置いたところだ。人口1900人ほどの小さな町だが、これでもヴァール中流域では最大規模になる。

*注 シュル・ヴァール sur-Var は、ヴァール川沿いの、を意味する。他の同名の町と区別するための接尾辞。

この駅には対向設備があり、朝夕、列車交換が設定されている。だが、ふだんは人影もなく、時が止まったようだ。高床の貨物ホームや機関車のための給水タンクが残され、その脇に、廃車になった車両が野ざらしにされて哀れを誘う。年に十数日、こことアノー Annot(一部はル・フュジュレ Le Fugeret)の間で蒸気機関車による観光列車が運行される。そのときだけは駅にも活気が戻るのだろう。

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ピュジェ・テニエ駅

久しぶりに谷底平野に出ると、進行方向の岩山の上に、周囲を睥睨するように立つ砦が見えてくる。アントルヴォー Entrevaux は、この比高約150mの城山の麓、曲流する川に面する中世の城塞都市で、県の「特色ある村や街 Villages et cités de caractère」にも指定されている。石橋を渡り、古い城門をくぐると、背の高い家並みの間を石畳の狭い路地が網の目のように縫う。駅は対岸(南側)にあり、川向うに砦と町がよく見える。列車は石橋のたもとの広場(駐車場に使われている)の下をトンネルで抜けていく。

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行く手の岩山の上にアントルヴォーの砦
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アントルヴォーの砦と町
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アントルヴォー (左)城門 (中)石畳の狭い路地 (右)古い噴水のある広場
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(左)アントルヴォー駅 (右)アントルヴォー第1トンネルで右岸の広場の下を抜ける

次の山脚が迫る所では、まるで城門のようなアーチが2か所で道路と鉄道をまたいでいる。これは水路橋 Pont-canal で、山から勢いよく流れ下る沢の水をヴァール川へ逃がすための施設だ。

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2か所の水路橋が線路と道路をまたぐ

ポン・ド・ゲダン Pont-de-Gueydan でヴァールの本流は右へ去り、線路は支流クーロン川 Coulomp の谷を進む。サン・ブノワ Saint-Benoît の停留所から先では、最急勾配30‰が現れるようになり、谷の斜面をひたすら登り続ける。途中、長さ123mのベイート高架橋 Viaduc de la Beîte でクーロン川の深い谷を渡る。ずっと付き添ってきたN202号線は、南の峠(トゥトゾール峠 Col de Toutes Aures)を越えるために、左の谷へ消えていく。

起点から73.0kmのアノー Annot が、ヴァール水系最後の町になる。ここも中心部に「特色ある村や街」の指定を受けた古い街並みが残されている。背後の山は砂岩の崖を巡らせたレ・グレ・ダノー Les Grés d'Annot で、ロッククライミングの名所だ。列車は町を遠巻きにしながら、険しい坂道をさらに上る。

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クーロン川をまたぐ長さ123mのベイート高架橋
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アノー駅 (左)ディーニュ方向を望む (右)SY形気動車が坂を降りてきた

次のル・フュジュレ Le Fugeret では、高度を稼ぐために同線唯一のS字ループを通過する。大きくカーブした2本のトンネルを経て、村の北斜面に出ると、左車窓にループの軌跡が俯瞰できる。その後はメアイユ Méailles の村が載る緩斜面の直下を、線路は上っていく。ちょうど停留所をはさんで、大規模なギヨーマス高架橋 Viaduc de la Guillaumasse(長さ121 m)とマウーナ高架橋 Viaduc de Maouna(長さ197 m)が架かっている。後者は左にカーブしていて、窓の開く車両ならぜひカメラを向けたいところだ。

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ル・フュジュレ~メアイユ間の1:25,000地形図 
画像はGéoportailより取得 © 2018 IGN

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ル・フュジュレ駅
(左)今はリクエストストップに (右)「機関士に合図してください Faire signe au Conducteur」の表示
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ル・フュジュレ駅北側
線路はS字ループで高度を稼ぐ。矢印がループの最上段、左側はトンネル
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ギヨーマス高架橋
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谷の肩に位置するメアイユの村
線路はその下の斜面を行く。右下はギヨーマス高架橋

緑の深い谷を少し遡ったところで、左に大きくカーブし、分水嶺を貫くラ・コル・サン・ミシェルトンネル Tunnel de la Colle-Saint-Michel、長さ3,457 mに突入する。長い闇を抜けるとヴェルドン川 Verdon を渡り、路線最高地点(標高1,023m)に達する。川に沿って降りたトラム・オート Thorame Haute の駅はまさに山中の列車交換所で、駅舎の隣に教会がぽつんと建っているほかに集落らしきものは見当たらない。

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(左)コル・ド・サン・ミシェルトンネルの西口ですぐにヴェルドン川を渡る
(右)山中の列車交換所トラム・オート駅

いつのまにか広くなったヴェルドンの河原を渡って、サンタンドレ・レザルプ Saint-André-les-Alpes に到着する。左の車窓を見ると、卓状のル・セール・グロ Le Serre Gros(標高1,777m)がどっしりと腰を据え、その右にひときわ尖った峰ピク・ド・シャマット Pic de Chamatte(同 1,879m)も見える。いずれもこの一帯に広がる褶曲山地の一部だ。

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サンタンドレ・レザルプ駅
(左)左手にル・セール・グロがどっしりと腰を据える
(右)転車台、背景の尖った山がピク・ド・シャマット
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線路に散り敷く松ぼっくり。モリエ Moriez 駅にて

N202号線と再会した後、列車は長さ1,195mのモリエトンネル Tunnel de Moriez で、コル・デ・ロビーヌ Col des Robines の鞍部を越えて、アス川 Asse の谷に出る。バレーム Barrême では、N85号線、通称ナポレオン街道 Route Napoléon に出会う。ナポレオン・ボナパルトが1815年に幽閉先のエルバ島からパリへ帰還する際に通ったルートだ。

*注 ナポレオン街道はコート・ダジュールのジュアン湾 Golfe Juan(道路としてはカンヌ Canne が起点)から、ディーニュ、ガップ Gap を経てグルノーブル Grenoble へ延びる。ちなみに別のメーターゲージ路線、ラ・ミュール鉄道 Chemin de fer de la Mure も一部でこのルートに沿って走る。「フランス ラ・ミュール鉄道を地図で追う」参照。

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バレーム駅のAMP800形

石灰岩の崖が迫るシャブリエールの隘路 Clue de Chabrières をトンネルでかわすと、アス川の谷は急に広くなる。しかし、鉄道は右へそれて、最後の山越えにかかる。といっても風隙を通り抜けるので、珍しくトンネルがなく、峠の実感がないままに下りになる。山の向こうはのびやかな谷底平野だ。列車はなだらかな斜面をゆっくり降りていき、ブレオーヌ川 Bléone を渡る。左車窓に草むした標準軌の線路が寄り添うのに気が付けば、まもなく終点ディーニュ・レ・バン Digne-les-Bains(起点から150.0km)だ。列車は3時間を超える長旅を終えて、島式2線のささやかなホームに滑り込む。

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ディーニュ・レ・バン駅
停車中の列車の後ろ、木の陰に駅舎がある。背景の尖峰はソメ・ド・クアール Sommet de Couard(1989m)

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ディーニュ・レ・バン駅周辺。SNCF線は廃線として描かれている
画像はGéoportailより取得 © 2018 IGN

ホームの反対側はSNCFのサントーバン=ディーニュ線だが、メーターゲージの列車も入れるように一部3線軌条になった線路は錆びついたままだ。すでに1980年の時点で、定期旅客列車が全廃され、夏季運行のアルプアジュール AlpAzur 連絡便と細々とした貨物列車が発着するだけになっていた。その貨物列車も1987年、季節旅客列車は1989年にそれぞれ休止となり、1991年に正式に路線廃止の手続きが取られた。サントーバン(下注)で接続していたマルセイユ=ブリアンソン線 Ligne Marseille - Briançon へは、シストロン Sisteron 行きの路線バスが代行する形になる。

*注 正式名はシャトー・アルヌー・サントーバン Château-Arnoux-Saint-Auban。

ところが驚いたことにディーニュの駅舎では、プロヴァンス鉄道の窓口の隣にSNCFの窓口が開設され、昔と同じように全国路線網の切符を扱っている。この駅から標準軌列車の姿が消えて30年が経つ。にもかかわらず、そこだけ見れば、扉の向こうのホームへサントーバンからの列車が、「長らくお待たせしました」と言いながら今にも入ってきそうだ。

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ディーニュ・レ・バン駅舎
(左)プロヴァンス鉄道出札窓口  (中)入口は別々 (右)SNCF出札窓口
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同 ホーム
(左)ディーニュ、ニース方を望む。右の3線軌条がSNCF線
(右)反対側を望む。SNCF側のホームは駅舎前まで続いている

写真はすべて、2018年2月に現地を訪れた海外鉄道研究会の田村公一氏から提供を受けたものだ。ご好意に心から感謝したい。

■参考サイト
プロヴァンス鉄道 https://trainprovence.com/

★本ブログ内の関連記事
 プロヴァンス鉄道 I-トラン・デ・ピーニュの来歴

 フランス ラ・ミュール鉄道を地図で追う
 ラ・ミュール鉄道、幻の延伸区間

2018年4月 5日 (木)

プロヴァンス鉄道 I-トラン・デ・ピーニュの来歴

「トラン・デ・ピーニュ Train des Pignes」、地中海岸のニース Nice から山中へ分け入るプロヴァンス鉄道 Chemins de fer de Provence (CP) の列車につけられた愛称だ。ピーニュはプロヴァンス方言で松ぼっくりを意味する。蒸気機関車の時代、列車がのんびりやってくるので、駅で待つ客は落ち着いて松ぼっくりを拾う時間があったとか、石炭が足りなくなると、機関士は集めた松ぼっくりを罐(かま)にくべたなど、名前にまつわる逸話が伝わっている。

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プロヴァンス鉄道の新型車両、2010年CFD社製のAMP800形連接気動車
プラン・デュ・ヴァール駅にて

しかしこの愛称、もとは別の線区を走る列車のものだった。現在、プロヴァンス鉄道と呼ばれるのは、ニース~ディーニュ・レ・バン Digne-les-Bains 間149.9kmの単一路線だが、過去には、同じメーターゲージ(1m軌間)で他に2本の主要路線とそれに接続する支線群があった(下の路線図参照)。主要路線の一つが、アルプス前面の丘陵地帯を貫く「中央ヴァール線 Ligne Central-Var」(ニース~メラルグ Meyrargues 間210km)で、沿線には数十kmにわたり松林が続く。冬になれば線路の周辺に、おびただしい数の松ぼっくりが転がっていたに違いない。

もう一つはトゥーロン Toulon ~サン・ラファエル Saint-Raphaël (Var) 間110kmの「ヴァール沿岸線 Ligne du littoral varois」で、地中海岸の町や村を結んでいた。これらの狭軌列車を総称してトラン・デ・ピーニュと言ったのだが、今やそれを受け継ぐのは、当時「北線 Ligne du nord」であったニース~ディーニュ間のみとなった。

北線は人口の少ない山間部を通り、3線区中輸送量が最も少なかった。にもかかわらず、なぜ生き残ったのだろうか。今回は、プロヴァンス鉄道の来歴をたどってみたい。

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ニースを中心とする旧ニース伯爵領 Comté de Nice/ Contea di Nizza は、1860年にイタリアからフランスに帰属替えされた土地だ。パリ、リヨンからマルセイユに至る路線を造っていたパリ=リヨン=地中海鉄道会社 Compagnie des Chemins de fer de Paris à Lyon et à la Méditerranée (PLM) は、さっそく地中海岸を東進する延長線の建設を開始し、1864年にニースに到達した。

「帝国の動脈 artère impériale」とされた幹線網が確立すると、次の目標は、支線の建設による地方の開発だった。1879年の公共事業計画、いわゆるフレシネ計画 Plan Freycinet(下注)には、この地方で「137号 ディーニュよりカステラーヌ Castellane を経てまたは近傍を通りドラギニャン Draguignan に至る路線」、「141号 ニースよりピュジェ・テニエ Puget-Théniers に至る路線」が挙げられた。

*注 公共事業大臣シャルル・ド・フレシネ Charles de Freycinet が手掛けた野心的な国土開発計画。特に鉄道の整備に重点が置かれ、181の地方線(地方利益路線 voies ferrées d'intérêt local と呼ばれる)が指定された。日本の鉄道敷設法と同様の趣旨。

PLM社は、137号に含まれるディーニュ~サンタンドレ Saint-André 間の認可を得たが、山間部の路線のためメーターゲージの導入を迫られると、あっさり撤退してしまう。代わって名乗りを上げたのは、マルセイユ資本で設立されたフランス南部鉄道 Chemins de fer du Sud de la France いわゆるシュド・フランス Sud France だった。1885年に、141号を延長して137号のサンタンドレに接続する新たな路線の認可を取得した。これが北線の原型になる。

両端から工事が進められ、まず西側のディーニュ~メゼル Mézel 間が1891年8月に開通した。次いで1892年には、東側でニース~ピュジェ・テニエ間、西側でメゼル~サンタンドレ(下注)間が開通した。当時、イタリアとの間で政治的な緊張が高まっていたため、ニースから途中のサン・マルタン・デュ・ヴァール Saint-Martin-du-Var までは標準軌の軍用列車が通過できるよう3線軌条とされ、トンネル等の構造物も標準軌の建築限界が適用されている。

*注 開通当時の正式駅名はサンタンドレ・ド・メウイーユ Saint-André-de-Méouilles だったが、現在はサンタンドレ・レザルプ Saint-André-les-Alpes と称する。

残るピュジェ・テニエとサンタンドレの間には、ヴァール Var、ヴェルドン Verdon 両水系の分水嶺が立ちはだかり、長大トンネルの掘削が必要だった。資金不足の同社は早々と建設を諦め、この区間の工事は国が肩代わりする形で進められた。

シュド・フランスは20世紀初めに延長600kmに及ぶ路線網を有した大規模な地方鉄道だったが、信用上の醜聞に振り回されて資金繰りに難渋し、北線は後回しにされた。15年後の1907年にようやくピュジェ・テニエからポン・ド・ゲダン Pont-de-Gueydan、1908年にさらにアノー Annot まで延伸され、1911年8月、最後の峠越え区間(アノー~サンタンドレ間)の完成で、全線が開業した。

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プロヴァンス鉄道と周辺の路線網(破線は廃線を示す)

初めこそ祝福を受けたものの、自動車の普及に加えて、洪水による線路の流失など、地方路線の経営は順調にはいかなかった。1925年、会社は国の支援を受けることになり、名称もプロヴァンス鉄道会社 Compagnie des Chemins de fer de la Provence に改められた。これが現在使われている名称の起こりだ。

状況はその後も改善しなかったため、同社は1933年に北部線と中央ヴァール線の運営を断念した。両路線は国の管理に移され、県土木局(ポンゼ・ショセー)Ponts et Chaussées が運行を引き継いだ。1935年からは蒸気機関車に換えてルノー社製の気動車が導入され、コストとともに所要時間の削減効果をもたらした。第二次世界大戦にかけて業績は好転する。

ところが、その戦争が事態を一変させた。大戦末期の1944年、ドイツ軍と連合軍の戦闘で、中央ヴァール線とヴァール沿岸線の主要な高架橋が破壊され、通行できなくなってしまったのだ。不通区間はバスで代行され、1948~50年に全線が正式に廃止された。こうして、旧 プロヴァンス鉄道の路線網で唯一残ったのが、皮肉にも重要性が低いとみなされていた北線だった(以下の記述では、北線を「プロヴァンス鉄道」と呼ぶ)。

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蒸気列車の旅に誘う
トラン・デ・ピーニュのポスター
撮影地はベイート高架橋
Viaduc de la Beîte
(アノー~ル・フュジュレ間)

戦後、国はこうした地方路線の直営体制を見直すべく、沿線自治体に抜本的な対策の策定を促した。廃止を求める意見もあった中で、関係地方自治体による組合組織(下注1)が設立され、1972年に運営の移管が完了した。列車運行はCGEAグループ(後のヴェオリア・トランスポール Veolia Transport、現在はトランスデヴ Transdev)の子会社CFTA(下注2)に委託されてきたが、期間満了に伴い、2014年からこの地域の広域行政を担うプロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏 Région Provence-Alpes-Côte d'Azur の直営となっている(下注3)。

*注1 地中海・アルプス協同組合 Le Syndicat Mixte Méditerranée-Alpes (SYMA)。
*注2 CFTAは2005年に、歴史的な名称であるフランス南部鉄道会社 Compagnie ferroviaire du Sud de la France (CFSF) に改称され、その名のもとに2013年まで路線の運行を担っていた。
*注3 路線の所有権は依然国にあり、管理運営を州に相当する地域圏 Région が行う。

細々と続けられてきた貨物輸送が1977年に終了する一方、1980年からは、旅行者誘致のために蒸気列車の運行が開始された。これは保存団体のプロヴァンス鉄道研究グループ Groupe d’Étude pour les Chemins de fer de Provence によってピュジェ・テニエ~アノー(およびル・フュジュレ Le Fugeret)間で現在も続けられている。

■参考サイト
トラン・デ・ピーニュ・ア・ヴァプール(蒸気による松ぼっくり列車の意)Train des Pignes à vapeur
http://www.traindespignes.fr/

プロヴァンス鉄道はニース~ジュネーヴ Genève 間の最短ルートに当たるため、1959 年から季節限定で連絡輸送が実施されていた。1970年代には、グルノーブルとディーニュの2回乗換えで両都市間を移動することができた(下注)。1983年からはSNCFと連携して「アルプアジュール(アルパジュール) AlpAzur」の統一名称で改装車両が運行され、一時注目を浴びた。

*注 ルートは、ジュネーヴからSNCFでキュロズ Culoz、シャンベリー Chambéry、モンメリアン Montmélian、グルノーブル、ヴェーヌ Veynes、サントーバン Saint-Auban を経てディーニュ・レ・バンへ、そしてプロヴァンス鉄道でニース南駅に至る。

残念ながら、1989年にSNCFが幹線網に接続するサントーバン=ディーニュ線 Ligne de Saint-Auban à Digne の休止に踏み切ったことに伴い、ユニークな企画も終了した。同線は1991年5月に正式に廃止され、線路は残っているもの朽ちるままにされている。この時から、プロヴァンス鉄道は他に接続する鉄道を持たない孤立線となった。

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ディーニュ・レ・バン駅。ホームの左側が廃線となったSNCF線
車両は1970年代CFD社製のSY形気動車(車両番号X301~)

同じころ、ニース市もまたプロヴァンス鉄道の山中を走る区間(全線の9割)を廃止して、近郊区間だけを存続させる再構築案の検討を始めていたが、後に撤回された。その代わりに、鉄道は1991年12月に歴史あるニース南駅を明け渡し、西へ140m後退した位置に新しいターミナルとしてニースCP駅を置くことになった。

現在、このCP駅から平日毎時2~3本の列車(下注)が出発していくが、多くは13km先のコロマール(ラ・マンダ)Colomars–La Manda を終点にしている。時間にして25分ほどのミニトリップだ。その先、ヴァール渓谷の入口に位置するプラン・デュ・ヴァール Plan-du-Var(ニースから24.7km、40分)まで行くのが、平日11本。時刻表ではこの近郊区間をラ・ナヴェット la Navette(シャトル運転の意)と称して区別している。

*注 頻発区間でも、土・日・祝日は運休する便が多いので要注意。

さらに全線を完走して、ディーニュ・レ・バンに到達するのは1日わずか4本だ。所要3時間20分あまりの長旅で、こんなところによく鉄道を敷いたものだと感心するような山中をメーターゲージのか細いレールが延びている。いったいどのような景色の中を列車は走っていくのか、次回はそのルートを追ってみよう。

写真はすべて、2018年2月に現地を訪れた海外鉄道研究会の田村公一氏から提供を受けたものだ。ご好意に心から感謝したい。

■参考サイト
プロヴァンス鉄道 https://trainprovence.com/
 公式サイトは近郊区間(通勤者向け)urbain と旅行者向け tourisme に分かれている

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 プロヴァンス鉄道 II-ルートを追って

 フランス ラ・ミュール鉄道を地図で追う
 ラ・ミュール鉄道、幻の延伸区間

2018年3月19日 (月)

ラ・ミュール鉄道、2020年に一部再開

グルノーブル Grenoble の南、マテジーヌ高原 Matheysine Plateau へ、電気機関車に牽かれて観光列車が上っていく。高原で採掘された石炭を運び出していたラ・ミュール鉄道 Chemin de fer de la Mure は、その役割を終えて、1997年に観光鉄道に転換された。

*注 ラ・ミュール鉄道のプロフィールについては本ブログ「フランス ラ・ミュール鉄道を地図で追う」参照。

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被災前のラ・ミュール鉄道
Photo by Alain Gavillet at wikimedia. License: CC BY 2.0

しかし、年間最大7万人が訪れていたというプティ・トラン petit train(小列車の意)の旅は、2010年10月26日に突然終了する。この日発生した山崩れで、約3,000立方メートルという大量の岩や土砂が、トンネルの入口とモンテナール湖 Lac de Monteynard を見下ろす高架橋の上に落下し、線路が完全に埋まってしまったのだ。

現場は2本のトンネルの間の短い明かり区間で、目もくらむ 高さ250m(下注)の断崖に石積みの高架橋が架かっている。土砂の除去作業をしようにも現場に近づく道路はなく、不安定になった岩肌からは小さな崩落が続いていた。復旧の見通しが立たないことから、運行を受託していたヴェオリア・トランスポール Veolia Transport は、要員を解雇し、事業から完全に手を引いた。それ以来、ラ・ミュール鉄道は全線が不通のままだ。

*注 1962年に完成したモンテナール=アヴィニョネ ダム Barrage de Monteynard-Avignonet により湛水する前は、川底から400mもの高さがある荒れた急斜面だった。なお、湖の名も正式にはモンテナール=アヴィニョネ湖 Lac de Monteynard-Avignonet。

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崩壊現場を対岸より撮影
Photo by Guillaume BOSSANT at fr.wikipedia. License: CC BY-SA 1.0

鉄道が通るイゼール県 département de l'Isère は、事業再開を目指して、2012年に委託業務の最初の入札を行った。しかし、提示の条件を満たす事業者は現れなかった。その後も再入札や個別の交渉が繰り返されたが、いずれも途中で暗礁に乗り上げた。この間、線路施設は放置され、2013年11月には架線の一部が盗まれる被害も発生した。

運行中止から7年が経とうという2017年6月になって、新たな報道があった。フランスのマスコミサイト Franceinfo から、6月29日付記事を引用させていただく(フランス語原文を和訳)。

イゼール県のラ・ミュール小列車が新しい運行事業者を見つけて2020年に再開予定
Le petit train de la Mure en Isère a trouvé un nouvel exploitant et va redémarrer en 2020

それはイゼール県きっての観光地の一つである。2010年の山崩れの後中止されたラ・ミュール小列車の運行が再開されることになった。県議会は今朝、新しい事業者の名を発表した。2020年の再開に向けて2,600万ユーロの投資が必要となる。

良いニュースは何年も前から期待されていたが、イゼール県のラ・ミュール小列車が再び走ることになった。2010年10月、巨大な地すべりが列車の走るレールを遮断していた。この木曜日、2017年6月29日、イゼール県議会は小列車を運営する代表者の名を発表した。大規模で費用のかかる作業が必要になる。最初の観光客を迎えるのは2020年の見込みである。

複雑なインフラの管理を専門とする民間管理事業者エデス Edeis は、新しい「ラ・ミュール小列車」を運営するために選ばれた。イゼール県議会議長ジャン=ピエール・バルビエ Jean-Pierre Barbier が、今朝ラ・ミュールでの記者会見の席でその名を明らかにした。

「小列車」は2020年7月に再開される予定である。ラ・ミュールとモンテナールの展望台の間15kmの路線を走ることになる。最終的には、運行中止前の年間訪問者70,000人に対して120,000人に達することが目標である。

しかし、再開の前に大規模で費用のかかる作業がある。起工式は年末までに行われる予定である。必要となる投資総額は2,600万ユーロと見積もられ、うち600万ユーロは委託先のエデスが負担することになっている。県はそれに最大1,500万ユーロを投入する。ジャン=ピエール・バルビエにとって有用な投資であり、「そうすれば、経済的観点からうまくいくと信じているのです」。

イゼール県の観光の真の花冠「ラ・ミュール小列車」は、2010年10月の山崩れ以来、運行されていない。2本のトンネルの間の線路上に数千立方メートルの岩が崩れ落ちた。被害状況を地元の制作会社が撮影している。

記事にあるモンテナールの展望台というのは、グラン・バルコン Grand balcon(大バルコニーの意)付近に新たに設置するもので、レストランが併設されるという。そこは崩落個所より800mほどラ・ミュール寄りの高架橋上で、湖の眺望がすばらしく、以前から観光列車がフォトストップのサービスをしていた。列車はそこで折り返すことになるようだ。また、途中のラ・モット・ダヴェイヤン La Motte-d'Aveillans にある鉱山イメージ博物館 Musée de la mine image の前に新たに停留所を設けるともされている。

別の記事(Transportrail 2017年9月10日付)では、さらに具体的に「2020年夏のシーズン(4~10月)にこの区間で1日当たり9往復を運行させる計画」と書かれており、その日に向けて着々と準備が進められているのは間違いない(下注)。

*注 エデス社のサイトによれば、委託契約期間は30年で、初めの3年で整備工事を行い、その後27年間、インフラを維持管理するという。
https://www.edeis.com/train-de-mure-projet-emblematique-activites-dingenierie-dexploitation-dedeis/

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2020年の運行再開区間(赤線)。図中の LANDSLIDE が崩壊地点

ただ残念なのは、これが全線復活ではないことだ。計画では、上流側のラ・ミュール~グラン・バルコン間約15kmの運行が再開されるが、その一方で、本来の起点で、SNCFアルプス線 Ligne des Alpes との接続駅であるサン・ジョルジュ・ド・コミエ St-Georges-de-Commiers までの下流区間約15kmについては、少なくとも当面は放棄される。そのため、車両保守のための施設や留置線は、ラ・ミュールに集約されるという。

確かに、崩落現場にはまったく手が付けられておらず、土砂の撤去は、足場確保の困難さ、膨大な作業量、二次災害の危険性などから見ておそらく不可能だ。列車を通すには、現場の前後にある2本のトンネルをつなげる形で、当区間を迂回するトンネルを新たに掘るしかないだろう。しかし、巨額の費用を投じて全線再開を実現できたとしても、それがさらなる利用者増に結び付くかというと、そこは疑問だ。

ヨーロッパのどの観光鉄道もそうだが、客の大半は自家用車か観光バスで来る。SNCF線への接続が復活してもその傾向が変わることはないだろう。それに、沿線はおおむね木が茂り、見通しが利く区間は意外に少ない。展望台があり、丘陵を折り返しながら峠を越えていく上部区間に比べて、乗客を喜ばせる仕掛けに欠けている。さらに、エデス社にとってみれば、全線を往来する客は時間を惜しんで、せっかく整備したグラン・バルコンのレストランを素通りしてしまう恐れがある。

案の定、Franceinfo の続報によれば、サン・ジョルジュ・ド・コミエの町長が、計画はわが町のことを忘れている、と県に対して異議を申し立てたそうだ(2017年10月24日付記事)。駅前に駐車する観光バスが消え、列車運行に関する仕事がすべてなくなり、サン・ジョルジュ・ド・コミエは片道10本のSNCF気動車が停車するだけの静かな無人駅に零落してしまった。その状況がこの先いつまで続くのかは、誰にもわからない。

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2018年3月12日 (月)

アラスカの地図

ヨーロッパへ初めて出かけた1980年代、極東から北回りルートで飛ぶ航空機は、途中給油のためにアラスカ州のアンカレッジ空港 Anchorage Airport に寄港していた。乗客も全員降ろされ、出発準備が整うまで空港で待つことになる。展望デッキに上がると、冷え冷えとした曇り空の下、地を這う針葉樹林の黒い帯と、その先にアンカレッジ市街の高いビル群がいとも小さく見えた。

北米大陸最北部にあるアラスカは、人の想像力を揺さぶる土地だ。面積は172万平方km、本土で面積ベスト3のテキサス、カリフォルニア、モンタナ各州をすべて収めてもなお余りがある。アラスカ湾岸パンハンドル Panhandle の温帯雨林から、北緯70度ノース・スロープ North Slope の北極ツンドラまで(下注)、気候の変化に伴って動植物相も多彩だ。

*注 パンハンドルは、回廊状の領土をフライパンの柄に見立てたもので、南東部の沿岸地帯をアラスカ・パンハンドルと呼ぶ。またノース・スロープは、ブルックス山脈 Brooks Range の北斜面に広がる永久凍土地帯。

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ワンダー湖 Wonder Lake に映る北米最高峰のデナリ(マッキンリー)山 Mount Denali (McKinley)
Photo from wikimedia. License: CC BY-SA 3.0

あのとき筆者が目にしたアラスカはそのごく一角に過ぎず、全体を見渡そうとすれば、地図に頼るほか手段はない。数年前、アンカレッジから発信されている野外活動情報サイトのグッズショップ(末尾の参考サイト参照)で、そのような地図を数点購入したことがある。アラスカを知る手がかりとして、今回はそれを紹介したい。

アイマス・ジオグラフィクス Imus Geographics

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アイマス・ジオグラフィクス
「アラスカ」表紙

アラスカ州全域の詳細地形を描いた1枚ものの地図では、アイマス・ジオグラフィクスが2004年に発表したものがお奨めだ。大判用紙の折図で、縮尺は1:3,000,000(300万分の1)。

「この56.25×28.5インチ(横143×縦72cm)の旅行地図は、今までにないアラスカを見せてくれるだろう。賞を獲得したデザインで、そこにあるものが見られるだけでなく、あなたが見たいと思うアラスカが見られるのだ。(中略)ぼかしによる詳細な地勢表現の実例と豊富な情報を一つのシートに融合させたアラスカの地図は、他にはない。」

気負ったようなショップの紹介文だが、あながち誇張でもない。確かに、地形の起伏を表現するぼかし(陰影)と、植生や裸地など地表の状況を描写するベージュやアップルグリーンなどの彩色が、図面上でうまく調和している。小縮尺図というのに、眺めたときに深い満足感がある。さらに、おびただしい数の居住地名や自然地名が注記され、余白に加えた地名索引によって、レファレンスとしても十分使える。アメリカ測量地図会議 American Congress on Surveying and Mapping が催す地図デザインの年次コンペで「ベスト・レファレンス・マップ」を受賞したのも頷ける話だ。

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サンプル図。表紙の一部を拡大
© 2018 Imus Geographics

アラスカをテーマにした同社の地図には、ほかに縮尺1:100,000の「チュガッチ州立公園 Chugach State park」がある。アンカレッジ東郊の雄大な自然公園域を描く中縮尺図で、濃い目のぼかしによる地勢表現で立体感が強調され、こちらもたいへん美しい。

■参考サイト
Imus Geographics  http://www.imusgeographics.com/

ナショナル・ジオグラフィック「アラスカ・アドベンチャーマップ」

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アラスカ・アドベンチャーマップ 表紙

一方、旅行地図業界の第一人者たるナショナル・ジオグラフィック National Geographic も、アラスカをテーマにした1枚ものの地図を何点か製作している。そのうち、アラスカ全域を図郭に入れたものが図番3117「アラスカ・アドベンチャーマップ Alaska Adventure Map」だ。アドベンチャーマップは比較的広域の旅行適地を対象にしたシリーズで、等高線とぼかしで描いたメインの地図と、その周囲に、人気観光地の案内がカラー写真とともに配置してある。

アラスカ図葉は縮尺1:2,250,000(225万分の1)で、片面に北部(実際はメインランド)、もう片面に南部(パンハンドル、アラスカ半島、アリューシャン列島)が配されている。アイマスの製作方針が地図表現に集中しているのに対して、こちらはベースマップの精度が高いとは言えず、特に川や湖沼など水部の表現はどうかと思うほど大雑把だ。盛り込まれた地名の数もアイマスとはかなり差がある。

代わりに旅行案内は充実しており、シリーズの他図葉と同じく、公園や保護区の境界が明確に色分けされ、野外活動適地が目を引くピクトグラムで示される。余白に地名索引もあるので、検索も可能だ。必要な情報がすぐに引き出せるのは、定評あるシリーズの強みだろう。もちろん実際に現地で使うには縮尺が粗すぎるので、より大縮尺のトレール・イラストレーティッド Trail Illustrated シリーズ(下注)と併用するとよい。

*注 本シリーズについては「アメリカ合衆国のハイキング地図-ナショナル・ジオグラフィック」で詳述。

■参考サイト
National Geographic Maps - Trails Illustrated Maps
http://www.natgeomaps.com/trail-maps/trails-illustrated-maps

地図帳形式の刊行物はどうだろうか。米国本土でもライバル関係にある2社が、州別地図帳シリーズでアラスカ州を取り上げている。

デローム「アラスカ アトラス・アンド・ガゼッティアー」

まず、デローム DeLorme の「アラスカ アトラス・アンド・ガゼッティアー Alaska Atlas & Gazetteer」だが、中綴じ体裁が基本のシリーズ(全48巻、下注)で、これはカリフォルニア州版とともに平綴じにされている。実際、他の州はせいぜい100ページ前後なのに対して、アラスカは156ページ(索引含む)と1.5倍のボリュームがある。平綴じはノドの部分がしっかり開かないため、見開きの地図には向いていないのだが、そうせざるを得ないほどのページ数が必要なのだ。

*注 本シリーズについては「アメリカ合衆国の州別地図帳-デローム社」で詳述。

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アラスカ アトラス・アンド・ガゼッティアー 表紙

異例なのは綴じ方だけでなく、地図の図式も他州版と異なる。地勢表現はぼかしをかけず、等高線のみ。道路区分も色分けしておらず、線幅による簡易仕様だ。ベースにしている地図はUSGS(米国地質調査所)の1:250,000地形図データだが、等高線、氷河、植生などの表現はほぼそのまま使われている。道路区分はデロームの旧来図式(下注)である赤の実線等に変換され、居住地名はフォントや配置が見直されているものの、両者を見比べても違いは目立たない。

*注 近年の本土各州版は、道路に二重線(くくりのある)記号を使っている。

縮尺は、集落が一程度分布する南東部が1:300,000で、もとの地形図を凝縮したイメージだ。生の地形図をこれだけ買い揃えるのは不可能に近いので、大変お徳用だ。一方、残りの地域は1:1,400,000(140万分の1)と、非常に小さい縮尺にとどまる。それも、元データを拡大したらしい大雑把な造りで、前者との精度上の落差は極めて大きい。

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サンプル図。表紙の一部を拡大
© 2018 DeLorme

ベンチマーク・マップス「アラスカ ロード・アンド・レクリエーション・アトラス」

もう1社、ベンチマーク・マップス Benchmark Maps の「アラスカ ロード・アンド・レクリエーション・アトラス Alaska Road & Recreation Atlas」は2016年の刊行で、同社の州別地図帳シリーズ(下注)では最も新しい。

*注 本シリーズについては「アメリカ合衆国の州別地図帳-ベンチマーク・マップス社」で詳述。

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アラスカ ロード・アンド・レクリエーション・アトラス 表紙

小縮尺図から順に縮尺を拡大して、スムーズに詳細区分図まで誘導する内容構成が、ベンチマーク地図帳の特徴だ。アラスカ州版の場合、まず「アラスカへの道 Roads to Alaska」で、本土からカナダ領を経由してアラスカに至るハイウェールートが示される。これで本土の読者に距離感と方向性を理解させた後、次ページの1:7,920,000のアラスカ全図に移る。

しかし、3番目のリクリエーション・マップス Recreation Maps は、全域を数面の区分図で示す従来方式とは趣向が違う。アンカレッジ、フェアバンクス、ジュノーといった主要都市周辺と、インサイド・パッセージ Inside Passage やドルトン・ハイウェー Dalton Highway(下注)のルートが特集されているのだ。アラスカの旅行適地は限られるので、メイン図で描き切れない細部を説明する役割に切り替えたようだ。

*注 インサイド・パッセージは、外洋を避けてアレキサンダー諸島 Alexander Archipelago のフィヨルドを抜ける南東岸の航路。ドルトン・ハイウェーは、内陸のフェアバンクス Fairbanks から北極海岸を目指すハイウェー。

メインの区分図は、デロームと同様、エリアによって縮尺が変わっており、南東部が1:316,800(5マイル1インチ)、それ以外が1:1,267,200(20マイル1インチ)から1:2,534,400(40マイル1インチ)になっている。デロームより縮尺がやや小さいが、地勢描写は縮尺に応じた詳細さを保っていて、どの図も見応えがある。

デロームの等高線図に対して、ベンチマークは繊細なぼかしと彩色を駆使して、地勢を視覚的に実感させる。1995年以来、同社が実績を積んできた描法だ(冒頭のアイマス・ジオグラフィクスも、これに学んだのは間違いない)。驚いたことに、さらにアラスカ版では1000フィート(305m)間隔の粗い等高線が加えられている。これはむしろデローム図式を真似た形だが、傾斜角の変化が小さい氷河や、緩やかな起伏の周氷河地形では、高度情報を補うために有用と判断したのだろう。

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サンプル図。表紙の一部を拡大
© 2018 Benchmark Maps

■参考サイト
Benchmark Maps http://www.benchmarkmaps.com/

両者とも地図表現だけでなく、文字による旅行情報の充実にも力が注がれている。とりわけ釣り場の情報が抜きんでて多く、デロームは淡水魚、海水魚を合わせて約400か所、それぞれ獲れる魚の種類や利用可能な施設のマトリクス表が付される。ベンチマークも負けておらず、500か所近くのリストアップがある。しかし、これでさえ釣り場とされているのは主要道周辺の湖沼などに限られ、奥地の自然はまったくの手つかずだ。想像を超えたアラスカの広さを地図はよく伝えている。

今回紹介した地図のうち、1枚ものは、筆者も利用したオンラインショップ Alaska Outdoors Supersite Store https://alaskaoutdoorssupersite.com/alaska-store/ で取り扱っている。地図帳は日本のアマゾンや紀伊國屋などのショッピングサイトにある。

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 アメリカ合衆国のハイキング地図-ナショナル・ジオグラフィック
 アメリカ合衆国のハイキング地図-ヨセミテ国立公園を例に
 アメリカ合衆国の州別地図帳-デローム社
 アメリカ合衆国の州別地図帳-ベンチマーク・マップス社

2018年3月 3日 (土)

アメリカ合衆国のハイキング地図-ヨセミテ国立公園を例に

巨大な鑿で気の向くままにそいだような花崗岩の断崖が、幾重にも折り重なる谷間の風景は、19世紀半ばに注目されて以来、常に人々の心を惹きつけてきた。ユネスコ世界遺産にも登録されたヨセミテ国立公園 Yosemite National Park は、西海岸カリフォルニア州の中央部にある代表的観光地だ。全体の広さは3000平方kmを越える(東京都の1.4倍)が、多くの人がかの絶景を一目見ようと、中心部で回廊状に延びるヨセミテ渓谷 Yosemite Valley に集まってくる。

自然が産み出した巧みな造形美をさまざまな方向から眺められるように、一帯には整備されたハイキングトレールが張り巡らされていて、その案内役となるべき地図も多数作られてきた。今回は、筆者の手元にある範囲で、ヨセミテを地図の上から俯瞰してみたい。

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ディスカヴァリー・ビュー Discovery View(別名トンネル・ビュー Tunnel View)からのヨセミテ渓谷の眺望
左の断崖がエル・キャピタン El Capitan、右の滝はブライダルヴェール滝 Bridalveil Falls、最奥部にハーフ・ドーム Half Dome の頂部が覗く
Photo by Joe Parks at wikimedia. License: CC BY 2.0

USGS(米国地質調査所)

連邦の公的測量機関である USGS はかつて、「国立公園地図 National Park map」シリーズを作成していた。通常の地形図をベースにして、対象となる公園区域を1面に収録したいわゆる集成図で、エリアの広さに応じて、縮尺も用紙サイズもさまざまだった。その中に、「ヨセミテ国立公園および周辺 Yosemite National Park and Vicinity」図葉がある。

大判用紙に印刷された縮尺1:125,000の地図で、手元にあるのは1958年版だ。地勢表現は、200フィート(約61m)間隔の等高線にぼかし(陰影)を加えている。ぼかしのタッチがやや精彩さを欠き、低地の緑と重なると色が濁るという難はあるものの、広大な公園の地形の概略がこれによって手に取るようにわかる。

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1:125,000「ヨセミテ国立公園および周辺」の一部

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「ヨセミテ渓谷」
(通常版)表紙

それとは別に、ヨセミテ渓谷に焦点を絞った縮尺1:24,000の「ヨセミテ渓谷 Yosemite Valley」図葉もあった。1958年が初版で、1970年に部分修正が加えられた。こちらは横長の用紙を用いて、東西に15kmほど続く渓谷をカバーしている。等高線間隔は40フィート(約12m)で、日本の1:25,000(10m間隔)と同じような感覚で眺めることができる。

この図葉には、等高線のみの通常版と、ぼかしと連続的な段彩を入れた「ぼかし版 shaded relief edition」の2種が存在する。もちろん後者のほうが見栄えは格段によく、丹念に描かれた濃いぼかしで、険しいU字谷の情景を見事に再現している。段彩は単純な高度別ではなく、平坦な谷底面がアップルグリーン、谷壁が薄いベージュ、浸食を免れた高位面が卵色と、地形の特性に従った色分けにされているところが興味深い。

両図とも、特徴的な岩山や滝などの名称注記があり、主要トレールも細い破線で記されている。しかし、主目的はあくまで地形描写で、そのことは地図の裏面全面を使って溪谷の地形学的な成立過程が詳しく解説されていることでもわかる。このため、旅行地図としては情報不足で、民間会社の地図製品の代替になるものではない。

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1:24,000「ヨセミテ渓谷」(ぼかし版)の一部
冒頭の写真は、図左端にある Discovery View から右(東)方向を見ている

ナショナル・ジオグラフィック・マップス National Geographic Maps

前回紹介したナショナル・ジオグラフィックのトレール・イラストレーティッド・マップス Trail Illustrated Maps で公園全域を収録するのは、図番206「ヨセミテ国立公園 Yosemite National Park」(縮尺1:80,000、部分図は1:40,000)だ。さらに、縮尺を1:40,000に拡大した4面シリーズ(図番306~309)もあり、図番306「ヨセミテ南西部-ヨセミテ渓谷およびワウォーナ Yosemite SW: Yosemite Valley & Wawona」にヨセミテ渓谷が収まる。

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トレール・イラストレーティッド・マップス表紙
(左)図番206「ヨセミテ国立公園」 (右)図番306「ヨセミテ南西部」

USGS地図由来の等高線の上に、緑とベージュで森林と裸地を描き分け、コントラストの強いぼかしをかけるスタイルは共通だ。ただ、肝心の渓谷中心部が、宿泊キャンプ禁止のエリアを示す藤色で覆われ、せっかくの地勢表現が目立たないのは惜しい。その点、トレールについては黒色の太い破線なので、ベースが何色であろうと識別性に対する影響は小さい。

ただ、USGSの1:24,000図を見た後では、1:40,000という縮尺は小さく感じられる。渓谷に焦点を絞った拡大図がついていれば言うことはないのだが。

■参考サイト
National Geographic Maps - Trails Illustrated Maps
http://www.natgeomaps.com/trail-maps/trails-illustrated-maps

トム・ハリソン・マップス Tom Harrison maps

地元カリフォルニアのサン・ラフェル San Rafael に本拠を置くトム・ハリソン社も、州内各地のハイキング地図を多数刊行している。土地鑑をもつ強みで、ヨセミテ国立公園が図郭に入るものだけでも実に8面を数える。国立公園全域を収めるのは、縮尺1:125,000の「ヨセミテ国立公園 Yosemite National Park」だ。ほかに、人気の高い南部高地を拡大した1:63,360「ヨセミテ・ハイカントリー Yosemite High Country」、ヨセミテ渓谷に絞った1:24,000「ヨセミテ渓谷 Yosemite Valley」、ハーフ・ドームを中心に渓谷の上流部を収めた1:31,680「ハーフ・ドーム Half Dome」などがある。

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トム・ハリソン・マップス表紙
(左)「ヨセミテ国立公園」 (中)「ヨセミテ・ハイカントリー」 (右)「ヨセミテ渓谷」

ベースはUSGS地図で、それにぼかしを加えたものだ。トレールはドイツの官製旅行地図のように赤の破線で示され、地点間距離も入っている。さらに、幹線格であるジョン・ミューア・トレール John Muir Trail などは縁取りで強調され、ルートを追いかけるのが容易だ。

■参考サイト
Tom Harrison Maps  https://tomharrisonmaps.com/

ウィルダーネス・プレス Wilderness Press

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「ヨセミテ:
渓谷および周辺高地」
表紙

同じカリフォルニア州のバークレー Berkeley にある出版社ウィルダーネス・プレスの目録にも、地形図を使ったハイキング地図がある。公園全域をカバーする縮尺1:125,000の「ヨセミテ国立公園及び周辺 Yosemite National Park & Vicinity」と、対象エリアを絞って縮尺を拡大した1:62,500の「ヨセミテ:渓谷および周辺高地 Yosemite: The Valley & Surrounding Uplands」だ。

地勢表現は等高線のみで、第一印象はUSGSの地形図そのものだ。ただし、地方道を表す赤の旗竿が黒に変えられており、鉄道記号のように見える。代わりにトレールが赤の線で描かれるが、地点間距離は記されていない。上記2社の製品に比べると、ぼかしが施されていないこともあって、地図としての面白みに欠けるのは事実だ。しかし地名索引が付き、裏面には規制事項、気候、ルート案内、体験可能な野外活動などヨセミテの旅行案内がぎっしり記されており、文字情報の量で旅行書出版社の面目を保っている。

■参考サイト
Wilderness Press   https://www.wildernesspress.com/

ルーフス・ガイド Rufus Guides の絵地図

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「ヨセミテ渓谷への地図と案内」表紙

絵になる景色に囲まれたヨセミテが、絵心を誘うのは当然のことだ。ルーフス・ガイドは、カリフォルニアとその周辺にある名だたる観光地の鳥瞰絵図をいくつか作っているが、その一つに「ヨセミテ渓谷への地図と案内 Map & Guide to Yosemite Valley」がある。

横長用紙の片面全面を使って、渓谷の絵図が刷られている。比較的淡い色調の水彩スケッチだが、谷間や高原を覆う森の木々の細かさと、輪郭をなぞるにとどめることで強調された岩山のボリュームが好対照をなし、風景の特徴がよく捉えられている。もう一方の面はルーフスならではの公園ガイドで、渓谷と周辺のビューポイントをカラー写真つきで解説し、地形の成因、公園の歴史、動植物相、野外活動のあらましがコンパクトにまとめてある。蛇腹折りでかさばらないし、お土産にするのもよさそうだ。

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「ヨセミテ渓谷への地図と案内」表紙の一部を拡大
© 2018 Rufus Graphics

■参考サイト
Rufus Guides  http://www.rufusguides.com/

カルト・アトリエ Carto Atelier の絵地図

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ヨセミテバレー・
ツーリストマップ表紙

最後に紹介するのも絵地図だ。「ヨセミテバレー・ツーリストマップ Yosemite Valley Tourist Map」と表紙に日本語が併記されているが、日本製ではなく、スイスで刊行されたものだ。収載図には1997~98年のコピーライト表示がある。

同じ絵地図のジャンルでもルーフスとは趣がまるで違う。こちらは、巨匠H・C・ベラン H.C.Berann のそれを連想させる美しい鳥瞰絵図で、アルネ・ローヴェーダー Arne Rohweder 氏の筆になるものだ。渓谷の西(下流)側から東を見た図だが、幻想的かつスケール感のあるイメージ(下図参照)は、もはや写真を超越している。絵図の隣には、ぼかしで地勢を描き、植生をパターンで表現した国立公園の1:350,000全体図がある。裏面はUSGSの1:24,000地形図で、他社図と同じようにトレールが橙色で強調され、観光情報のピクトグラムが配されている。地勢のぼかしも入り、これだけでも十分なハイキング地図だ。

発行所のカルト・アトリエは、現在、ゲコマップス Geckomaps(Geckoはドイツ語でヤモリの意)の名で引き継がれ、ローヴェーダー氏やその協力者によるヒマラヤその他、世界の観光地のイラストマップを多数扱っている。このヨセミテの絵地図は筆者のお気に入りの一冊なのだが、悲しいことに同社の現行カタログには見当たらない。

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ヨセミテバレー・ツーリストマップ表紙の一部を拡大
© 2018 Arne Rohweder

■参考サイト
Geckomaps  http://www.geckomaps.com/

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 アメリカ合衆国のハイキング地図-ナショナル・ジオグラフィック
 アメリカ合衆国の地形図-新シリーズ「USトポ」

2018年2月25日 (日)

アメリカ合衆国のハイキング地図-ナショナル・ジオグラフィック

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図番201
「イエローストーン
国立公園」図葉表紙

アメリカ合衆国(以下、米国)で山野歩きに持っていける地図(印刷図)は、と問われたら、米国森林局 U.S. Forest Service とナショナル・ジオグラフィック National Geographic の両シリーズが思い浮かぶ。いずれもUSGS(米国地質調査所)の地形図をベースに、トレールのルートや関連情報を加えた旅行地図だ。地域を限定すれば、ほかにも選択肢はあるが、全国的に主要エリアをカバーするのはこの2種のみだろう。

ただし、前者は国有林 National Forest に対象を絞った地図で、販売所も限られている(下注)ため、使い慣れた人以外にはなじみが薄い。それに対して、後者は国立公園その他刊行範囲が広く、かつショッピングサイトなどで気軽に買えるところが魅力だ。

*注 ショッピングサイトで全国の図葉を扱うのは、同局の直販サイトやUSGS、一部の地図専門店など。

ナショナル・ジオグラフィック・マップス National Geographic Maps は、自然科学雑誌の刊行で知られたナショナル・ジオグラフィック協会 National Geographic Society(以下、協会という)の地図部門だ。1世紀にもわたり、雑誌の付録地図はもとより地図帳、壁貼り地図、地球儀とさまざまな種類を世に送り出してきた。その中で確立されたものの一つが、ハイキングやトレッキングのための地図シリーズ「トレールズ・イラストレーティッド・マップ Trails Illustrated Maps」で、これまでに250タイトル以上が出ている。

下記参考サイトで見られる索引図によると、刊行エリアは、米国本土からアラスカ、ハワイ、さらに一部はカナダ領内にも及んでいる。

■参考サイト
National Geographic Maps - Trails Illustrated Maps
http://www.natgeomaps.com/trail-maps/trails-illustrated-maps

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サンプル図(1501「アパラチアン・トレール」マップガイドの表紙を拡大)
© 2018 National Geographic Maps

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表紙の変遷 228「シェナンドー国立公園」
(左)1997年改訂版 (中)2002年改訂版 (右)2015年版

まず東部では、メイン州からジョージア州まで帯状に長く連なる図郭が目を引く。いうまでもなくアパラチアン・トレール Appalachian Trail、約3,500kmのルートを追うもので、全行程が計13点のマップガイド Map guide(地図入りガイドブック、図番1501~1513、縮尺1:63,360)に収まる。また、それと重なる矩形の図郭は1枚ものの折図(740~790番台、下注)で、周辺の国有林 National Forest にも網がかかっている。

*注 3桁の図番は大判用紙を折った1枚ものの地図、4桁は地図入りガイドブックを示す。他地域も同じ。

大陸の背骨を成すロッキー山脈では、コロラド州からユタ州にかけてのエリアが広くカバーされる。とりわけコロラド・フォーティナーズ Colorado 14ers の高峰群が集中するあたりでは、官製図のような整然とした図郭の折図(100~130番台、その多くが縮尺1:40,680)が設定されて壮観だ。グランドキャニオン Grand Canyon、ザイオン Zion その他、グランドサークル Grand Circle と呼ばれる著名な自然公園分布域でも、必要な地図が揃っている。

西部では、ワシントン州からオレゴン州にかけてのカスケード山脈 Cascade Range(図番818~827など)と、セントラル・ヴァレー Central Valley の東にそびえるシエラネバダ山脈 Sierra Nevada Mountains が中心だ。とりわけシエラネバダでの布陣は手厚く、縮尺1:63,360でほぼ全域を覆う(800番台)だけでなく、人気の高いヨセミテ国立公園 Yosemite National Park ではさらに詳しい1:40,000の区分図4面(図番306~309)も用意されている。

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マップガイドの表紙
(左)1501 「アパラチアン・トレール スプリンガー山~ダヴェンポート峠」
(中)1302 「コロラド・フォーティナーズ」
(右)1001 「ジョン・ミューア・トレール」

道路地図ばかりか歩くための地図でさえ、等高線などの地勢表現が省かれたいわゆるプラニメトリックマップ(平面図)が使われることのある米国では、等高線入りのハイキング地図は貴重な存在だ。特にトレールズ・イラストレーティッド・マップの場合は、等高線に加えて、濃いめの精妙なぼかし(陰影)をかけることで、真に迫った地勢表現を実現している。用紙は耐水・耐擦性を備えた合成紙だが、これも「バックカントリー・タフ backcountry tough(=過酷な使用環境にも耐えられる)」なだけでなく、発色の良さで見栄えを高めている。

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凡例(201「イエローストーン国立公園」より)
図葉によって記号の種類は多少異なる

右画像が凡例だが、ハイキング地図とはいえ、車が通る道も含めて道路網全体を強調するデザインであることが見て取れる。そのうえで、自動車道(ハイウェー Highway およびロード Road)は二重線、歩く道(トレール Trail およびパス Path)は太い破線で描き分け、さらに色で細分化するのだ。

画像ではわかりにくいが、ハイキング・トレール Hiking Trail の記号は黒で、許可を受けたオフロードバイクも走行できるモータライズド・トレール Motorized Trail は紫色が充てられている。同様に、舗装された自転車道 Paved Bike Path は緑、雪原や雪渓を行く冬用トレール Winter Use Trail は黒の太い点線だ。さらに有名トレールは、シンボルマークと緑やオレンジのマーカーでルートが強調される。地点間の距離(マイル表示)が記されている場合もある。

そのほかピクトグラムの記号でも、キャンプ地、ピクニックエリア、トレールの出発点 Trailhead、駐車場、見晴らし台、有料エリア、休憩所、野生動物観察地、自転車ルートの路面状態など、さまざまな情報が描かれる。余白には文字情報、たとえばトレールに関する距離、高度、所要時間、難易度などのデータや、域内で行えるレクリエーションでの諸注意などが記され、地図1枚で、野外活動に必要な情報がひととおり得られるようになっている。

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サンプル図(1001「ジョン・ミューア・トレール」マップガイドの表紙を拡大))
© 2018 National Geographic Maps

あるマウンテンバイクの専門サイトでは、このシリーズを次のように紹介していた(以下は要約)。

「USGS地形図は専門的で、読図に精通している必要がある。また、かなり古く、ときには最後に編集されてから20年から40年経過している。こうした問題のほとんどすべてを切り抜ける優れた地図として、トレールズ・イラストレーティッド・マップを参考にされたい。極めて正確なUSGS地図をベースに使用するこの地図は、常に更新され、図郭内にあるすべてのトレールを表示している。マウンテンバイクや乗馬のためのトレールも表示されている! 無料ではないが、費用(約10ドル)を支払う価値はある。」

ナショナル・ジオグラフィックの地図は、日本のアマゾンや紀伊國屋などのショッピングサイトでも扱っている。品切れの場合、米国のアマゾン http://www.amazon.com や地図専門のオムニマップ http://www.omnimap.com/ のサイトを覗いてみるとよい。いずれも日本へも送ってくれる。

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2018年2月18日 (日)

ドイツの新しい1:250,000地形図

連邦地図・測地局 Bundesamt für Kartographie und Geodäsie(略称BKG)が担当しているドイツの小縮尺図体系が2017年から大きく様変わりしている。黄色い表紙で親しまれてきた区分図シリーズの1:200,000地勢図 Topographische Übersichtskarte がついにカタログから姿を消してしまったのだ。代わりに登場したのが、Übersicht(概観)の語をつけずに、単に Topographische Karte(地形図)と称する1:250,000で、全30面が一気に刊行された。

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1:250,000地形図表紙
(左)ベルリン Berlin  (右)ローゼンハイム Rosenheim いずれも2017年版

1:200,000図のルーツは19世紀に遡るが、第二次世界大戦後、1961年に当時の西ドイツを44面でカバーするシリーズとして再興され、東西統一後は旧東側にも範囲を拡げて、全59面の区分図シリーズ(のちに一部の図郭拡張で58面)になった。近年、1:100,000以上の地形図が、平板な印象の ATKIS図式(下注)に置き換えられていくなかで、1:200,000は、配色に変更が加えられながらも、銅版刷りの繊細さを残すドイツ地形図の特質をおよそ50年間護り続けてきた。

*注 公式地形・地図情報システム(アトキス)Amtliches Topographisch-Kartographisches Informationssystem (ATKIS) で使用される地図図式。

ドイツの1:200,000地形図ほか」の項でも述べたように、戦後まもない地形図体系の再編の際にも縮尺を1:250,000に変更する案が検討されたことがある。実際、英仏をはじめ西側諸国ではそちらが多数派なのだ。グローバル化時代に入ると、このことがシステム規格の決定に影響を与えることになる。欧州各国の地図作成機関等が参加する組織、ユーロジオグラフィクス EuroGeographics が汎ヨーロッパの地理情報データベースを構築するにあたり、採用した縮尺の一つが1:250,000だった。

ユーロリージョナルマップ EuroRegionalMap と呼ばれるこのデータベースには、各組織が、担当する地域の地理情報を共通仕様で提供する必要がある。そのためにドイツも ATKIS に1:250,000のデータを作成し管理している。縮尺が近似する1:200,000を、印刷図を維持するために更新していく積極的な理由は見出しにくい。さらに、ATKISからは印刷図の原稿も直接出力できるので、国内各州の測量局は、担当する1:25,000から1:100,000までの印刷図の大部分をすでにこの方式に移行させてしまっている。BKGが同様の転換策に踏み切るのは、実は時間の問題だったのだ。

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1:250,000地形図索引図

今回刊行された1:250,000地形図は、冒頭にも述べた通り、ドイツ全土を30面でカバーする全く新しいシリーズだ。地形図の裏面には、同じエリアのカラー衛星画像 Satellitenbildkarte が印刷されている。

折寸こそ旧図と同じ横10.8×縦24.0cmだが、表紙からして、色で縮尺の違いを示す従来方式(例えば1:200,000は黄色)ではない。人目を惹く風景写真を中央に配し、その下に都市や観光地の名が列挙され、収載されるエリアがすぐにわかるようになっている。英仏の例に倣って、利用者へのアピールを強化する作戦だ。

図郭は、旧1:200,000の経度1度20分×緯度48分に対して、新1:250,000では縮尺が小さくなり、用紙の横を一折り分長くしたことで、経度2度×緯度1度と切りのいい数値に収まった。

内容はどうだろうか。1:200,000(下図左)と1:250,000(下図右)で、同じエリアを並べてみた。場所は、バイエルン南東部のローゼンハイム Rosenheim からオーストリア国境の山岳地帯にかけてと、ベルリン Berlin 市街だ。色調はほぼ変わらないものの、一見して1:250,000のほうが、情報の取捨選択が徹底されていることがわかる。絵的にはシンプルで見易くなったと感じる一方で、残念ながら、省かれたものも多数ある。

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1:200,000図(左)と1:250,000図(右)の比較
ローゼンハイムからオーストリア国境の山岳地帯にかけて
© Bundesamt für Kartographie und Geodäsie, 2018
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同 ベルリン市街
© Bundesamt für Kartographie und Geodäsie, 2018

たとえば、ローゼンハイム図の下のほうにあるバイリッシュツェル Bayrischzell の町の周辺に注目すると、1:200,000に記された Hochkreut、Suderlfeld などの集落名、Seeberg、Maroldschneid などの山名や標高値が、1:250,000ではことごとく無くなっている。配置するスペースが縮小する分、割愛が生じるのはやむを得ないとはいえ、地名は場所を特定する手がかりだから、残念なことだ。

また、道路網や集落の表現も簡略化された。ベルリン図に見られるとおり、1:200,000では市街地の塗りに2色が使われ、中心街は濃いピンク、それ以外は薄いピンクと区別されていた。ところが1:250,000ではそうした配慮はなく、一様にピンクで塗られている。また、郊外では1:200,000で、胡麻粒のような黒抹家屋の記号を使って、集落の広がりや密度を表現していたものが、1:250,000では単に円で集落の中心を示すだけになった。道路網の省略もその延長線で、円と円の接続関係がわかれば十分という考えだろう。

注記文字は、サンセリフ(先端に飾りのない)タイプに変わった。日本語書体の明朝とゴシックの関係に似て、サンセリフは線幅がほぼ同じで視認性が良いことから、採用される傾向にある。1:200,000では注記文字は、水部の青を除いて一様に黒色が使われていたが、1:250,000では居住地名は黒、水部は青、自然地名は茶色、公園域は緑、軍用地はピンクと、細かく変えている。これにより、居住地名がまず目に飛び込んでくるようになった。反面、山の名などは埋もれてしまい、目を凝らして探さなければならないが…。

一方、等高線とぼかしを併用する地勢表現は踏襲された。等高線間隔は、旧1:200,000が平野部25m、山地50mだった。1:250,000も平地と低山地ではそれぞれ25m、50mだが、高山地では100m、急峻な山地では200mに拡げられている。そのため、バイエルンアルプスでさえ等高線は粗く引かれ、等高線の密度から地勢を想像することは難しい。また、写実的な崖記号が無粋なドットパターンに置き換えられ、砂地と間違えかねない。

ぼかし(陰影)は、メッシュ標高データから精細な画像が自動生成されているので、等高線の情報不足を補って余りある。ただ惜しいことに、配色にピンク系のグレーを充てたために、眠たげな印象を与え、等高線との区別もつきにくくなった。

新作というのに否定的な感想が多くて恐縮だが、それというのも、ドイツでは地形図のデジタル化に際して、アナログ時代に磨かれた地図デザインのセンスが十分尊重されなかったように思うからだ。作成プロセスの合理化を追求するなかで、伝統的な長所を生かす努力がやや疎かになっている。1:250,000もそれだけ見れば決して悪くはないのだが、前身の1:200,000と見比べると、多くのものを犠牲にしていることに改めて気づく。

この1:250,000の登場の陰で、従来の1:200,000地勢図は、2014年に南ドイツの10面が更新されたのが最後の刊行となった。かろうじて現在は、同じく2014年に刊行された地方図 Regionalkarte シリーズ 計13面(下注)のみがカタログに掲載されている。これは主要都市とその周辺を1:200,000図で概観するもので、裏面にはより広域を収める1:1,000,000(100万分の1)図が印刷された徳用版だ。果たして継続的に更新されるのか不明だが、このシリーズが残る限り、1:200,000図を手にする機会が消滅したわけではない。

*注 ハンブルク Hamburg、ブレーメン Bremen、ベルリン Berlin、ハノーファー Hannover、ライン=ルール Rhein-Ruhr(ドルトムント中心)、ケルン=デュッセルドルフ Köln-Düsseldorf、ハレ=ライプツィヒ Halle-Leipzig、ドレスデン Dresden、ライン=マイン Rhein-Main(フランクフルト中心)、ライン=ネッカー Rhein-Neckar(マンハイム中心)、ニュルンベルク=フュルト Nürnberg-Fürth、シュトゥットガルト Stuttgart、ミュンヘン München の13面

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1:200,000地方図
(左)ベルリン地方 Region Berlin  (右)ライン=マイン地方 Region Rhein-Main いずれも2014年版
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1:200,000地方図索引図
カラーの図郭が地方図、グレーの図郭は従来の1:200,000地勢図

1:250,000地形図と1:200,000地方図は、日本のアマゾンや紀伊國屋などのショッピングサイトでも扱っている。"Umgebungskarte 1:250.000"、"Regionalkarte" などで検索するとよい。

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 オーストリアの新しい1:250,000地形図

2018年2月13日 (火)

お知らせ

2018年2月13日 「インド ニルギリ山岳鉄道」の記事を更新し、写真を追加しました。

2018年2月12日 (月)

地形図を見るサイト-ルクセンブルク

ベネルクス三国の一角を成すルクセンブルクでも、充実した公式地図サイトが構築されている。国の測量機関である地籍・地形局 Administration du Cadastre et de la Topographie (ACT) が、最新のデジタル地形図はもとより、旧来の1:5,000~1:250,000地形図、20世紀初頭からの旧版地形図、18世紀の測量原図、そして新旧の空中写真や地質図、それらにオーバーレイできる地図データなど、多様なコンテンツを自ら運営するサイトで提供しているのだ。加えて、ウェブデザインのスマートさと多言語に対応(下注)している点も注目に値する。

*注 公用語であるフランス語、ドイツ語、ルクセンブルク語に加えて、英語表記もある。

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18世紀のフェラーリ図に描かれたルクセンブルク市街
深い渓谷と堅固な堡塁が街を護る

では、その地図サイト Geoportal(以下、英語読みでジオポータルと表記)の概要を見ていこう。
(記述は2018年2月現在の仕様に基づく)

Geoportal(ジオポータル)
http://map.geoportail.lu/

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初期画面

上の画像が初期画面だが、以下の説明は英語版で行うので、初めに言語選択をしておきたい。右上の地球を象ったアイコンをクリックして、EN(英語)を選択する。

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言語と背景レイヤーの選択

デフォルトでは、表示される Background Layer(背景レイヤー)は Road map(道路地図)になっている。背景レイヤーを入れ替えるには、画面左上のリストで、Topographic map B/W(地形図モノクロ版)、Topographic map(地形図カラー版)、Aerial imagery(空中写真)、Hybrid map(ハイブリッド地図)、White background(無地の背景)から選択する。

このうち、ハイブリッド地図というのは、空中写真(オルソフォト)に地名や主要道路網などを加えたものだ。上記以外の地図については、別途レイヤーとして選択して重ね表示できる(詳細後述)。

特定の地域の地図を表示するには、地名、住所、地番(Parcel numberという)で指定するほか、マウスで直接矩形を描いて選択する方法がある。

縮尺を変更するには、拡大縮小(+-)ボタンを使うほか、ダブルクリックでも行える。図上でダブルクリックすると、1段階ずつ拡大する。Shiftキー+ダブルクリックで1段階ずつ縮小する。また、マウスホイールを使うと、連続的に拡大縮小できる。

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テーマとレイヤーの選択

背景レイヤーの上に重ねる地図レイヤーを表示するには、まず地図のテーマを選択する必要がある。デフォルトは「THEME: MAIN」になっている。その右の CHANGE をクリックすると、選択肢(MAIN、TOURISM、ENVIRONMENTなど)が表示される。任意のテーマを選択すると、下位項目が順に表示されていく。

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レイヤーリストの操作

レイヤーは複数選択でき、そのリストは MY LAYERS タブをクリックして見ることができる。MY LAYERS タブには、レイヤーの重ね順の変更、レイヤーの透明度の調節、レイヤーの追加/削除などの機能がある。

ここではベースマップにもなりうる地図・空中写真に絞って紹介しておこう。

地形図は、MAIN テーマ > GEOGRAPHICAL LOCATION(地理的位置)> Topographical mapsに格納されている。

同様に、空中写真は MAIN テーマ > LAND SURFACE(地表)> Orthophoto-images、
地質図は、MAIN テーマ > ENVIRONMENT, BIOLOGY AND GEOLOGY(環境、生物、地質) > Geology、
土壌図は、MAIN テーマ > ENVIRONMENT, BIOLOGY AND GEOLOGY(環境、生物、地質) > Soil mapsに、それぞれ分類されている。

地形図だけでも縮尺別に9種類のレイヤーがあるが、Automatical Topographical Map(自動地形図)を選ぶと、表示縮尺に応じて自動的にグラフィック(縮尺図)が変化していくので便利だ。そうではなく、グラフィックを固定して拡大縮小したいときは、その下に列挙されている Topographic map 1:250000~1:5000 から見たいものを選択する。

「Regional tourist map 1:20000 R(1:20,000地域別旅行地図)」は、かつて印刷版で刊行されていた旅行情報を付加した地形図で、末尾の R(régionale の頭字)は通常版と区別するための符号だった。Regional Mapsheets(地域図図郭)は、その図郭を表示する機能のことだ。

さらに興味深いのはその下にある Historical Topographical Maps(旧版地形図)という項目で、これを展開すると16種の古地図や旧版地形図のリストが現れる。

最も古い「Ferraris Map 1:20k 1778(1:20,000フェラーリ図、1778年)」は、18世紀後半に作成されたオーストリア領ネーデルラントの美麗な手彩色原図(冒頭画像はそのルクセンブルク旧市街、下注)だ。原図の縮尺は1:11,520だが、2013年の復刻本出版に際して作成された1:20,000の縮小画像が用いられている。

*注 現在のベルギー領部分は、ベルギーのサイト「カルテージウス Cartesius」などで公開されている。「地形図を見るサイト-ベルギー」参照。

次は20世紀に入り、1907年と1927年のJ・ハンゼン Hansen による1:50,000図がある。前者は粗いモノクロ複写だが、後者はカラーで原図の鮮やかさが再現されている。

次の「German War map 1:25k 1939(ドイツ戦時地形図、1939年)」は、第二次世界大戦中にルクセンブルクを占領したドイツが既存図から編集した1:25,000図だ。

そして、戦後の地図の空白期を埋めるために、キュマリー・ウント・フライ社 Kümmerly & Frey による1950年の1:150,000学習用地図が挿入されている。

本格的な地形図の復活は、フランス IGN の協力で作成された1954年の1:20,000で、1966年からは1:50,000も登場し、2000年までおよそ10年間隔で、その時点の最新図が収められている。

一方、空中写真は、戦後1951年撮影のものから利用できる。1994年まではシームレス化されていないので、各カットの撮影範囲を示す矩形が右の地図上に表示される。図上で見たい地点をクリックすると、左に写真のサムネールが現れ、それをクリックすることで実寸の画像ファイルが表示される仕組みだ。

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一般操作

ジオポータルで使える機能は他にもたくさんある。上の画像で、各アイコンの機能に日本語を添え書きしておいた。詳しくは画面右下にある HELP をご覧いただきたい。

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情報表示と印刷

たとえば、情報アイコンでは、表示縮尺や座標系を変更したり、カーソルを置いた地点の座標値や標高値の表示ができる。

また、印刷アイコンでは、PNG形式(画像ファイル)またはPDFファイルで地図のダウンロードができる。用紙の向きでは、"landscape" が横長、"portrait" が縦長の形式になる。また、印刷の縮尺では、たとえば1:50,000地形図が印刷対象であるとき、ここで1:50,000を選択すると等倍、1:25,000を選択すると2倍拡大したものが出力される。

なお、ジオポータル内のデータの利用について、利用規約(下注)には、利用者がインターネットを通じて行えることを列挙してあり、その中に「(ルクセンブルク大公国の公的機関を出処とする)地理製品、地理データおよび地理サービスを公開すること publier des géoproduits, géodonnées et géoservices (en provenance des instances officielles qui existent au Grand-Duché de Luxembourg)」も含まれている。

*注 利用規約(フランス語版) https://www.geoportail.lu/fr/propos/mentions-legales/ 引用した文言は 15.1 Généralités にある。

使用した地形図の著作権表示 © 2018 Administration du Cadastre et de la Topographie

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 ルクセンブルクの地形図

 地形図を見るサイト-ベルギー
 地形図を見るサイト-フランス

2018年2月 4日 (日)

地形図を見るサイト-ベルギー

北部のオランダ語圏と南部のフランス語圏、それに東部にはわずかながらドイツ語圏も存在するベルギーでは、政府組織のウェブサイトも、まず言語を選んでから入るようになっている。測量機関 NGI / IGN(下注)も例外ではない。

*注 オランダ語で Nationaal Geografisch Instituut (NGI)、フランス語で Institut Géographique National (IGN)、直訳すれば国立地理学研究所。

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Topomap Viewer で見るブルッヘ(ブルージュ)市街

NGI / IGN の作成している地図データは、Topomap Viewer(トポマップ・ビューワー)というサイトで公開されている。ここではデジタル地図や空中写真とともに、旧来の地形図(といっても1990年代に図式は一新されているが)を縮尺別に見ることができ、画像も鮮明だ。
(記述は2018年2月現在の仕様に基づく)

Topomap Viewer(トポマップ・ビューワー)
http://www.ngi.be/topomapviewer/

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初期画面で言語を選択

初期画面(上の画像)は言語の選択だ。英語版がないので、以下はフランス語版で説明するが、使用言語を宣言する際に利用規約の承諾まで要求されるのは、一般的な閲覧サイトにしてはものものしい。しかもその下には、規約を厳守せよ、特に複写は禁止、違反者には起訴も辞さない、と強い調子の警告文が続く。善良な市民をまるで犯罪予備軍のようにみなす態度には言葉を失う。

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利用規約の一部

とはいえ、異国から訴えられても困るので、コピーの扱いがどうなっているか、利用規約 Conditions d'utilisation にも目を通しておこう(上の画像)。知的財産権の項を見ると、利用者は参照、印刷、保存(下注)、リンクの第三者配布(=共有)の権利を有すると書かれている。複写には言及がないから、権利が認められていないことは確かだ。

*注 保存に関する原文は、"sauvegarder dans le marque-pages les données de Topomapviewer"(Topomapviewer のデータをブックマークにバックアップする)。しかし、本サイトには地図データのダウンロード機能はない。

一方、禁止条項では、「過度な方法で de manière excessive」複写し、複製することはできないとあって、一切不可という表現にはなっていない。厳密な法解釈はともかく、複写・複製については権利は主張できないものの、「過度でなければ」違反行為とまではいえない、ということかと思う。本稿でも画面のスクリーンショットを使っているので、権利関係は一応押さえておきたいところだ。

さて、この関所を通過すると、ようやくベルギー全図のデフォルト画面が現れる。国土の中央で横一文字に引かれたやや太い薄紫の線が言語境界線になる。

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ベルギー全図を表示したデフォルト画面

この画面で見えているのは CARTOWEB と称するデジタル地図で、拡大していくと、最終的に住宅が一軒ずつ判別できるまでになる。凡例(地図記号)を知りたければ、左メニュー上方のLEGENDEをクリックする。

左メニューには、表示可能な地図データの一覧がある。最上段の À superposer(オーバーレイ)は背景が透過処理されており、他の地図に重ねて用いるものだ。次の Photographies aériennes(空中写真)は、現在2013~15年撮影の最新オルソフォトのみ提供されている。

3番目の Carte de référence(参考地図)の中の Cartes classiques(直訳すると伝統的な地図)が、印刷版に使われている地形図になる。TOP10MAP(1:10,000)から TOP250MAP(1:250,000)まで4種類用意されている。名称の TOP は Topo(地形の)、10は縮尺1:10,000を意味している。印刷版ではこれ以外に1:20,000がある(下注)が、これは1:10,000図を単純に50%縮小したものなので、メニューにはない。

*注 1:20,000地形図は2016年から、独自のグラフィックを用いた1:25,000に順次置き換えられている。

使われる地図レイヤーは、表示縮尺に応じて自動的に切り替わるが、リストの上部にある"Mode automatique: l'échelle détermine la couche affichée(自動モード:縮尺により表示レイヤーが決まる)"のチェックをはずすと、レイヤーが固定化され、そのレイヤーの拡大縮小ができるようになる。ただし、複数の地形図レイヤーを同時に選択することはできないようだ。

レイヤーの選択を解除したいときは、そのサムネールの上でクリックする。

地図の拡大縮小は、地図画面左上のスケールバーを上下させる方法や、マウスホイールを使う方法がある。また、範囲を指定して拡大縮小するときは、上のメニューにある専用のボタンをクリックして行うほか、Shiftキーを押しながらマウスで矩形を描くのも可能だ。

また、上のメニューには「<」(前の画面、すなわち「元に戻す」)、「>」(後の画面)というボタンがある。閲覧サイトでは珍しい機能だが、前の画像をもう一度見たいと思うときはあるもので、覚えておくと重宝する。

これまで見てきたフランスやオランダのサイトとは違って、IGNのサイトはあくまで最新図が対象であって、旧版図の画像は用意されていない。どこかにないものかと探したところ、次のサイトが見つかった。

Cartesius(カルテージウス)
http://www.cartesius.be/CartesiusPortal/

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「カルテージウス」初期画面

これはベルギーと(ベルギーの植民地があった)中央アフリカの古地図、旧版地図、空中写真の膨大なコレクションを一挙公開するという意欲的なサイトで、NGI / IGN、王立図書館 Bibliothèque royale、国立古文書館 Archives de l’Etat、王立中央アフリカ博物館 Musée royal de l’Afrique centrale が共同で開設したものだ。近代測量以前の古地図はもとより、1770年代のフェラーリ図 Cartes de Ferraris(下注)から最近の地形図に至るまで、各時代の地図資料が見られる。

*注 フェラーリ伯により1770~78年に作成されたオーストリア領ネーデルラントの彩色地図。手描きの原図は縮尺1:11,520で275面あるが、それをカッシーニ図に合わせて1:86,400、25面に編集した銅版刷りの普及版も作られた。このサイトで表示されるのは、ベルギー王立図書館所蔵の1:11,520原図を1:20,000に縮小した画像。フェラーリ図の索引図は http://www.ngi.be/FerrarisKBR/ にある。

以下、英語版で説明するが、初期画面(上の画面)には Search と MyCartesuis の2つの入り口がある。前者では、膨大なコレクションから目的のコンテンツを地図上、あるいはキーワードで検索する。後者は、検索で見つけたコンテンツを利用者がいつでも呼び出せるように保存し、メモをつけたり、グループ化したり、公開したりできる(ユーザー登録が必要)。

操作マニュアルは40ページ以上もあって、本稿ではとうていフォローできないが、まずはSearch(検索)機能を使って、旧版地図を探し出すところまでを説明しよう。

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検索画面

Search をクリックして中に入ると、左に地図、右にキーワードを入力する画面が現れる。キーワードだけで検索するとヒット件数が多すぎる場合は、地図でエリア範囲を絞り込める。スケールバーで拡大縮小してもいいが、Shiftキーを押しながらマウスで範囲選択するほうが早い。

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検索範囲や語句、属性を入力

このとき、Intersection(左の地図に部分的にでも含まれる地図を検索)か、Overlapping(同 完全に含まれる地図を検索)か、Everywhere(全範囲を検索)かを選択できる。

例として、キーワードを"Carte topographique(仏語で地形図の意)" にし、縮尺で"Part of province, City and surrounding area(州、都市と周辺の一部)" を選んだ。これで縮尺が1:10,000~1:75,000の範囲になる。地図を Brussel / Bruxelles(ブリュッセル)周辺まで拡大しておき、検索ボタンをクリックした。

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検索結果

Blog_belgium_map_hp8
サムネールの展開

結果は201件がヒットした。これで希望のものが見つかればよし、そうでなく検索結果を消去して条件設定をやり直すときは Filter Empty、検索条件を追加してさらに絞り込む場合は Extended filterをクリックする。

右下に表示されている検索結果のサムネールにカーソルを当てると、その範囲が左の地図に黄色で表示される。サムネールのテキストをクリックすると、解説が表示される。その "See map" を選択するか、サムネールの画像部分をクリックすると、MyCartesuis の画面に移って、高精度の地図画像が表示される。

Blog_belgium_map_hp9
地図画像の表示

なお、英語版で上記の手順を実行したところ、いっこうに地図画像が現れなかったのだが、フランス語版で再試行すると短時間で表示された。もし英語版でサイトの反応が鈍いようなら、他の言語で試していただきたい。

使用した地形図の著作権表示 © 2018 IGN Topomapviewer

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